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茜陽一の仕事

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 再び書類を捲り、地図のページを見せた。そこには住所も載ってある。
「はっ? 東京? しかもウチの商品だけを扱う店?」
 さすがに声も引っくり返る。
 水野は険しい表情で頷いた。
「明らかに怪し過ぎます。出費は全て全額向こう持ち、建物に関しても向こうが全て用意してくれるそうです」
「そりゃあ…怪しいですね」
「ええ。しかし会社の方は至って安全なんです」
「どこの会社ですか?」
「会社名はS&M。仕事内容は投資運用業ですね。ホームページがありまして、そこから電話で連絡を取り合ってもみましたが、ちゃんと応えられました」
 水野はしかし、不安げに首を横に振った。
「会社ができたのは、わずか一年前のことです。ですが投資で成功し、大きく成長している会社です。しかし…会社に関して、不透明な部分が多過ぎる会社でもあるんです」
「不透明…と言うと?」
「会社の内情が全く分からないと言ったところですね」
 水野は肩を竦めると、書類を指でトントンと叩いた。
「こういう契約を交わしていることは、過去に何度もあるらしいです。しかしここまでの契約内容はウチぐらいだそうで…」
「よく知っていますね」
「そりゃあわたしも前は東京に勤めていましたから」
 苦笑する水野を見て、陽一は思い出した。
 水野は昔、東京に住んでいて、不動産屋に勤めていた。かなり優秀な成績を出していたが、父親が亡くなると同時に会社を辞め、ここへ戻って来たのだった。
「そっそうでしたね…」
「ええ。向こうの知り合いに調査を依頼してみたところ、怪しい部分が出るわ出るわで、どうしようか困っているんですよ」
 水野の言う怪しい部分とは、まず会社の場所。東京都内の高級ビルの最上階にあるものの、そこを訪れる人はほとんどいない。
 ビルには警備員が何人も配置されており、会社を訪れる約束を交わさないうちは中にも入れてもらえない。
 そして会社の従業員も十名と公表されているが、特定できずにいるらしい。
「会社の内情は怪しいものですが、仕事に関して言えば安全です。黒い所などありませんでした」
「でも…正直言って、ウチの商品は彼らにとってそんなに魅力的に見えるんですかね?」
 陽一と水野は互いに見つめ合い、数秒後、同時に深く息を吐いた。
「確かにこんな田舎で作っているにしては、良い商品だと胸を張れるでしょう。しかし…ある意味、どこにでもあると言えばそれまでですし」
「珍しい限定品を売っているつもりもないですしねぇ」
 陽一の言う通り、ここで作っているのは東京に行けば見つかる物ばかり。
 しかし原材料がこの土地で出来ている、という強みはあるが、それがはたして店で売り出して販売実績に繋がるのかは怪しい。
 駅やデパートでは、物珍しさで売れるというのが大きい。
 それを一つの店として売り出したところで、出る数字は低そうだと、二人は口に出さずに心で思った。
「正直言いまして、この契約は向こうのダメージの方が明らかに大きいです。なのに出してきたんですから、何らかの裏があるのではと思いまして…」
「そうですね。でもウチみたいな会社に詐欺を仕掛けて、意味なんてあるんですか?」
「それも考えました。しかしウチみたいな中小会社からは、何も取れないと思うんですけどね」
 水野も歯切れ悪く答える。
「確かに売れ行きは上がっていますが、そんなに大きな利益は出ていませんし、商品自体も盗もうが潰そうが向こうに得することなんてないと思います。知名度だってそこそこと言ったところですし、ライバルなんてものも存在しませんしね」
 小さく細々と運営してきたのだ。どこぞの企業に眼を付けられるいわれもない。
「う~ん。なら断った方が良いんじゃないですか? 水野さん。後に経営不振になって、こっちにダメージが来ても困りますし」
「そうですね。ただ万が一向こうが本気ならば、これほど良いお話はないんですが…」
「それはまあ…そうですが」
 東京に一店舗でも店があれば、工場のみんなのやる気も違うだろう。もちろん成功すれば、喜ばしいに決まっている。
「でもリスクを考え、向こうの会社の本心も考えると、やっぱり…ってなりません?」
「陽一さんも向こうの会社の本心が気になりますか」
「ええ。まあお店の話は素直に嬉しいですし、経営の方は何とかなるかもしれない。けれど相手側の本心が見えないことには、動き辛いですね。それこそ万が一詐欺だとすれば、泣くに泣けないですし…」
「そのことですが…」
 水野は声を潜め、真剣な表情を浮かべた。
「実は向こうの会社の方から、陽一さんに一度来社してほしいとの申し出があるんですよ」
「オレに? 何でまた」
 確かにこの会社の営業は陽一が担当している。だがこの場合、社長である父を指名するのが普通だ。これほどまでに大きな話なら一従業員よりも、会社の代表と話がしたいはず。
「分かりません。向こうからは陽一さんを指名されただけですから。ご都合が良い日を教えてくだされば、いつでも向こうの会社の担当者が会ってくれるそうです」
「担当者って、どういう人ですか?」
「それが…分からないんです」
「分からない?」
 水野は俯き、言い辛そうに口を開いた。
「最初、この話は電話でされました。かけてきたのはS&Mの受け付けだという女性です。それからのやりとりは電話とメールで行ってきましたから」
「受け付け嬢が契約を伝えてきたんですか?」
「はい…。何でも担当者は多忙の為、代理でだとか言っていましたね」
「じゃあ水野さんは担当者とは一度も会話すらしたことないんですか?」
「そうなんです。そこも怪しいところでして、本当は陽一さんにお知らせする前にお断りしようかとも思っていたんですが…」
 本当に向こうが本気であれば、これほど良い話はない。
 しかし怪し過ぎる。
「ん~…。水野さんとしてはこの話、向こうが本気なら受けたいんですよね?」
「そう、ですね。話としてはとても良いものですから」
「ですよね」
 陽一もそう思う。しかし本心が見えない限り、お互いに頷くことはできない。
「もし向こうに会うとしたら、オレ一人だけってことですよね? 父さ…じゃなくて、社長や水野さん抜きで」
「恐らくは…。しかし行っていただけるなら、陽一さんには護衛を何人か付けます」
「護衛とはおっかないですね」
「すみません。ですが何が起こるのか、全く予想もできないので、用心にこしたことはないでしょう」
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