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「まだ決めてないの?」
「言わないでよぉ。とりあえず、部活を引退するまでは考えないことにしたの。あと一年もすれば、イヤでも決まるだろうし。両親にもそう言って了解を得たから、担任にも言っておこうと思って」
…それを果たして担任が了承してくれるかは、分からないな。
「あっ、わたし、一応進路決めたんだった。後で報告しなきゃ」
「結局どうするの?」
「とりあえず、駅前の専門学校に行くことにした。学費は親に出してもらう。もちろん、一人前になったら返すけどね」
「出世払いか。カナらしいや」
そうこう話しているうちに、学校に到着した。
午前中は普通に授業をこなし、帰り際、ミホにラッピング袋を渡した。
「ミホ、これミユちゃんに渡して。あとこっちのお菓子も」
「はいはい」
コンビニの袋も渡した。
「ととっ…。担任、職員室に行っちゃう」
荷物を受け取ったミホが、教室から出て行こうとする林田先生を見つけた。
「呼び止めなきゃ。ミホ、行くよ」
「あっ、うん」
ミホは荷物を机の上に置いて、わたしと共に教室を飛び出した。
「先生! 林田先生!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「ん?」
廊下を歩いている担任を呼び止め、わたしとミホは駆け寄った。
「二人とも、廊下は走るもんじゃないぞ」
「すっすみません」
「って言うか、先生、歩くの速いですよ」
ミホの言う通り、担任はすでに一クラス分歩いていた。
「ああ、悪かった。それで何の用だ?」
「あっ、あの、進路のことなんですけど」
わたしとミホはお互いの顔を見て、頷いた。
「わたしは手芸の専門学校に進むことにします。駅前の学校に行きます」
「あっアタシは今は部活に専念したいと思います! なのであと一年はあたたかい目で見守っていただければと思います!」
ミホ…他に言いようがなかったのか?
隣で呆れているわたしに気付かず、ミホは言い切ったという満足そうな顔をした。
「…そうか。分かった。後で進路調査の紙を渡すから、それに書くように」
「「はっはいっ!」」
と言うことは、ミホの言い分も認められたってことか。
やっぱり全国大会の功績があるのは、強みだな。
「あっ、皆藤はちょっといいか?」
「はい」
「じゃあ先に教室で待っているわね!」
ミホは満面の笑顔で教室に戻っていった。
「それで林田先生、何でしょう?」
「いや、実はその…もうすぐ家内が誕生日でな」
「はい」
「皆藤は手芸が得意なんだよな? 悪いが一つ、作ってくれないか?」
「プレゼントですね? 良いですよ。何が良いですか?」
今の季節なら毛糸を使った編み物が良いだろうが、一年を通すならビーズアクセやレースの編み物も捨てがたい。
「そうだなぁ。皆藤のご両親と近い歳だし、喜びそうなので頼む」
ウチの両親…はあんまり良い手本にならないと思う。
「…それじゃあ毛糸生地のケープなんてどうでしょう? オシャレな編み方を最近覚えたんで、作ってみましょうか?」
「ああ、頼む」
テレながら頼んでくる先生に、親近感がわく。
あんまりプライベートを明かさない人だからな。
「何なら先生には腹巻でも作ってさしあげましょうか?」
「腹巻?」
「はい。今から冷えますし、ウチの家族は冬になると全員着用しますよ」
ちなみに全部わたしの手作りで、わたし自身も付ける。
「ははっ、そうだな。じゃあその二つを頼む。できあがったら料金を教えてくれ」
「分かりました。それじゃあ早く作りますね」
「それは嬉しいんだが、せめて目の下にクマができない程度にしとけよ」
うっ! やっぱりバれるか。
「ほっほどほどにしときます」
「ああ、そうしてくれ。妻の誕生日は三週間後だから、急がなくてもいいからな」
「了解しました」
そこで担任とは別れ、教室に戻った。
「カナぁ、どっか寄ってく?」
「仕事が入ったから、やめとく。それに寝たいし」
ふわぁ~っと大きな欠伸をして見せると、ミホは苦笑した。
「また徹夜したのね。そろそろクマが定着しちゃうわよ」
「そうね。今日は大人しく寝ることにするわ。でも仕事は予約されちゃったから、編み方と毛糸の種類だけ、決めてから寝るわ」
「それだけで徹夜になっちゃうんじゃない?」
「あっ、決めるのは早いのよ。編むのも早いけど。だから徹夜しちゃう」
日をまたいでしまうのなら、まだ妥協して途中で止めるということができる。
でも作り上げてしまうのだから、途中で止められないのだ。
「ミホ、アンタも今日は早く帰りなさいよ。そしてミユちゃんにそれ渡して」
「あっ、そだった」
ミホはカバンと荷物を持った。
「じゃあ今日は大人しく、真っ直ぐ帰るとしますか」
「うん。お昼も家族全員で家で食べる予定だし。食べたら寝る。夜まで寝るわ」
「そうしな」
わたしは校舎を出ると、深呼吸した。
「う~ん。秋の匂いがするなぁ」
「ホント。食欲の秋よねぇ」
「…ミホの食欲は年がら年中な気がするわ」
背伸びをして、空を見上げた。
進路が決まったからと言って、楽になるわけじゃない。
これからが本番だ。
手芸についても、人生についても、いろいろあるだろう。
けれどわたしの心には、一本の芯が通った。
今後いろんな苦しみを味わうことになっても、何となく…そう何となく、大丈夫な気がする。
「カナぁ、早く帰ろうよ」
「あっ、うん」
わたしは先行くミホに駆け寄った。
「どうしたの? ぼんやりしちゃって」
「うん。進路も決まったし、とりあえずは…」
わたしは笑みを浮かべ、再び秋空を仰ぎ見た。
「ゆっくり眠れそうだなって思っただけ」
〔お終い〕
「言わないでよぉ。とりあえず、部活を引退するまでは考えないことにしたの。あと一年もすれば、イヤでも決まるだろうし。両親にもそう言って了解を得たから、担任にも言っておこうと思って」
…それを果たして担任が了承してくれるかは、分からないな。
「あっ、わたし、一応進路決めたんだった。後で報告しなきゃ」
「結局どうするの?」
「とりあえず、駅前の専門学校に行くことにした。学費は親に出してもらう。もちろん、一人前になったら返すけどね」
「出世払いか。カナらしいや」
そうこう話しているうちに、学校に到着した。
午前中は普通に授業をこなし、帰り際、ミホにラッピング袋を渡した。
「ミホ、これミユちゃんに渡して。あとこっちのお菓子も」
「はいはい」
コンビニの袋も渡した。
「ととっ…。担任、職員室に行っちゃう」
荷物を受け取ったミホが、教室から出て行こうとする林田先生を見つけた。
「呼び止めなきゃ。ミホ、行くよ」
「あっ、うん」
ミホは荷物を机の上に置いて、わたしと共に教室を飛び出した。
「先生! 林田先生!」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「ん?」
廊下を歩いている担任を呼び止め、わたしとミホは駆け寄った。
「二人とも、廊下は走るもんじゃないぞ」
「すっすみません」
「って言うか、先生、歩くの速いですよ」
ミホの言う通り、担任はすでに一クラス分歩いていた。
「ああ、悪かった。それで何の用だ?」
「あっ、あの、進路のことなんですけど」
わたしとミホはお互いの顔を見て、頷いた。
「わたしは手芸の専門学校に進むことにします。駅前の学校に行きます」
「あっアタシは今は部活に専念したいと思います! なのであと一年はあたたかい目で見守っていただければと思います!」
ミホ…他に言いようがなかったのか?
隣で呆れているわたしに気付かず、ミホは言い切ったという満足そうな顔をした。
「…そうか。分かった。後で進路調査の紙を渡すから、それに書くように」
「「はっはいっ!」」
と言うことは、ミホの言い分も認められたってことか。
やっぱり全国大会の功績があるのは、強みだな。
「あっ、皆藤はちょっといいか?」
「はい」
「じゃあ先に教室で待っているわね!」
ミホは満面の笑顔で教室に戻っていった。
「それで林田先生、何でしょう?」
「いや、実はその…もうすぐ家内が誕生日でな」
「はい」
「皆藤は手芸が得意なんだよな? 悪いが一つ、作ってくれないか?」
「プレゼントですね? 良いですよ。何が良いですか?」
今の季節なら毛糸を使った編み物が良いだろうが、一年を通すならビーズアクセやレースの編み物も捨てがたい。
「そうだなぁ。皆藤のご両親と近い歳だし、喜びそうなので頼む」
ウチの両親…はあんまり良い手本にならないと思う。
「…それじゃあ毛糸生地のケープなんてどうでしょう? オシャレな編み方を最近覚えたんで、作ってみましょうか?」
「ああ、頼む」
テレながら頼んでくる先生に、親近感がわく。
あんまりプライベートを明かさない人だからな。
「何なら先生には腹巻でも作ってさしあげましょうか?」
「腹巻?」
「はい。今から冷えますし、ウチの家族は冬になると全員着用しますよ」
ちなみに全部わたしの手作りで、わたし自身も付ける。
「ははっ、そうだな。じゃあその二つを頼む。できあがったら料金を教えてくれ」
「分かりました。それじゃあ早く作りますね」
「それは嬉しいんだが、せめて目の下にクマができない程度にしとけよ」
うっ! やっぱりバれるか。
「ほっほどほどにしときます」
「ああ、そうしてくれ。妻の誕生日は三週間後だから、急がなくてもいいからな」
「了解しました」
そこで担任とは別れ、教室に戻った。
「カナぁ、どっか寄ってく?」
「仕事が入ったから、やめとく。それに寝たいし」
ふわぁ~っと大きな欠伸をして見せると、ミホは苦笑した。
「また徹夜したのね。そろそろクマが定着しちゃうわよ」
「そうね。今日は大人しく寝ることにするわ。でも仕事は予約されちゃったから、編み方と毛糸の種類だけ、決めてから寝るわ」
「それだけで徹夜になっちゃうんじゃない?」
「あっ、決めるのは早いのよ。編むのも早いけど。だから徹夜しちゃう」
日をまたいでしまうのなら、まだ妥協して途中で止めるということができる。
でも作り上げてしまうのだから、途中で止められないのだ。
「ミホ、アンタも今日は早く帰りなさいよ。そしてミユちゃんにそれ渡して」
「あっ、そだった」
ミホはカバンと荷物を持った。
「じゃあ今日は大人しく、真っ直ぐ帰るとしますか」
「うん。お昼も家族全員で家で食べる予定だし。食べたら寝る。夜まで寝るわ」
「そうしな」
わたしは校舎を出ると、深呼吸した。
「う~ん。秋の匂いがするなぁ」
「ホント。食欲の秋よねぇ」
「…ミホの食欲は年がら年中な気がするわ」
背伸びをして、空を見上げた。
進路が決まったからと言って、楽になるわけじゃない。
これからが本番だ。
手芸についても、人生についても、いろいろあるだろう。
けれどわたしの心には、一本の芯が通った。
今後いろんな苦しみを味わうことになっても、何となく…そう何となく、大丈夫な気がする。
「カナぁ、早く帰ろうよ」
「あっ、うん」
わたしは先行くミホに駆け寄った。
「どうしたの? ぼんやりしちゃって」
「うん。進路も決まったし、とりあえずは…」
わたしは笑みを浮かべ、再び秋空を仰ぎ見た。
「ゆっくり眠れそうだなって思っただけ」
〔お終い〕
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