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兄はわたしの頭から手を離すと、少し遠い目をした。
「姉さんもそれしか自分にないって…のもあったけど…。でも一番の理由は、きっと…作品を褒めてくれる…好きだって言ってくれる人がいたから、だと思う」
「今の職に就いた理由?」
「うん…。姉さんもオレも、作品作りがまだヘタだった頃に…それでも家族や周りの人に、『上手』だって、『好きだ』って…言われたから、頑張れた。だから今のオレ達がいるんだと…思う」
それはわたしも心当たりがあった。
はじめて手芸をしたのは、小学一年生の時。
田舎に住む祖母が手芸の得意な人で、冬休みに遊びがてら、家族で泊まりに行った時にはじめてかぎ針編みを教えてもらった。
最初に作ったのは、ボサボサのマフラーだった。
でもできた時はスッゴク嬉しくて、喜んでいたっけ。
…今思い出すと、イタイ思い出だな。
それでも家族は『上手』だって、満面の笑顔で褒めてくれた。
特に祖母が喜んでくれて、だからできたマフラーは祖母にあげた。
今でも冬になると、そのマフラーをしてくれる。
それがとても嬉しくて、家族にもマフラーを編んであげた。
そして喜ばれて、もっと喜んでほしくて編み物の腕をあげて、いろいろと作れるようになった。
高校にあがる頃に、父からネットで販売してみないかと言われて、売り始めた。
時々、購入した人から感謝のメールをもらうこともある。
優しく、心温かい言葉に嬉しくなって、ヤル気が出る。
だから今でもネット販売を続けている。
ビーズアクセもそう。
はじまりは姉がバイト先で、ビーズアクセの製作を進められたことがキッカケだった。
けれど姉はそっち方面はてんでで、わたしに余った材料をくれた。
その材料の中には、ビーズアクセサリーの作り方の本があった。
それを見ながら作ったら、けっこう上手く作れた。
出来た作品を姉にあげたら、スッゴク喜んでくれた。
作ったのは指輪で、姉は今でも外に遊びに行く時とかにつけて、友達に自慢しているらしい。
わたしとしては…恥ずかしい。
でも自分の作った作品を、喜んでくれる人がいる。
褒めてくれる人がいる。
それが家族以外にもいるから、わたしは手芸を頑張れるのかもしれない。
「…うん。ちょっと分かってきた、かな?」
「そう…?」
「うん。ありがとね、おにぃ」
わたしは穏やかな気持ちで、ココアを飲んだ。
翌日、土曜日。
今日は学校が休み。
朝食後、わたしは自分の部屋にいた。
本棚を見て、思わず失笑してしまった。
マンガや小説は書斎に置いてある。母、姉、兄の本もそこにある。
なのでわたしの部屋の本棚には、手芸にまつわる本しかなかった。
「手芸中毒か」
でも母は料理本、父はコンピュータや情報関連の本、姉は彫刻の本、兄はマンガの資料しか、私室に置いていない。
…オタク一家と呼ばれる日も、そう遠くはないだろうな。
そしてわたしの部屋の棚には、手芸の道具と材料がびっしり入っている。
一メートル以上はある棚なのに、この全てが手芸関連。
そして我が家のいたる所に、わたしが作った作品があった。
レース編みができるし、時々ぬいぐるみも作ったりするので、家の中は少女趣味っぽくなっていることに、今更ながら気付いた。
でも家族は何も言わず、置かせてくれている。
ホントは家族の趣味じゃないのだろうけど、わたしの作った作品だから、笑顔で置いてくれるんだ。
…わたしの作品をネットで購入してくれた人も、こんな風に部屋や家の中に置いてくれているのかな?
そして喜んでくれているのなら、嬉しい。
わたしは家の中をぐるっと一周した後、三階の父の仕事部屋に行った。
父はホームページの管理や、母の本の編集もしているので、三階の一室に仕事部屋を作っていた。
いっつも一人作業で、母は一階の調理部屋にいる。
あっ、ウチにはキッチンと調理部屋の二つがある。
家に入って左手側がリビングとキッチン、そして姉のアトリエ。
右手側に母の仕事部屋である調理部屋と、おフロ&トイレ、そして兄の仕事場へ続く地下室への階段がある。
家族が職を決めるたびに、ウチの家は増改築をしている。
そのお金はまあ…父が株で儲けた分から出ている。
大人しそうな顔をして、裏ではけっこうやることはやっている。
でもそれも愛する家族の為。
お金を問題にせず、好きな道に進ませる為の資金なのだ。
そういうとこ、父は黙っているけれど、感じ取れる。
いつもは派手の母の影になりがちだけど、やっぱりウチの大黒柱は父だ。
父の仕事部屋の前に来て、深呼吸を一つ。
そして扉をノックする。
「父さん、入っても良い?」
「花菜か。大丈夫だよ」
わたしが部屋に入ると、父はメガネをかけ、資料を見ながらパソコンの前にいた。
「今、何の作業してたの?」
「母さんの料理の新作レシピの紹介だよ。秋だからね。いろいろ新作を思い付いて、楽しいらしい」
そう語る父の顔は、嬉しそうだ。
「何だか父さんの方が楽しいみたい」
「ん? まあ母さんが好きなことをやって、楽しんでいるのなら、私は嬉しいからな。それよりどうした?」
「うん…。わたしのホームページのアドレス、教えてほしくて」
実は今まで、わたしは自分の作品が掲載されているホームページを、真剣に見たことがなかった。
作品作りに没頭していたこともあり、時々こうして父の部屋に来ては、見に来るぐらいだった。
「良いけど、新作の掲載だったら私がするよ?」
「うっううん、そうじゃなくて…。わたしの作品を買った人の感想とか、改めて読んで見たくてさ」
「そうか。ちょっと待ってなさい」
父はパソコンに向かい、キーボードを打った。
間も無く振り向き、わたしを見た。
「お前のパソコンのメールに、アドレスを転送しといたから」
「ありがと、父さん」
「ああ。…ところで花菜」
「うん?」
「進路、もしかして悩んでいるのか?」
「えっ…? あっ、おねぇから聞いた?」
「姉さんもそれしか自分にないって…のもあったけど…。でも一番の理由は、きっと…作品を褒めてくれる…好きだって言ってくれる人がいたから、だと思う」
「今の職に就いた理由?」
「うん…。姉さんもオレも、作品作りがまだヘタだった頃に…それでも家族や周りの人に、『上手』だって、『好きだ』って…言われたから、頑張れた。だから今のオレ達がいるんだと…思う」
それはわたしも心当たりがあった。
はじめて手芸をしたのは、小学一年生の時。
田舎に住む祖母が手芸の得意な人で、冬休みに遊びがてら、家族で泊まりに行った時にはじめてかぎ針編みを教えてもらった。
最初に作ったのは、ボサボサのマフラーだった。
でもできた時はスッゴク嬉しくて、喜んでいたっけ。
…今思い出すと、イタイ思い出だな。
それでも家族は『上手』だって、満面の笑顔で褒めてくれた。
特に祖母が喜んでくれて、だからできたマフラーは祖母にあげた。
今でも冬になると、そのマフラーをしてくれる。
それがとても嬉しくて、家族にもマフラーを編んであげた。
そして喜ばれて、もっと喜んでほしくて編み物の腕をあげて、いろいろと作れるようになった。
高校にあがる頃に、父からネットで販売してみないかと言われて、売り始めた。
時々、購入した人から感謝のメールをもらうこともある。
優しく、心温かい言葉に嬉しくなって、ヤル気が出る。
だから今でもネット販売を続けている。
ビーズアクセもそう。
はじまりは姉がバイト先で、ビーズアクセの製作を進められたことがキッカケだった。
けれど姉はそっち方面はてんでで、わたしに余った材料をくれた。
その材料の中には、ビーズアクセサリーの作り方の本があった。
それを見ながら作ったら、けっこう上手く作れた。
出来た作品を姉にあげたら、スッゴク喜んでくれた。
作ったのは指輪で、姉は今でも外に遊びに行く時とかにつけて、友達に自慢しているらしい。
わたしとしては…恥ずかしい。
でも自分の作った作品を、喜んでくれる人がいる。
褒めてくれる人がいる。
それが家族以外にもいるから、わたしは手芸を頑張れるのかもしれない。
「…うん。ちょっと分かってきた、かな?」
「そう…?」
「うん。ありがとね、おにぃ」
わたしは穏やかな気持ちで、ココアを飲んだ。
翌日、土曜日。
今日は学校が休み。
朝食後、わたしは自分の部屋にいた。
本棚を見て、思わず失笑してしまった。
マンガや小説は書斎に置いてある。母、姉、兄の本もそこにある。
なのでわたしの部屋の本棚には、手芸にまつわる本しかなかった。
「手芸中毒か」
でも母は料理本、父はコンピュータや情報関連の本、姉は彫刻の本、兄はマンガの資料しか、私室に置いていない。
…オタク一家と呼ばれる日も、そう遠くはないだろうな。
そしてわたしの部屋の棚には、手芸の道具と材料がびっしり入っている。
一メートル以上はある棚なのに、この全てが手芸関連。
そして我が家のいたる所に、わたしが作った作品があった。
レース編みができるし、時々ぬいぐるみも作ったりするので、家の中は少女趣味っぽくなっていることに、今更ながら気付いた。
でも家族は何も言わず、置かせてくれている。
ホントは家族の趣味じゃないのだろうけど、わたしの作った作品だから、笑顔で置いてくれるんだ。
…わたしの作品をネットで購入してくれた人も、こんな風に部屋や家の中に置いてくれているのかな?
そして喜んでくれているのなら、嬉しい。
わたしは家の中をぐるっと一周した後、三階の父の仕事部屋に行った。
父はホームページの管理や、母の本の編集もしているので、三階の一室に仕事部屋を作っていた。
いっつも一人作業で、母は一階の調理部屋にいる。
あっ、ウチにはキッチンと調理部屋の二つがある。
家に入って左手側がリビングとキッチン、そして姉のアトリエ。
右手側に母の仕事部屋である調理部屋と、おフロ&トイレ、そして兄の仕事場へ続く地下室への階段がある。
家族が職を決めるたびに、ウチの家は増改築をしている。
そのお金はまあ…父が株で儲けた分から出ている。
大人しそうな顔をして、裏ではけっこうやることはやっている。
でもそれも愛する家族の為。
お金を問題にせず、好きな道に進ませる為の資金なのだ。
そういうとこ、父は黙っているけれど、感じ取れる。
いつもは派手の母の影になりがちだけど、やっぱりウチの大黒柱は父だ。
父の仕事部屋の前に来て、深呼吸を一つ。
そして扉をノックする。
「父さん、入っても良い?」
「花菜か。大丈夫だよ」
わたしが部屋に入ると、父はメガネをかけ、資料を見ながらパソコンの前にいた。
「今、何の作業してたの?」
「母さんの料理の新作レシピの紹介だよ。秋だからね。いろいろ新作を思い付いて、楽しいらしい」
そう語る父の顔は、嬉しそうだ。
「何だか父さんの方が楽しいみたい」
「ん? まあ母さんが好きなことをやって、楽しんでいるのなら、私は嬉しいからな。それよりどうした?」
「うん…。わたしのホームページのアドレス、教えてほしくて」
実は今まで、わたしは自分の作品が掲載されているホームページを、真剣に見たことがなかった。
作品作りに没頭していたこともあり、時々こうして父の部屋に来ては、見に来るぐらいだった。
「良いけど、新作の掲載だったら私がするよ?」
「うっううん、そうじゃなくて…。わたしの作品を買った人の感想とか、改めて読んで見たくてさ」
「そうか。ちょっと待ってなさい」
父はパソコンに向かい、キーボードを打った。
間も無く振り向き、わたしを見た。
「お前のパソコンのメールに、アドレスを転送しといたから」
「ありがと、父さん」
「ああ。…ところで花菜」
「うん?」
「進路、もしかして悩んでいるのか?」
「えっ…? あっ、おねぇから聞いた?」
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