わたしの生きる道

hosimure

文字の大きさ
上 下
7 / 12

7

しおりを挟む
兄はペンネームを使わず、本名でマンガ家活動をしているので、近所では有名だったりする。

「おにぃ、アニメ化とか映画化する気、ないのかな? もう三年も連載しているんだし、そろそろしたって良いと思うけど…」

「本人いわく、オリジナルの話が入るのがイヤだって。ワガママよねぇ。アニメってそういうマンガとちょっと違ったところがおもしろいのに」

姉は兄ほどじゃないけど、マンガやアニメが好きだったりする。

まあ家の中にこもりっきりだと、どうしてもこういう趣味になってしまうんだろう。

「あっ、カナは手芸の本買ってきたの?」

姉がわたしの膝にある本を見て、声を上げた。

「うん。新刊、出てたから」

「ちょっと見せてもらっていい?」

「どうぞ」

本を差し出すと、早速パラパラ見始める。

「ふぅん。今、いろいろな編み方あるんだねぇ。アタシじゃムリだ」

「おねぇは彫刻が本職でしょ? こっちができなくても良いじゃない。何か気に入ったのあれば、わたしが編んであげるから」

「ホント? じゃあ、どれにしよっかな♪」

姉は上機嫌になって、ページを捲る。

しかしふと、その手が止まる。

「あれ? でも手芸ばっかしてて大丈夫? 今頃なら進路の問題、出てくるんじゃないの?」

「あ~、うん。手芸の専門学校に行こうかなって、ちょっと思ってる」

「駅前の専門学校? 良いんじゃない? あそこ、良い先生多いってよ」

「うん…」

わたしの歯切れの悪い返事を聞いて、姉が不安そうな顔をした。

「どうかした? もしかして他の遠い専門学校に行きたいとか?」

「うっううん! 行くならあそこで充分! ただ…」

「ただ?」

「将来、手芸だけで食べていけるのかなぁって不安があって…」

「う~ん」

姉は本をテーブルに置き、腕を組んで考えこんだ。

「でもカナ、手芸って一言で言っても、ビーズアクセとか刺繍とか編み物とか、いろいろしてるじゃない。高校を卒業したら今より手芸にかける時間ができるんだし、収入だって増えるわよ。カナの作る手芸品、人気あるんだし」

「うん…」

「そんなに焦らなくても、カナが一人前になるまでは、家族みんなで面倒見てあげるからさ」

そう言ってわたしの頭を引き寄せ、抱き締めてくれる。

「うん…!」

姉のあたたかさと優しさに、胸がいっぱいになる。

わたしは幸せだ。

わたしを思ってくれる家族がいて、友達も理解ある。

恵まれているはずなのに…不安は消えなかった。

家族はみんなわたしに優しくて、大事にしてくれている。

友達だって、理解ある人が多い。

特技は手芸で、将来これだけで生きていけると…思う。

専門学校に進もうと思えば、学費は心配せずに通える。

なのにどこか満たされない気分になるのは何でだろう?

「上手くことが進み過ぎると、人間、贅沢になるのかなぁ」

深夜、寝ようと思っていたところで、ふと考えが浮かんでしまったのがいけなかった。

またあの無限ループの考えに、囚われてしまった。

かと言って、今更他の道に進む気にもなれない。

…というか、何にも思いつかない。

そもそも手芸はもう、わたしの人生の一部になってしまっているので、やめられないことは自分自身が良く分かってしまっている。

「はあ…」

暗い部屋の中、ベッドの中で何度も寝返りをうつ。

「~~~っ! ダメだ! もう起きよう」

一時間も悩んでいると、ノドも渇いてくる。

リビングに行くと、電気がついていた。

もうすぐ日付けが変わる時刻だ。

扉をそっと開くと、兄がいた。

小さな音のテレビをつけながら、スケッチブックを開いて、エンピツで一生懸命に何かを書き込んでいる。

「おにぃ、起きてて平気なの?」

「ああ、カナ…。お前こそ起きてて…って、明日は学校休みか」

兄はため息をつくと、スケッチブックとエンピツをテーブルに置いた。

「次のネーム、書いてたの?」

「うん…。今日原稿渡すついでに、打ち合わせしたから…」

「そうなんだ。あっ、ココアでも飲む?」

「ああ…お願い」

兄はズルズルとソファーに寄りかかり、ぐったりしてしまった。

マンガを書いている時に、激しく集中力を使う為、それ以外はズルズル・ダラダラしてしまうのだ。

気力がもたないらしい。

わたしはキッチンへ行き、二人分のココアを作って、リビングへ戻った。

「はい、おにぃ。ココア」

兄用のマグカップをテーブルに置くと、眼を開き、ゆっくりと飲む。

兄は生まれ付き、体が丈夫ではなかった。

病気をしやすく、寝てばかりだった。

そんな中、マンガを読んだり書いているうちに、マンガ家になることを決めた。

両親が止めるのも聞かず、マンガの材料を買う為に、中学生の頃からバイトを頑張った。

その意思の強さは、きっと兄本来の強さなんだろう。

…体は健康なのに、わたしの方が弱い。

「おにぃは…さ。マンガ家になる時、不安ってなかった?」

「不安?」

「うん。その、マンガ家で成功できるのかなとか、食べていけるのかなって」

「…不安、か」

マグカップを両手で包み込み、兄は眼を閉じた。

多分、当時のことを思い出しているのだろう。

「不安は…あんまりなかった、かな? マンガを書くことしか、オレにできることはなかったから…」

「…そっか」

不安うんたらかんたらよりも、兄にはマンガ家という選択肢しかなかったのか。

体が弱かったせいで、体を動かす仕事は向かず、他に選ぶものはなかった。

だから兄はマンガ家になった。

それしかないと自分で決め付け、その為にしか努力をしてこなかったから。

「カナは…不安?」

「うっう~ん…。ちょっと不安がある、かな?」

「…手芸、飽きた?」

「飽きてはないけど…。さっき言ったみたいな不安があってさ。よくわかんなくなってきちゃった」

アハハと苦笑すると、兄はマグカップをテーブルに置いて、わたしの頭を撫でた。

「おにぃ?」

「オレ…カナの作る手芸品、大好き」

兄は優しい笑顔をしていた。

…珍しい。こんな顔をするなんて。

「あっありがと」

「オレもそう、だけど…」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

神様自学

天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。 それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。 自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。 果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。 人の恋心は、どうなるのだろうか。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

檸檬色に染まる泉

鈴懸 嶺
青春
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性” 女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。 雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が…… 手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が…… いま……私の目の前ににいる。 奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……

さよなら、真夏のメランコリー

河野美姫
青春
傷だらけだった夏に、さよならしよう。 水泳選手として将来を期待されていた牧野美波は、不慮の事故で選手生命を絶たれてしまう。 夢も生きる希望もなくした美波が退部届を出した日に出会ったのは、同じく陸上選手としての選手生命を絶たれた先輩・夏川輝だった。 同じ傷を抱えるふたりは、互いの心の傷を癒すように一緒に過ごすようになって――? 傷だらけの青春と再生の物語。 *アルファポリス* 2023/4/29~2023/5/25 ※こちらの作品は、他サイト様でも公開しています。

処理中です...