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けれど今日は女性のお客さんは全品五パーセント引きなので、女性客が多い。
みんな、同じことをしている。
同性だと気兼ねなくできるから。
「そういえば、カナのその紙袋、何なの?」
「ああ、林田先生からもらったの。手芸の専門学校の資料だって」
「あれ? 専門学校に進むんだっけ?」
「一応考えとけってこと。わたしの手芸って、趣味の範囲越えてないから。本当はおねぇみたいに、どこかに学びに行った方が良いんだけどね」
「どこか決めてないの?」
「ん~。ちょっと迷い気味。専門学校も、近くにあることはあるんだけどね」
と言うより、この駅ビルの隣がファッション系の専門学校だ。
そこには手芸の部門があり、本格的に学べる。
「じゃあ行ったら? ご両親にだって、反対されないでしょう?」
「気軽に言わないでよ」
モンブランの栗をブスッとフォークでさし、一口で食べた。
コーヒーにミルクと砂糖を入れて、一口飲む。
「ちょっといろいろ迷っててさ。手芸の道を行くことも悩んでる」
「え~? でも好きなんでしょ? それにネット販売の売り上げだって悪くないじゃん」
「…まあ、ね」
ミホは怪訝な顔をしながら、スプーンに持ちかえ、チーズムースを食べた。
「手芸に飽きた、とか? ずっと作りっぱなしだったから…」
「いやいや! 手芸は好きよ。どんなにやっても飽きたりしないわよ」
暖かい季節には、ビーズアクセサリーを良く作る。
それとレース刺繍の小物とか、編み物は楽しい。
寒くなれば毛糸を使った編み物をする。
ずっと一年中手芸をしているけれど、飽きることなんて一度も無い。
「ただ…不安にはなるの。わたしには他にも何かやれること・できることがあるんじゃないかって。別に手芸を一生の職にしなくてもいいんじゃないかって、最近ちょっと思ってさ」
小さな不安はもやもやと、心の中にくすぶり続けている。
だからついつい現実逃避の手段として、編み物をしてしまうのだ。
編み物をしている間は、頭が真っ白になれるから。
「そっかぁ。ん~、もしかしたらちょっと疲れてんのかもよ? 少し手芸とか、進路のこと考えない日作ったら?」
「疲れ、か…。そうかもね」
「それにホラ、カナはお母さんやお姉さん、それにお兄さんが趣味人間で、それが高じて今の職業になっているもんだから、ちょっとした反抗期もあるんじゃない?」
「反抗期…。そう言われてみると、そうかもしんない」
母や姉、それに兄は趣味人間といって過言じゃない。
それに父も元々情報世界のことが好きで、パソコンなども大好き。
父も趣味が高じて、とも言えてしまう。
そんな家族の中にいるからこそ、自分の特技を将来職にするのを躊躇ってしまうのかもしれない。
「そうそう。アタシもさ、周囲の人間が『ああしろ』、『こうしろ』って言ってくると、イライラするもん。だからちょっと休んだら?」
「そうだね。特に今日は寝不足だし…ふわぁあ」
そろそろ欠伸の回数が増えてきた。
「うんうん。今日は早く寝ると良いよ。明日はガッコ休みだしさ」
「あ~でも帰りに本屋寄るの。新しい編み物の縫い方を紹介している本、今日発売だからさ」
視線を感じて顔を上げると、ミホが呆れた顔をしていた。
「…全然休めないじゃん」
「本ぐらいは良いじゃん。勉強したいのよ」
わたしには手芸の師匠や先生がいない。
子供の頃に祖母に教わり、後は独学と練習と研究を繰り返して、腕を上げてきた。
だから最新の情報は知っておきたい。
「あっ、それと母さんの本が出ているか、見るんだった」
「菜雪さんの本? 今度は料理? それともお菓子?」
「お菓子。焼き菓子特集の本、出したの」
母は料理の他に、本も作って出している。
料理の内容はさまざまで、最近ではお菓子の方が注目されている。
どれも五十万部を突破するベストセラーで、でも本人は本より料理をしている方が好きらしい。
なので編集は実質、父がやっている。
母からレシピを聞いて、それをまともな文章にして書籍化をしているのだ。
だから両親は本当に相性が良いパートナーなんだな、って思う。
「あとおにぃの本の置き方を見とくのと、おねぇの本もあるか見てくるように頼まれてたんだった」
「菜月さんの本の置き方?」
「うん。書店によってオススメにされているか、平置きされているか、本棚に入れられているか、さまざまだから」
「なるほど。んで、菜摘さんの本があるのかって、どういう意味?」
わたしはミホに顔を寄せ、小声で説明した。
「おねぇの本はある意味、マニアックだから。本屋にずっと置いてもらえているかどうか、見て来いって」
姉の本は、姉の作品の写真集。
彫刻好きな人や、姉の作品が好きな人にはたまらないだろうけど、万人受けするような本ではないと、本人も苦笑しながら言っている。
「なぁる。やっぱり自分の作品のこと、気になっているんだね」
「そりゃそうでしょ。立派な収入源なんだから」
調べてきたら、わたしの本代は出してくれるとのこと。
だから本屋には行くつもりだ。
「おもしろそうだから、アタシも付き合っていい?」
「いいよ」
「んじゃ、食べ終わったら早速行こう」
「うん」
その後は二人ともケーキに夢中になった。
いろいろ話し込んでいたせいか、夕方になっていた。
なので同じ駅ビルの中の本屋に行くことにした。
まずは新刊として、母の本だ。
この本屋は新刊で、そこそこ人気がある本ならば、目立つ所に平置きしてくれる。
新刊売り場に行くと、おっ、あった。
「あっ、菜雪さんだ」
ミホが嬉しそうに小声で言った。
本の表紙はエプロンをして、アップルパイを乗せた皿を両手で持って、ニッコリ微笑んでいる母の姿がある。
「これで三人の子持ちには見えないわよね」
「それ、本人の前では言わないでね。コンプレックスに感じているみたいだから」
わたしはケータイ電話を取り出し、母の本を写真に撮った。
みんな、同じことをしている。
同性だと気兼ねなくできるから。
「そういえば、カナのその紙袋、何なの?」
「ああ、林田先生からもらったの。手芸の専門学校の資料だって」
「あれ? 専門学校に進むんだっけ?」
「一応考えとけってこと。わたしの手芸って、趣味の範囲越えてないから。本当はおねぇみたいに、どこかに学びに行った方が良いんだけどね」
「どこか決めてないの?」
「ん~。ちょっと迷い気味。専門学校も、近くにあることはあるんだけどね」
と言うより、この駅ビルの隣がファッション系の専門学校だ。
そこには手芸の部門があり、本格的に学べる。
「じゃあ行ったら? ご両親にだって、反対されないでしょう?」
「気軽に言わないでよ」
モンブランの栗をブスッとフォークでさし、一口で食べた。
コーヒーにミルクと砂糖を入れて、一口飲む。
「ちょっといろいろ迷っててさ。手芸の道を行くことも悩んでる」
「え~? でも好きなんでしょ? それにネット販売の売り上げだって悪くないじゃん」
「…まあ、ね」
ミホは怪訝な顔をしながら、スプーンに持ちかえ、チーズムースを食べた。
「手芸に飽きた、とか? ずっと作りっぱなしだったから…」
「いやいや! 手芸は好きよ。どんなにやっても飽きたりしないわよ」
暖かい季節には、ビーズアクセサリーを良く作る。
それとレース刺繍の小物とか、編み物は楽しい。
寒くなれば毛糸を使った編み物をする。
ずっと一年中手芸をしているけれど、飽きることなんて一度も無い。
「ただ…不安にはなるの。わたしには他にも何かやれること・できることがあるんじゃないかって。別に手芸を一生の職にしなくてもいいんじゃないかって、最近ちょっと思ってさ」
小さな不安はもやもやと、心の中にくすぶり続けている。
だからついつい現実逃避の手段として、編み物をしてしまうのだ。
編み物をしている間は、頭が真っ白になれるから。
「そっかぁ。ん~、もしかしたらちょっと疲れてんのかもよ? 少し手芸とか、進路のこと考えない日作ったら?」
「疲れ、か…。そうかもね」
「それにホラ、カナはお母さんやお姉さん、それにお兄さんが趣味人間で、それが高じて今の職業になっているもんだから、ちょっとした反抗期もあるんじゃない?」
「反抗期…。そう言われてみると、そうかもしんない」
母や姉、それに兄は趣味人間といって過言じゃない。
それに父も元々情報世界のことが好きで、パソコンなども大好き。
父も趣味が高じて、とも言えてしまう。
そんな家族の中にいるからこそ、自分の特技を将来職にするのを躊躇ってしまうのかもしれない。
「そうそう。アタシもさ、周囲の人間が『ああしろ』、『こうしろ』って言ってくると、イライラするもん。だからちょっと休んだら?」
「そうだね。特に今日は寝不足だし…ふわぁあ」
そろそろ欠伸の回数が増えてきた。
「うんうん。今日は早く寝ると良いよ。明日はガッコ休みだしさ」
「あ~でも帰りに本屋寄るの。新しい編み物の縫い方を紹介している本、今日発売だからさ」
視線を感じて顔を上げると、ミホが呆れた顔をしていた。
「…全然休めないじゃん」
「本ぐらいは良いじゃん。勉強したいのよ」
わたしには手芸の師匠や先生がいない。
子供の頃に祖母に教わり、後は独学と練習と研究を繰り返して、腕を上げてきた。
だから最新の情報は知っておきたい。
「あっ、それと母さんの本が出ているか、見るんだった」
「菜雪さんの本? 今度は料理? それともお菓子?」
「お菓子。焼き菓子特集の本、出したの」
母は料理の他に、本も作って出している。
料理の内容はさまざまで、最近ではお菓子の方が注目されている。
どれも五十万部を突破するベストセラーで、でも本人は本より料理をしている方が好きらしい。
なので編集は実質、父がやっている。
母からレシピを聞いて、それをまともな文章にして書籍化をしているのだ。
だから両親は本当に相性が良いパートナーなんだな、って思う。
「あとおにぃの本の置き方を見とくのと、おねぇの本もあるか見てくるように頼まれてたんだった」
「菜月さんの本の置き方?」
「うん。書店によってオススメにされているか、平置きされているか、本棚に入れられているか、さまざまだから」
「なるほど。んで、菜摘さんの本があるのかって、どういう意味?」
わたしはミホに顔を寄せ、小声で説明した。
「おねぇの本はある意味、マニアックだから。本屋にずっと置いてもらえているかどうか、見て来いって」
姉の本は、姉の作品の写真集。
彫刻好きな人や、姉の作品が好きな人にはたまらないだろうけど、万人受けするような本ではないと、本人も苦笑しながら言っている。
「なぁる。やっぱり自分の作品のこと、気になっているんだね」
「そりゃそうでしょ。立派な収入源なんだから」
調べてきたら、わたしの本代は出してくれるとのこと。
だから本屋には行くつもりだ。
「おもしろそうだから、アタシも付き合っていい?」
「いいよ」
「んじゃ、食べ終わったら早速行こう」
「うん」
その後は二人ともケーキに夢中になった。
いろいろ話し込んでいたせいか、夕方になっていた。
なので同じ駅ビルの中の本屋に行くことにした。
まずは新刊として、母の本だ。
この本屋は新刊で、そこそこ人気がある本ならば、目立つ所に平置きしてくれる。
新刊売り場に行くと、おっ、あった。
「あっ、菜雪さんだ」
ミホが嬉しそうに小声で言った。
本の表紙はエプロンをして、アップルパイを乗せた皿を両手で持って、ニッコリ微笑んでいる母の姿がある。
「これで三人の子持ちには見えないわよね」
「それ、本人の前では言わないでね。コンプレックスに感じているみたいだから」
わたしはケータイ電話を取り出し、母の本を写真に撮った。
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