2 / 3
2
しおりを挟む
けれど行けども行けども、周囲の景色が変わらない。
桜の木が、わたしを囲んでいる。
あんなに感動したのに、今では恐怖を感じてしまう。
「ヤダな…。昔は怖くなんてなかったのに…」
思わず早足になる。
こんな所で今、迷子になったら、本当に大変なことになる。
わたしは自分の勘を頼りに、歩く。
だけど…景色は変わらなかった。
これはさすがにマズイ。
祖母の言葉で言うのなら、この桜の森にわたしは呑まれかけている。
焦りから、足が速くなる。心臓も早く動いてしまう。
一本の大きな木を通った時だった。
ドンッ!
「きゃあ!」
「うわっ」
人に、ぶつかってしまった。
「ごっごめんなさい! 慌てたもので…」
「ううん。オレの方こそ、ちょっとぼ~っとしてたから」
顔を上げると、わたしとそう歳が変わらない青年が目の前にいた。
人がいたことに、心底ほっとした。
「あっあのね、ちょっと聞きたいんだけど…」
「うん?」
「バス亭に行きたいの。道、分かるかな?」
「分かるよ。教えてあげる。一緒に行こうか?」
「ありがとう!」
これで一安心。
わたしは彼と一緒に歩き出した。
途中、いろいろな話をした。
彼も昔ここにいて、懐かしくなって来たらしい。
「春休みを利用して来たんだ。まさかオレの他にも誰かいるとは思わなかったけど」
「わたしも。でも安心した。何せ迷子になってたから」
「迷子ねぇ。気をつけないとダメだよ。この桜の森は、人を呑みこむって言われているんだから」
「あっ、それお祖母ちゃんにも言われた。確かにちょっと、今となると怖いわね」
風も冷たくなってきた。
桜の舞い散る花びらが、視界を何度も埋め尽くす。
「でも…不思議と帰れるという自信は揺るがないのよね。あなたがいてくれるからかな?」
「…どうだろう? オレはちょっと自信ないよ。無事にキミを送り届けることができるかどうか」
そうは言うけど、彼の足は迷うことなく進んでいる。
「ここには詳しいんじゃないの?」
「詳しいよ。ずっとここにいるからね」
「じゃあわたしとも会ったこと、あるのかな? 10年前まで、ここに住んでいたから」
「う~ん…」
彼はじっとわたしの顔を見つめた。
「…ちょっと見たことがある気がするなぁ。もしかしたら会っていたかもね」
「だと良いわね。わたし、来年も来るつもりだから、良かったら一緒に見て回らない?」
「キミは…ここにはずっといられないのかな?」
「えっ…」
思いがけない言葉に、思わず足が止まる。
彼は真っ直ぐに、真剣な眼差しでわたしを見ていた。
「ずっと…はムリよ。わたしは今の生活を捨てられない。わたしを呼ぶ人達がいる限り、わたしは今のわたしを捨てるつもりはないわ」
きっぱりと言った言葉に、自分で驚いた。
わたし、何故こんな言葉を…?
でも…この言葉を言ったことがある?
ずっと昔、この桜の森で…。
「…そっか。じゃあ仕方ないね」
彼が歩き出したので、わたしも慌てて付いていった。
その後、特に会話は無く、桜の森を抜け、あの大きな桜の木にたどり着いた。
「ここまで来たら、大丈夫?」
「あっ、うん。ありがとう」
「ここを真っ直ぐ下れば、バス停に一直線だから」
「そう…なんだ」
来た時はいろいろな場所をウロウロしていたから、バス停から離れた場所だと思っていた。
「ねぇ…。来年も会ってくれる?」
わたしは桜の木の下で、彼の眼を真っ直ぐ見つめた。
「…キミが望むなら。オレはずっとここにいるから」
彼は切なそうにわたしの目を見つめ返し、そっと頬に触れた。
…その手の感触には、どこか覚えがあった。
「あっ、枝が欲しいんだったよね」
彼の手はわたしから離れ、桜の枝に伸びた。
スッと撫でただけなのに、枝は彼の手の中にあった。
「何で…?」
「はい」
彼に枝を渡され、わたしは呆然としたまま受け取った。
「それじゃあ」
彼は元来た道に戻っていく。
その時、急に強い風がふいた!
「きゃっ…!」
風が運んできた花びらで、彼の姿が見えなくなる!
けれど風には勝てず、わたしは思いっきり目をつぶった。
…しばらくして目を開けた時、彼の姿は消えていた。
桜の木が、わたしを囲んでいる。
あんなに感動したのに、今では恐怖を感じてしまう。
「ヤダな…。昔は怖くなんてなかったのに…」
思わず早足になる。
こんな所で今、迷子になったら、本当に大変なことになる。
わたしは自分の勘を頼りに、歩く。
だけど…景色は変わらなかった。
これはさすがにマズイ。
祖母の言葉で言うのなら、この桜の森にわたしは呑まれかけている。
焦りから、足が速くなる。心臓も早く動いてしまう。
一本の大きな木を通った時だった。
ドンッ!
「きゃあ!」
「うわっ」
人に、ぶつかってしまった。
「ごっごめんなさい! 慌てたもので…」
「ううん。オレの方こそ、ちょっとぼ~っとしてたから」
顔を上げると、わたしとそう歳が変わらない青年が目の前にいた。
人がいたことに、心底ほっとした。
「あっあのね、ちょっと聞きたいんだけど…」
「うん?」
「バス亭に行きたいの。道、分かるかな?」
「分かるよ。教えてあげる。一緒に行こうか?」
「ありがとう!」
これで一安心。
わたしは彼と一緒に歩き出した。
途中、いろいろな話をした。
彼も昔ここにいて、懐かしくなって来たらしい。
「春休みを利用して来たんだ。まさかオレの他にも誰かいるとは思わなかったけど」
「わたしも。でも安心した。何せ迷子になってたから」
「迷子ねぇ。気をつけないとダメだよ。この桜の森は、人を呑みこむって言われているんだから」
「あっ、それお祖母ちゃんにも言われた。確かにちょっと、今となると怖いわね」
風も冷たくなってきた。
桜の舞い散る花びらが、視界を何度も埋め尽くす。
「でも…不思議と帰れるという自信は揺るがないのよね。あなたがいてくれるからかな?」
「…どうだろう? オレはちょっと自信ないよ。無事にキミを送り届けることができるかどうか」
そうは言うけど、彼の足は迷うことなく進んでいる。
「ここには詳しいんじゃないの?」
「詳しいよ。ずっとここにいるからね」
「じゃあわたしとも会ったこと、あるのかな? 10年前まで、ここに住んでいたから」
「う~ん…」
彼はじっとわたしの顔を見つめた。
「…ちょっと見たことがある気がするなぁ。もしかしたら会っていたかもね」
「だと良いわね。わたし、来年も来るつもりだから、良かったら一緒に見て回らない?」
「キミは…ここにはずっといられないのかな?」
「えっ…」
思いがけない言葉に、思わず足が止まる。
彼は真っ直ぐに、真剣な眼差しでわたしを見ていた。
「ずっと…はムリよ。わたしは今の生活を捨てられない。わたしを呼ぶ人達がいる限り、わたしは今のわたしを捨てるつもりはないわ」
きっぱりと言った言葉に、自分で驚いた。
わたし、何故こんな言葉を…?
でも…この言葉を言ったことがある?
ずっと昔、この桜の森で…。
「…そっか。じゃあ仕方ないね」
彼が歩き出したので、わたしも慌てて付いていった。
その後、特に会話は無く、桜の森を抜け、あの大きな桜の木にたどり着いた。
「ここまで来たら、大丈夫?」
「あっ、うん。ありがとう」
「ここを真っ直ぐ下れば、バス停に一直線だから」
「そう…なんだ」
来た時はいろいろな場所をウロウロしていたから、バス停から離れた場所だと思っていた。
「ねぇ…。来年も会ってくれる?」
わたしは桜の木の下で、彼の眼を真っ直ぐ見つめた。
「…キミが望むなら。オレはずっとここにいるから」
彼は切なそうにわたしの目を見つめ返し、そっと頬に触れた。
…その手の感触には、どこか覚えがあった。
「あっ、枝が欲しいんだったよね」
彼の手はわたしから離れ、桜の枝に伸びた。
スッと撫でただけなのに、枝は彼の手の中にあった。
「何で…?」
「はい」
彼に枝を渡され、わたしは呆然としたまま受け取った。
「それじゃあ」
彼は元来た道に戻っていく。
その時、急に強い風がふいた!
「きゃっ…!」
風が運んできた花びらで、彼の姿が見えなくなる!
けれど風には勝てず、わたしは思いっきり目をつぶった。
…しばらくして目を開けた時、彼の姿は消えていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
2つの魔女
hosimure
ホラー
わたしの通う高校には、一人の『魔女』がいる。
『魔女』は助けを求められると、必ず助けてくれる。
けれどその反面、『魔女』を否定する者には厳しいらしい。
でも彼女は何故、『魔女』になったのだろう?
月光と弾丸
肇
ホラー
不登校の中学生、私は今日も自堕落な生活をしている。
暗澹たる気持ちで部屋にこもっていたある日、母が部屋にやって来て言った一言「カーテンを閉めなさい」。その言葉をきっかけに私の考えは変化するのだが……。思わぬ形で物語は着地する。
小学六年生のときに書いた小説に加筆修正を施した作品です。
水難ノ相
砂詠 飛来
ホラー
「あんた、水難の相が出てる――3日後に死ぬよ」
予備校講師の赤井次晴は、水難の相が出ていると告げられる。
なんとか死を免れようと、生徒であり歳下の彼女である亜桜と見えないものに抗うが――
専門学生時代に執筆したお話です。
誤字脱字のみをなおし、ほかはすべて当時のままの文章です。
いろいろとめちゃくちゃです。
死界、白黒の心霊写真にて
天倉永久
ホラー
暑い夏の日。一条夏美は気味の悪い商店街にいた。フラフラと立ち寄った古本屋で奇妙な本に挟まれた白黒の心霊写真を見つける……
夏美は心霊写真に写る黒髪の少女に恋心を抱いたのかもしれない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる