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第一章
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しおりを挟む気がつくと、薄暗い部屋の中だった。
周囲を見渡すとベッドが複数台見える。
部屋には木でできたガラス棚が並んでおり、そこにたくさんの包帯や回復ポーションと思わしき容器が置いてあった。
もしかしてここって学園の保健室?
どうやら、ベッドの上で寝ていたようで、手に布のような感触があった。
体を起こすとおしりが沈み、ベッドの軋む音が響く。
ええっと……たしかわたしは……
そうだ! 先輩と戦って
それでその後、気絶して……!
「そうか、わたし結局敗けたのか……」
ベッドに腰かけて、うつ向く。
しばらくすると、脳が覚醒し、しだいに思考力を取り戻していった。
先輩と戦って、魔術で隙を作って殴りかかって。
勝ったと思ったのに、先輩は倒れてなんていなくて。
その後、魔力をともなった剣で思いっきり殴られて……
あの後、ずっと気絶していたのか?
一体どれくらい寝ていたんだ。
一日中寝ていた気がする。
三日三晩意識を失っていたという可能性も。
いや、そんなことはどうだっていいよ……
わたしは敗けた。
つまり、ラナたちの想いを晴らせなかったということ。
わたしたちの未来を切り開けなかったということだ。
「大事なところで敗北か……何やってるのかなあ、わたし……」
あの戦い、魔術を使う隙さえ生み出すことができれば勝てると思っていた。
実際に先輩に隙を作ることができたし、一度も使ったことのない魔術も土壇場で使えることができた。
思い付きにしては、結構上手くいったと思うんだけど……
「ラナもメーロルちゃんも大丈夫かな……死んだりしてないといいけど……」
それにラナたちも心配だ。相当なケガ。
とくに出血がひどかった。あのままいけば、ほんとにヤバかっただろう。
どうやら、わたしとともに運ばれてきたわけではないらしい。この部屋にはいなかった。
「全て失敗に終わったわけか……」
「ふん、気がついたか?」
「……せ、せんぱい?!」
ふと気配に気づいて、振り向くと部屋の入り口にアベリア先輩が腕を組んで立っていた。
いつの間にそこにいたんだろう?
もしかして、先輩が倒れたわたしを運んでくれて起き上がるまで待っててくれたのだろうか?
「せんぱいがここまで運んでくれたんですか?」
「ああ、そうだ。最後の一撃……少々やりすぎたと思ってな。しかし、相当な魔力で殴ったと思うのだが、全然平気そうだな。」
「あの……どれくらい寝ていたんですか?」
「5分くらいだ」
「ご、5分ですか……」
一日中、寝ていたと思っていたが、意識がなかったのはわずか5分らしい。
殴られたのが剣の峰だったとはいえ、先輩の言うように結構な威力で後頭部を強打したと思うのだが、あまり大事には至らなかったみたいだ。
どんだけ丈夫なんだよわたし……
「あの……ラナたちは大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ない……急所は外してあるし、回復魔術がかかりやすいように対処した。ああみえて軽症だ」
そうなのか……血とか出まくってたから、そうとう重症に見えたんだけど……
しかし、先輩が嘘を言っているようには見えない。わたしよりはるかに重症とはいえ、死んだりはしてなさそうだ。
「その……少しいいですか?」
「なんだ言ってみろ」
「敗けはみとめます。けど、ラナたち5人はせめて合格にしてあげてはくれませんか? 先輩からみたら、それは雑魚かもしれないですけど、ああ見えてラナとメーロルは剣術部に入るために相当な努力をしてるんです。なんの努力もしてないわたしなんかとは違って……他の3人も同じだと思います。入るとしたらラナたちの方がふさわしいです……今は弱いかもしれないけど、いずれ強くなると思います。先輩の悪いようにはならないと思います……だから……」
「それはできない相談だな。例の約束をした……私は貴様に勝った。なら、おとなしくしたがってもらう必要がある」
先輩は腕組みして、扉の横の壁に体をあずけながら言った。
やっぱり無理だよね。
厳格なアベリア先輩が決め事を反古にするとは思えない。
わたしはもう【戯画士の集い (ミミックレギオン)】に入ることはできなくても、せめてラナたちには目的を叶えて欲しかった。
と思ったんだけど……
「と……言いたいところなのだがな……あれを私の勝ちというには無理がある。よくて引き分け……いや、それすら負け惜しみだな。あれは貴様の勝ちだった」
「え……それってどういう……?」
「あの戦いは貴様の勝ちで、貴様はこの部を脱退、あの雑魚どもは剣術部に入っていいということだ」
しかし、先輩はすぐにそう言い直した。
え……? どゆこと?
先輩はあのパンチを受けて、無事だったんだよね?
それで油断して勝ちを確信しているところをまた返されて。
それを勝負そのものがわたしの勝ちって?
わけがわからないんだけど?
「なぜですか? わたし先輩に気絶させられました。さすがにあの戦いを勝ちっていうのはそれこそ無理がある気が……」
「貴様はたしかに甘かった……だが、殴られた後、剣を奪われ追撃されていたら、こちらが負けていたのも事実だ。贔屓目に言って五分、実質私の負けだろう」
先輩の言動に驚きを隠せない。
自ら負けを認めるってこと?
あの厳格でプライドが高そうな先輩が?
でも先輩はこう言ってるし……
「じゃあ、なんで最後殴ったんですか? あのパンチを繰り出した時に、もしくは先輩が横たわった瞬間に、先輩の剣を奪ってたら勝ってたっていうなら、最後わたしを殴る必要なかったんじゃ……」
「それはあれだ……貴様にいいようにやられてムキになってただけだ」
先輩は不敵な笑みを浮かべて、目を閉じていた。
そんなことってある?
それが本当ならわたし殴られる必要なかったんじゃ……
しかし、正直あの戦いはどう考えても、わたしの勝ちとは到底思えないけど。
先輩が自ら敗けだと言っている以上、わたしが勝った。ということでいいのだろうか?
あまりにも都合がいい展開だと思うが、それならそれで、これ以上ないほどラッキーなことだ。
「いや、見事だった。まさか魔術を使ってくるなんてな。完全に虚をつかれた。貴様剣士としての素質がありながら、魔術師としての素質もあるのか? 普通、剣士向きの魔力か、魔術師向きの魔力かどちらか一つだというのに……」
「あのだったら、この勝負わたしたちの勝ちってことで……!」
「ああ、それでいい。久しぶりに面白い思いをさせてもらった」
「ラナたちここにいる6人は合格にしてくれますよね……?! 」
「ふん、仕方ない。約束だからな。ここにいる6人と残り適当なやつ14人も追加でごうかくにしてやろう」
「あ、あと、わたしの入部辞退の件も……!」
「ああ、入部辞退していいぞ。好きな部に行くがいい。正直、貴様ほどの逸材を失うのは惜しいことだがな……あの人になんて言われるか……」
よかった! それならわたしは剣術部に入らないで済む!
わたしは勝ったんだ。先輩という強大な敵に!
わたしたちは勝ち取ったのだ!
これでもう二度とこんな無茶をすることはない。
わたしは【戯画士の集い】に入って、この世界での生活を謳歌し、
ラナたちは剣術部で剣士になるため、日々訓練に勤しむ。
お互い夢のためにがんばれる!
まさにそれこそ望んだ学園生活だよ!
「ちょっとお! ……勝手に話進めないでくれるかなあ~」
嬉しさに心が震える。
この世界にもマンガの文化があると知ったあの時、ちょうど半年前ラナが持っていた戯画本を見たあの時と同じぐらいの嬉しさだ。
しかし、そんなわたしの後ろから、女の人の声が聞こえてきた。
なんかこの声どこかできいたことあるような……
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