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38老人の息子の話
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「全員揃いましたので、話をしていきましょう」
息子が席につき、犯人捜しの話はいったん、終了となった。愛理は、老人の息子だという男を観察する。男は老人とあまり似ていなかった。しかし、愛理はこの男が老人の息子であると確信していた。百乃木が別の人物を連れてくるとは思えないが、愛理にはこの男に見覚えがあった。
「夢にでてきた人とそっくりだ」
「何か言いましたか」
無意識に言葉が漏れていたのだろう。慌てて口を閉じる愛理。男の方も愛理のことをじっと見つめていた。
「あなたが、父に時間を与えてくださったのですね。お若いのに、ありがたいことです」
男は愛理に礼を言うが、その目は感謝している者の目ではなかった。まるで、なぜ時間を渡したのだという怒りが込められた目だった。言葉はただ社交辞令として述べられたものだとわかってしまうほどの棒読みで、感情が込められていない言葉だった。
「それで、僕に何の用事ですか。父は亡くなりました。ですが私はあなた方の会社を訴えるつもりはありません。父は老衰で亡くなった。それで僕は納得しています」
「納得とかいう問題ではなく、ただ彼女があなたの父の最期を知りたいと言っていたので、お話ししてあげてはどうかということです。彼女は、自らの時間を売り、他人の時間を延ばした。つまり、自分の寿命を縮めて他人の寿命を延ばした。それなのに、あなたのお父様は亡くなった。こんなにも早い死を彼女は想定していなかった。もしかしたら、自分の時間が合わなかったかもしれないと嘆いていたのです。ですから、あなたがその誤解を解くように話をして頂ければと思いまして」
百乃木が愛理のために、息子に話をしてくれるように理由をでっちあげる。嘘ではないが、そこまで深く愛理は考えていなかった。ただ、自分が時間をあげたのになぜ老人は亡くなってしまったのか。それを知るためには、息子である彼に話を聞いた方がいいと思った。
「ふん、そんなことなら、百乃木さんが直接お話すればよかったでしょう。父の最期に立ち会っているのですから。わざわざ私を呼ぶ必要はなかったはず」
「やはり、息子さんが直接話した方がいいと思いまして。私が話しても構わないですが、私が話すとどうにも嘘くさくなってしまうでしょう?」
百乃木と男は相性が悪いようだ。言葉だけの応酬だというのに、ピリピリと嫌な空気となっている。一触即発かという雰囲気である。
「あ、あの、無理に話したくないのなら、話してもらわなくても、いいです。百乃木さんから聞きます。ですが、どうしても私は知りたくて」
愛理は意を決し、男に話しかける。男がどうしても話したくないというのならば、そこまでして聞くようなことでもない。仮にも、自分の父親を亡くしているのだ。そんな彼に聞くのは失礼に当たるのではないか。そう思っての発言だったのだが。
「話を聞いてどうするのかわかりませんが、ここに来てしまった以上、話してあげますよ。話すための時間をとってしまっているのです。このまま帰ると暇を持て余してしまいますから」
男は初めから、自らの父のことを愛理たちに話すために姿を見せたのだった。男は静かに自分の父のことを語り始めた。
「どうしてだ。○○、私を置いていくのか。私の愛しい人」
「別にずっと離れるわけではないでしょう。すぐに会うことができるわ。その時まで少しの間のお別れというだけ。泣かないで。それに、私はあなたが少しでも長くこの世の中をよくするために頑張る姿がみていたいの、それに、私とあなたにはあの子と居るでしょう。あの子のことを……」
「ああ、わかったよ。君の望みを私はかなえるよ。あなたのたった一つの願いなら」
息子の父親と母親は、お見合い結婚だったが、とても仲が良くお互いに愛し合っているように見えた。両親と息子の三人は幸せな家庭を築いていた。それが崩壊し始めたのは、母親の病気がきっかけだった。
母親の病気が発覚し、入院を余儀なくされるも、治る見込みはないと病院側に宣告された。徐々にやせ細り、生気のなくなる様を見ているうちに、父親は壊れていく。その様子に気が付かない母親ではなく、何とかして、自分の夫を自分がいない世でも生きていけるすべを探していた。このままでは、自分が死んだあと、夫は後追い自殺をしかねない状況だった。
彼女たちには息子がいた。彼はまだ中学生と幼く、保護者がいなくては生きていくことができない。自分たちが死んでしまったら、息子はどうなるのか。さらに、夫には自分で立ち上げた会社があった。それをどうするつもりなのか。
そのあたりのことを彼女は必死になって説得した。会社のこと、息子のことを置いて、私とともにあの世についてきてはいけない。彼女は何度も余命少ない身体で、彼に訴えた。最後には、君の願いならと、夫は受け入れてくれるそぶりを見せた。彼女はそこで安心してしまい、気が抜けてしまった。そして自分の人生に悔いはないと思ったのか、そのままあの世に行ってしまった。
彼女が生きているうちは、自分の父親はまだ普通の人間の生活をしていたのだとまざまざと思わされた。彼女が亡くなってからの父親は、まるで意志のない人間のようだった。ただ機械的に人間として生きていくための行動だけをとる。それだけのものになり果てていた。
息子は恐怖した。そこまで母親との愛は深く、愛の対象がなくなるとこうも抜け殻のような状態になるのだと。しかし、自分はまだ中学生であり、親の助けがなければ何もできない子供だ。
しかし、そんな生活にも転機が訪れる。息子の容姿は母親によく似ていた。父親の遺伝子よりも母親の遺伝子をより濃く受け継いだようだった。高校生になると、それはさらに顕著に現れるようになった。
「ああ、君はなんて美しいんだ。まるで、若いころに戻ったかのようだ」
そして、父親はあまりの喪失感に心が壊れてしまった。息子を自分の最愛の妻と勘違いする時間が増えていった。とはいえ、息子のこと、仕事のことを妻に頼むと言われているので、その願いを無下にするつもりはないようで、仕事は精力的に行っていた。妻だと思い込んでいるのが実の息子だとは気づいていないようだった。仕事には精を出しても、息子のことは次第にいない者と思い込むようになっていた。
「ああ、時間が惜しい。私は老いていくばかりだが、君は違う。日増しに美しさが増していく。君とずっと一緒に居られるのなら、私はこの世にいる時間が足りないくらいだ」
老人は自分の時間を増やすために、時間売買に手を出す決意をした。
息子が席につき、犯人捜しの話はいったん、終了となった。愛理は、老人の息子だという男を観察する。男は老人とあまり似ていなかった。しかし、愛理はこの男が老人の息子であると確信していた。百乃木が別の人物を連れてくるとは思えないが、愛理にはこの男に見覚えがあった。
「夢にでてきた人とそっくりだ」
「何か言いましたか」
無意識に言葉が漏れていたのだろう。慌てて口を閉じる愛理。男の方も愛理のことをじっと見つめていた。
「あなたが、父に時間を与えてくださったのですね。お若いのに、ありがたいことです」
男は愛理に礼を言うが、その目は感謝している者の目ではなかった。まるで、なぜ時間を渡したのだという怒りが込められた目だった。言葉はただ社交辞令として述べられたものだとわかってしまうほどの棒読みで、感情が込められていない言葉だった。
「それで、僕に何の用事ですか。父は亡くなりました。ですが私はあなた方の会社を訴えるつもりはありません。父は老衰で亡くなった。それで僕は納得しています」
「納得とかいう問題ではなく、ただ彼女があなたの父の最期を知りたいと言っていたので、お話ししてあげてはどうかということです。彼女は、自らの時間を売り、他人の時間を延ばした。つまり、自分の寿命を縮めて他人の寿命を延ばした。それなのに、あなたのお父様は亡くなった。こんなにも早い死を彼女は想定していなかった。もしかしたら、自分の時間が合わなかったかもしれないと嘆いていたのです。ですから、あなたがその誤解を解くように話をして頂ければと思いまして」
百乃木が愛理のために、息子に話をしてくれるように理由をでっちあげる。嘘ではないが、そこまで深く愛理は考えていなかった。ただ、自分が時間をあげたのになぜ老人は亡くなってしまったのか。それを知るためには、息子である彼に話を聞いた方がいいと思った。
「ふん、そんなことなら、百乃木さんが直接お話すればよかったでしょう。父の最期に立ち会っているのですから。わざわざ私を呼ぶ必要はなかったはず」
「やはり、息子さんが直接話した方がいいと思いまして。私が話しても構わないですが、私が話すとどうにも嘘くさくなってしまうでしょう?」
百乃木と男は相性が悪いようだ。言葉だけの応酬だというのに、ピリピリと嫌な空気となっている。一触即発かという雰囲気である。
「あ、あの、無理に話したくないのなら、話してもらわなくても、いいです。百乃木さんから聞きます。ですが、どうしても私は知りたくて」
愛理は意を決し、男に話しかける。男がどうしても話したくないというのならば、そこまでして聞くようなことでもない。仮にも、自分の父親を亡くしているのだ。そんな彼に聞くのは失礼に当たるのではないか。そう思っての発言だったのだが。
「話を聞いてどうするのかわかりませんが、ここに来てしまった以上、話してあげますよ。話すための時間をとってしまっているのです。このまま帰ると暇を持て余してしまいますから」
男は初めから、自らの父のことを愛理たちに話すために姿を見せたのだった。男は静かに自分の父のことを語り始めた。
「どうしてだ。○○、私を置いていくのか。私の愛しい人」
「別にずっと離れるわけではないでしょう。すぐに会うことができるわ。その時まで少しの間のお別れというだけ。泣かないで。それに、私はあなたが少しでも長くこの世の中をよくするために頑張る姿がみていたいの、それに、私とあなたにはあの子と居るでしょう。あの子のことを……」
「ああ、わかったよ。君の望みを私はかなえるよ。あなたのたった一つの願いなら」
息子の父親と母親は、お見合い結婚だったが、とても仲が良くお互いに愛し合っているように見えた。両親と息子の三人は幸せな家庭を築いていた。それが崩壊し始めたのは、母親の病気がきっかけだった。
母親の病気が発覚し、入院を余儀なくされるも、治る見込みはないと病院側に宣告された。徐々にやせ細り、生気のなくなる様を見ているうちに、父親は壊れていく。その様子に気が付かない母親ではなく、何とかして、自分の夫を自分がいない世でも生きていけるすべを探していた。このままでは、自分が死んだあと、夫は後追い自殺をしかねない状況だった。
彼女たちには息子がいた。彼はまだ中学生と幼く、保護者がいなくては生きていくことができない。自分たちが死んでしまったら、息子はどうなるのか。さらに、夫には自分で立ち上げた会社があった。それをどうするつもりなのか。
そのあたりのことを彼女は必死になって説得した。会社のこと、息子のことを置いて、私とともにあの世についてきてはいけない。彼女は何度も余命少ない身体で、彼に訴えた。最後には、君の願いならと、夫は受け入れてくれるそぶりを見せた。彼女はそこで安心してしまい、気が抜けてしまった。そして自分の人生に悔いはないと思ったのか、そのままあの世に行ってしまった。
彼女が生きているうちは、自分の父親はまだ普通の人間の生活をしていたのだとまざまざと思わされた。彼女が亡くなってからの父親は、まるで意志のない人間のようだった。ただ機械的に人間として生きていくための行動だけをとる。それだけのものになり果てていた。
息子は恐怖した。そこまで母親との愛は深く、愛の対象がなくなるとこうも抜け殻のような状態になるのだと。しかし、自分はまだ中学生であり、親の助けがなければ何もできない子供だ。
しかし、そんな生活にも転機が訪れる。息子の容姿は母親によく似ていた。父親の遺伝子よりも母親の遺伝子をより濃く受け継いだようだった。高校生になると、それはさらに顕著に現れるようになった。
「ああ、君はなんて美しいんだ。まるで、若いころに戻ったかのようだ」
そして、父親はあまりの喪失感に心が壊れてしまった。息子を自分の最愛の妻と勘違いする時間が増えていった。とはいえ、息子のこと、仕事のことを妻に頼むと言われているので、その願いを無下にするつもりはないようで、仕事は精力的に行っていた。妻だと思い込んでいるのが実の息子だとは気づいていないようだった。仕事には精を出しても、息子のことは次第にいない者と思い込むようになっていた。
「ああ、時間が惜しい。私は老いていくばかりだが、君は違う。日増しに美しさが増していく。君とずっと一緒に居られるのなら、私はこの世にいる時間が足りないくらいだ」
老人は自分の時間を増やすために、時間売買に手を出す決意をした。
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