私の大事な妹は

折原さゆみ

文字の大きさ
上 下
30 / 32

30祈った先は

しおりを挟む
「お姉ちゃん!」

 かすかだが、倉庫の中から自分を呼ぶ声が聞こえた。結界があっても、自分たちの絆は引き裂かれていないのだ。とはいえ、この結界を破るためには、セサミたちの犠牲が必要ということになる。それだけはしてはいけない。

「なんともまあ、素晴らしき姉妹愛だね。反吐が出そうだ。だってそうだろう?君たちは人間と人外、本来なら相容れない存在同士だ。まったく、不快なものを見せつけてくれる」

「み、ミコを返してください!ミコは、人間に悪さするような存在じゃありません!私が彼女に言い聞かせますから!」


 妹が目の前にいる。それだけで歩武は力が湧いてくる。閉じ込めた本人がいるのなら、本人に交渉すればいい。清春の兄、清光が歩武を軽蔑した表情で侮蔑の言葉を吐いてくるが、歩武は負けずに反論する。

「兄貴、人外がすべて悪いわけじゃない。ここは引いた方がいい。そうしないと」

「そうしないと、お前を家に連れ戻しちゃうぞ!」

 清春も歩武の言葉に加勢するが、その言葉は途中で第三者に引き継がれる。いったい誰だと声のした方向に身体を向けると、そこには、歩武と同じ体格をした茶髪のショートヘアで、黒いパンツスーツを着た女性が立っていた。その顔はどこか清春や清光に似ている気がした。



「あら、その服、どこかで見覚えがあるのだけど、いったい、誰のお洋服だったかしら」

「あ、姉貴!」

「かわいい弟の呼び出しに、応えないわけないでしょう?それで、私のかわいい弟を困らせているのは……。あら、そこにいるのは、愚弟ではないの!私の前に現れるとはいい度胸ね」

「き、清音!」

「さて、私はどうすればいいのかな」

 突然現れた清春の姉らしき人物に、清春以外の人間は驚いていた。セサミとアルは、特に驚いた様子はなく、ただ彼女のことを面白そうに見つめていた。どうやら、彼らは清春から姉の存在を聞いていたようだ。兄の清光の時とは違い、警戒している様子が見られない。

「なんか、自分勝手なところは似ているな」

「そうだね。血のつながりを感じるね」


「あ、あの、私の妹のミコがあなたの弟に捕らわれてしまって」

「あなたが清春の彼女の歩武ちゃんね。心配はいらないわ。お姉さんが来たからには、と言いたいところだけど、あなた、その妹やらが人外だってことは知っているわよね」

 歩武は彼女なら、セサミたちの犠牲なしにミコを助けてくれるのではないかと期待が高まる。しかし、そう簡単に手を貸してはくれないようだ。


「でもまあ、清春からもお願いされているから、今回は特別にあなたの妹やらを助けてあげるわ。でも」

 次はないわ。

 そう言って、清春の姉、清音(きよね)は歩武が通ることができなかった倉庫の中に向かって歩き出す。当然、清光は講義の声を上げる。

「お前なんて、オレの敵じゃない!やれるものならやってみろ」

「ふうん。確かに今までの私なら、あんたに負けていたかもしれない」



「お、お姉ちゃん!」

 また、倉庫の中からミコの声が聞こえた気がした。倉庫の外で話している声が聞こえたのだろうか。先ほどよりも大きな声での妹の呼びかけに、居ても立っても居られなくなり、倉庫の結界があることも忘れて、歩武は再度、倉庫に向かって駆け出していた。

「ミコ!」

 歩武は、今度は倉庫の中に足を踏み入れることができた。先ほどは倉庫の前に壁のようなものがあって入ることができなかったが、それがなくなっていた。

「お、おねえちゃん?」

「ミコ!よかった。無事だったんだね」

 ミコが家に帰って来なくなってから数日しか経っていないのに、ずいぶんと久しぶりな気がした。二人はしばらく抱き合っていた。


「あら、私の出る幕がなかったわね。いったい、何が起こっているの?」

「あいつら、自分を犠牲にしてまで」

「バカな。オレの結界がこんなことで敗れるはずがない」

 歩武たちの再会に感動している者はいなかった。安倍きょうだいは、彼らの再会に驚き、困惑していた。


「ねえ、ミコ。わたしね、今までどれだけ、あなたに依存していたのかようやく知ることができたの。だから、これからはミコに依存するだけでなく、お互いに助け合って生きていけたらなって」

「わ、私は全然、それでも構わない。お姉ちゃんさえいてくれればいいの」

「それじゃあ、ダメだよ。今回の件でそのことを思い知らされたの。私とミコだけの世界じゃダメなの。ミコを助けることができたのは、彼らのおかげなんだよ。先輩に、セサミやアルが協力してくれたの」

 お礼を言おうと、歩武はようやくミコとの抱擁を終えて後ろを振り返る。セサミたちが言っていた言葉はすっかり頭から抜け落ちていた。

「セサミ、アル。それに先輩、今回はありがとうござ」

 お礼の言葉は途中で止まってしまう。当然、先輩やセサミ、アルの三人が歩武たちの再会を喜んでいると思っていた。しかし、後ろを振り返って確認できたのは、安倍きょうだいの三人だけだった。猫耳少年とうさ耳少年の姿はそこになかった。

「セサミ、アル?」

「あいつらは君に言っていただろう。『自分たちなら結界を破ることができる』と。それを実行して、それで」

 存在が消滅した。

 清春は歩武と視線を合わせずにうつむきながら、彼らがいないことを説明する。

「う、嘘。そんなわけない。だって、私は彼らを犠牲にすることを望んでいない。それ以外の方法でミコを助けようって」

「オレもそうだと思っていたが、彼らにとっては違ったようだ」

 せっかく、最愛の妹と再会できたのに、その喜びは一瞬で消え去り、代わりに歩武の心に占めたのは、彼らがいなくなったという喪失感だった。自分が何とかならないことでも、妹なら何とかしてくれる。すがるようにミコを見つめるが、ミコにもどうしようもないのか、ただ首を横に振るだけだった。




「ははははは!」

 突然、清光が大声で笑い出す。暗い雰囲気だったその場の空気が壊れる。いったい何事かと歩武たちが男に視線を向ける。しかし、男は一向に笑いを止める様子なく、腹を抱えながら、歩武とミコを指さした。

「滑稽だな。人外が人外を助けるために自らを犠牲にするなんて。だが、これで、害悪な人外が二匹も自ら消滅の道を選んだ。残りはそこにいる、衰弱した化け猫一匹だ」

 ミコが消える。

 そんな言葉を聞いて、黙っていられるはずがない。



「お前みたいな男にミコは渡さないし、消されたりしない!」

 ミコを自分の背中に隠して、歩武はミコの存在を消されないようにする。男の言葉にひるみそうになるが、何とか耐えて男を睨みつける。頼もしいことに、この場には歩武たちの味方が存在して、歩武の力になってくれた。

「いい加減、あきらめな。私たちがいる限り、お前はそこの人外を消すことはできない」

「オレも、今回ばかりは後輩の味方をすることにする」

「先輩、お姉さん……」

 自分のきょうだい二人からの言葉に、清光は一瞬、嫌そうな顔をしたが、二人と一人で分が悪いと判断したのだろう。捨て台詞を履いて、その場から逃げ去っていく。

「まあ、別にお前らなんかオレの敵じゃない。それに、そいつはすでに弱っているようだから、あまり長くはないだろう。どうせ死にゆく存在に手をかける必要はない。そこの倉庫ももう、結界が破れては使い物にならないし、今回はこれで見逃してやるよ」

 去っていく背中を追うものはいなかった。



「あまり長くはないって、どういう」

「まあ、確かにずいぶんと彼女、衰弱しているようね」

 男の捨て台詞になった不吉な言葉について考えていると、歩武たちの近くにやってきた清音がミコの様子を見て、納得したように口を開く。専門家の目から見て、そこまで弱っているのだろうか。

「だい、じょうぶ、だよ。少し、休めば、こんなの」

 改めてミコの様子を観察すると、いつもより顔色が悪い気がするし、大丈夫と言い張る割に、言葉がとぎれとぎれで苦しそうな呼吸をしている。

「セサミやアルに続いて、ミコも私を置いていかないで!」

 一度に三人もの存在を失うのは歩武には耐えがたい。

「お願いだから、神様。ミコを助けてください。お願い……」

 無意識に歩武は神に祈っていた。奇跡が起こしてくれるとしたら、神様しかいない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

夢幻燈

まみはらまさゆき
青春
・・・まだスマホなんてなくて、ケータイすらも学生の間で普及しはじめたくらいの時代の話です。 自分は幼い頃に親に捨てられたのではないか・・・そんな思いを胸の奥底に抱えたまま、無気力に毎日を送る由夫。 彼はある秋の日、小学生の少女・千代の通学定期を拾ったことから少女の祖父である老博士と出会い、「夢幻燈」と呼ばれる不思議な幻燈機を借り受ける。 夢幻燈の光に吸い寄せられるように夢なのか現実なのか判然としない世界の中で遊ぶことを重ねるうちに、両親への思慕の念、同級生の少女への想いが鮮明になってくる。 夢と現の間を行き来しながら展開される、赦しと再生の物語。 ※本作は2000年11月頃に楽天ブログに掲載したものを改稿して「小説家になろう」に掲載し、さらに改稿をしたものです。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

人生の分岐点です。どうしますか?~ラッコのアーヤとカモメのニーナ~

蝦夷縞りす
青春
 絵本作家を夢見る彩絵は進学を控えた中学三年生。幼馴染の高校生・大樹に心配されながらも、三者面談が間近に迫るある日のこと。彩絵は町を訪れた絵描きのニーナと出会ったのでした。  一方、喫茶店『マダムの庭』を営むミツとの約束を果たすために来日していたニーナですが、もうひとつ明かせずにいる理由があったのです。  彩絵とニーナ、大樹。彩絵と家族。そしてニーナとミツ。それぞれの関係が変化し、それぞれが選び取った選択は?  彩絵の成長を通して描く人間模様。笑いあり涙あり、になっているといいな。 ※自身が書いた芝居用の台本を小説に書き起こしたものです。

泣かないで、ゆきちゃん

筆屋 敬介
青春
 【 彼女のお気に入りの色鉛筆の中で、一本だけ使われていないものがありました。  それは『白』。  役に立たない色鉛筆。 】  ゆきちゃんは、絵を描くことが大好きな女の子でした。  そんな絵も笑われてしまう彼女は、いつも独りでスケッチブックを開いていました。  得意なモノも無く、引っ込み思案のゆきちゃん。  でも、ゆきちゃんと白には、彼女たちだからこその『特別な力』があったのです。  高校生になったゆきちゃん。  ある日、独りで絵を描く彼女のもとに憧れの先輩が現れます。先輩は彼女自身も知らない魅力に気が付いて……。  1万4千字の短編です。お気軽にお読みくださいな。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
 交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※第7回ライト文芸大賞奨励賞受賞作品です。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

処理中です...