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44彼らの仕事

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 しばらく沈黙が続いたが、喫茶店に来て何も注文しないのも怪しまれると思い、私と車坂は飲み物を注文することにした。

「アイスコーヒーをお二つでよろしいですか?」

「大丈夫です。さて」

 店員が注文を聞き終えてその場から去っていくのを見送ると、車坂が私に視線を向けてくる。ごくりと自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

「今回の件で面白い人物を見つけたと言いましたが、いったい誰だと思いますか?」

「黙秘します」

「賢明な判断です。口は災いの元とも言いますからね。では、私が丁寧に説明して差し上げましょう」

 なぜ、上から目線の話し方になるのか不明だが、車坂の話に耳を傾ける。私の幼馴染の生死にかかわってくるかもしれない大事な話である。私の真剣な表情に気付いたのか、車坂は少し目を細めて声を潜めて本題に入った。


「……ということなんですよ。私は彼女に何者かが能力を使って弱らせたのだと考えています。どうやら、朔夜さんはその能力者、いや犯人に心あたりがありそうですね」

 説明を終えた車坂は、注文したアイスコーヒーを口に含む。やはり、予想していた通りの出来事が起こっていた。健康体で持病がなかった彼女の容態が急変し、入院にすることは異常なことだった。それを起こしてしまった原因は私にあるのだろう。能力者たちは基本的に世間から身を隠すように生きていて、能力を他人に大っぴらに示すものはいない。それなのに、今回は能力を利用して私に喧嘩を売ってきた。

「彼女はもうすぐ、死んでしまうのですか?」

 車坂の質問に答えることなく、逆に私から彼に問いかける。犯人は一人ではないだろう。彼らの中の誰かが、私に見せつけるように能力を行使したのだ。それが確実になっただけでも、車坂からの話は有益な情報だった。

「彼女がそこまで心配ですか?見たところ、彼女と今のあなたの容姿ではかなりの年齢差があるように見えます。まさか大学の友達、というわけではないですよね?となると、可能性として考えられるのは……」


「こんなところにいたのか、さっさと帰るぞ」

 車坂の言葉を遮るものが現れた。病院では姿を見せなかったくせに、今更現れるとは。

「どうして病院に居なかったのですか?」

 少し恨みがましい口調になってしまう。私は彼らの力を使って病院まで来たのだ。当然、帰りも同じ方法で帰ろうと思っていた。その足がなくなったとなれば、私の今の気持ちは理解できるはずだ。

「まったく、我たちの心配をしているかと思えば、帰りの足がいなくなったことへの心配とは、おぬしもなかなか図太い神経を持っているようだな」

「うわあ。一年以上居候させてもらっていますけど、さすがにそれはヒドイですね」

「薄情者、だ」

 声のした方に視線を向けると、予想通り、私の家に居候している九尾たちの姿があった。このタイミングで現れたということは、何か理由があり、私の見舞いが終わるまで病院の外にいたのかもしれない。

「そういえば、向井さんの母親はどうなりましたか?」

 九尾たちが私と荒川結女で二人きりで話したいことを察し、母親を病室の外に連れ出してくれたことを思い出す。

「話題を変えようとしても無駄だぞ。とりあえず、さっさとここから離れた方がいいぞ。奴らが病院にやってきた」

疑問に思ったことを口にしただけなのに、なぜか哀れみの表情を彼らに向けられてしまう。そして、重要なことをさらりと口にする。

「おや、やはり、あなたたちが関与していましたか。道理であやしい死に方をしそうなわけですね。上の者に相談して、さっさとあなたたちを捕まえて」

「死神風情に負ける我ではないぞ」

「ぼ、僕たちもいます!」

「オレも、いる」

 奴らとは、組合の誰かだろう。だとしたら、こうしている間にも、荒川結女の命は。車坂と九尾たちがにらみ合っているが、そんなことを気にしている場合ではない。

「助けたいのはわかるが、あきらめろ。そもそも、目の前に死神がいる時点で、結末は目に見えているだろう?」

 しかし、私の心情に気付いた九尾が残酷な言葉を口にする。見た目は小学校高学年ぐらいの少年姿なのに、語る言葉は無情である。彼らが人間ではないのだと思い知るのはこういう瞬間だ。

「そろそろ時間ですね。朔夜さんも、そちらの彼らを連れてさっさとこの場を離れなさい。おそらく、そこの狐が言う通りのことが起こっているのでしょう」

 死神である車坂も、当然人間と同じ感情は持ち合わせていない。おもむろに左手につけられた腕時計らしきものに目を向けると、グラスに残ったアイスコーヒーをすべて飲み切り席を立つ。

「では、私は現場の確認、および己の仕事を全うしてまいります。とりあえず、あなた方は私の仕事を増やしたり、邪魔をしたりしないようにしてくださいよ」

 車坂は机に自分の飲み物代とばかりにポケットから財布を取り出し、千円札をテーブルに置いて颯爽と去っていく。真夏に近づいてきているのにも関わらず、黒い上下のスーツをかっちり着込んだイケメンが立ち去っていく。

「お客様、あのう」

「すまないな。我たちはもう店を出る」

 ずっと私たちの席の前で立っていた九尾たちを不審に思った店員が声をかけてきた。とはいえ、ここに長居することはない。九尾たちは喫茶店に来たにも関わらず、席に座りもしなかった。そのまま出口に向かって歩いていく。翼君も狼貴君もそれに続く。

 私も目が合った店員に軽く会釈して、頼んだアイスコーヒーをごくごくと飲み干した。伝票を片手に出口を目指す。店員は首をかしげていたが、席に誰もいなくなったことに気付いて、グラスを片付け始めた。

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