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27嫌な予感が的中しました

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「こんばんは。今日も元気がいいですね」

「まあね。今日はまだ犬史しか来てないんだね」

「犬史しかいないなんて、珍しい」

「別に生徒が何人いようが、僕たちには関係ないけど」

 やってきたのは、三つ子の中学生たちだった。私に街の噂話をよく提供してくれる、私の大事な情報源である。とはいえ、情報を集めてばかりいたら、私は仕事をしていないとみなされてバイトを首になってしまう。犬史君の話を彼らが知っているのか聞いてみたい衝動に駆られたがぐっと我慢して、宿題の丸つけを始めるよう三つ子に伝えた。

 犬史君は、あまり他の生徒と交流したくないのか、三つ子が来ると、急に無口になり、塾の時間が終わるまで、黙々と課題を進めていた。


「犬史君、そろそろ終わりの時間です。宿題を出しますので、ちょっと待っていてくださいね」

「わかった」

 時計を見ると、もうすぐ犬史君の塾の時間が終了の時刻となっていた。次の生徒が塾に入ってきた途端、犬史君は急に無口になってしまった。彼が狼貴君にまた会いたいという気持ちが強いのはわかったが、彼に死人が生き返るなどと言う話をした人物にたどりつくことはできなかった。

 車坂が彼に宿題を出していた。犬史君は体験入学以来、自分で自転車を使って塾に通ってきている。

「では、気をつけて帰ってくださいね。さようなら」

「さようなら」


「こんばんは」

「はい、こんばんは」

 犬史君が塾の扉を開けると、同時に次の生徒が塾に入ってきた。





「ねえ、翼先生、この前の話だけど、本当のところはどうなの?」

「僕も、それ気になってたんだよね」

「別に前の塾の翼先生と今の翼先生が同一人物だとしても、僕たちは驚かないし、誰にも言わないよ」

 休憩時間になり、三つ子は答えにくい話題を私たちに振ってきた。ちょうど、塾には三つ子以外に生徒はおらず、他の生徒にこの話題を聞かれる心配はなかった。小学生と中学生では授業時間が違うので、このようなことも起こりえるのだった。

翼君はどう答えるのだろうと彼の方に視線を向けると、難しい顔をしていた。彼らの質問の答えを考えていなかったようだ。犬史君の件や新歓コンパの件などで忙しく、答えを考えられなかったのかもしれない。

「ええと、もし、先生が前の塾の『翼先生』だとしたら、君たちは僕をどんな存在だと思うのかな?」

 翼君は苦肉の策として、もし仮に、自分が前の塾の先生と同一人物だとしたらどうするかと問いかけた。

「なにそれ、答えになっていないよね」

 長男の陸玖君が翼君の言葉に不満そうにしている。海威君も宙良君も同じように不満そうな顔をしていた。

「陸玖君たちは、前の塾にいた『翼先生』が行方不明ですでに死んでいるかもしれないというのは、知っているかな?」

「知っているよ。急にいなくなったかと思えば、行方不明だって。でも、真面目な先生だったから、最初は信じられなくて」

「そうだよ。だから、この塾でまた先生に会えた時は驚いたけどうれしかったよ。また先生と一緒に勉強ができるんだって」

「でもさ、それっておかしな話だよね。行方不明の先生がこんな近くで堂々と働いているなんて」

 三人は、口々に翼君の言葉に答える。宙良君はおかしな話と言いながら、じっと翼君を見つめている。

「おかしいけど、別に僕たちはここに居る先生を非難したりしないよ」

 彼らは、まるで翼君自身に、自分が前の塾の『翼先生』と同一人物と認めて欲しいと言っているような気がした。ごくりと、息をのむ音が聞こえ、翼君が一言一言、言葉をかみしめながら彼らに返事をしていく。

「どうしても、きみたちは、僕の、ことを、生前の僕だとおもう、わけ、なんだね。ざんねんながら、それは、ちがうんだよ。そう、ちがわなくては、いけないんだよ」

「翼先生、その辺で」




「パンパン。休憩時間終了です。さっさと机に戻って勉強を再開しなさい」

 翼君が苦しそうに告白していく様子を見ていられなくて、思わず彼を止めようとしたら、その途中で車坂に遮られた。

「車坂先生って、実は時間を操れたりするの?」

 海威君がぼそりとつぶやいた言葉を敏感に車坂は拾い上げる。

「いえいえ、そんな大それた力など持っていませんよ。ただ、先生いじめは良くないと思って声を掛けたら、ちょうど時間が来ていただけです」

「いじめてなんかいないよ。ただ、事実を確認したかっただけだし」

「そうそう。僕たちは別に翼先生を困らせたかったわけじゃないし」

 宙良君と陸玖君が口々に言葉を発するが、車坂はそれらを無視して言葉を続ける。

「現に宇佐美先生は泣きそうになっているし、困っているのを見てわかりませんか?」


「うっ」

 三つ子はそろって翼君に視線を向けるが、自分の顔がひどいことになっていることを自覚した翼君は彼らから顔をそむけた。

「わかったなら、謝りなさい。それが終わったら、勉強を再開します!」

『ごめんなさい』

 車坂の言葉に素直に従い、三つ子は三人同時に頭を下げて翼君に謝罪した。その言葉に、背けていた顔を上げた翼君。

「いいや、君たちが悪いわけではないよ。でも、このことは、先生たちと君たちだけの秘密にしてくれるかな」

『もちろん!』

 三つ子の三人そろった返事を聞いて、翼君は安心したような笑みを浮かべた。



 


 三つ子が帰り、その後の生徒の対応をしているうちに、あっという間に生徒が帰り、塾の後片付けの時間となった。

「ようやく終わりましたね。なんだか今日は疲れました。お二人も疲れたでしょう?」

 次回来る生徒のためにカリキュラムを作成していた車坂が、私たちに同意を求めてきた。

「僕も今日は疲れました」

 翼君が同意の言葉を返す。顔に疲労の色をにじませている。ぼんっと音がして、彼は少年姿に戻ってしまった。少年姿にウサギのケモミミと尻尾が身体からはみ出していた。

「ふむ、私も猫の姿に戻ってこの堅苦しい恰好をしなくていいのなら、そうしたいですが。いや、やめておきましょう」

 車坂が猫の姿に戻ってしまっては、私が彼の分まで塾の後始末をしなければならない。それは面倒だなと思っていたら、冗談だと笑われてしまった。

「そんなに心配しなくても大丈夫です。家まではしっかりこの格好で帰りますから」

 そんなたわいない話をして私たちはさっさと塾の片づけを終えた。





「そういえば、もうすぐGW(ゴールデンウィーク)ですけど、蒼紗さんは、今年はどうするんですか?」

 夜道を翼君と二人で歩いていると、突然、翼君が話しかけてきた。そういえばと私はもうすぐ大型連休がやってくるのを思い出す。去年は西園寺さんや瀧と旅行に行ったが、今となっては彼らと過ごした最後の良い思い出となった。

「昨年は大変でしたね。GWの時は、僕もまだ自分がどうやって死んだのか理解できていなくて、あいつとのんきに旅行なんてしてましたね。確か、蒼紗さんも一緒でしたよね?」

「前半は西園寺さんたちと京都に行って、後半は瀧や翼君たちと一緒に遊びましたね」

 今年はどうしようか。ジャスミンや綾崎さんとどこかに遊びに行ったら楽しそうだ。九尾や翼君、狼貴君を誘って、みんなでワイワイと遊園地にでも繰り出したらとても面白いことになりそうだ。

 大変なことになりそうだが、それでも休みのことを考えてわくわくした気分になっていた私は、楽しい妄想をしていたため、現実世界から少しの間、離れてしまっていた。




「蒼紗さん!逃げてください!」

 私が現実を離れて妄想している間に、翼君が大変な目に遭っていた。私が考え事をしていたために、翼君が前方を歩いていたのだが、そこに何者かが現れ、翼君に襲い掛かっていた。

私の家はもうすぐ目の前だった。

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