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14犬史君の複雑な家庭事情
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「犬史君、お母さんから電話だけど、かわれるかな」
「い、いないと言ってください」
「そうは言っても」
「お電話かわりました、車坂です。犬史君の保護者の方ですね。犬史君は勉強が苦手みたいで、ええ、それで彼自身がもっと勉強したいと言い出しまして。ですが、さすがにこの時間までとなると、我々にも勤務時間というものだがありますから、わかりました。よろしくお願いします」
私が犬史君に電話をかわるために保留にしていた受話器を勝手に奪い、車坂が話し始めてしまった。そして、勝手に電話を終わらせ、犬史君に話しかける。
「保護者の方に連絡しておきました。自転車はまた後日持って帰ってくれればいいですよ。後10分ほどで迎えが到着しますから、それで帰りなさい」
「ぼく、家に帰りたくない」
「あの、車坂先生、犬史君はこう言っていますけど」
「そうは言っても、朔夜さん、あなたはこの子の保護者ではないでしょう。あなたの家に泊めることもできないし、当然、私の家に泊めることもできません。そうなれば、保護者の元に返すしか選択肢はありません」
しばらく、私と車坂は議論を続けていたが、解決策は見つからず、時間だけが過ぎていく。
「すいません。紅犬史の母ですが」
そして、母親が迎えに来た。仕事帰りで急いでいたのだろうか。スーツ姿で急いできたのか、息を切らしながら、教室に入ってきた。
「犬史、自分で帰ってきなさいと言ったでしょう!どうして私に迷惑をかけることばかりするの!」
犬史君が母親の前に現れると、途端に母親が怒りを彼にぶつけだす。そして、あろうことか、犬史君に手を出そうとしていた。
「やめてくださ」
「子どもに暴力とは、感心しませんね」
私が叫ぶより前に、車坂の行動の方が早かった。母親の手を掴んで、犬史君の顔に手が届く前に腕をひねり上げた。
「いた!」
「今日のところはこのくらいにしておきますが、子供に手を出そうとする者には容赦しませんから」
「わ、わかったわよ。帰るわよ、犬史」
そう言って、犬史君の腕を無理やり引っ張り塾から出ていった。
「なんだか、複雑な家の子なんですね。犬史君って」
「そのようですね。それで、朔夜さん、彼のお兄さんの件はどうするつもりなんですか?」
「ばれていましたか?」
「顔に出ていましたよ。まあ、彼のことを知っているのは、私だけなので、生徒たちにはわからないとは思いますけど」
車坂はすでに紅犬史君のお兄さんと呼んでいる存在がうちにいる、紅狼貴君だと知っている。私は、正直に今考えていることを車坂に話すことにした。
「もし、本当に犬史君がお兄さんである狼貴君に会いたいというのなら、会わせてあげるべきだと思います。とはいえ、彼はもう、人間ではないことも私は知っています。だから、一度会わせてあげて、互いに納得いく別れ方をしてもらいたいです」
「二人を合わせるべきではないと、私は思いますがね」
私と車坂の意見は分かれた。どうして、会わせてはいけないのだろうか。何か、死神のルールに反してしまうことがあるのか。
「死神云々という点からしても、すでに亡くなっている人間と生きている人間を会わせるのは危険です。まあ、今回に関しては、死んでいると言っても、彼は幽霊ではなく、神の眷属になっていますから、悪霊になるとか、そういう問題はありませんが」
「だったら」
「ですが、もし、犬史君の方が納得してくれないとなればどうでしょう?生きているとわかれば、どうして別れることになるのか、あるいは、死んでいるとなると、どうして目の前に本人がいるのかという疑問が残ります。だったら、会わせず、死んだことだけ正直に告げるのが、本人にもあきらめが付くかと私は考えますがね」
車坂とは意見が会わず、その日はそのまま解散となった。
「犬史君の件ですが、これは忠告です。親の様子も見たと思いますが、仮に、彼らを引き合わせたとして、それを母親が知ったら?もしかしたら、金銭をせびるかもしれないし、他のことを要求するかもしれない。ただ、二人を会わせて終わりではないことを覚えておいた方がいい」
私は、帰り際に車坂に言われた言葉を反芻していた。車坂は、死んだ人間を生きている人間と合わせたことがあって、そこで、何か取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだろうか。それで、私にそんな目に遭ってほしくなくて、忠告してくれたのだと考えるのは、車坂という死神を信用しすぎだと言われるだろうか。
「ただいま」
家に帰ると、最近にしては珍しく、家には電気がついておらず、しんとしていた。九尾たちの内、誰かは家に居ることが多いのに、誰も家の中にいる気配はなかった。
「少しの間、家を留守にします。見知らぬ人が訪ねてきても、無視してください」
リビングの電気をつけると、机に上に一枚のメモが置かれていた。そこに書かれていることに目を通すが、九尾たちが何をしようとしているのか、いつまで家を空けるのか、具体的なことはわからなかった。
「納得いく別れ方、か。いずれ私も彼女たちと別れなければならない時が来る。そして、一人になる。いつかはまた、私は一人になってしまう。これは、いい機会かもしれない……」
九尾たちがいなくなった自分の部屋で、私は一人寂しく夜を明かすのだった。
「い、いないと言ってください」
「そうは言っても」
「お電話かわりました、車坂です。犬史君の保護者の方ですね。犬史君は勉強が苦手みたいで、ええ、それで彼自身がもっと勉強したいと言い出しまして。ですが、さすがにこの時間までとなると、我々にも勤務時間というものだがありますから、わかりました。よろしくお願いします」
私が犬史君に電話をかわるために保留にしていた受話器を勝手に奪い、車坂が話し始めてしまった。そして、勝手に電話を終わらせ、犬史君に話しかける。
「保護者の方に連絡しておきました。自転車はまた後日持って帰ってくれればいいですよ。後10分ほどで迎えが到着しますから、それで帰りなさい」
「ぼく、家に帰りたくない」
「あの、車坂先生、犬史君はこう言っていますけど」
「そうは言っても、朔夜さん、あなたはこの子の保護者ではないでしょう。あなたの家に泊めることもできないし、当然、私の家に泊めることもできません。そうなれば、保護者の元に返すしか選択肢はありません」
しばらく、私と車坂は議論を続けていたが、解決策は見つからず、時間だけが過ぎていく。
「すいません。紅犬史の母ですが」
そして、母親が迎えに来た。仕事帰りで急いでいたのだろうか。スーツ姿で急いできたのか、息を切らしながら、教室に入ってきた。
「犬史、自分で帰ってきなさいと言ったでしょう!どうして私に迷惑をかけることばかりするの!」
犬史君が母親の前に現れると、途端に母親が怒りを彼にぶつけだす。そして、あろうことか、犬史君に手を出そうとしていた。
「やめてくださ」
「子どもに暴力とは、感心しませんね」
私が叫ぶより前に、車坂の行動の方が早かった。母親の手を掴んで、犬史君の顔に手が届く前に腕をひねり上げた。
「いた!」
「今日のところはこのくらいにしておきますが、子供に手を出そうとする者には容赦しませんから」
「わ、わかったわよ。帰るわよ、犬史」
そう言って、犬史君の腕を無理やり引っ張り塾から出ていった。
「なんだか、複雑な家の子なんですね。犬史君って」
「そのようですね。それで、朔夜さん、彼のお兄さんの件はどうするつもりなんですか?」
「ばれていましたか?」
「顔に出ていましたよ。まあ、彼のことを知っているのは、私だけなので、生徒たちにはわからないとは思いますけど」
車坂はすでに紅犬史君のお兄さんと呼んでいる存在がうちにいる、紅狼貴君だと知っている。私は、正直に今考えていることを車坂に話すことにした。
「もし、本当に犬史君がお兄さんである狼貴君に会いたいというのなら、会わせてあげるべきだと思います。とはいえ、彼はもう、人間ではないことも私は知っています。だから、一度会わせてあげて、互いに納得いく別れ方をしてもらいたいです」
「二人を合わせるべきではないと、私は思いますがね」
私と車坂の意見は分かれた。どうして、会わせてはいけないのだろうか。何か、死神のルールに反してしまうことがあるのか。
「死神云々という点からしても、すでに亡くなっている人間と生きている人間を会わせるのは危険です。まあ、今回に関しては、死んでいると言っても、彼は幽霊ではなく、神の眷属になっていますから、悪霊になるとか、そういう問題はありませんが」
「だったら」
「ですが、もし、犬史君の方が納得してくれないとなればどうでしょう?生きているとわかれば、どうして別れることになるのか、あるいは、死んでいるとなると、どうして目の前に本人がいるのかという疑問が残ります。だったら、会わせず、死んだことだけ正直に告げるのが、本人にもあきらめが付くかと私は考えますがね」
車坂とは意見が会わず、その日はそのまま解散となった。
「犬史君の件ですが、これは忠告です。親の様子も見たと思いますが、仮に、彼らを引き合わせたとして、それを母親が知ったら?もしかしたら、金銭をせびるかもしれないし、他のことを要求するかもしれない。ただ、二人を会わせて終わりではないことを覚えておいた方がいい」
私は、帰り際に車坂に言われた言葉を反芻していた。車坂は、死んだ人間を生きている人間と合わせたことがあって、そこで、何か取り返しのつかないことをしでかしてしまったのだろうか。それで、私にそんな目に遭ってほしくなくて、忠告してくれたのだと考えるのは、車坂という死神を信用しすぎだと言われるだろうか。
「ただいま」
家に帰ると、最近にしては珍しく、家には電気がついておらず、しんとしていた。九尾たちの内、誰かは家に居ることが多いのに、誰も家の中にいる気配はなかった。
「少しの間、家を留守にします。見知らぬ人が訪ねてきても、無視してください」
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「納得いく別れ方、か。いずれ私も彼女たちと別れなければならない時が来る。そして、一人になる。いつかはまた、私は一人になってしまう。これは、いい機会かもしれない……」
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