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「相変わらず、心の声が口に出ている癖は治らないようだね。僕の印象はだいぶ悪いようだけど」

「そう思うようなことをしたのは神永さんでしょう?」

「ううん。どうだろうね」

 椅子にどっかりと腰を下ろした男は、部屋が暑いのか、来ていたスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めていた。

「REONAさんには、私の家に来ることを伝えたんですか?」

「どうしてここであの女の名前が出てくる?」

「どうしてって」

 この男のこういうところに、REONAさんは愛想をつかした。今までよく我慢できたものだ。私はこっそりと、彼女の助言に従うため、ポケットに忍ばせたスマホを操作する。


「REONAは確かに私の嫁ということになっているが、先生と会うのに許可を得る必要がわからない」

「それは、私を女として見られないから、不倫相手になりえないということですか?」

「どうしてそうなる?」

「ただの私の推測です。それで、REONAさんとは最近どうですか?彼女みたいな美人を捕まえて、さぞかし幸せな生活を築いているでしょうね。息子の翔琉君も優秀そうで何よりです。私にはわからない、温かい家族というものを満喫していると思うと、羨ましい限りです」

 とりあえず、この男との会話を長引かせることが今回の私の任務である。不倫の証拠は、そのうち自ら話してくれるだろう。ポケットに忍ばせたスマホをそっと握りしめながらも、男をあおるような言葉を吐いていく。



「羨ましい?ふん、バカバカしい。沙頼もそういう、普通の家庭の幸せを望むのか?」

「普通の幸せ、ですか?どうでしょう。私はあなたに、その幸せを奪われたと思うのですが。それについては、また詳しく話していくとして、私のことを名前で呼ばないでください。私たちは名前を呼び合う関係ではないでしょう?不快なのでやめてください」

 私の言葉に男はバカにしたように鼻を鳴らして、世間の普通の家庭を批判する。この頃にはだいぶ落ち着いて、冷静に言葉を返すことができた。REONAさんとの電話が思いのほか良い影響をもたらしてくれた。そして、男が私の名前を呼ぶことが不快だと伝えることができた。

「名前を呼ばれて不快とは、自分の名前が嫌いなのか?それとも、オレが君の名前を呼ぶのが」

「後者に決まっています」

「オレが名前を呼ぶことが不快、か。仕方ない。先生と呼ぶことにするよ」


 上から目線な男の答えにムッとするが、ぐっと我慢して、男の様子を客観的に眺めてみる。男は確かに世間の40代と比較したら若く見え、容姿はかっこいいと言える。そして、その容姿に加えて、その口から出される声に、人々は魅了される。

 40代と年齢を重ねてもなお、男の人気は衰えることを知らない。15年前でさえ、有名だったのだ。その当時に声を掛けられ、一夜を共に過ごせるとわかったら、ころっと落ちてしまう女は多いだろう。

 私もその一人だった。今はどうだろうか。

「幸せを奪ったとは言うが、先生もノリノリだっただろう?まさか、アレが初めてだったとはな。そう、オレはそのことで話があるんだ。本題に入ろう」


 男はようやく本題に入るらしい。やはり、男が私に用事があると言ったら、そのことしかない。頭の中ではわかりきっていたが、いざ、口にされると緊張と不安で、ようやくこわばりが解けた身体が再度、こわばってしまう。

「本題の前に、お茶でも入れますね。口が渇いてしまっては、思うように話すこともできないでしょう?」

 いったん、男から離れ気持ちを立て直すことにした。何とか重い身体に鞭打って、男にお茶を入れるためにキッチンに入り、お茶を入れる支度をする。そこで静かに深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。大丈夫だ。この場にいるのは、私と男だけだが、私には強力な助っ人がいる。ポケットに忍ばせたスマホを握りしめた。
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