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やる気出ない日々に現れた、あなたは誰?
⑨
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クローベル公はどうすべきか悩んだが、家出した身とはいえさすがに命の危険を訴える我が子を追い帰すわけにはいかず、エミールとその娘は最低限の使用人だけつけて、当時は住んでいる者のいなかった離れで生活するようにと計らった。
こうして城に転がり込んだ父娘は、できるだけ身の回りのことは自分達でやりながら穏やかに暮らしていたが、半年もしないうちにエミールは宣言通りにまた出て行った。ただし娘は連れていかず、一人で。
残された幼い娘、当時6才のタリサは、どこの馬の骨ともしれない旅芸人だか歌い手だかにエミールが生ませた子供だそうだが、幸運にも顔立ちと瞳の色は父親譲りで、女の子ながら小さい頃の令息にそっくりだった為、エミールの実子であることは間違いない。
名門貴族とはいえ末子の私生児など、家臣や裕福な平民に養子として押しつけるのが通例だが、クローベル公はそうしなかった。
領主の権限をもってエミールの正嫡と認め、クローベルの姓を名乗り引き続き城で生活することを許した、と。
こういった複雑な経緯によって、父親とは生き別れたものの晴れてクローベル公直系の孫となったタリサだが、もう8年もの間、城に来た頃のまま独り離れで暮らしているのだそうだ。
「本館にお部屋を用意するから、そこでご令嬢として振る舞ってもよいって、ご当主様は何度もおっしゃったんですけど」
カノンに話をしてくれた年嵩のメイドは、当時を思い出しながら溜め息をついていた。
「タリサ様はその度に、そんな身分ではないからと断られましてねえ。
若様方だって、従姉妹なのだから遠慮しなくていいと言っていたのに……
特にマルグリットお嬢様はずっと妹君を欲しがっていましたから。
同じクローベル家の令嬢として仲良くしたかったみたいなんですけれど、タリサ様は腰が低いというか引っ込み思案というか……
とにかくご自分はクローベルを名乗ってはいけないって思いこんでる節がありまして。貴族ぶらずに離れでひっそりと暮らしてらっしゃるんです。
ひょっとしたら、あそこで待っていればいつか、お父様が迎えに来てくれると信じているのかもしれませんわね」
タリサの身の上に同情しているものか、少し悲しげに表情を曇らせるメイドに、カノンも小さく頷いた。
きっとタリサは、貴族になんてなりたくないんだ。
大きなお屋敷で召使いに囲まれて贅沢に暮らすよりも、大好きな父親と一緒に歌ったり踊ったりしながら国じゅうを旅して回るほうが、彼女にとって幸せなんだろう。
……ちょっとだけ羨ましい。私にもまともな親がいたら、そんな風に思えたのかな……
どんな汚い手を使っても庶民から貴族になりたかったカノンと、貴族として生きることを拒み庶民へ帰ろうとするタリサ。
これじゃまるで………
「正反対だわ」
「えっ?」
ぽつりと漏らしたカノンの呟きの意図を読めず、キョトンとするタリサに、カノンはニッコリ笑って誤魔化した。
「何でもないわ。それより今日は、お化粧の練習してみない?道具、持ってきたの!」
「け、化粧ですか?」
突然の提案に面食らっているタリサに、はいともいいえとも言わせる隙を与えず、カノンはいそいそと脇に置いていた小箱を開け、まずは下地クリームを取り出す。
「素顔もいいんだけどさぁ、ちょ~っとだけ手を入れれば、あなた凄く可愛くなると思うのよねえ。
はい、こっち向いて」
タリサの頬に手を当て、半ば強引に自分のほうを向かせる。
あわわ、と焦った声を出す彼女の顔を、改めて正面からまじまじと見てみると、地味ではあるが良い感じに整っていて、加工しがいがありそうだ。
「はい、ちょっと目を閉じててね~~」
貴婦人のお化粧係りになったつもりで、クリームを塗り白粉を叩き、極細の面相筆を使ってチョチョッと眉に色を足す。
思った通り、タリサは化粧にはまったく慣れていないようでくすぐったがり、しきりに「ふぇ」とか「ふああ」とか小さな声を出してびくびく体を震わせる。
その様子が純朴で可愛すぎてうっかり妙な性癖に目覚めそうになるが、ダメダメまだこの子14才だし、私たち女同士じゃないの、と危ない気持ちを抑えて、目許と鼻筋に薄くシャドウを入れてぼかす。
最後に少し思い切って、赤みの強い口紅を唇に差せば、見違えるように大人っぽくなった文句なしの美少女が目の前に現れた。
「やだぁ、カワイイーーー!!お人形さんみたーい」
軽い興奮で頬を染め、歓声をあげたカノンからの称賛が、いまいち本当のことと思えずオロオロするタリサに、カノンは小箱から手鏡を取り出して渡す。
「ほら、凄いキレイになったでしょ?」
「え、そ…そうですか?なんか、白いのはわかるんですけど……」
どうやら鏡に映る自分の顔が、白塗りの道化みたいに滑稽に見えているらしい。
そんなことはないんだから自身を持ってほしくて、カノンはタリサの肩をぽんぽんと叩いた。
「白いだけじゃなくて、ちゃんと美人になってるわよぉ。
これ、決して悪口じゃないんだけど、あなたって化粧映えする顔だわ。
だからお化粧のやり方次第で、お姫様みたいにも悪女っぽくもなれる……やっぱり女優に向いてるんじゃない?」
お世辞は抜きで心から褒めているのが、ちゃんと伝わっただろうか。
タリサは鏡から顔を上げると、カノンに向けて微笑んだ。
笑顔を返しながらカノンは、不思議な気分になる……
今まで、私以外の美しい女なんて全員シャクトリムシにでもなっちまえと思ってたのに、今は全世界の女の子に可愛く装ってほしい、なんてお花畑なこと考えてる。
ああ、着飾るって素晴らしい。
こうして城に転がり込んだ父娘は、できるだけ身の回りのことは自分達でやりながら穏やかに暮らしていたが、半年もしないうちにエミールは宣言通りにまた出て行った。ただし娘は連れていかず、一人で。
残された幼い娘、当時6才のタリサは、どこの馬の骨ともしれない旅芸人だか歌い手だかにエミールが生ませた子供だそうだが、幸運にも顔立ちと瞳の色は父親譲りで、女の子ながら小さい頃の令息にそっくりだった為、エミールの実子であることは間違いない。
名門貴族とはいえ末子の私生児など、家臣や裕福な平民に養子として押しつけるのが通例だが、クローベル公はそうしなかった。
領主の権限をもってエミールの正嫡と認め、クローベルの姓を名乗り引き続き城で生活することを許した、と。
こういった複雑な経緯によって、父親とは生き別れたものの晴れてクローベル公直系の孫となったタリサだが、もう8年もの間、城に来た頃のまま独り離れで暮らしているのだそうだ。
「本館にお部屋を用意するから、そこでご令嬢として振る舞ってもよいって、ご当主様は何度もおっしゃったんですけど」
カノンに話をしてくれた年嵩のメイドは、当時を思い出しながら溜め息をついていた。
「タリサ様はその度に、そんな身分ではないからと断られましてねえ。
若様方だって、従姉妹なのだから遠慮しなくていいと言っていたのに……
特にマルグリットお嬢様はずっと妹君を欲しがっていましたから。
同じクローベル家の令嬢として仲良くしたかったみたいなんですけれど、タリサ様は腰が低いというか引っ込み思案というか……
とにかくご自分はクローベルを名乗ってはいけないって思いこんでる節がありまして。貴族ぶらずに離れでひっそりと暮らしてらっしゃるんです。
ひょっとしたら、あそこで待っていればいつか、お父様が迎えに来てくれると信じているのかもしれませんわね」
タリサの身の上に同情しているものか、少し悲しげに表情を曇らせるメイドに、カノンも小さく頷いた。
きっとタリサは、貴族になんてなりたくないんだ。
大きなお屋敷で召使いに囲まれて贅沢に暮らすよりも、大好きな父親と一緒に歌ったり踊ったりしながら国じゅうを旅して回るほうが、彼女にとって幸せなんだろう。
……ちょっとだけ羨ましい。私にもまともな親がいたら、そんな風に思えたのかな……
どんな汚い手を使っても庶民から貴族になりたかったカノンと、貴族として生きることを拒み庶民へ帰ろうとするタリサ。
これじゃまるで………
「正反対だわ」
「えっ?」
ぽつりと漏らしたカノンの呟きの意図を読めず、キョトンとするタリサに、カノンはニッコリ笑って誤魔化した。
「何でもないわ。それより今日は、お化粧の練習してみない?道具、持ってきたの!」
「け、化粧ですか?」
突然の提案に面食らっているタリサに、はいともいいえとも言わせる隙を与えず、カノンはいそいそと脇に置いていた小箱を開け、まずは下地クリームを取り出す。
「素顔もいいんだけどさぁ、ちょ~っとだけ手を入れれば、あなた凄く可愛くなると思うのよねえ。
はい、こっち向いて」
タリサの頬に手を当て、半ば強引に自分のほうを向かせる。
あわわ、と焦った声を出す彼女の顔を、改めて正面からまじまじと見てみると、地味ではあるが良い感じに整っていて、加工しがいがありそうだ。
「はい、ちょっと目を閉じててね~~」
貴婦人のお化粧係りになったつもりで、クリームを塗り白粉を叩き、極細の面相筆を使ってチョチョッと眉に色を足す。
思った通り、タリサは化粧にはまったく慣れていないようでくすぐったがり、しきりに「ふぇ」とか「ふああ」とか小さな声を出してびくびく体を震わせる。
その様子が純朴で可愛すぎてうっかり妙な性癖に目覚めそうになるが、ダメダメまだこの子14才だし、私たち女同士じゃないの、と危ない気持ちを抑えて、目許と鼻筋に薄くシャドウを入れてぼかす。
最後に少し思い切って、赤みの強い口紅を唇に差せば、見違えるように大人っぽくなった文句なしの美少女が目の前に現れた。
「やだぁ、カワイイーーー!!お人形さんみたーい」
軽い興奮で頬を染め、歓声をあげたカノンからの称賛が、いまいち本当のことと思えずオロオロするタリサに、カノンは小箱から手鏡を取り出して渡す。
「ほら、凄いキレイになったでしょ?」
「え、そ…そうですか?なんか、白いのはわかるんですけど……」
どうやら鏡に映る自分の顔が、白塗りの道化みたいに滑稽に見えているらしい。
そんなことはないんだから自身を持ってほしくて、カノンはタリサの肩をぽんぽんと叩いた。
「白いだけじゃなくて、ちゃんと美人になってるわよぉ。
これ、決して悪口じゃないんだけど、あなたって化粧映えする顔だわ。
だからお化粧のやり方次第で、お姫様みたいにも悪女っぽくもなれる……やっぱり女優に向いてるんじゃない?」
お世辞は抜きで心から褒めているのが、ちゃんと伝わっただろうか。
タリサは鏡から顔を上げると、カノンに向けて微笑んだ。
笑顔を返しながらカノンは、不思議な気分になる……
今まで、私以外の美しい女なんて全員シャクトリムシにでもなっちまえと思ってたのに、今は全世界の女の子に可愛く装ってほしい、なんてお花畑なこと考えてる。
ああ、着飾るって素晴らしい。
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