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勘違い貧乏侯爵家と、ラストバトル!!①

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レナードのほうはこの強行的な訪問にあまり気乗りしていないようでダルそうな顔をしているが、侯爵はキッと前を向いて進んでくる。
その冷たい光を放つ青い目が、自分へ向けられているのに気づき、リリーは反射的に少し身構えた。

侯爵父子のただならぬ様子に、同じく危機感を覚え前に出ようとしたジェンナを、リリーは片手で遮って制する。

「お嬢様……」

ジェンナはリリーを背後に隠して庇いたいようだが、やめておいたほうがいい。
恐らく侯爵は使用人の言葉には耳を貸さないだろうし、へたに揉めてジェンナが責任を取らされるような事態は避けたい。

……どうやら私に用があるみたいだし、受けて立とうじゃないの。
あなた方との悪縁なんか、ここですっぱり断ち切ってやる!!

「中へ入って、お父様を呼んできてちょうだい。荷物を片づけてからでいいわ」

「ですが……」

「大丈夫、あんな人達に負けやしないし、それよりせっかくいいお肉を買えたんだから、傷んだら勿体ないわ。……さ、行って」

こうと決めたら曲げないリリーの頑固さを知っているジェンナは、硬い声で「すぐに戻ります」と告げてリリーの持っていた籠を受け取り、玄関の扉を開けて素早く中へ入った。

一人になったリリーは背筋をピンと伸ばして姿勢を正し、一歩だけ前に出て招かれざる客達をキッと見据える。

「そこでお止まりください、侯爵様。例え当家より爵位が上でも、家主の許可なしに敷地へ入るのはたいへんな無礼に当たりますよ。
それとも私が知らないだけで、父が招待したのですか?」

なるべく感情が出ないよう淡々と喋るリリーに、侯爵はフッと不敵に笑い、足を止めた。

ステップに上がる直前で止まったから段差がある分、リリーのほうが見下ろす形になっているが、相手は腐っても現役の侯爵。

持ち前の上品ながら尊大な威圧感は、物理的な位置関係で下に居るからといって消えるものではなく、全身から発散されこちらを圧倒してくる。

「これはまた随分と意地の悪いいい方ですね、リリー・アルシェ嬢。
私の知る限り、あなたは聡明で穏やかなご令嬢だったように記憶しておりますが、今日はまるで別人と話しているようだ」

いくらリリーが世間知らずな小娘いえど、遠回しに嫌味を言われているのはわかった。

上流貴族の、こういうネチっこいところ、本当に嫌い。
お父様みたいに、口の悪い娘だって、スパッと言えばいいじゃない。

「私にこんな喋り方をさせるのも、あなた方が父から歓迎されないのも、ちゃんとした理由があると思いますけど、違うかしら」

ちらっとレナードへ視線を送り、こちらも侯爵にならって直接的には言わず嫌味っぽく返してやると、レナードはムッとして眉を寄せたが、父親である侯爵はさすが、顔色一つ変えない。

「おっしゃる通りです、リリー・アルシェ嬢。今日は他でもない、この愚息めが働いたあなたへの無礼を、謝りに参ったのです」

「謝罪ならもう父が……」

「確かにデッケン伯には謝意を述べさせていただきましたが、肝心のあなたには、まだ一言も伝えられておりませんので、それではこちらも収まりがつかず、本日こちらへ参った次第です。
レナード、何をしている。ご令嬢へ頭を下げんか」

父親に促され、令息は渋々といった感じで、頭を垂れた。

「先日は大変、失礼な真似をして申し訳ありませんでした。
すべては僕の至らなさ、思い上がりによって貴女の名誉を傷つけたこと、深く後悔し、反省しております。

許していただきたいなどと都合のいいことは願っていませんが、どうか僕の心からの謝罪によって、リリー様のお心が少しでも静まっていただければ幸いです」

しおらしい態度をしてはいるが、とってつけたような謝罪を受けたところで、リリーの心は動いたりしない。
どうせ一言一句、父親が仕込んで覚えさせたものだろうし、本心では面倒くさがっているのはレナードの表情を見ていればわかる。

だから許してやる義理なんて無いのだが、せっかく父がお金を積んで穏便に解決してくれたことだし、何より一刻も早く帰ってほしい。

この人達の相手なんて、やるだけ時間の無駄。
早く料理したいから、ここは受け入れておこう。

「多少は嫌な思いもしましたけれど、レナード様のお気持ちを確かめないまま縁談を進めた当家にも非はございます。
ですからもう、これで終わりに致しましょう。

私には今、新しく結婚のお話を進めさていただいている方もいますし、レナード様もお美しいミレーヌ様と、どうぞお幸せに……」

「あの男爵令嬢ならば、息子とは別れさせました」

リリーの言葉を途中で遮り、侯爵が吐き捨てるように言った。

「……何ですって?」

ガーデンパーティーで人目をはばからずベタベタしていた二人が別れたと聞いて、リリーは驚きを隠せないが、侯爵はフッと鼻を鳴らして笑う。

「身分の低さは元より、悪い噂の絶えない娘でしたからな。我が家に嫁いでこようなど、身の程知らずにも程がある。当然の結果です」

「そんな……」

目を丸くしてレナードを見やったリリーは、彼がなぜこんなにも不貞腐れているのか、やっと理解した。

恋しい女性と引き離されて、レナードなりにショックを受けているんだろう。

でも、それなら断固として戦うべきなのに、なぜほいほい父親についてきて、自分から捨てた女に謝ったりしているのかしら?

怒っていいのか呆れかえるべきなのかもわからず戸惑っていると、その隙をついて侯爵が口を開く。

「息子からは悪い虫を払いましたが、いま心配なのはあなたなのですよ、リリー・アルシェ嬢」

「私?」

「ええ、失礼だが、あなたが夫として迎え入れようとしているザックという男……彼の戦場での忌まわしい所業については、ご存知ですかな?」

父が来るまでは冷静に相手をしなければと構えていたリリーだが、この言い草には苛立ちを覚えた。

当たり前だ、大事な婚約者に向かって“忌まわしい”なんて言われて、気分のいい者はいないだろう。
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