9 / 27
8
しおりを挟む
アンジェリカは揺れる馬車の中、ひたすらに窓の外の景色を眺めていた。アンジェリカが国外追放を受けてから数日が経った。
「お父様、お母様。今日までお世話になりました」
アンジェリカは両親にそう述べ頭を下げた。
「アンジェリカ…」
母が一言だけ私の名を呼んだ。たったそれだけ…それが最後に交わした言葉だ。両親は背を向ける私にそれ以上声を掛ける事はなかった。最後まで興味ないんだなと、可笑しくなる。
別に悲しくも寂しくもない。ケジメとして挨拶をしたに過ぎないのだから。
「退屈そうだね」
不意に声を掛けてきたのはディルクだった。アンジェリカの正面に腰掛け爽やかに笑いかけてくる。
「そうですね…こんなに長い時間馬車に揺られる事は今までなかったので。正直どう過ごして良いものか分かりかねます」
もう5日程こうして馬車に揺られ、何をするでもなく同じような景色ばかりを眺めている。こんなに長い間移動した経験がないアンジェリカはこの時間をどうやって過ごしたらいいのかと持て余していた。
アンジェリカは向かい側のディルクを見遣ると、彼は読書をしている。無論アンジェリカも字の読み書きは出来るし読書もする。
だがディルクが手にしている本の表紙を盗み見ると…かなり難しそうだ。暇潰しにでも借りて読んでみようかと思ったが…自分には理解出来そうにない。
「あぁ、アンジェリカも読んでみる?」
アンジェリカの視線を受け、ディルクは本を差し出す。
「い、いえ。私には少し難しいかと思いますので…」
経済、倫理、とかの文字が見えた。
「ディルク様は、勉強家なんですね」
「そうでもないよ。どちらかと言うと勉強家ではなく野心家の方が近いかな」
野心家…?それは一体どういった意味なのだろう。アンジェリカは意外な言葉に眉を潜める。
「まあ、僕の話は置いといて。アンジェリカ、君はこれからどうする?」
此処まで連れてきておいて今更どうするか問うディルクにアンジェリカは呆れた。
「どうとは…。私に決定権はありませんので」
アンジェリカは大袈裟にそっぽを向いた。その姿にディルクは笑う。
「アンジェリカ、そんなに拗ねないでよ」
「拗ねてなどいません」
「僕は無理強いは好きじゃない」
その言葉数日前のご自分に聞かせてあげて下さい!と言いたい。
国外追放を受けた日、国へ帰るディルクはアンジェリカを有無も言わせず一緒に馬車に乗せた。一見して優しそうに見えるのにかなり強引だった。人攫い一歩手前くらいには…。
そう言えば…帰り際ディルクが国王に挨拶を述べたが、何処と無く険悪な雰囲気だったのを思い出す。とても友好国である様には見えなかった。アンジェリカは自分に責任を感じた。だがまさかディルクが自分を妃になどと言い出すとは思いもしなかった為、多少は不可抗力だと思う…。
それにしても、晴れて国外追放され自由の身になった筈だったのに。今度は隣国の王太子に捕まってしまった。本当についていない…。何故こんな事に。
「アンジェリカ、君を僕の妃に迎えたい気持ちに嘘偽りはない。でも君がそれを望まないなら僕は潔く諦めるよ」
「ディルク様…」
意外にも潔く諦めると言うディルクは誠実な人に見える。不覚にもアンジェリカは少しときめいてしまった。
「本来なら君を閉じ込め、自ら僕のものになりたいと嘆願するくらい可愛がってあげたいところなんだが…我慢するよ」
「……」
さっきのときめきは、忘れよう。全然全くもって潔くないし誠実でもない。やはり腹黒いやこれではただの変態だ。
「アンジェリカ、僕に機会を与えて貰いたい。10年いや9年だけでもいい、僕の側にいて欲しい。その間に絶対に僕の事を好きにさせて見せるから」
長いな……。
ディルクの言葉にアンジェリカは苦笑した。普通ならひと月から半年くらいではないのか。せめてどんなに長くても1年が限度だろう。大体そんなに長い時間一緒にいたら好きじゃなくとも情くらい湧きそうだ。
白い目でアンジェリカはディルクを見ていた。それに気付いたディルクの声は段々と消え入る様に小さくなる。
8年、7年、6年……と削っていき最終的には1年で折れた。
「分かりました。では1年の間だけディルク様の側にいさせて頂きます。宜しくお願い致します」
アンジェリカは丁寧に頭を下げた。
「お父様、お母様。今日までお世話になりました」
アンジェリカは両親にそう述べ頭を下げた。
「アンジェリカ…」
母が一言だけ私の名を呼んだ。たったそれだけ…それが最後に交わした言葉だ。両親は背を向ける私にそれ以上声を掛ける事はなかった。最後まで興味ないんだなと、可笑しくなる。
別に悲しくも寂しくもない。ケジメとして挨拶をしたに過ぎないのだから。
「退屈そうだね」
不意に声を掛けてきたのはディルクだった。アンジェリカの正面に腰掛け爽やかに笑いかけてくる。
「そうですね…こんなに長い時間馬車に揺られる事は今までなかったので。正直どう過ごして良いものか分かりかねます」
もう5日程こうして馬車に揺られ、何をするでもなく同じような景色ばかりを眺めている。こんなに長い間移動した経験がないアンジェリカはこの時間をどうやって過ごしたらいいのかと持て余していた。
アンジェリカは向かい側のディルクを見遣ると、彼は読書をしている。無論アンジェリカも字の読み書きは出来るし読書もする。
だがディルクが手にしている本の表紙を盗み見ると…かなり難しそうだ。暇潰しにでも借りて読んでみようかと思ったが…自分には理解出来そうにない。
「あぁ、アンジェリカも読んでみる?」
アンジェリカの視線を受け、ディルクは本を差し出す。
「い、いえ。私には少し難しいかと思いますので…」
経済、倫理、とかの文字が見えた。
「ディルク様は、勉強家なんですね」
「そうでもないよ。どちらかと言うと勉強家ではなく野心家の方が近いかな」
野心家…?それは一体どういった意味なのだろう。アンジェリカは意外な言葉に眉を潜める。
「まあ、僕の話は置いといて。アンジェリカ、君はこれからどうする?」
此処まで連れてきておいて今更どうするか問うディルクにアンジェリカは呆れた。
「どうとは…。私に決定権はありませんので」
アンジェリカは大袈裟にそっぽを向いた。その姿にディルクは笑う。
「アンジェリカ、そんなに拗ねないでよ」
「拗ねてなどいません」
「僕は無理強いは好きじゃない」
その言葉数日前のご自分に聞かせてあげて下さい!と言いたい。
国外追放を受けた日、国へ帰るディルクはアンジェリカを有無も言わせず一緒に馬車に乗せた。一見して優しそうに見えるのにかなり強引だった。人攫い一歩手前くらいには…。
そう言えば…帰り際ディルクが国王に挨拶を述べたが、何処と無く険悪な雰囲気だったのを思い出す。とても友好国である様には見えなかった。アンジェリカは自分に責任を感じた。だがまさかディルクが自分を妃になどと言い出すとは思いもしなかった為、多少は不可抗力だと思う…。
それにしても、晴れて国外追放され自由の身になった筈だったのに。今度は隣国の王太子に捕まってしまった。本当についていない…。何故こんな事に。
「アンジェリカ、君を僕の妃に迎えたい気持ちに嘘偽りはない。でも君がそれを望まないなら僕は潔く諦めるよ」
「ディルク様…」
意外にも潔く諦めると言うディルクは誠実な人に見える。不覚にもアンジェリカは少しときめいてしまった。
「本来なら君を閉じ込め、自ら僕のものになりたいと嘆願するくらい可愛がってあげたいところなんだが…我慢するよ」
「……」
さっきのときめきは、忘れよう。全然全くもって潔くないし誠実でもない。やはり腹黒いやこれではただの変態だ。
「アンジェリカ、僕に機会を与えて貰いたい。10年いや9年だけでもいい、僕の側にいて欲しい。その間に絶対に僕の事を好きにさせて見せるから」
長いな……。
ディルクの言葉にアンジェリカは苦笑した。普通ならひと月から半年くらいではないのか。せめてどんなに長くても1年が限度だろう。大体そんなに長い時間一緒にいたら好きじゃなくとも情くらい湧きそうだ。
白い目でアンジェリカはディルクを見ていた。それに気付いたディルクの声は段々と消え入る様に小さくなる。
8年、7年、6年……と削っていき最終的には1年で折れた。
「分かりました。では1年の間だけディルク様の側にいさせて頂きます。宜しくお願い致します」
アンジェリカは丁寧に頭を下げた。
28
お気に入りに追加
5,904
あなたにおすすめの小説
今さら跡継ぎと持ち上げたって遅いです。完全に心を閉ざします
匿名希望ショタ
恋愛
血筋&魔法至上主義の公爵家に生まれた魔法を使えない女の子は落ちこぼれとして小さい窓しかない薄暗く汚い地下室に閉じ込められていた。当然ネズミも出て食事でさえ最低限の量を一日一食しか貰えない。そして兄弟達や使用人達が私をストレスのはけ口にしにやってくる。
その環境で女の子の心は崩壊していた。心を完全に閉ざし無表情で短い返事だけするただの人形に成り果ててしまったのだった。
そんな時兄弟達や両親が立て続けに流行病で亡くなり跡継ぎとなった。その瞬間周りの態度が180度変わったのだ。
でも私は完全に心を閉ざします
夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~
小倉みち
恋愛
元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。
激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。
貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。
しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。
ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。
ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。
――そこで見たものは。
ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。
「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」
「ティアナに悪いから」
「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」
そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。
ショックだった。
ずっと信じてきた夫と親友の不貞。
しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。
私さえいなければ。
私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。
ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。
だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。
これでも全属性持ちのチートですが、兄弟からお前など不要だと言われたので冒険者になります。
りまり
恋愛
私の名前はエルムと言います。
伯爵家の長女なのですが……家はかなり落ちぶれています。
それを私が持ち直すのに頑張り、贅沢できるまでになったのに私はいらないから出て行けと言われたので出ていきます。
でも知りませんよ。
私がいるからこの贅沢ができるんですからね!!!!!!
「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。
window
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。
「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」
ある日ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。
殿下が真実の愛に目覚めたと一方的に婚約破棄を告げらて2年後、「なぜ謝りに来ない!?」と怒鳴られました
冬月光輝
恋愛
「なぜ2年もの間、僕のもとに謝りに来なかった!?」
傷心から立ち直り、新たな人生をスタートしようと立ち上がった私に彼はそう告げました。
2年前に一方的に好きな人が出来たと婚約破棄をしてきたのは殿下の方ではないですか。
それをやんわり伝えても彼は引きません。
婚約破棄しても、心が繋がっていたら婚約者同士のはずだとか、本当は愛していたとか、君に構って欲しかったから浮気したとか、今さら面倒なことを仰せになられても困ります。
私は既に新しい縁談を前向きに考えているのですから。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
交換された花嫁
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」
お姉さんなんだから…お姉さんなんだから…
我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。
「お姉様の婚約者頂戴」
妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。
「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」
流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。
結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。
そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる