交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)

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第2章

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アルレットがこの部屋に監禁されひと月と少し経つ。部屋から出れない事以外は特に生活に支障はない。体力も大分戻り顔の血色も良くなった。食事も普通に摂れている。

「アルレット、お散歩行こうか」

サロモンが部屋を訪ねて来るのは日課だった。部屋を訪ねて来るサロモンの手には何時も花が一輪あった。なので窓辺には花が一輪また一輪と増えていく。

アルレットは一緒にお茶をして、お喋りなサロモンの話を聞く。その際にサロモンは必ずアルレットを背後から抱き締めていた。

最初はアルレットも抵抗をしたがサロモンの力に適う筈もなく…その内抵抗するだけ体力の無駄と悟り諦めた。

「散歩、ですか…部屋から出ても良いんですか」

今日は何時もと違った。サロモンはアルレットを散歩に誘って来た。アルレットは驚くが、嬉しかった。部屋は決して狭い訳ではないが、やはりいい加減に外に出たい。

「うん。ちゃんと、兄さんには許可貰ったから大丈夫だよ」

ニコニコと笑うサロモンにアルレットもつられてつい笑ってしまう。サロモンの事は正直良く分からない。だがこうやって毎日アルレットの元を訪ねては世話を焼いてくれている。話し方も接し方もとても優しい。

悪い人では、ないのかな…。

サロモンはアルレットの手を引き中庭へと出た。中庭を見てアルレットは苦笑が漏れる。その理由は、部屋もそうだったが中庭も随分と派手で煌びやかだった。

庭中に植えられている花は一つ残らず深紅の薔薇のみ。噴水も金色に光る。

「女神像…?」

何体か設置されている女神像すら全てが金色に光り輝く。陽が射して神々しい、と言うか単純に眩しい。果たして金にする必要があるのか…。

「気に入った?」

「あ…はい…」

アルレットの顔はかなり引き吊るが、無理に笑みを作る。そんなアルレットに気付きサロモンはくすりと笑った。

「正直に言って良いよ。これ兄さんの趣味なんだ。相当センス無いよね、心配になるくらいに」

サロモンの言葉に同意はするが口に出せる訳はない。何故ならサロモンの言葉はセブランに対するただの悪口だ…。

それにしても国が違えば城もまるで違う。自国の城は派手さや豪華さは無かったが洗練された美しさがあった。こんな風に言うのも如何なものかとは思うがこの城は品がない…。


アルレットは金色に光る噴水を見て、ふとレーヴァンの事を思い出した。吸い込まれる様にサロモンから離れ噴水へ歩いて行った。

「アルレット?どうかしたのかい」

サロモンの声がまるで聞こえていない様子で、アルレットは噴水に腰掛け流れる水を眺めている。

考えない様にしていた。どうせ考えた所で帰る事など叶わない。希望を持てば後から絶対に虚しくなるだけだから。でも…逢いたい。


…レーヴァン様。

急に様子が変わり上の空のアルレットにサロモンは不満げな表情を浮かべた。内容までは分からないが、アルレットが『誰か』の事を考えているのは分かる。儚げで悩ましい表情。漂う色香。アルレットが思い浮かべている相手が男だと言う事は一目瞭然だ。今アルレットは『女』の顔をしている。

面白くない。サロモンはアルレットにあんな顔をさせている男を殺してやりたいと、本気で思った。…こんな想いは生まれて初めてだった。この感情が…嫉妬…?

「アルレット…」

サロモンは反応のないアルレットを覆い被さる様にして抱き締めた。

「サロモン様⁈」

アルレットは急に抱き付いてくるサロモンに驚き声を上げた。押し倒される様な体勢になり、狭い幅しかない為に2人はそのまま地面に転がってしまう。

サロモンが確りと抱き締めていたので、落ちた衝撃は特に気にならなかったが。驚いた。

「あの、サロモン様…」

アルレットを抱き締めたままサロモンは微動打にしない。

「…アルレット。僕を見てよ」

こんな感情は今までサロモンの中には無かった。数え切れない程女性を抱いてきた。女性を手玉に取り操り、例外はなく女性達はサロモンの思うがままになる。なのに…どうしてアルレットは自分に堕ちない?

毎日部屋に通い、優しく紳士的に振る舞い、退屈しない様に色んな話をして楽しませた。意識をさせる為に抱き締めたり、たまに頬にキスをした。部屋を訪ねる時には必ず花を一輪持って行った。それをアルレットは微笑んで受け取ってくれたのに…。

普通ならここまでしなくとも、自ら抱いて欲しいと懇願する女性が大半だった。甘い言葉と熱い抱擁これだけで簡単に堕ちる。そして一度抱いたら興味が失せ捨てる、それを繰り返した。なのに…。

「誰を…見てるの」

サロモンがアルレットに堕ちてしまった。











「そろそろ良いだろう」

セブランは次の舞踏会でアルレットを王妃としてお披露目する事に決めた。連れて来た当初と比べて大分肉付きも良くなり、顔の血色も悪くない。

これで遂にセブランは『王の花嫁』を手に入れる事が出来る。王の花嫁を手にすれば誰も異論を唱える者もいなくなるだろう。いや言わせない。

「…ねぇ、私はどうなるの」

ミレイユはセブランを不安げに見遣る。

「好きにすれば良い」

「なら、私も妃にしてよ!側妃だって良いわ!ねぇ、セブラン⁈」

ミレイユは必死だった。アルレットが王妃になれば自分は用済みだ。もしかしたら、邪魔になり殺されるかもしれない。そんなのは嫌だ。まだ死にたくない。

「お前を妃にするつもりは、ない」

冷たく言い放たれたミレイユはその場に崩れ落ちた。セヴランはミレイユを残し部屋を出て行ってしまう。

「うっ…うっ…」

ミレイユは手で顔を覆い隠し涙を流した。どうして。私はこんなにも惨めなの?

ミレイユには『痣』がない。王の花嫁には必ず身体の何処かに聖痕と呼ばれる痣がある筈なのに。母は何を聞かれても口を閉ざした。

身体の何処かにあるならば、別に見せられない場所にあると言えばそれで済む話だったが。王の花嫁が生まれた当時頸に痣があると周囲の者は周知していた。それ故に頸に痣がないミレイユは『偽物の王の花嫁』として扱われた。常にミレイユには冷たい視線が刺さる。


「あの子は必ず生きています。私には分かります」

まだ幼い時母が漏らした言葉が痛かった。辛かった。苦しかった。ミレイユは自分が母の娘でない事は分かっていたが、聞きたくない。

でも、母はミレイユに優しかった。何時も微笑みながら頭を撫でてくれた、抱き締めてくれた、愛してると…言ってくれた。

だけど、ある日思った。母の優しさはミレイユへの優しさでなどではない。ミレイユを介して本当の娘を見ているだけ。ただ…それだけ。それに気づいた時何かが壊れる音がした。


誰もミレイユを見てくれない。…私は代用品でしかない。セブランも結局、本物であるアルレットが手に入ればそれで良い。もう必要とされない。

「ゔっ…誰か、私を愛してよっっ‼︎」

ミレイユの悲鳴に似た叫び声は、虚しく部屋に響き誰にも届く事はなかった。

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