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「ヨハン、貴方に心臓は渡せない」

フィオナはヨハンを拒絶する様に手を払う。その瞬間、不自然な風が巻き起こる。彼女の身体に纏わりつき、次第にそれは大きくなっていく。
ヴィレームは目を見張り、呆然と立ち尽くす。心臓が妙に騒ぐ。変な高揚感に包まれていた。

「あれは……」

魔法だ。
フィオナからは計り知れない程の魔力がヒシヒシと伝わってくる。

「魔法ですわね」

「姉上⁉︎身体は……」

気が付けば倒れていた筈のシャルロットがしれっとしながら後ろに立っていた。

「クルトに助けて貰いましたわ」

更に振り返ると、ブレソールやアトラスまで元通りになっている。だが肝心のクルトの姿はない。不審に思いながら、再び身体を返すとクルトがいた。

「クルト、君いつの間に」

クルトはオリフェオの傷を治癒魔法で治している最中だった。
何時もポーカーフェイスの彼が額に汗を滲ませ、眉根を寄せている。

治癒魔法は、特別な魔法だ。魔法使いの中でも使える者はほんの僅かしかいない。高位の魔法使いであるクルトでさえ、この有様だ。傷の程度にもよるが、一人治癒するのに結構な時間を要し、しかもかなりの魔力を消耗する。

だからこそ、驚いた。ヴィレームはあれだけの深傷を負っていたにも関わらず、彼女が頬に触れたのはほんの一瞬だった。

「ヴィレーム様方だけでは、不安でしたので様子を見に来たのですが……物の見事に惨敗されてましたね。情けないの一言に尽きます」

クルトは、治癒しながらワザとらしく盛大にため息を吐いて見せる。何時もの事ながら、嫌味が凄い。顔が引き攣るのを感じた。

「そより、彼女……」

その言葉に、ヴィレームはハッとしてフィオナに目を向けた。

「フィオナ……」

ゴゴゴッー。

辺り一面に、地響きの様な音が響き渡る。
ヨハンはフィオナから受ける風、いや炎、いや水……いかずちを防いでいる。その場から一歩も動く事が出来ず、ただ魔法で壁を作り受けるので精一杯だ。その表情は必死そのもので、先程までの余裕など皆無だった。

「まさに、驚愕の一言に尽きますね。流石とでも言いましょうか。あのザハーロヴナ・ロワの血筋ならば納得が出来ます。まさに覚醒、とでも言いましょうか」

覚醒……か。確かにその言葉は今の彼女そのものを表している。彼女の中にはずっとあの膨大な魔力が眠っていたのだ。それが今この状況下において、何かがフィオナの心に触れて目を覚ましたのか……。

「と言うかクルト、君何時から居た訳?見てたなら少しは手を貸してくれても」

呆れ顔で、クルトを見遣る。

「ヴィレーム様の悪い所です。仕事もそうですが、他力本願は宜しく有りませんよ」

「……」

何も言い返せない。他力本願にしているつもりはないが、心当たりがない訳でもない。

「そもそも私は期間限定の執事なのですから、これ以上お守りをさせないで下さい」

お守りって……。

ヴィレームは愕然する。まさかそんな風に思われていたなど、正直夢にも思わなかった……。



バチバチッー。

ヨハンの作り出した防壁にヒビが入った。蒼石を持つ手が震えているのが見て取れる。強く握り過ぎている所為か、手からは血が垂れていた。

「姉さんっ‼︎どうしてこんな酷い事するの⁉︎僕は姉さんの大事な弟じゃないの⁉︎ねぇ⁉︎ねぇってばっ‼︎」

刃の様に鋭い風と、マグマの様に熱い炎、渦潮の様に激しい水と地響きを起こす程のいかずち。だが、これだけの魔法を使いながらも彼女は眉一つ動かさない。ヨハンの呼び掛けに応える事もなく、真っ直ぐに彼をただ見つめるだけだ。
彼女は今、何を思っているのだろう……。




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