64 / 81
63
しおりを挟む
あんなに、優しい方を……方達にこれ以上迷惑を掛けてはいけない。心の底から、こんな自分を心配してくれた。こんな自分を、好きだと言ってくれた。そんな彼を、巻き込んではいけない。
「では、行ってきます」
翌朝フィオナは、一人馬車に乗り込んだ。門の前まで見送るヴィレームに、挨拶をする。すると彼は呆然とした様子で「うん」とだけ返事をした。
「ごめんなさい……」
馬車が大きく揺れ、動き出す。窓の外にはまだヴィレームが立ち尽くしているのが見えた。その彼にフィオナは、聞こえる筈もないのに、そう呟いた。
「今日は一人なのか」
誰もいない廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。立ち止まり振り返ると、そこにはオリフェオの姿があった。その瞬間、緊張と動悸が激しくなる。
「……」
彼はゆっくりと近寄って来ると、フィオナの仮面に触れ、何度も撫でてくる。
「……ようやく、二人きりだ」
仮面を外そうとするが、その手をフィオナは叩いた。
「どうした?」
「やめて……」
「怒ってるのか」
「……ヨハン」
フィオナがそう呟くと、目を丸くして、次の瞬間彼の口元がゆっくりと綺麗な弧を描いた。
「何時、気付いたの?姉さん」
「ハンス様が亡くなった日の休み時間に、オリフェオ殿下……いいえ、貴方が私に会いに来たでしょう」
あの日授業の合間の休み時間に、オリフェオがわざわざ教室までやって来た。これが平常時で、フィオナに第二王子である彼が会いに来たとなれば、教室が騒がしくなりそうなものだが、今のこの状況では多少視線を感じる程度だった。無論シャルロットもいたのだが、彼女はオリフェオを好いていない様で、出入り口まではついて来なかった。
『ハンス・エルマーが死んだ』
『⁉︎』
余りの事に声も出なかった。だが、彼が嘘を吐いているとは思えなかった。
『ニクラス同様、今朝図書室で倒れているのが見つかった。また心臓だけが抜かれていた』
昨日の、様子のおかしいハンスを思い出す。やはり、今更復縁したいなど、何かあったに違いない。亡くなったニクラスと関係があるのだろうか……。
『ハンス様が……どうして』
フィオナは俯き、身体が震えた。昨日、自分が拒絶するだけでなく、もっと詳しく彼の話を聞いてあげていたら……何か違ったかも知れない。彼は必死の形相で、今考えれば怯えた様にも思える。
ハンスの事は赦せない。だからと言って死んで欲しかった訳じゃない。だが、嘆いた所で今更に過ぎない……。
『意外だな。君を裏切り捨てた男だぞ。死んで当然だ。天罰でも食らったのだろう』
ハンスとは昨日まで初対面だったオリフェオが、そこまで言うなんて……違和感を感じた。フィオナとだって、ダンスパーティーの時に一度顔を合わせただけで、良い印象などなかった。それなのにも関わらず、昨日の彼の態度や振る舞いも、改めて考えると違和感しかない。
『……確かに私は、彼の事は赦せませんでした。ですが、死んで欲しいと願った事などありません』
『愚かだな。だから、あんな男に引っかかるんだ』
確かに彼の言う通りかも知れない。だが、やはりフィオナには彼がした事が、死に値する様な事だったとは思えない。もし彼の死が天罰と言うならば、いき過ぎた罰だ。
ふとオリフェオを見ると、苛々を隠せない様子で首の後ろをしきり触っていた。
同じだ、そう思った。弟のヨハンの癖と、同じ……。
何時も優しい弟がたまに、ふとした瞬間、首の後ろを触る時があった。多分無自覚なのだと思うが、そう言う時は決まってヨハンは苛々している様子だった。フィオナは人より他人の感情の変化に敏感な方だ。だから隠しているつもりでも、何時も僅かな感情の変化が伝わってくるのを感じていた。
オリフェオを見ると、未だ不満そうにしていた。昨日も感じた違和感を、感じる。モヤモヤとして、気持ちが悪いとすら思う。
『……そう言えば、ダンスパーティーの際、妹のミラベルとご一緒でしたが、もしかして婚約でもなさるんですか』
『何だ、妬いているのか』
『い、いえ、そう言う訳では……』
『案ずるな。あんな我儘で口悪く淑女の風上にも置けない女など、この私が相手にする筈がないだろう。また泣き喚かれても煩くて構わんからな』
この瞬間、フィオナの違和感は確信に変わった。
「では、行ってきます」
翌朝フィオナは、一人馬車に乗り込んだ。門の前まで見送るヴィレームに、挨拶をする。すると彼は呆然とした様子で「うん」とだけ返事をした。
「ごめんなさい……」
馬車が大きく揺れ、動き出す。窓の外にはまだヴィレームが立ち尽くしているのが見えた。その彼にフィオナは、聞こえる筈もないのに、そう呟いた。
「今日は一人なのか」
誰もいない廊下を歩いていると、背後から声を掛けられた。立ち止まり振り返ると、そこにはオリフェオの姿があった。その瞬間、緊張と動悸が激しくなる。
「……」
彼はゆっくりと近寄って来ると、フィオナの仮面に触れ、何度も撫でてくる。
「……ようやく、二人きりだ」
仮面を外そうとするが、その手をフィオナは叩いた。
「どうした?」
「やめて……」
「怒ってるのか」
「……ヨハン」
フィオナがそう呟くと、目を丸くして、次の瞬間彼の口元がゆっくりと綺麗な弧を描いた。
「何時、気付いたの?姉さん」
「ハンス様が亡くなった日の休み時間に、オリフェオ殿下……いいえ、貴方が私に会いに来たでしょう」
あの日授業の合間の休み時間に、オリフェオがわざわざ教室までやって来た。これが平常時で、フィオナに第二王子である彼が会いに来たとなれば、教室が騒がしくなりそうなものだが、今のこの状況では多少視線を感じる程度だった。無論シャルロットもいたのだが、彼女はオリフェオを好いていない様で、出入り口まではついて来なかった。
『ハンス・エルマーが死んだ』
『⁉︎』
余りの事に声も出なかった。だが、彼が嘘を吐いているとは思えなかった。
『ニクラス同様、今朝図書室で倒れているのが見つかった。また心臓だけが抜かれていた』
昨日の、様子のおかしいハンスを思い出す。やはり、今更復縁したいなど、何かあったに違いない。亡くなったニクラスと関係があるのだろうか……。
『ハンス様が……どうして』
フィオナは俯き、身体が震えた。昨日、自分が拒絶するだけでなく、もっと詳しく彼の話を聞いてあげていたら……何か違ったかも知れない。彼は必死の形相で、今考えれば怯えた様にも思える。
ハンスの事は赦せない。だからと言って死んで欲しかった訳じゃない。だが、嘆いた所で今更に過ぎない……。
『意外だな。君を裏切り捨てた男だぞ。死んで当然だ。天罰でも食らったのだろう』
ハンスとは昨日まで初対面だったオリフェオが、そこまで言うなんて……違和感を感じた。フィオナとだって、ダンスパーティーの時に一度顔を合わせただけで、良い印象などなかった。それなのにも関わらず、昨日の彼の態度や振る舞いも、改めて考えると違和感しかない。
『……確かに私は、彼の事は赦せませんでした。ですが、死んで欲しいと願った事などありません』
『愚かだな。だから、あんな男に引っかかるんだ』
確かに彼の言う通りかも知れない。だが、やはりフィオナには彼がした事が、死に値する様な事だったとは思えない。もし彼の死が天罰と言うならば、いき過ぎた罰だ。
ふとオリフェオを見ると、苛々を隠せない様子で首の後ろをしきり触っていた。
同じだ、そう思った。弟のヨハンの癖と、同じ……。
何時も優しい弟がたまに、ふとした瞬間、首の後ろを触る時があった。多分無自覚なのだと思うが、そう言う時は決まってヨハンは苛々している様子だった。フィオナは人より他人の感情の変化に敏感な方だ。だから隠しているつもりでも、何時も僅かな感情の変化が伝わってくるのを感じていた。
オリフェオを見ると、未だ不満そうにしていた。昨日も感じた違和感を、感じる。モヤモヤとして、気持ちが悪いとすら思う。
『……そう言えば、ダンスパーティーの際、妹のミラベルとご一緒でしたが、もしかして婚約でもなさるんですか』
『何だ、妬いているのか』
『い、いえ、そう言う訳では……』
『案ずるな。あんな我儘で口悪く淑女の風上にも置けない女など、この私が相手にする筈がないだろう。また泣き喚かれても煩くて構わんからな』
この瞬間、フィオナの違和感は確信に変わった。
0
お気に入りに追加
2,226
あなたにおすすめの小説
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
【完結】公女が死んだ、その後のこと
杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】
「お母様……」
冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。
古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。
「言いつけを、守ります」
最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。
こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。
そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。
「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」
「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」
「くっ……、な、ならば蘇生させ」
「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」
「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」
「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」
「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」
「まっ、待て!話を」
「嫌ぁ〜!」
「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」
「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」
「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」
「くっ……!」
「なっ、譲位せよだと!?」
「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」
「おのれ、謀りおったか!」
「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」
◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。
◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。
◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった?
◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。
◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。
◆この作品は小説家になろうでも公開します。
◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」
これが婚約者にもらった最後の言葉でした。
ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。
国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。
やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。
この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。
※ハッピーエンド確定
※多少、残酷なシーンがあります
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2021/07/07 アルファポリス、HOT3位
2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位
2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位
【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676)
【完結】2021/10/10
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。
彩柚月
ファンタジー
メラニア・アシュリーは聖女。幼少期に両親に先立たれ、伯父夫婦が後見として家に住み着いている。義妹に婚約者の座を奪われ、聖女の任も譲るように迫られるが、断って国を出る。頼った神聖国でアシュリー家の秘密を知る。新たな出会いで前向きになれたので、家はあなたたちに使わせてあげます。
メラニアの価値に気づいた祖国の人達は戻ってきてほしいと懇願するが、お断りします。あ、家も返してください。
※この作品はフィクションです。作者の創造力が足りないため、現実に似た名称等出てきますが、実在の人物や団体や植物等とは関係ありません。
※実在の植物の名前が出てきますが、全く無関係です。別物です。
※しつこいですが、既視感のある設定が出てきますが、実在の全てのものとは名称以外、関連はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる