上 下
9 / 27

8

しおりを挟む
「クラウス、様……」

驚いた。まさか彼が現れるなんて……。

彼はロゼッタの腰に手を回すと、自身へと引き寄せた。

「ロゼッタ、君はそこにいる貞操観念が緩い女より、遥かに魅力的で大人の女性だ。嫌がらせを受けても、やり返す事などせずひたすらに堪えている……だが、我慢する必要などない。先日も話したが、君には僕達がついている」

いつもの彼じゃないみたいだ。いつも意地悪で毒づく彼は、今日は酷く落ち着いた様子と声色で紳士的だ。同い年なのに、頼り甲斐のある大人の男性に見える。心強く思えた。

『君には僕達がついている』その言葉に先日の事が頭を過り、彼の優しさと皆の優しさを感じる。

ふとフェルナンドに視線を戻すと、ずっと飄々としていた彼だが、今は俯むき何かを呟いていた。

「……るな」

「……?」

珍しい……いつもなら、これでもかと言う程にはハッキリと話す人なのに……彼が何を言っているのかよく聞き取れない。俯いている為、表情も分からずロゼッタは困惑する。

「ロゼッタに、触れるな」

その声は恐ろしく冷たく響いた。いつもの貼り付けたような笑みはどこにもなく、表情が完全に抜け落ちている。

つい今し方安心感に包まれていたロゼッタだったが、フェルナンドの様子に息を呑み、思わず身体を震わせた。







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




何故こんな事になってしまったのだろうか。

ロゼッタは、窓の外を眺めながら昨夜の事を思い出していた。



『ロゼッタ、帰るよ』

ツカツカとフェルナンドは歩いて来ると、ロゼッタの腕を掴んだ。瞬間クラウスが彼の手を振り払おうとするが、逆に腕を掴まれ壁に叩き付けられる。

『ゔっ……』

側からは分からないくらいクラウスは強く打ち付けられたらしく、悶えながら唸り声を上げた。頭からは薄ら血が流れている……。

『クラウス様っ』

慌てて駆け寄ろうとするも、強い力で彼に腕を掴まれている為動けない。

『穢らわしい……』

そう言った彼はロゼッタから乱暴に上着を剥ぎ取ると、下に転がっているクラウスに投げつけた。


『フェルナンド、様っ、離して下さいっ』

『……行くよ』

手を振り解こうともがいてみるが、力で敵う筈もなくそのまま強引に引っ張られた。

『フェルナンド様!お待ち下さいっ‼︎』

暫し呆然とし立ち尽くしていた女性は、我に返った様子でフェルナンドの背に声を掛けてきた。慌てて駆け寄り、彼を引き止めようと腕に触れようとした時……。

パンッ。

乾いた音がその場に響いた。それは彼が彼女の手を弾いたからだ。

『失せろ……二度と僕に、触れるな。……吐き気がする』

女性は余りに驚愕したのか、目を見開き口は半開きになり声が出ない様子だった。折角の綺麗な顔が台無しに見えるくらいに、表情は崩れてしまっている。

それはそうだろう。つい先程まで甘い言葉を囁かれ、抱き合っていたのだから。彼女でなくともフェルナンドの変わり様に、誰でも唖然とするだろう。まるで別人だ。





何故、フェルナンドはあんなに怒りを露わにしたのだろう。ロゼッタには理解出来ない。
もしかしたら自尊心の高い彼は、赦せなかったのかも知れない。形だけの妻であっても他の男の腕の中にいるロゼッタが。


クラウス様……大丈夫かしら。

クラウスに、申し訳ない事をした。

自分を庇ってくれたのに……。

あの後ロゼッタは、フェルナンドに無理矢理馬車に押し込められ、屋敷に帰ってきた。故にクラウスがどうしたのか分からない。謝罪をしたくとも、部屋から出れない。

フェルナンドから部屋から出ない様にとキツく言われ、扉に鍵を掛けられてしまった……。

ロゼッタは深いため息を吐き、椅子に座り机に突っ伏した。








しおりを挟む
感想 132

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?

石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。 ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。 彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。 八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。

【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件

よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます 「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」 旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。 彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。 しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。 フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。 だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。 私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。 さて……誰に相談したら良いだろうか。

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

処理中です...