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「このお薬、甘くて美味しいです」
翌る日、オリヴェルは宣言通り薬を持参した。だがまさか、病人ではない彼女に本物の薬を飲ます訳にはいかない。なので粉薬と称して、粉砂糖を包みアレクシアに渡した。それを信じて疑わない彼女は素直に薬だと思い込み飲んでくれた。
普通なら気付きそうなものだが、鈍感な彼女は全く気付かない。まあ、そういう所も可愛いのだけれど……内心頬が緩々だ。
「そう、それは良かった」
何がいいのかもはや分からないが、適当な相槌を打つ。
「これできっと良くなるよ」
弟への恋心を抹消したい一心を薬に込めた。
だが、もしも、もしも……もしも!自分へ向けられた恋心だったならば、消し去ってしまうなど考えたくない。
複雑な思いでアレクシアをオリヴェルは見つめる。彼女との距離が近くで遠く感じ、ため息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁ……」
リーゼロットは周りに聞こえない様に、密かにため息を吐いた。
目の前には例の問題しかないアレクシアの妹のエルヴィーラが、喚き散らしダンスの時間を妨害している。彼女の事は事前に調べ済みであり、その醜い性質は耳にしてはいたが、実際聞くのと見るのとでは大違いだ。
一体何がどうなればここまで酷く育つのか……呆れるのを通り越し、称賛すらしたくなる。
毎日毎日、自分より弱い立場の令嬢を狙い、因縁を付け見下し悪態を吐く。最近ではそれでは飽き足らなくなったのか、徐々に手も出る様になった。そして厳密に言えば、彼女が自身より上だと判断している存在はリーゼロットただ一人だ。同じ侯爵令嬢もいるが、家柄的に彼女の方が勝ると思っているようで、先日その彼女にも悪態を吐いていた。
そして講師の大人達なのだが、情けない事に侯爵令嬢である彼女が怖いのか、誰一人注意する事はしない。寧ろ擁護しているのを度々見受けた。貴族社会において、まあ賢明な判断ではあると思う。
リーゼロット自身、幼い頃よりそれはひしひしと感じている事だからだ。公爵令嬢であり、国王の姪にあたり王太子の従姉。これだけ肩書きが揃っていれば、誰も何も言ってくる事はない。逆に自分の発言する一言一言の重さの重要性も幼いながら理解をしていた。それは、父や母からそう教わったからだ。
そう親がまともなら、子はそれなりに普通に育つ筈。まあ、例外はあるだろうが、一般的にはそうだと思う。
改めてエルヴィーラを見遣る。
彼女の両親、侯爵夫妻とは面識がある。どちらも常識からはかけ離れた人物に感じたが、どちらかと言うと夫人の方に問題があるように思えた。兎に角無闇やたらに妹を可愛がっているのを何度も目撃している。口から出る言葉も姉を貶し、妹をひたすらに褒める。
更に他人の目の届かない自邸の中では、アレクシアに手まであげていたと言うのだからどうしょうもない。
あの親にしてこの子あり、正にそれだ。
姉のアレクシアは少し……大分抜けている様だが、こんな環境下でよく耐えていい子に育ったと感心する。
オリヴェルではないが、意外とリーゼロットも彼女を気に入っていた。
なのに妹の方は……この有様だ。見た目も態度も嫌になる程酷い。
この妃教育を提案したのは自分だが、正直早々にこんな茶番は終わらせたいと思う今日この頃。
これ以上あのエルヴィーラとかいう小娘の醜態を眺めているのは、気分が良くない。妃教育の期限の後数ヶ月が終わるまで待っていたくない。どうにかして、早く終わらせる方法はないか……。
「きゃっ」
「ちょっと、何それ。いくら何でも下手過ぎるでしょう」
リーゼロットが色々と思案していると、また彼女がやらかしている。今度は伯爵令嬢のドレスの裾をワザと踏み、転ばしていた。そしてお決まりの取り巻き達からの加勢も加わり、もはや授業どころではない。
「今日はこれでお開きね」
開いていた扇子をパチンと閉じ、リーゼロットは立ち上がる。エルヴィーラ達を一瞥して、ドレスを翻し部屋を後にした。
あの不毛な争いに加わるつもりは毛頭ない。
虐めているエルヴィーラには問題しかないが、実は虐めている側にも問題がある。
今回この妃教育に集められた基準は家柄ではない。普段から素行が良くない令嬢ばかりを集めたのだ。いうならエルヴィーラと大差ないくらいにはよろしくない。
本来はこれを機に、彼女達をリーゼロット直々に再教育でもしてやろうかと考えていたが……。
「まさか姉じゃなく、妹がくるなんてね……」
予定外の事態に、やる気が失せた。そもそもリーゼロットがしなくてもエルヴィーラがある意味で代わりを務めている。やり方は頂けないが、今後あの令嬢達も少しは大人しくなるとも考えられる。今もエルヴィーラが怖いのか分からないが、随分大人しいものだ。
「まあ最後は、エルヴィーラだけね」
再教育と名の制裁を下せば終わる。ただその役目は自分ではないのだけれど。
翌る日、オリヴェルは宣言通り薬を持参した。だがまさか、病人ではない彼女に本物の薬を飲ます訳にはいかない。なので粉薬と称して、粉砂糖を包みアレクシアに渡した。それを信じて疑わない彼女は素直に薬だと思い込み飲んでくれた。
普通なら気付きそうなものだが、鈍感な彼女は全く気付かない。まあ、そういう所も可愛いのだけれど……内心頬が緩々だ。
「そう、それは良かった」
何がいいのかもはや分からないが、適当な相槌を打つ。
「これできっと良くなるよ」
弟への恋心を抹消したい一心を薬に込めた。
だが、もしも、もしも……もしも!自分へ向けられた恋心だったならば、消し去ってしまうなど考えたくない。
複雑な思いでアレクシアをオリヴェルは見つめる。彼女との距離が近くで遠く感じ、ため息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はぁ……」
リーゼロットは周りに聞こえない様に、密かにため息を吐いた。
目の前には例の問題しかないアレクシアの妹のエルヴィーラが、喚き散らしダンスの時間を妨害している。彼女の事は事前に調べ済みであり、その醜い性質は耳にしてはいたが、実際聞くのと見るのとでは大違いだ。
一体何がどうなればここまで酷く育つのか……呆れるのを通り越し、称賛すらしたくなる。
毎日毎日、自分より弱い立場の令嬢を狙い、因縁を付け見下し悪態を吐く。最近ではそれでは飽き足らなくなったのか、徐々に手も出る様になった。そして厳密に言えば、彼女が自身より上だと判断している存在はリーゼロットただ一人だ。同じ侯爵令嬢もいるが、家柄的に彼女の方が勝ると思っているようで、先日その彼女にも悪態を吐いていた。
そして講師の大人達なのだが、情けない事に侯爵令嬢である彼女が怖いのか、誰一人注意する事はしない。寧ろ擁護しているのを度々見受けた。貴族社会において、まあ賢明な判断ではあると思う。
リーゼロット自身、幼い頃よりそれはひしひしと感じている事だからだ。公爵令嬢であり、国王の姪にあたり王太子の従姉。これだけ肩書きが揃っていれば、誰も何も言ってくる事はない。逆に自分の発言する一言一言の重さの重要性も幼いながら理解をしていた。それは、父や母からそう教わったからだ。
そう親がまともなら、子はそれなりに普通に育つ筈。まあ、例外はあるだろうが、一般的にはそうだと思う。
改めてエルヴィーラを見遣る。
彼女の両親、侯爵夫妻とは面識がある。どちらも常識からはかけ離れた人物に感じたが、どちらかと言うと夫人の方に問題があるように思えた。兎に角無闇やたらに妹を可愛がっているのを何度も目撃している。口から出る言葉も姉を貶し、妹をひたすらに褒める。
更に他人の目の届かない自邸の中では、アレクシアに手まであげていたと言うのだからどうしょうもない。
あの親にしてこの子あり、正にそれだ。
姉のアレクシアは少し……大分抜けている様だが、こんな環境下でよく耐えていい子に育ったと感心する。
オリヴェルではないが、意外とリーゼロットも彼女を気に入っていた。
なのに妹の方は……この有様だ。見た目も態度も嫌になる程酷い。
この妃教育を提案したのは自分だが、正直早々にこんな茶番は終わらせたいと思う今日この頃。
これ以上あのエルヴィーラとかいう小娘の醜態を眺めているのは、気分が良くない。妃教育の期限の後数ヶ月が終わるまで待っていたくない。どうにかして、早く終わらせる方法はないか……。
「きゃっ」
「ちょっと、何それ。いくら何でも下手過ぎるでしょう」
リーゼロットが色々と思案していると、また彼女がやらかしている。今度は伯爵令嬢のドレスの裾をワザと踏み、転ばしていた。そしてお決まりの取り巻き達からの加勢も加わり、もはや授業どころではない。
「今日はこれでお開きね」
開いていた扇子をパチンと閉じ、リーゼロットは立ち上がる。エルヴィーラ達を一瞥して、ドレスを翻し部屋を後にした。
あの不毛な争いに加わるつもりは毛頭ない。
虐めているエルヴィーラには問題しかないが、実は虐めている側にも問題がある。
今回この妃教育に集められた基準は家柄ではない。普段から素行が良くない令嬢ばかりを集めたのだ。いうならエルヴィーラと大差ないくらいにはよろしくない。
本来はこれを機に、彼女達をリーゼロット直々に再教育でもしてやろうかと考えていたが……。
「まさか姉じゃなく、妹がくるなんてね……」
予定外の事態に、やる気が失せた。そもそもリーゼロットがしなくてもエルヴィーラがある意味で代わりを務めている。やり方は頂けないが、今後あの令嬢達も少しは大人しくなるとも考えられる。今もエルヴィーラが怖いのか分からないが、随分大人しいものだ。
「まあ最後は、エルヴィーラだけね」
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