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2.経理部、田中A子

その6、田中A子は五里霧中②

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スマートだなぁ、さすがイケメン。生まれつきスマートアシスト搭載なのかな。いやそれ車。また混乱してる。というかおごりなら和食にしとけば良かった。って! そういうこと考えるからモブなんだよ浅ましい。私にはモブアシストが付いてるに違いない。


「ゔぅ……」
「どしたのエンボちゃん、すっげえ顔してる」
「いえ、なんか色々、申し訳なくて」
「気にしなくていいって。……でも、じゃあ、そうだな。今からドラッグストア行くからさ、そっちは半分出してくれる?」
「え、風邪ですか?」
「じゃなくて。歯ブラシとかもろもろ、いるでしょ?」
「あ……」


なんだか急に……うわ、いやだな、顔が熱い。
くつくつと、ひどく愉快そうに笑っている。ひどいしずるい。こんな時ですら顔がきれいだ。じゃなくて。


「どこ行くんですか」
「嫌でなければ、俺んちでいいかと思ってたんだけど。どう?」
「いやでは、ないですけど……」
「じゃあ決まり。必要なもん買っていきなね?」


ちょっと心配になる。この人、イケメンで専務のくせにセキュリティガバガバだ。大丈夫なのかな。


「あ、ひっこし」
「ん?」
「引っ越し、大丈夫ですか? まだ片付いてないならお邪魔になるんじゃ」
「ああ、それは大丈夫。引っ越すの面倒だから、出向中もこっちの部屋はそのまま置いてたんだ」
「え、出向先って」
「最近はマレーシア」
「向こうでは?」
「ホテル暮らし」
「セレブ……」
「でもないよ。向こうは物価が安いから」


にしたって家賃や管理費がかかるのに。つくづく住む世界が違うんだと実感する。どうしよう、ごりっごりのタワマンとかだったら。いや私には関係ないけど、なんかやだ。


あーだこーだ言ってるうちにタクシーに乗せられ、家から近いのだというドラッグストアに到着する。タクシー代も出させてもらえなかった。こうなったら薬局では半分と言わず全額出そう。そもそも、自分の必要なものなんだし。

カゴに必要なものを放りこんでいく。よかった下着も売ってて。化粧落としとスキンケア用品は旅行用の小さなもの、持ち帰ったら社内ロッカーにでも入れておこう。


「エンボちゃん、終わった?」
「はい」
「じゃ、ちょっとこっち」


棚からひょいと顔を覗かせ『こいこい』するイケメン。これなんてご褒美? これが黄泉の国への手招きだったとしてもやぶさかではない。そう思って導かれるままついて行く、と……


大・後・悔!

危ない人についてっちゃ駄目って、お母さんにも言われてたのに! いやそれ何歳の話よ!


「エンボちゃん、どれがいい?」
「どっ、どれって……!」
「好きなの選んでいーよ、俺こだわりないから。ほら、こっちホットゼリーつきだって」
「な、なんでもいいです選んでください!」
「俺よく分かんないし」
「分かんないことないでしょう! 絶対私より知ってるくせに!」
「ひでえなぁ。ほら、エンボちゃんが選んでくれないと決まんないよ。それともナマがいい?」
「変態、へんたいいっ……!」
「いまさら。知ってるくせに」


目の前にはいろんな箱、箱、箱!
逃げようと思うのに、爽やか笑顔で踏み出す方向すべてを軽々さえぎられて腹が立つ! この長身! 足長! 使い方間違ってるでしょうが!!

もうこのままではらちが明かない。仕方なしに横目で棚をざっと見て、うちひとつをカゴへ叩き落とした。シンプルな白箱の0.03㎜、信頼のメイド・イン・ジャパン。「熟練のネコみたい」と意味不明なことを言って笑う変態は放っておいてレジへ向かう。……つもりが止められて、なぜか箱をもとの棚に戻してしまった。なんで!


「ふはっ、ごめんごめん。俺こっちなんだ」


そう言って同じ箱を手に取ったかと思ったけれど、違った。一部の文字色がはっきりと分けられている。


「え……」
「じゃあ買ってくるから、外で待ってて」
「え、え、あのっ、お金!」
「レジ行くの恥ずかしいでしょ?」
「っ……」
「いいから出てな? 俺もエンボちゃんのそんな顔、ほかの奴らに見られたくないし。ああでも」


ーー今度は逃げないでね?


それだけ言って、額にキスされて、爽やかに笑ったイケメン・ド・変態はカゴを奪って背を向けた。

白箱(ラージサイズ)をつれて。


ああ、もう、どうでもいーや……。


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