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Ⅶ.日向の章(おまけ)
夫の心、妻知らず④
しおりを挟む屋敷に戻り、暗がりの寝室に数本のろうそくが灯されると、夫はアイリーンのドレスの紐をほどきはじめた。無言のまま、赤いドレスの締め付けがゆるむのを感じる。
「ロイ……」
「……てめえはどうも、警戒心がなさすぎる」
うっと言葉に詰まる。今日、責められるとしたらそこだろうなとアイリーンも予想していた。確かに3人組を止められず、強引な誘いをきっぱりと断れなかったのは自分の落ち度だ。しかしながら、今回はこっちにだって言い分がある。アイリーンはむう、と口を開いた。
「でも……ほったらかしたのはロイの方じゃんか」
「……」
「夜会に行くのも急で、行ったら行ったで別行動でさ」
「だからってあいつらの誘いに乗るわけか」
「乗ってないだろ! なぁ……今日のロイ、ずっと変だよ、なにが、あっ!」
片腕だけで後ろから腰を抱えられて足が宙に浮いた。おたおたしてる間もなく寝台へ乱暴に投げ出される。夫はふう、とひと息ついて、靴を脱いだ片足でアイリーンの片膝を踏みつけ股を開かせた。
細長い指で首のボタンを外している。鎖骨や、首筋が猛々しく浮いていて、こんな状況なのに目を離せなかった。夢中になるとあのあたりを噛んでしまう。アイリーンは自分の口の中から滲み出た唾液を、ごく、と飲み込んでいた。
「あ……ッ」
ドレスの裾を手繰り上げられると、乾いた赤ワインの跡筋が内腿にくっきりと残っていた。まるで血だ。月のものの処理を失敗したような気まずさがある。夫の長い指は、その筋を指先だけでつうっと辿った。それだけだ。
「ふ、やぁ……ッ」
「てめえ、今自分が、どんな顔してんのか分かってんのか」
分からない、分かるわけがない。
分かるのは夫が欲情しているということだけだ。たったひとつの銀目を矢尻のように光らせて、踏みつけられて動けなくなって、背筋からじわじわとなにかが這い上がってくる。するならいつもみたいに優しくしてほしいのに、なぜだか、ひどく興奮してしまう。見抜かれると分かっていて、なお。
「はァう……!」
遊んでいた指先が下着をかいくぐり、入口へ触れる。それだけだというのに、尻へ垂れるほどあふれてしまっていた。ロイの、鼻で笑う音が聞こえる。恥ずかしい。羞恥で死ねるのだとしたら、もう今日は何度も死んでる。
ごろ、とうつ伏せに転がされた。腰を抱えられ、尻を高く上げさせられる。向こうは片腕なのに抵抗できない。いきなり、突っ込まれた。
「ああァっ……!」
背中が大きくしなって短い叫び声をあげた。ほぐされてもいないのに、夫のものはアイリーンの最奥まで届いてしまっている。痛みはないが、代わりに達する寸前のもどかしいうずきが、アイリーンにひとすじの涙を流させた。
もう一度、深く嬲ってくれればイケるのに。夫はそこから動かないまま後ろでガタガタと音を立てた。木製の硬い音だ。おそらく寝台机を開閉している。でもなぜ? 考える前に答えは現れた。
仕舞っていたはずの手鏡が、目の前に。
あられもない女の顔が映っていた。
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