アイリーン譚歌 ◇R-18◇

サバ無欲

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Ⅵ. 暁の章

01′しあわせ ※

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「……あ……」

「……アリン……アリン……」

「ロイ……もう、もうっ……もういいよ……!」


アイリーンはまたも、混乱していた。

隅々までやさしく舐められ、ふれられて。背中も腰も、乳房の先も、もちろん秘密の場所の奥まで、いたるところをおだやかに攻められて。ロイは優しくて、ほんとうに優しくて、つらいことも痛いこともなんにもなくて幸せなのに。

情けなくて泣きそうだった。
1年前はこんなじゃなかった。

後退してしまった自分の身体に嫌気がさす。きっと慣れれば……そう思うとまた身体の芯が冷えてゆく。慣れることなどない。自分は彼らと行かねばならない。彼らは待ってる。裏切れない。

だからロイに抱いてほしいのに……この身体はことごとく思い通りになってはくれず、アイリーンの膣内は、わずかに濡れるだけだった。どれだけ愛撫をほどこされても、どれだけ言葉を重ねられても変化は、ない。1年前はあんなに、恥ずかしいほどあふれていたのに。


「も、もう。ロイ、おねがい、おねがいだから……!」

「黙ってろ」

「ロイ!  ……ったのむよ、きっと、今日は久しぶりだからこんななんだ。今日だけだよ、きっと」

「ならやめるか。……明日か、てめえが落ち着くまでーー」

「ロイ!!」


荒げた声にアイリーンは自分で驚き、うろたえる。

落ち着くまで、なんてなかった。悠長にしているひまはない。明日なんてもう一緒には過ごせないのだ。今でなくては。

赤い瞳にゆらゆらと涙が浮かぶ。


「……ロイ、好きだよ。大好きなんだ」

「アリン……」

「だからオレを、ロイのものにして……もう待てないよ、待ちたくない。こうなるのをずっと、ずっと待ってたんだ……だから……

オレを、ロイのおんなに、して……」

「………………クソが……っ」


ギリ、とこちらにまで歯噛みした音が聞こえて、アイリーンは息を飲む。心臓がどくどくうるさくて、冷えていた熱がすこし、戻る。


「んぅ」

「舐めろ、アイリーン」


ロイは人さし指と中指を彼女の口の中に入れ、舌を撫でたり挟んだりして遊び、そうしてからめ取った唾液をいきり立った先端へとすりつけた。それがどういう行為なのかおぼろげに理解できて、アイリーンは顔をほのかに染める。

羞恥心と喜びと期待と不安ーー色んなものがごちゃ混ぜになる。
脚の間に彼の身体が入り込み、足が、そこが、割り開かれる。


「知らねえぞ、後悔しても」

「するわけない……!」

「は……だろうな、てめえは」


諦めにも似た声音とともに、弓なりの先端をあてがわれ、膝を掴まれ、ぐ、と体重をかけられる。


ロイが、はいってくる。
圧倒的な質量に息が止まる。


「ッ、……!  ぐ……っ」

「アリン、アリン……力抜け、こっち見ろ。ほら、繋いでやるから、手ぇほどけ」

「うん、うん……ロイ……っ……ねぇこっち、きてっ……」


右手を彼とつなぎ合わせて、左手で彼を引き寄せる。唇をかさね、舌を絡ませながら痛烈な侵入を受け入れる。丸太で身体が引き裂かれるような。本当にそんなところに、雄を受け入れられる場所が?  信じられない心地だった。

ロイはやはり優しい。すこし進むと、痛みに慣れるまで待ってくれて、力が抜ければまた進む。くり返しくり返し、待ってくれる。いい旦那さまだ……


痛みできつく閉じていた目を開け、夫を見る。


かち合った銀の瞳がアイリーンをやさしく貫いていた。こめかみや首には汗が流れ、形のきれいな眉が歪んで、呼吸は浅く乱れている。思い出したようにロイの匂いが鼻腔をくすぐり、思わず一気に息を吸い込んだ。

なんて美しい人なんだろう。
骨はどこもとがっていて、肉はどこも引き締まって。ひとつになった瞳はかえって眼光鋭く、顔半分を覆う傷さえ男の強さを引き立たせて神話に出てくるかみさまみたいだ。

濡れた黒髪をかきあげる仕草がたまらない。
落ちてくる唇はもはや液体のようにとろけて甘い。


「あぁ……ろい、ロイ……」

「いい子だ……力が、抜けてきたな。もうちょっと挿れるぞ……」

「うん……ぅうう、ふッ……く……」


こんな色男が、オレの、旦那さまなんだ。
しかもめいっぱい愛してくれて、気遣ってくれて……オレはなんて幸福なんだろう。

応えたいーーアイリーンの両足がロイの腰に絡みつく。


「……っ、アリン」

「も、だいじょうぶ、だから……」


何が大丈夫なのか。いまだに痛みは鋭いし、手や足には妙な力が入って震える。大丈夫でないことなど自分でも分かりきっていたが、アイリーンは足で夫の腰を押し、できるかぎり力を込めて自分の腰をも近づけた。


「んッ」

「こら……やめろアイリーン。無茶すんな、なに焦ってやがる……」

「ううん……、だって、挿れてほしい……ロイに全部、うめて、ほしくて……」


……涙目のまま微笑み、息を浅く吐くアイリーンはどのみち限界だった。このままではいたずらに痛みを引き延ばすだけか。ロイの瞳が歪む。くちづけし、気づかいながら震える口内を味わってゆく。

あふれそうになるのをこらえる。

アイリーンの肌はいつだって子どものようにあたたかかった。それが今日に限って冷えていて、苦しいのだろうと察せられたのだ。それも今ようやく、熱をふくんで、ひどく健気に男を迎えようとしている。


どうしてこうなった。

分からなかった。はじめはただのガキだと思った。大したこともしてやれず、痛めつけもした。言い訳をする気はない。だが、とにかく予想の範疇になかった。誰かにこんなにひたむきな気持ちを向けられることも、自分がこんなにひとりの女を、あのクソガキを……


「アリン……好きだ……」

「うん、ロイ……オレも好き、だいすき、だから……」

「あぁ……分かった。一気にやるから、こらえろよ。…………アリン……」


首すじに顔をうずめれば、月夜の川のように長くつややかな女の髪が匂い立ってロイを迎える。向かって右、彼女にとっては左の首の付け根には見覚えのない、しかし覚えのある水ぶくれの痕があった。

かつて自分が噛んだ覚えのあるそこに、なぜ今もまだ痕があるのか……アイリーンの思考は単純でまっすぐで、考えあぐねる余地を残さない。

痩せた身体、首に回る黒い痕、包帯の奥の刀傷。
すべてを隠して、いつも通りに振る舞おうとする幼い気づかい。

ずっとそうだった。意識のないあいだ送り続けられた手紙にはいつも、こちらを気遣う言葉ばかりが並べられていた。斜線や塗りつぶしは時を追うごとに増え、よく見ればその奥に、逢いたい、さみしい、そばにいたいとーー悲鳴を、アイリーンは自ら塗りつぶしていた。


無垢な妻の長い苦悩を、それを経てなお愛を向けてくれる今を思うと、あふれそうになる。


「アイリーン…………あいしてる……!」


ーー涙が、あふれそうになる。


「あッーーーー!  ぐ、ぅうう……ッ!」


一気に引き裂かれ、アイリーンは歯を食いしばって背をのけぞらせた。痛い。とんでもなく痛い。でもこんなの全然平気だ。失神するほどでもないし、落雷のようなあの痛みと比べれば、なんてことない。

それに愛する人に与えられる痛みというのは、どこまでも甘美にアイリーンの心を満たした。ようやく夫を受け入れられた喜びに全身が湧き立っている。そしてロイは動かないまま、堰を切ったようにアイリーンに好きだと、愛してると言い、片腕で強く抱きしめてくれる。


「ロイ、ろい……ぜんぶ、はいった……?」

「……ああ。痛ぇか……?」

「うん、ちょっとだけ……でも不思議、ふふっ……ロイのって長いから、ぜんぶ入んないって思ってた……」

「知ったようなこと言いやがって……口開けろ、アリン。そう……」

「ん。んぅ……はぁ、ろい……ロイ……」


長い舌がちろちろと性感を引き出すようにうごめいている。上顎を、歯列を、そして唇を丁寧にねぶられる。甘く呼べばまた甘い言葉で返されて、まるでロイじゃないみたいだ……アイリーンはふと思う。

そっか、ロイじゃないみたいなんだ。

優しくって甘やかされて、どうにもくすぐったい気持ちになる。1度気づいてしまえば違和感を覚えるほどに、こんな夫には慣れていなかった。どこかずっと落ち着かず、居心地の悪い思いをしていたが、その正体が優しすぎる夫だったなんて、とアイリーンは笑ってしまう。


お互いにきっと、つくづく慣れないことをしている。


「ロイ、もういいよ、うごいて……」

「待て。もうちょっと味わわせろ」

「んぇ……?  ロイ、きもちいーの……?」

「当たり前だろ。てめえが、自分の愛した女が、一生懸命俺を受け入れてくれてんだ。気持ちいいだとか……そんな単純なもんじゃねえよ……」

「そっか……ふふ、うれし、い…………あッ……」


汗まみれの顔で笑うと、膣内ナカで息をひそめていたロイの分身がびく、と跳ねる。続いてじわりとひと回り大きくなった気がしてアイリーンが顔を上げると、どこかバツの悪そうな、それでいて匂い立つ男の顔をしたロイがごまかすように唇を吸ってきた。


「ん、ん……」

「悪ぃ、ああ言ったがもう……限界だ。動いていいか?」


今さらにもなって、そんな律儀なことをいう。
やっぱり気遣われているのだと、アイリーンはまた笑った。


「良いって言ってんじゃんか、ばかなロイ…………全部ちょうだい、ロイをぜんぶ、オレに……」

「ああクソが……っ、……くれてやる、全部、飲み込めアイリーン……!」

「ぅあ、ぐ……っうう……!」


ずく、ずく、とにぶい摩擦音。
粘膜が引き攣るようなねばった痛み。
耳にかかる吐息混じりの、あまい、呼び声。


「アリン、アリン……!」

「んぁ……っ、あ、ロイ、ろいぃ……!」


ようやく芽吹きはじめた快楽の種は、アイリーンの奥底でむずむずと、痛みにかき消されそうになりながらもほんのり小さく主張していた。苦しみに耐えるだけだった彼女の声に艶が乗りはじめ、ロイもまた、ぞく、と背すじが粟立つ。

ロイが唇をふさげば、アイリーンの喘ぎはくぐもって、彼の口内から身体じゅうに感染した。まるで蠱毒だ。凶暴に抑えられなくなる身体を、それでもどうにか妻のため、精一杯制御する。

壊してはならない。
痛めつけるな。

そうしてなるだけ動きを少なく、小さくしながら狭苦しい奥を突く。アイリーンの赤目に涙が溜まり、すがるように見つめられるともう、たまらなかった。


「アリン、アリン……っ、あぁ……っ」

「ロイ、ロイ……!  すき、だいすきなの……っすき……!」

「くそ、てめえもう、黙れ……!」

「んうっ!  ン、んんん……ッ!」


2度、3度。
最後に大きく突いてしまって、ロイの弓なりはびくびく震えた。続いて背中がぶる、と震え、重い身体がのしかかる。……終わったのだ。そう思ってすぐ、ロイが唇を求めてきた。


「んん……ろい……」

「ああアリン、痛むか、疲れたか……?  ……いい子だ……」


少しばかり質量の減った肉棒がずるりと引き抜かれ、唇をあわせながら鮮血の混ざる結合部や汗の光る顔を丁寧に拭われる。アイリーンは夫のいたわりを甘んじて受け、心地よい疲労感に目を閉じた。

そしてまた、甘やかで素直な愛の言葉が、彼の唇とともに降りそそぐ。つながった痛みと、ほんのすこしの快楽の残滓が涙となってこぼれ落ちてロイの唇が拾う。涙は次々あふれ出し、止められなくなる。

うれしい、うれしい、やっと……!

もう無理だって思ってた。何度も何度も諦めた。それでもやっぱり諦めきれずに、未練がましく手紙を書いて、短刀を握って、凍える日々を過ごしてきた。変わってしまった事ばかりだけど、唯一、ロイが自分を愛してくれることだけは変わらなかった。


もう思い残すことはない。


「ぅ、ふぅうっ…………ろい、ロイ……」

「どうしたアリン……アリン、泣くな……」

「だってオレ……うれしくって…………し、しあわせで……」

「……ああ。俺もだ、アリン」


ロイの片腕に抱かれ、ロイの胸で泣く。

いい匂いがする。できることならこのまま時間を止めてしまいたい。でもそれは不可能で、重ねた肌からロイの脈うつ音が、まるで時計の秒針のように鮮明に聞こえて、時は刻一刻と流れていることを思い知らされる。

ロイが頬に唇をよせる。
アイリーンも応じて唇を重ねる。また抱き合う。

しあわせだった。このうえなく。
だからこそアイリーンはつぶやいた。



「もう、このまま……しんでもいい……」



瞬間。

ロイの腕が、手が、爪が。
アイリーンの肩を、その肌を、強く握って引き裂いた。


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