アイリーン譚歌 ◇R-18◇

サバ無欲

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Ⅵ. 暁の章

99.かしまし娘

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どうしてこうなったのだろう。
アイリーンは素っ裸で考えていた。

チュイリーの近くに温泉街があることは聞いて知っていた。いつか入ってみたいとも思っていたし、運よく要塞に男女別の大浴場があるなんて思ってもみなかった。風呂に入りたいとも言ったのも自分だし、お湯はとっても気持ちがいい。

が、しかし。


「ッあ~極楽ごくらく……ほらティリケ、髪洗ったんならあんたもさっさと入んな、身体が冷えるよ」

「う、え、は……はい……」


おずおずとティリケが近づき、アイリーンの右隣で肩身狭そうに湯船につかる。左隣では心地よさげなため息をついて、傷や打ち身のある身体をぐうっと伸ばして楽しんでいる、エメがいる。

被害者と加害者にはさまれて、アイリーンにはなにがなんだか、やっぱりさっぱり分からなかった。



***



今すぐ彼らのもとへは行けない。
でも必ず行くから、1日だけ待ってほしい。


アイリーンの懇願を、獣たちは驚くほど素直に聞き入れた。彼らはどこまでも暁の王アイリーンの味方であり、王に従うことこそ今生の喜びとしているらしい。ロイに連れられ馬に乗ったあと、彼らはアイリーンにこう告げた。


[暁の王よ、我らはもはや繋がっている。王が見たすべては我ら5名に移され、映される。王が眼
を開けてさえいれば、我らは王のいどころを正確に理解できる。だから、どうか王よ、その眼を開き、我らに道を教えてくださるよう……]


アイリーンは彼らの願いを聞き入れて、馬での移動中もなるだけ景色を見るようにした。どの森を過ぎ、どの道を曲がるか、ひとつひとつ視野に入れて彼らに情報を伝達した。

ロイもまた、そんなアイリーンを止めなかった。ただ後ろから足りない腕でアイリーンを抱き、少しずつ、これまでの出来事をおたがいに話し合った。ロイの腕と目は"食人獣"によって喪われたと聞かされ、それを予測していたにも関わらず、罪悪感に打ち震える彼女にロイは平然としていた。


『アイリーン、気にすんな。俺だってあいつらも人間も、どれだけ殺したか分からねえ。お互い様だ』


ヒエロンドとの戦争の話、ソフィアと陛下の話、"食人獣"の襲来の話……砕けてばらけた破片を繋ぎ合わせてゆくような心地だった。やはり外の世界では、自分が思いもしないような、それでいて苦しい出来事が、目まぐるしく起こっていたのだ。

真実を知らされなかったのは、今となっては失敗だろう。そのためにアイリーンは頭痛をもよおし、結果として彼らに何度も村を襲わせた。マム看守長・グラーデの末子は彼らに食われて命を落としたらしく、そうした"食人獣"の被害者は多いのだろうと予測がつく。それでも今、アイリーンは彼らを見捨てることはできない。


ーーオレはもう、人ではなくなってしまったのかも……


悲しみや苦しみを悟られないよう、アイリーンは言葉を尽くして、ロイに今までの事を説明しようとした。しかし彼は、アイリーンの最近についてはほぼ知っていた。ティリケの件、ソフィア宛の手紙の偽装の件など以前からのことは知らなかったが、アイリーンが倒れたこと、マムに首を絞められたことは知られている。

どうして、と問う彼女に、夫は苦々しい声を出すーーシェル・イッドから聞かされた、と。


『え?!』

『……てめえの部屋に来たらしいな。向こうのミルタ国王の手紙を持って。交渉を受け入れなかったのはよくやった』

『まって……なんで、シェルが。あいつはヒエロンドの商人だろ?  ヒエロンドはいま敵国なんだろ?  なんで……』


ロイはアイリーンの後ろでひとつ舌打ちして馬を降りた。到着したのは2年前の遠足より大きな要塞だ。彼女は話しながらもロイに腰をいだかれ、足早に、導かれるようにして石造りの廊下を歩く。


『……違う。いや違わねえが。あいつはヒエロンドの元王族だ。あの交渉は、てめえを囮にしてシガルタの新型武器を調達する狙いがあった。てめえもさっき見たアレだ。あいつに着いていけば、向こうにも武器が渡るようになってた』

『え、ぅえ……っ?!  でも、それってミルタも一枚噛んでるってこと……?』

『そう見て間違いねえ。てめえが牢獄に2年も入って、向こうも業を煮やしたらしいな』

『そんな……!  っ、ご、ごめんなさ……』

『……てめえの判断ひとつで戦争相手が増えるとこだった。お手柄だアイリーン……よく耐えたな』


ロイは失った右腕のかわりに肩で扉を押し開き、アイリーンを要塞の一室に招き入れた。以前、遠足で彼が使用していた部屋よりも大きく広く、また上等な家具や道具がそろえられている。デスクにソファ、食器棚に暖炉に、寝台ベッド……


『ろ、……っ……』


乾ききった唇が重なる。
身体が固まって、心臓がとまって、ひとことも声が出なくなる。

でもロイは腰にあった手のひらを伸ばし、その指先で、アイリーンの首すじをそっとなぞった。それから短刀で傷つけた手のひらを取られ、親指の腹で撫でられる。月色の瞳がかすかに歪み、アイリーンはあわてて息を吹き返した。


『痛むか?』

『う、ううん!  大丈夫っ、あの、見た目は痛そうに見えるだろうけど全然、そんなことないんだ。オレ、身体は丈夫だし、手なんてもう血も止まってるし、そん……な……っ』


苦痛げに眉を寄せたロイが身をかがめ、その手のひら、首すじに唇をそえる。ちゅ、ちゅ、と甘い音をたて、切り傷や、そこにあるらしい絞扼痕を、這うような速度でたどってゆく。

立ちぼうけで、なされるがまま、アイリーンは目を閉じ喉をのけぞらせる。心臓が爆発しそうな音を立てているのに、ロイのキスの音だけは鮮明に拾い上げてしまう。


ここには寝台がある。
きっとそうだ。


ロイにもう待つ理由はなくて、アイリーンだってもう待ちたくない。寒くもないのに吐息が震えて、歯がガチガチと音を立て、アイリーンは服のすそをぎゅっと握りしめる。

そして、気づく。
この服、ぼろぼろだ……


『ま、まって……ロイ、まって……』

『無理だ』

『あの、ほんとに、ほんとにお願い。あとちょっとだけ!  頼むから、あの!』

『…………あ?』


ロイが身体を起こし、明らかに不機嫌の色でアイリーンを見ていても無理だった。絶対いやだ。だって今、自分は汚れっぱなしでひどいのだ。髪は信じられないくらいバサバサで、肌だってカサついて粉を吹いているところもある。無駄毛だって!


ーーそして要塞の一室に、アイリーンの悲鳴が響き渡る。


『ふ、風呂に、入らせてええぇっ!!』



***



「いや……絶対気にしないでしょ軍長は。むしろいま待たせてることに怒ってんじゃない?」

「でも確かに私たち、長い間お風呂どころか湯浴みも出来ていませんでしたから……もしかしたら臭かったかも……」

「なんっで、おまえ、ら、仲良くなっ……て……!  でひゃひゃひゃ!  やめろ!  1回とめて!!」

「暴れんな!」  「危ないっ!」


一旦湯船を出て、浴室で侍女ふたりに身体中のうぶ毛を剃られるアイリーンはとうとう耐えられずまた悲鳴をあげたが、ふたりに同時に怒られた。

いつまで経っても身体はかゆみに慣れてはくれない。ティリケが「こんな人見たことない」と呆れて言うと、エメが「だろ?  苦労すんだよ」と応戦する。四面楚歌だ。このふたり、いつの間に共同戦線を組んだのだろう。そもそも罪人のティリケが裸にされたのは、武器を所持していないか点検するという理由だったはずなのに。


「はぁあ……もう、無理……」

「あの……エメさん……」


ようやく最後の1本まで剃られつくして、3人はまた湯船で身体をあたためた。今度はぐったりするアイリーンを横目に、ティリケとエメが2人で並んで浸かり、ティリケはエメに謝罪の言葉を述べて、エメはそれを寛容に許していた。

エメ曰く、身体の障害ハンデが残っていたおかげで最前線を避けられ、作戦部隊への編入が許されたらしい。動きにくくてかえって幸運ラッキーだった、などと笑っていた。


「大体こんなトコで、全裸で謝られるなんて馬鹿馬鹿しくって。それにアイリーン、あんたはこの子を信用してんだろ?」

「う、うん……」

「だったらいいよ。あんたが私の主人である以上、私もこの子を信用する。でもおかしな動きはすぐわかるからね。それに接近戦なら、あたしはこの3人のなかで1番強い。なんかあったらすぐに絞めるよ。分かったねティリケ」

「は、はい……っ」


それでこの話は打ち切られ、話題は再度、アイリーンとロイのそれに舞い戻った。ロイは空いた時間を利用して、ほかの軍人たちに食人獣の説明をしているという。つくづく仕事中毒は治らないようだ。


「でも怒ってんだろうね~。あんただって、汚れなんて気にしなきゃ良かったのに。軍人なんて、汚れにゃ大概慣れてんだから」

「だろうけど、だって…….ーーーー」

「え、なんて?」


ごにょごにょと濁した言葉をエメは許してくれなかった。アイリーンもまた、姉のようなエメについ心も口もゆるんで、ぽやぽやとのぼせてつい言い直してしまう。


「だってそんな……はじめて、なのに……」

「……は?」  「……えっ?!」


ふたり分の声が風呂場にこだまし、消える。
エメとティリケは顔を見合わせ、それからまたアイリーンを凝視する。


「あんたまだなの?!」  「嘘でしょう……!」


またも同時だ。もういやだ!
アイリーンの頬が熱を持つのは決して風呂のせいではない。顔も身体も真っ赤に火照らせながら、アイリーンは今日何度目かの悲鳴をあげた。


「もうっ、うるさいなぁ仕方ないだろ!  こっちも色々、色々あったの!!」

「いやあの、ごめんなさい。あんな雰囲気だからてっきり……」

「ティリケが謝ることじゃないよ。徹頭徹尾、あんたらが悪い」

「なんで!  悪かねえだろ!!」


きゃんきゃんごうごう、娘3人のかしましい声は風呂に響いて、アイリーンはそれからふたりの侍女に、丁寧に丹念に磨き上げられた。その間、アイリーンの悲鳴が幾度もあがったことは言うまでもない。

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