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閑話
96.ある回し者の根回し
しおりを挟む私の目と髪の色合わせは、かつての建国者と同じだそうだ。
それ故、私は生まれ落ちたその瞬間から、偉大なる先人の生まれ変わりともてはやされた。勝手に持ち上げ、勝手に期待し、兄を差し置いてもっとも広く美しい南の領地を与えられ、将来の国王とまで謳われた。
そして領地が未曾有の地震に襲われると……私に建国者の加護なしとして、見捨てられた。
一方でかの人は、生まれながらに赤目を蔑まれている。
私たちの間に、一体どんな違いがあると言うのだろう?
***
兄が国王に就いて数年、我が国は領土と奴隷を増やしつづけた。本来、自身に向けられるべき羨望や期待を私に奪われたと妄念する兄は、好戦的で横暴、尊大にして脆弱なその自尊心を、戦争という玩具でもって大いに満たしているらしかった。
広がりすぎた国はいずれ崩れる。
それをもっとも不安視していたのは、私の3つ下の異母弟である。彼は聡明であるが大人しく、人前に出られるような性格でもないために、兄王への進言は控えていた。が、その分を私と愚痴のように言い合う機会は、次第に増えていった。
『貴方が王であればいいのに……』
異母弟は時々、そんな風にこぼしていた。私はそれをたしなめながらも、心の隅で、本当はこの異母弟こそ王に相応しいだろうにと考えていた。しかし、王位というものは年長者、もしくは王の胤子に引き継がれ、王が死なぬ限りは次の王など立てられない。兄王が健康である以上、彼が陽の目を見ることはないのだと、私も半ば疲れた思いで諦めていた。
一方の私は、兄王に爵位と領地内の城を与えられーーというのは表向き。正確には王位継承権を奪われ、王都を追放されたーー存外、悠々自適な生活を送っていた。小さな頃から管理している南の領地はようやっと地震の被害から立ち直り、漁港では他国とのやりとりが盛んになって、新たな文化が根付きはじめたのだ。
いま、この大陸で、異文化を受け入れられる場所はあまりにも少ない。人種や宗教観の違いは人々に差別と偏見を持たせ、異人は肩身もせまく、貿易も難しかった。そこに目をつけ、大々的な宣伝や商売をしたのが良かったらしい。異民族は国交の足がかりとして軒並み我が領地を訪れ、村々は栄えた。
そんな時だ。
かの人の話を聞いたのは。
赤目の忌み子。
そんな蔑称をもつ隣国の娘は、山で暮らし、人目を避けて育っていたが、実際には王族であるという。
王族でありながら、生まれながらの枷に囚われた娘ーー状況は正反対に違うのに、私は彼女に妙に惹かれた。
彼女をどうにかできないか。
私の気持ちを押したのは、異民族の子どもたちだった。
『アカメのなにがいけないの? お花みたいで、ステキじゃない!』
『おっとうが言ってたよ! 北の土地だったら、赤いおめめは神様なんだって!』
『そもそもみんな違うのに、いまさら気にしたって、ねー?』
黒にほど近い褐色肌の子
日に焼けて赤が混ざる黄色肌の子
出身地の習わしか、顔に砂銀の刺青を入れた子
彼らは真珠のように真っ白な歯を見せて笑った。
なるほどベリアル教を知らない異人たちにとっては、目の色が赤かろうが青かろうが、知ったことではないのだろう。
私は兄王に許可をとり、隣国シガルタに書状を出した。赤目の忌み子、アイリーン・シガルタを私の養女にしたいとの申請だ。
調べてみれば、彼女のもとには結婚相手の名目で、なんでもいいから王族と繋がりを持ちたいという商人や地主、赤目を断罪したい宗教家に、目玉を欲しがる変態嗜好の貴族など、多くの厄介者が群がっているようだった。これならいける、そう思ったがーー
私の書状は突き返され、その後、彼女は狂犬公爵の妻となった。
***
肖像画も発表されない彼女だったが、その姿は思った以上に凛と気高く、内面は言葉尻とはうらはらに傷つきやすく、繊細だった。
『悪いな。見ず知らずのあんたにオレを使わせる気はないよ』
自分の立場を卑下ではなくきちんと理解し、甘い言葉に踊らされず、一本芯が通っている。野生的な勘と警戒心を持ち合わせながら、自分がこれと信じた者には至極やわらかな声を出す。
逃した魚は、どうやら相当大きかった。
彼女は噂されるよりもずっと素晴らしい逸材だった。それに彼女を利用すれば商売の上でもさらなる利益が期待できただろう。しかしあの公爵を前にしては、そんな後悔も馬鹿馬鹿しく思えてしまった。
舞踏会のあの一幕は、それほど完璧だった。
結果的に商売道具のひとつである仮面も売れ、あの型を模したドレスの注文も入り、仕事はにわかに忙しくなった。やはり影響力は大きかった。また機会があれば公爵に売りつけて、彼女には広告塔になってもらおう。そう思って彼女のことは終いにした。しなければならなかった。
あれから2年、機は熟す。
***
失敗した。
なぜあのとき、彼女の思い込みをそのままにできなかったのか。そうしていれば今ごろ、彼女を手中におさめることが出来ただろうに。
『狂犬公爵のウワサですネ。でもあれ、ウソですよ?』
ーー狂犬公爵と自分を並べて、それでも私の手をとってほしいと期待したのか。
この期に及んで自分の甘さが露呈した。
妹を案ずるミルタ女王を焚きつけて書状をいただき、新兵器の設計図と職人を我が国へ輸出することを条件にーーこれは兄王の指示だーーアイリーンをミルタ女王のもとへ送り届ける、という計画はすんでのところで失敗に終わった。彼女の状況判断力を読み違えていた私のミスにほかならない。
しかし一方で……大きな収穫もあった。
計画が失敗に終わった以上、ヒエロンドには帰れまい。大国イェーナに喧嘩を売って返り討ちにあおうとしている兄王は今、ひどく焦って苛立っていた。帰ればどんな処罰が待っているか……考えれば考えるほど、私の思考はあの鷹に傾いてゆく。
うん。やはり、そうしよう。
決意すれば足取りは軽く、私はアイリーンに振られたその足で要塞へ向かった。事前の調べどおり、そこには狂犬公爵が直前に到着しており、私は案外すんなりと通された。冷徹不遜な表情の公爵に、私はまず報告しなければならないことを話す。
「用件はなんだ。さっさと話せ」
「アナタの奥サマ、看守長に殺されかけてましたヨ? あんなになるまで放置して、アナタ、夫の風上にもおけませんネ」
ぐ、と言葉に詰まる。
大方の事情は知っているが、それを言い訳にするつもりはないらしい。
おそらくこの男にしては珍しいその表情をながめ、すこしばかり溜飲を下げてから、私は今まであったことを話した。看守長の搾取やアイリーンの疲弊、果ては国王命令によるシガルタ国との交渉まで。
狂犬公爵は静かにそれらを聞いていた。
しかしその内心が荒れ狂っているらしいことは、強く握られた拳で理解できた。すべてを話し終えて、公爵はたったひとつの瞳で私すら射殺そうとしていた。おお、こわ。
「……で。それで一体、てめえの用件はなんなんだ。まさかそれだけ話して はいさようならって事もねえだろ。何が目的だ」
「アナタはいつも話が早くて助かりマス。単刀直入に申し上げますと、
こちらの王を殺していただきたいのデス」
「……報酬は」
その返答に心が躍る。とんでもない掘り出し物はアイリーンでなく、この狂犬公爵だったか。であれば今度は逃さない。決して。
「ヒエロンド軍の動き、計画、ワタクシが知り得る情報すべてをそちらに開示しマス」
「当然だろう、それは前提条件だ。報酬にはならねえ」
「後のヒエロンドはワタクシの信頼する者に王を継がせマス。となると、ワタクシが提示できる条件そのものが少ないんですよネェ……今お約束できるのは、終戦と同盟の確約、それから、ワタクシの領地の譲渡くらいでしょうカ? ……ああでも、最後の条件は、アナタにとっても悪くないと思いますヨ?」
「……聞こう」
私としても手放すのは惜しいが、背に腹はかえられぬ。やむなしと判断した最後の条件を詳しく述べると、狂犬公爵はやはり食いついてきた。この男もまた、荒々しい噂とはうらはらに、存外賢くしたたかだ。
そしてすんなりと。
まるで賭け事でもするような単純さで、物事は決まる。
「ーーいいだろう、乗ってやる。どうせこっちもそろそろ決着させるときだ。そっちの馬鹿王は退き際も分からねえらしいからな」
「ありがたい、よろしく頼みますヨ? ……でも本当に、ワタクシを信頼してよろしいんデ?」
甘いのではないかと。
真に甘いのはこんなことを進言する私自身だろうに、ふと口に出してしまった。碧眼の狂犬公爵はその言葉にふと口元をゆるめる。目は剣呑な光を宿したまま。
「どちらにせよ、殺してたかも知れねえんだ。俺にはそれが許されてるから、最悪の場合は、な」
「……随分と自信家デ」
「てめえも覚悟しろよ。俺を裏切れば……どうなるか。言っとくが俺は強い。片腕だろうが、それは変わらない」
「知ってますヨ。だからこそこうして頼みに来たんデス。……ではワタクシは、兄に手紙でも書くとシマス。ここへ来させる日時は指定しますが、あの兄のことデス。せっかちに、早く来るかもしれまセン」
「それならそれで構わねえよ。どうせ3、4日は掛かるだろう。準備するには充分だ」
その夜、私は兄に手紙を書いた。
アイリーンとの交渉は失敗。しかしこの要塞にイェーナ国王が潜んでおり、実質の作戦本部となっていること。その割には警備がザルで、今襲撃すれば国王を捕らえられるかも知れないこと。
嘘はない。どれも。
たったふたつの秘密ーー狂犬公爵がいることと、私が兄を裏切ったこと以外は、なにも。
手紙を早馬で送る。
誰に祈ればいいのかも分からず、私は祈りを捧げていた。
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