アイリーン譚歌 ◇R-18◇

サバ無欲

文字の大きさ
上 下
39 / 124
Ⅲ.夏の章

37.肖像画

しおりを挟む



生誕祭は滞りなく進んでいるらしかった。


しかし忌み子のアイリーンには出られない行事が続き、また外はバタバタと忙しく、足の治療も伴って、彼女は部屋へ引きこもっていることの方が多かった。

無論、閣下は忙殺されている。
生誕祭の前夜以降、彼はまったく部屋へ帰ってこなかった。アイリーンはたまに夜更かしして閣下を待ってみる事もあったが、結局姿は見ていない。

エメ曰く、この期間は部下に指示を出すため、実行本部で寝泊まりしているのだろうという。さみしいとは思わないが、体調を崩していないかどうかは心配だった。


そして、5日目。


ようやくアイリーンが参加できる行事が訪れた。
武闘大会の3位決定戦および特別試合である。


アイリーンはヒルダに感謝していた。

話を持ちかけられた時には躊躇したが、蓋を開けてみれば、こんなに暇なことはない。国全体がお祭りムードな中で独りーー正確にはエメもいるのでふたり、ぽつねんと何もしないでいるのは、彼女にとっては中々の苦行だった。

もっともエメは人混みが苦手らしく、警護につく必要のない今年は天国だと笑っていたが。


「なあ、これで大丈夫か?  やっぱりあっちの服のほうが……」

「ああもう、うるっさいね!  一体どれが良いんだい、あんたは?!」


服ひとつでも悩みに悩んで、結局はいつもと変わらない濃赤のドレスにした。アイリーンのドレスはすべて結婚式のときと同じパターンで作られており、コルセットはやはり必要ない。


濃赤にしたのはソフィアのためだった。

彼女が刺繍を施してくれた絹手袋をつけるためには、やはり同系色のほうが合うだろう。鏡の前で何度も確認していると、エメがアイリーンの両耳に、小さな赤い宝石の耳飾りを着けてくれた。

見覚えのない耳飾りだ。

そもそも彼女は、宝飾品はほぼ持っていない。あるとすれば結婚指輪と、冠婚葬祭用に作ってもらた黒真珠の首飾り。ほかにもいくつか閣下が用意してくれているが、把握できるくらいの量ではあった。


「あれ……オレ、こんなの持ってたっけ?」

「遅くなったけど、贈り物プレゼントだよ。誕生日おめでとうアイリーン」


鏡ごしに、エメの顔がほころんでいる。
アイリーンは息をつまらせた。喜びと戸惑いが一気に表情かおに出る。


「……ッ、……ぁ、う……そんな……っ」

「いいから貰って。小さいし、そんなにお高いもんじゃないけど」

「…………エメっ!!」


目頭が熱くなり、アイリーンはたまらずエメに抱きついた。言葉よりも、行動が先に出る彼女である。ぎゅうぎゅうとエメにしがみついて、うまく言葉に出来ない思いを吐露した。


「エメ、エメっ!」

「分かったから。痛いよ、アイリーン」

「嬉しい嬉しい嬉しい!  俺、家族以外からの贈り物なんて初めてだ!!」

「そりゃあんたが誰にも何も言わないからさ。今度から、そういうのはちゃんと事前に報告するんだよ」

「……いやいや。それはなんか違うんじゃないか?」


そんな事をすれば催促になりかねないような気がして、アイリーンは首を傾げた。しかしエメから、親しい人には祝いたい人種もいると言われて納得した。たしかにアイリーンだってソフィアの誕生日は祝いたいものだ。


ともかくアイリーンは上機嫌だった。

手にはソフィアから、耳にはエメからの贈り物をつけ、天にも昇る心地で武闘大会の会場ーー屋外円形闘技場コロシアムへと向かった。


一歩外へ出ると、祭りの活気が肌で感じられた。華々しい音楽がそこらで鳴って、祝福の空砲が空に舞う。色とりどりの飾り付けに、アイリーンの心は浮き立った。

一方で、やはりアイリーンを見て驚きや好奇、侮蔑の表情を浮かべる者は多い。赤目は隠しているものの、アイリーンの風貌は知れ渡っている。しかし彼女は特に気になる事もなく、表向きは静かに会場へと向かう。

彼女はとにかく大会が楽しみで仕方なかった。


「……すごい人だな……!」

「来てくれたのねぇアイリーン!  あら、今日の貴女、とっても素敵よぉ!」

「ヒルダ!  呼んでくれてありがとうな。オレ、この大会が無かったら本当に丸1週間、暇すぎて死ぬところだったよ」

「ふふ、そうだと思ったのよぉ!  どうぞいらっしゃい、貴女たちの席はこっちよ!」


円形闘技場の主賓席は、一般席より高い位置に3段で組まれていた。アイリーンとエメはその下段、一番端の席だった。夏の強い日差しが照りつけ、クッションの敷かれた座席はすでに暖かかった。

上段には今は不在の国王夫妻が、中段には異国の賓客が、下段にはアイリーンやヒルダなど、各関係者が並んでいる。その中には貴族も多いが、ヒルダが気を遣って角の席を取ってくれていた為、過度な緊張はしなかった。


「この席、いいな。ありがとうヒルダ」

「いいえ、お安い御用よ!  なにせ貴女がいなきゃ、ロイが出てくれることなんて無かったものねぇ!」

「いや、はは……なあ、あの肖像画って?」


閣下の出場経緯について言われるとやはり気恥ずかしかった。あの時は体裁を取り繕うためだと言われたが、閣下はたしかに、アイリーンを気遣ってくれたのだ。

この半年で、それが分からないアイリーンではない。素っ気ないようでいて優しい閣下の気持ちを思うと、どうしても頬が赤らんでしまう。


アイリーンは話を逸らすため、闘技場の反対側にある3枚の肖像画に目を向けた。目隠し越しの遠目にもよくわかる巨大なそれは、右は国王陛下、左は王妃殿下ソフィア、そして中央の1枚には、3人家族が描かれていた。


「ああ、あれね。陛下のご両親である前王様と王妃様、それから陛下の姉君よ」

「姉君?  陛下にもお姉さんが?」


初めて聞く話だった。

でも確かに、肖像画の中で一番小さな女の子は陛下と同じ緑の垂れ目をしている。血が繋がっていると言われて違和感はないが、姉と言われると奇妙に思う。肖像画の少女はちょうど、ソフィアと同じくらいの年頃だったからだ。


「……今は居ないの。ちょうど陛下がお生まれになった頃、疫病で亡くなってね……幼いまま身罷られたから、肖像画もあれが最後で。陛下が弔いの意味もこめて、式典には必ずあんな風に大きく模写コピーして出しているのよぉ」

「……そう、だったのか……」


アイリーンは思わず言葉を失う。

今まで彼女は国王陛下を、雲の上の存在なのだと感じていた。いつも悠然として気品を持ち、威厳あふれる天上人。その印象が強かったが、こうして陛下の背景に触れると、彼も1人の人間なのだと、当たり前のことを感じさせられる。


「優しい人なんだな、陛下は……」


陛下もかつては家族がいて、そしてうしなって。
悲嘆にくれた日もあるのだろう。そして今、こうして自身の肖像画と並べるほどに、陛下は家族を大事に思っている。

それならきっと、ソフィアの事も。
きっと大事に……生涯大切にしてくれるだろう。そうであって欲しいと、アイリーンは切に願うばかりである。


「あら、始まるわ!」


大きな金管楽器ラッパの音が轟き、続いて誰かが国王夫妻のお成りを告げる。アイリーンたちは立ち上がり、国王らの席に向かって一礼した。

続いてまた金管楽器の音がして、皆が一斉に顔を上げる。すでに国王夫妻は座しており、品位ある微笑みですべてを見下ろしていた。


ーーああ、久しぶりだ。


目隠し越しに妹の姿をとらえると、アイリーンは赤い瞳を細めた。美しく可憐な花のように、ソフィアはそこに存在している。数ヶ月ぶりの彼女はやはり威厳と品格を兼ね備えた、アイリーンの自慢の妹だ。


痩せてはいない。
肌ツヤもいい。
微笑みは相変わらず外面的だ。
……不仲説が、流れていたけど……。


最近の、アイリーンの心配事だった。
噂は噂と一蹴するに限るのだろうが、それがソフィアの事ともなれば、アイリーンには見過ごせない。じっと上段を見上げていると、ソフィアが陛下に話しかけ、陛下もまた、身体を近づけ彼女に応えている。

……表情はうまく読み取れないが、きっと仲は良いはずだ。


「ほらアイリーン、座りなよ」

「うん……」

「……大丈夫だよ。それよりほら、王妃様に見せてやんなくていいのかい?」

「……そうだった……っ!」


つんつん、とエメが手の甲を指差して、アイリーンはにやりと微笑む。すこし無理の入った笑顔で、彼女はよぉしと両手を前に突き出した。




※さて、アイリーンはこのあと何をするつもりでしょうか?
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...