アイリーン譚歌 ◇R-18◇

サバ無欲

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Ⅰ.冬の章

06.披露宴

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どういうことだ!


大聖堂をひとり闊歩し、国王陛下に手を引かれて祭壇へ上がり、参列者を一瞥したソフィアは愕然とした。参列者の一番前に、すでに式を終えたアイリーンと狂犬公爵が座っているのが見えたのだ。

それ自体は打ち合わせ通りであるため何も間違いでないのだが、ソフィアはいっそ間違いであってほしいと思うほどだった。


あれが婚礼衣装だと?!


アイリーンは見たこともない黒のドレスを身にまとい、黒の目隠しをして平然とその場にいた。漆黒のドレスは胸元に真紅の糸で細やかな刺繍が施され、一目で素晴らしい出来だと分かる。しかしいくらこの強国が流行の最先端を走っているとしても、結婚式で黒のドレスを着るなど言語道断だ。

用意させたのは公爵だろう。
ソフィアはすぐに見当がついた。彼もまた、式典用の黒い軍服を身にまとっており、ふたりが並ぶときちんと揃いの一対になっている。アイリーンが指示できるはずもないのだから、あの男が自分の衣装に合わせるように口を出したのだろう。


「……っ」


……集中しなくては。

ソフィアが彼らを目にとらえたのは一瞬だったが、式典の最中ソフィアはずっとアイリーンの衣装が頭から離れなかった。誓いの言葉を言う時も、陛下からキスを受けた時も、金の指輪をはめられた時も……ソフィアはその事ばかり考えていた。


それにしても、アイリーンの姿は異様ではあるが、先に用意されていた物よりもずっと、美しかった。

ソフィアも知らなかったが、アイリーンには濃い色がとてもよく似合う。黒のドレスは彼女の肌に違和感なく馴染み、まるで夜の女王のように君臨しているその姿に、参列者たちも圧倒されているらしい。いつも聞こえてくる不快な囁きが、今日ばかりはしんと静まり返っていたのだ。


見たい、見たい、見てみたい。


アイリーンが目隠しを外した姿を、あの赤い瞳が強く光る姿を見てみたい。目隠しで覆われている今ですら、その姿は圧倒的に美しいのだ。きっと彼女が目隠しを外せば、類を見ない美しさで他者を跪かせるだろう。ソフィアの喉がごくりと鳴った。


「ベリアル神の御意志に従いて、汝ソフィア・イェーナを王妃と宣言する。イェーナ王国に栄光のあらんことを」


質量以上に王冠を乗せられて、ソフィアは陛下と手を携えてまた正面を見据える。視界の端で、公爵がアイリーンの手を取って立たせている姿を見た時、彼女の心臓は悪い音を立てて唸った。


……考えてもみなかった。


しかし一度考えれば、それこそ真の答えであるような気がしてならない。ドレスを作り直させたことも、忌み子のアイリーンを娶ったことも、たったひとつの理由なのだとしたら……こんなに厄介な事はない。

アイリーンは今のところ、気づいてなどいないだろう。ソフィアとて確証はないし、あり得ないことだとも思う。しかし焦げつくような心臓の音が、ソフィアのすぐ耳元に迫っている。


狂犬公爵は、アイリーンを愛している?


「……まさか」


ソフィアは自分の妄想を打ち消すように柔らかく微笑んだ。花のかんばせと呼ばれる彼女の微笑みに、貴族たちは途切れることなく新王妃の誕生を祝福していた。



***



王宮の披露宴では、国王に拝謁できる身分のある貴族と軍人、聖職者が集まり、盛大に催された。

今回は同時に公爵も結婚し、披露宴の客たちはまず2組の新婚夫婦に祝福の言葉を述べるため、長い列をなしていた。国王陛下の取り計らいで、身分の別なく4人ともが、一段高い高砂に並んで座って客たちを出迎えている。


そんな4人を見るにつけ、人々はまるで太陽と月のようだと褒め称えた。

国王夫妻は白い婚礼衣装で、ふたりとも金の髪に青や緑の目をしている。対して公爵夫妻は黒い婚礼衣装に黒髪で、公爵の目が月のような銀色をしていることからもそう言われた。

安易な例え方ではあるが、いくら陛下の御前とは言え、アイリーンにここまで非難の言葉がないのはやはり珍しいことだった。列は次第に減ってゆき、挨拶し終えた客たちは会場で、酒や食事、歌にダンスを楽しんでいた。


ひと通りの挨拶を終えて、ソフィアは誰にも分からないよう息をついた。ここまで来れば、後はお開きを待つだけだ。何事もなく終わって欲しいと考えていたソフィアの気持ちは、しかし高砂に上がってきた一人の男によって急激に張り詰めた。


「国王陛下、王妃殿下。この度は誠におめでとうございます!」

「まあデルテ大司教。先ほど1番においで下さったのに、また来てくださいましたの?」

「おお、殿下!  わたくしめの名をもう覚えて頂けましたか。晴れ上がった太陽のごとく麗しい殿下に覚えていただけるとは、光栄の極みでございます」

「大げさだな大司教。もう酔っているのか」

「とんでもございません!  わたくしは酔ってなど……っとと、よってなど、おりません!」


この国で、国王と公爵の次に身分の高い大司教のひとりであるデルテ大司教は、先ほどと違い酔っていた。顔を醜く真っ赤に火照らせ足取りも危ないその様は、普通ならば陛下の御前になど上げさせられない。
しかし彼の身分が高いため、止める人間もおらずこの高砂まで再び来たらしかった。

ふらりふらりと千鳥足で、大司教は次に公爵の元へ歩み寄った。ソフィアは花の貌を浮かべながら、しかし強く手を握ってその様子を見るしかなかった。


「公爵閣下もおめでとうございます。しかし閣下も我が国のためとはいえ、アイリーン姫をお迎えなさるとは、大したお覚悟でございますなあ」

「礼を言う。さっさと高砂を降りたらどうだ」

「いえ!  わたくしは憤っているのでございます!  閣下がまさか悪魔子を妻に娶るなど、わたくしは思いもしなかったのです。知っていれば、ええ知っていれば何としてでもお止めしたのに!  

そう出来なかった私自身がなんとも不甲斐なく恥じ入るばかりでございます。誠に申し訳ございません閣下……!」

「お前に謝られる筋合いはない」

「いいえ閣下!  今からでも申し上げます!  閣下は即刻離縁なさるべきです。こんな赤目の忌み子など、そばに置けばどんな厄災が降りかかってくるか!」


ああ、やはり。


ソフィアは震える唇を、そっと扇を開いて隠した。

ベリアル教の聖職者たちはアイリーンを、その赤い目を悪魔の印としてことごとく忌み嫌っている。伝統的な宗教上の教えに大した根拠はなく、さりとて強い意味をもつため無視するわけにもいかない。

いずれこのような陳情が述べられるとは覚悟していた。むしろ遅いくらいでもあったが、それでもソフィアはアイリーンの気持ちを思って唇を噛んだ。デルテ大司教の演説は続く。


「そもそも王族であるとはいえ庶子、身分も卑しいこの者を、貴方様が囲う必要などどこにもないのです!  大体、この者は王家の血を引いているのかすらも怪しい。シガルタ国でも山の中に引きこもって暮らしていたような女が、王族であるはずがない!」

「待ってくれ大司教。彼女は……」

「そうです、彼女はきっと王族ではないのです!  母親が別の男との間に作った不貞の子!  あの目はきっと、王家を裏切った卑しい娼婦の罪の証でございますぞ!」

「……それ以上……言ってみろ……」


国王陛下の仲裁も耳に入らない大司教は、しかしアイリーンの低くうごめく声色にそれまでの演説を止めた。
いつのまにか音楽や歌は消え去って、全ての客たちが高砂の諍いを息を殺して見つめていた。アイリーンは立ち上がり、見えないながらにおぞましい言葉を吐き続ける方へと向き直した。


「……なんですかな?  アイリーン姫」

「それ以上言ってみろクソ野郎と言ったんだ」

「なっ……!」

「オレの母様をよくも侮辱してくれたなクソ野郎。じゃなきゃ豚か、ゴミか、芋虫か?  オレのことはなんとでも言えばいい。だが母様を侮辱することは許さない!」

「そ、そんな汚らわしい言葉遣い!  やはり貴女はそこにいるべき人間ではない!  誰に向かって物申しておられるのか分かっておいでか!」

「どっちが正しい人間なのか試してみるか?  オレの母様はライラ・シガルタだ!  現国王ミルタ・シガルタの生母でありシガルタ国の国母だぞ。その母様を侮辱したこと、お前こそ重々よく分かっているんだろうな!」

「アイリーンそれ以上は……ッ!」


言ってはならない!!

……確かにアイリーンの言うことは何ら間違ってなどいなかった。国母であるライラ・シガルタの侮辱はすなわちシガルタ国王ミルタへの侮辱であり、今やイェーナ王妃となったソフィアに対しての侮辱にもなる。

しかし相手が相手なだけに、そこを言い出してしまえば同盟は打ち切られ、再び戦争に発展しかねない。食人獣に国力も武力も削がれたシガルタ国は今、強国イェーナに立ち向かえる戦力はどこにも残されていない。

大司教もそれを分かってアイリーンを貶めているのだ。上流階級の陰険さなどと無縁だった彼女は、大司教の口車に乗せられて、どこまでも素直な怒りを露わにしている。このままでは、決定的な言葉を言いかねない。


ソフィアはそれまで何とか黙って聞いていたが、アイリーンが止まらないことを悟るとついに声をあげた。王妃らしからぬその行動を止めたのは……悠然と構える国王陛下だった。


……なぜ、嗤っている。


陛下はソフィアと同じ金の枷をつけた手で、彼女の手を柔く押さえ込む。視線は諍いの中心であるふたりをきちんと見ているが、口元は他にはわからない程度に緩んでいた。

この状況を面白がっているのか、再び戦争をするつもりなのか。ソフィアはその微笑みに、男の底のない恐ろしさに血の気が引いた。


アイリーンの頰が打たれたのは、その直後だった。

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