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番外編:あなたがいなければ1
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◆◇◆
まとめた書類とデータを、とん、と机でそろえて女性社員に手渡した。
「じゃあ、このままサポート頼むな」
「はい。主任の方は、大丈夫ですか? いくつか仕事引継ぎしときましょうか」
「あー、大丈夫。なんかあった時はわかるようにはしてあるし連絡は取れるようにしとくから」
ありがとうな、と言いながらつい、目はデスクの上に置かれた携帯画面をチラ見する。
今のとこ、連絡はなし。
今週入ってからこんな風にそわそわしているのを、周囲にはしっかりと見られてしまっているのだが、落ち着けと言われても無理があるというものだ。
案の定、笑われてしまった。
「もうじきですよね?」
「ん、じき、っていうかもう予定日は過ぎててさ」
もういつ陣痛が始まってもおかしくない、はずなんだけど。
今週中に陣痛が始まらなければ、陣痛促進剤を使うか考えなければいけないと言われた、と真琴さんが言っていた。
出来ればそういうのは使いたくないから、と一生懸命歩いたりしてるけれど、それはそれで心配だ。
ただでさえ細いのに、妊娠しても体重が増えなくて、お腹ばっかり大きくなって真琴さん自身は逆に痩せたように見える。
ふらついてこけたりしないだろうか。
「楽しみですね。立ち合いされる予定なんですよね?」
「あー、うん。タイミング合えばなあ、と」
つい、へにゃっと顔がだらしなく崩れる。
自覚はあるけどどうしようもない。
主任になって部下が出来てからは、多少キリッとするようにはしてんだけど、仕事中でも真琴さんや子供の話を振られると、ダメだ。
結婚して4年、やっと授かった子供だった。
なかなかできなくて真琴さんは何度も落ち込んだりして、いろんなことがあったから、妊娠したと確認した時は二人で泣いた。
ずっと、二人っていうのもいいかなって思ってた。
けど、いざ自分の子どもが出来るとなると、やっぱ……感慨深いものがある。
「いざ、って時は皆でカバーできるので、遠慮なく言ってくださいね」
「おお」
ありがとう。
と、礼を言おうとした時だった。
携帯が机の上で振動する音がして、思わず画面にくぎ付けになる。
「奥様ですか?」
慌てて携帯を手に取ると、画面をスライドさせる。
着信画像は、間違いなく真琴さんで、仕事中だから気を使ってくれたんだろう、通話着信じゃなかった。
『入院することになりました』
『慌てなくても大丈夫なので、仕事が終わったら病院に来てください』
やけに落ち着いたメッセージが二件。
極々簡潔な、要件のみの内容だけど、これってつまり。
「にゅ、入院! 入院したって」
「陣痛ですか? いよいよ?」
「わかんね、でも入院!」
陣痛かな、破水?
わからねーけど、いよいよ生まれるってことだろうか……!
「じゃ、病院早く行かないと!」
「いや、慌てんなって、仕事終わったらって、うん」
そう、そうだ。
ちゃんと打ち合わせして、話し合った。
陣痛が始まってもすぐ生まれるわけじゃないって。
真琴さんが慌てるなって言ってるってことは、まだだってことで。
机の上の、他の書類を手に取って束ねては無意味に横に置いていく。
とりあえず、仕事を整理だけはしとかないと。
でも、何からやりゃいいんだっけ。
手がつかな……
「高見主任」
「え」
「もう仕事にならないので、帰りましょっか」
ひょい、と手の中から書類を取り上げられて。
「一日二日、主任がいなくたって仕事は回ります」
寧ろ邪魔です。
と、語尾にハートマークでも付いてそうな笑顔で、言われてしまった。
よく出来た頼りになる部下なんだけど、上司にも物怖じせずにガンガンダメ出ししてくる怖い部下である。
落ち着いて運転してくださいよ!
と、最後に念押しをされた。
わかってる、わかってる。
落ち着かなきゃ、と頭の中で唱えながらエンジンをかけ発進する。
昔は電車通勤だったが、真琴さんと一緒に住み始めてからは、飲んで帰ることもなくなったのでじきに車通勤に切り替わった。
だって、飲みたきゃ真琴さんがカクテルでもなんでも作ってくれるし、一緒に飲んでて俺がつぶれてもすぐにベッドに雪崩れ込める。
真琴さんがつぶれることはまずないし。
っつか一度も無かったな、まじで。
家飲みが充実し過ぎて、外で飲むのは外せない付き合いか二人でデートしている時くらいだった。
それも、真琴さんが妊娠してからは殆どなくなったけど。
今はすっかり、妊娠中の真琴さんに合わせた生活である。
そして今度は、子供に合わせた生活に切り替わる。
いよいよ生まれるのだ。
どうしよう、出産ってめちゃくちゃ体力使うよな、何か差し入れを持って行った方がいいだろうか。
体力使うから陣痛の真っ最中におにぎり食わされたって、母ちゃんが言ってた。
それともまっすぐ病院行くべきか?
くるる、とハンドルを切って角を曲がる。
真琴さんには慌てるなと、部下には落ち着いてと言われたにも拘らず、頭の中はちっとも落ち着いていなかった。
まとめた書類とデータを、とん、と机でそろえて女性社員に手渡した。
「じゃあ、このままサポート頼むな」
「はい。主任の方は、大丈夫ですか? いくつか仕事引継ぎしときましょうか」
「あー、大丈夫。なんかあった時はわかるようにはしてあるし連絡は取れるようにしとくから」
ありがとうな、と言いながらつい、目はデスクの上に置かれた携帯画面をチラ見する。
今のとこ、連絡はなし。
今週入ってからこんな風にそわそわしているのを、周囲にはしっかりと見られてしまっているのだが、落ち着けと言われても無理があるというものだ。
案の定、笑われてしまった。
「もうじきですよね?」
「ん、じき、っていうかもう予定日は過ぎててさ」
もういつ陣痛が始まってもおかしくない、はずなんだけど。
今週中に陣痛が始まらなければ、陣痛促進剤を使うか考えなければいけないと言われた、と真琴さんが言っていた。
出来ればそういうのは使いたくないから、と一生懸命歩いたりしてるけれど、それはそれで心配だ。
ただでさえ細いのに、妊娠しても体重が増えなくて、お腹ばっかり大きくなって真琴さん自身は逆に痩せたように見える。
ふらついてこけたりしないだろうか。
「楽しみですね。立ち合いされる予定なんですよね?」
「あー、うん。タイミング合えばなあ、と」
つい、へにゃっと顔がだらしなく崩れる。
自覚はあるけどどうしようもない。
主任になって部下が出来てからは、多少キリッとするようにはしてんだけど、仕事中でも真琴さんや子供の話を振られると、ダメだ。
結婚して4年、やっと授かった子供だった。
なかなかできなくて真琴さんは何度も落ち込んだりして、いろんなことがあったから、妊娠したと確認した時は二人で泣いた。
ずっと、二人っていうのもいいかなって思ってた。
けど、いざ自分の子どもが出来るとなると、やっぱ……感慨深いものがある。
「いざ、って時は皆でカバーできるので、遠慮なく言ってくださいね」
「おお」
ありがとう。
と、礼を言おうとした時だった。
携帯が机の上で振動する音がして、思わず画面にくぎ付けになる。
「奥様ですか?」
慌てて携帯を手に取ると、画面をスライドさせる。
着信画像は、間違いなく真琴さんで、仕事中だから気を使ってくれたんだろう、通話着信じゃなかった。
『入院することになりました』
『慌てなくても大丈夫なので、仕事が終わったら病院に来てください』
やけに落ち着いたメッセージが二件。
極々簡潔な、要件のみの内容だけど、これってつまり。
「にゅ、入院! 入院したって」
「陣痛ですか? いよいよ?」
「わかんね、でも入院!」
陣痛かな、破水?
わからねーけど、いよいよ生まれるってことだろうか……!
「じゃ、病院早く行かないと!」
「いや、慌てんなって、仕事終わったらって、うん」
そう、そうだ。
ちゃんと打ち合わせして、話し合った。
陣痛が始まってもすぐ生まれるわけじゃないって。
真琴さんが慌てるなって言ってるってことは、まだだってことで。
机の上の、他の書類を手に取って束ねては無意味に横に置いていく。
とりあえず、仕事を整理だけはしとかないと。
でも、何からやりゃいいんだっけ。
手がつかな……
「高見主任」
「え」
「もう仕事にならないので、帰りましょっか」
ひょい、と手の中から書類を取り上げられて。
「一日二日、主任がいなくたって仕事は回ります」
寧ろ邪魔です。
と、語尾にハートマークでも付いてそうな笑顔で、言われてしまった。
よく出来た頼りになる部下なんだけど、上司にも物怖じせずにガンガンダメ出ししてくる怖い部下である。
落ち着いて運転してくださいよ!
と、最後に念押しをされた。
わかってる、わかってる。
落ち着かなきゃ、と頭の中で唱えながらエンジンをかけ発進する。
昔は電車通勤だったが、真琴さんと一緒に住み始めてからは、飲んで帰ることもなくなったのでじきに車通勤に切り替わった。
だって、飲みたきゃ真琴さんがカクテルでもなんでも作ってくれるし、一緒に飲んでて俺がつぶれてもすぐにベッドに雪崩れ込める。
真琴さんがつぶれることはまずないし。
っつか一度も無かったな、まじで。
家飲みが充実し過ぎて、外で飲むのは外せない付き合いか二人でデートしている時くらいだった。
それも、真琴さんが妊娠してからは殆どなくなったけど。
今はすっかり、妊娠中の真琴さんに合わせた生活である。
そして今度は、子供に合わせた生活に切り替わる。
いよいよ生まれるのだ。
どうしよう、出産ってめちゃくちゃ体力使うよな、何か差し入れを持って行った方がいいだろうか。
体力使うから陣痛の真っ最中におにぎり食わされたって、母ちゃんが言ってた。
それともまっすぐ病院行くべきか?
くるる、とハンドルを切って角を曲がる。
真琴さんには慌てるなと、部下には落ち着いてと言われたにも拘らず、頭の中はちっとも落ち着いていなかった。
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