優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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優しさを君の傍に置く5

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◆◇◆



「真琴さん! 次はあれ! あれ並びましょう」

「ちょっと待て! さっきから立て続けに激しいのばっかりだろう、次はもう少し平和なやつを……」

「いいじゃないすか、あれ人気だし。並ぶ時間が休憩っすよ」



僕は別にジェットコースターが苦手というわけではないけれど、こうも激しいのを連続で乗ると流石に疲れる。
しかし疲れ知らずの男は並ぶ時間が休憩だという。


そんなわけあるか!


という、突っ込みは無意味なので、引きずられるように次のアトラクションへと向かう。


並んでいる間、陽介さんは僕に花壇の淵や手すり側などを譲ってくれて座れるようにしてくれるし、その間に飲み物を買ってきてくれたりもするので、確かに休憩だと言われれば反論はしがたい。



「いい天気になって、良かったっすね」



振り向いた陽介さんが、目を細めて言う。
その優しい顔に安心していいのか悪いのか、まだわからない。

今朝、彼は約束の時間ぴったりに迎えに来てくれた。



『ハッピーバースデー、真琴さん』



いつも通りの顔でそう言われて、面食らった僕は謝るタイミングを見失った。
その後話をする気配もない陽介さんに躊躇いながらもついてきて、今に至る。


夜は、パークに隣接したホテルに泊まるのだという。



「あ、あれ。あのホテルです」



歩いている途中で、陽介さんが指差した方へ目を向ける。
外観の可愛らしい、女の子の喜びそうなホテルだった。



「可愛い」

「良かった。部屋から、ちゃんとパークが見えるとこにしてもらったんです」



つないだ手を、きゅっと握って口元に寄せる。
最近は不意打ちでも怖がらなくなっていたから、久々の”キスの合図”だ。



「……うん」



だけど、彼は微笑むばっかりでキスはしてくれなかった。
二人でガイドブックを見ながらパークを歩いて遊んで、その間ずっと、陽介さんは敢えてこの間の別れ話をぶり返さないようにしている気がした。


彼が次々ポップコーンやらチュロスやら、ワゴンで見つける度に買ってくるから、四六時中お腹がいっぱいだった。


こういう空気の中にいると、不思議と入るもので、僕にしては随分飲み食いをしたと思う。



「だってほら。ここでしか食べられなさそうと思ったら全部食べときたいじゃないすか」

「全部は無理だろう。さすがにもう入りませんよ!」



ベンチで休憩中にまた新たなワゴンを見つけて目が輝いたのを見て、無理だからこっちを見なさいと、咄嗟に彼の顔を両手で掴んでこちらを向かせた。


至近距離で見つめ合う形になって、すぐに人前だということを思い出して離れたけど。


近すぎるくらいの距離感が随分久しぶりに感じて、心臓がトクトク鳴った。


夕焼け色を通り過ぎ薄闇が広がりはじめ、ポツポツとパーク内に灯りがつくと途端に物悲しい雰囲気を感じたのは僕だけだろうか。


勿論、パークはもっと遅くまで開いてるし、アトラクションもまだまだ終わらない。
夜のパレード待ちの人達が、そこかしこの道の端で場所取りをし始めていた。



「お城、ライトアップされてる」

「ほんとっすね。近くまで行ってみますか」



次第に濃くなる闇夜の中で、パークの灯りが際立ち始め、装いが代わる。
近づいた頃にはとっぷりと暮れて、シンデレラ城がたくさんの光を浴びて夜の中で一番に煌めいていた。



「綺麗ですね。ほんとに、夢の国にいるみたい」



お城のすぐそばの広場は、案外人が少なかった。
パレードの方へと人が移りはじめているからかもしれない。


ライトアップされた空間は昼よりも華やかにさえ見えるけれど、さっき感じたもの悲しさの理由が、少しわかった。
夜は一日の終わりを示していて、それが寂しく感じるからだ。


陽介さんが何も言わないのをいいことに、僕から話しだそうとしないのも、楽しい時間が終わってほしくないからで。
そう気づいたと同時に、陽介さんから話を切り出された。



「こないだのことですけど」



びくっ、とおびえるみたいに肩が跳ねて隣を見上げる。
すると、僕はよほど酷い顔をしたらしい。


陽介さんが、苦笑いをする。



「もう泣きそうな顔してる」



それが余りに優しい声だったから、僕はこみあげてくるものが堪えられなかった。



「……ごめん」

「はい」

「ごめんなさい」

「……ほんと、泣き虫になっちゃいましたね、真琴さんは」



全くだ。
でも、どうしても、泣けてしまう。
貴方のことになると。



「……僕はこないだ、酷いこと言った」

「ですね。俺は怒ってました」



声は優しくても、淡々とそう言われれば怖くなってぎゅっと胸が掴まれたように苦しい。



「別れたいすか? 俺と」

「や、いやだ。でも……面倒ばかりかけてるのも、本当で……」

「そやって落ち込んだり泣いたり癇癪起こしたりは、全然いいんです俺。その時は、俺が引っ張り上げるし。でも」



陽介さんが、少し拗ねたように唇を尖らせながら、乱暴に僕の涙を拭った。



「別れたい、だけは絶対、言わないでください。俺だって不安になる」

「え……」

「真琴さんが、俺の前から消えちゃったらどうしようって」

「貴方も、不安になったりするんですか」

「なりますよそりゃ」



自分の不安から出た、まるで八つ当たりのような言葉が陽介さんも不安にしたのか。
そう思うと、尚更あの時の自分が恥ずかしくて情けなくて殴りたくなる。



「言わない、もう」

「でも、この先何度も同じことがあるんだろうな、と思います」

「無いようにする、ほんとに」

「その度真琴さんは不安になって、俺も」

「か、かもしれないけど、もう、絶対、」

「なので、結婚しませんか」



途端に唇が動きを止めてしまって、声も出なかった。



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