優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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夜と、傷と6

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沈黙の中、互いに少し荒い、息遣いが車内に響く。


陽介さんが、すごく大事にしてくれてるのは、ちゃんとわかってる。
それこそ……腫物に触るみたいに。


でもそれじゃ、嫌なんだ。


陽介さんの顔が怖いよりも苦しそうに歪んで、多分僕は泣きそうな顔をしたんじゃないだろうか。


は、と短い息の音を聞いた瞬間。
急に肩を引き寄せられて、深いキスで唇を塞がれた。


いつもみたいに、恐る恐る僕の様子を窺うようなキスじゃない。
いきなり、強引に舌を絡められて吸い上げられる、衝動的な欲情にまみれたキスだった。


キスに応えなければと思うけど、そんな余裕もない。
喉に近い辺りまで侵入を許して息苦しい。



「……くそっ」



キスの合間に聞こえた悪態に、薄らと目を開いたけれど視界が霞んだ。
舌を舐めて、歯列をなぞり唇を甘噛みすると、また離れて吐息を交わす。



「俺が、どんだけ必死に抑えてきたと……」



両肩を助手席に押し戻されて、素早くシートベルトで固定された。
先ほどまでよりずっと乱暴な運転で、再び車が走り出す。


窓の外を流れる景色で、どこに向かっているのか僕は直に理解した。


駐車場から、急ぎ足の陽介さんに引っ張られるみたいに彼の部屋に着いて、玄関先でまた唇を塞がれる。
さっきからずっと、隙さえあれば貪られて、もう唇がジンジンと熱かった。


キスが唇から逸れて顎を辿り、首筋に降りる。
途端ガチガチに固まった僕の体を無視して、陽介さんの大きな手が背中を擦り、腰から太ももまで降りると片足を持ち上げられた。



「やっ、なに、を」


幾らなんでもこんなところで、と混乱しているうちに踵まで辿られてパンプスを脱がされる。
流れるような事の運びに、呆気にとられる暇もない。


同じようにもう片方のパンプスも脱がされて、腰を抱かれたまま寝室まで連れていかれた。


暗い寝室に、小さな常夜灯だけが付く。
ベッドに座らされて押し倒される寸前。



「灯り、つけて」



僕の声は震えていた。



「顔が見えないのは、怖い」



ベッドのサイドテーブル近くで陽介さんがリモコンを操作すると、ぱっと急に飛び込んだ光に目が眩む。


まだよく見えないうちに、バサッと上着を脱ぎ捨てた音がした。


片手でネクタイを緩めながら、真正面から彼が近付き膝でベッドに上がる。
見上げた表情は欲に支配されていて、僕を見下ろす目は熱くて虚ろだった。


未知の事柄か、陽介さんの知らない一面か、どちらにかわからない。
畏怖を抱いて、身体が無意識に後退りをするけれど、すぐに腕を取られて抱き寄せられた。


指が背中のファスナーを辿り、一息に下ろされる。
ふっと息が軽くなったような感覚に目を瞬く。
気付くと背中の素肌に彼の手が触れていた。



「あっ」



両手で素肌に触れながら、布地を剥がすように肩まで撫でる。
ぞわ、と腰がざわめいた。
肩が露わにされ、もはや腕だけで引っかかっているワンピースが全部落ちてしまいそうで、咄嗟に胸元を押さえてしまう。


そこから、なぜか彼の反応が無くなってそろそろと目線を上げた。



「……陽介さん?」



飢えた獣みたいな、熱を孕んだ目で短く息を繰り返す。
彼は僕の手を、じっと見つめていた。



「くそ、なんで」



ぐしゃぐしゃと、片手で髪をかきむしりながら、ぎゅっと目を瞑り苦しげな声を吐き出す。



「怖くて仕方ないくせに、あんな挑発すんなよ!」

俯くと、胸元を押さえる手が震えてた。
手だけじゃない、がちがちに身体は固まって思うように動かない。



「あっ……」



手の感覚を確かめようとしたら、ワンピースの布を取り落として腰まで落ちてしまい慌てて腕だけで胸を隠した。



こく、と喉が鳴る。
彼の手が動きかけて、ぎゅっと強く拳が作られる。


また彼は自分に我慢を強いているのだと、そのことに少しだけ苦笑いを浮かべる余裕ができた。



「だって、貴方は優しすぎるから」


ここまで来ても、怒りながらもまだ、彼は全力で僕を気遣う。
そういう人だと、わかってたから。


あんな挑発しかもう、思い浮かばなかった。



「いつだって、貴方は僕が最優先で、全部僕の為で、あんなに毎日会いに来てくれるのに、僕は何も返せないままで、この先もずっと? 僕は貴方に申し訳ないと思いながら傍にいるの?」


「返すなんて、そんなこと俺は」

「貴方が気にしなくても、僕は気にする。何もできてないんじゃないかと、僕が傍にいる意味なんて無いんじゃないかと、怖くなる。

 これが全てじゃないとわかってるよ。けど、好きな人の為に必死になるのはそんなに悪いこと?」



貴方のために、何かしたい。
何もできない、自分が怖い。


それはそんなに、不思議なことか?


陽介さんが、目を見開いて泣きそうな顔をした。
そういえば、僕は今、初めて彼に「好き」という言葉を使ったかもしれない。



「好きだよ。貴方に触れられて傷つくなら、別にいい」

「慎さ……」

「同じ傷なら、貴方がつけた傷がいい。傷の上書きをして。だからお願い」



目が潤む。
もう、泣きそう。


この期に及んで、僕を思って僕をこのままにしないでくれ。
貴方が抱いても抱かなくても、僕はきっと泣く。


だからお願い。



「僕が泣いても、止めないで」



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