優しさを君の傍に置く

砂原雑音

文字の大きさ
上 下
68 / 134

僕と、勝負してください3

しおりを挟む


頼むからはよ帰れ。

頭を抱えていると、ちょっと離れたところから視線を感じ顔を上げる。
佑さんが、にたあっと嫌な顔で笑っていて、思わず頬が引き攣った。

――めっちゃ面白がってる。

翔子は、てっきり来た早々に俺の好きな人は誰だ何処だとやかましく言うのかと思ったが、慎さんにカクテルを入れてもらって案外大人しくしていた。
ただ、なぜかじっと、慎さんを見つめて何かを考えている。


「何か、他にご用意しましょうか。チーズの盛り合わせとかお勧めですが」


不躾な視線にも、さすが慎さんは笑顔の対応だ。
なのに翔子は、更に上半身を乗り出すようにして慎さんの顔を覗き込む。


「……あの、僕に何か」
「……もしかして、神崎さん?」

「え……」
「やっぱり、神崎さんだよねえ! 地元東灘じゃない?! 雰囲気ちょっと変わったからわかんなかったあ!」


翔子が目を輝かせて、スツールから半分腰をあげる。
反面、慎さんからはすぅっと笑顔が消えた。

神戸、東灘は、翔子の地元だ。
同郷?
まさか。


「あ、ごめん。神崎さんすごく綺麗な子がいるって有名だったから、私が知ってるだけなの。学年違うし。でも喋ったことあるよ、委員会一年間一緒だったし」
「翔子、ちょっ」


学年。
学校が同じ?

翔子の行ってた高校は、確か……女子校じゃ、なかったか。


「あ、そうか。まことさんって……陽ちゃんの好きな人って神崎さんなんだ!  高校同じだったんだよ、せい」
「翔子!」


成美女子高等学校。
他の客も居る中で、その学校名を言わせる訳には行かない。

慎さんが女だって、バレちまう!
咄嗟に、翔子の口を塞いでいた。


うぐ、とくぐもった声を上げた翔子が恨めしげにこっちを睨んで手を振り払う。


「陽ちゃん、なに?」
「ちょっと黙れ」

「何なのよう」
「いいから! 黙れって!」


――事情があんだよ!

兎に角翔子を黙らせる事に必死で、落ち着いていればこの時俺は、もっと上手く誤魔化すことも出来たのかも、しれない。


「……知ってたんですか」


小さな呟きが聞こえて、はっと視線を上げた。
慎さんは表情のない顔で、ただ顔色は真っ青だった。


「慎さ……」
「知ってたんですか」


今気付いたことにでもして取り繕うべきだったんだろうか。
知らないフリをすると決めたなら、最後まで白を切るべきだったのか。

だけど俺は咄嗟のことで、ただ「しまった」という感情を隠せなかった。


”……知ってたから”


声には出ていなかったけど、唇がそう動いた気がする。
じっと俺を見つめたまま、銀色のシェーカーを持った手が、小刻みに震えていた。


次の瞬間、怒るでも泣くでもなく、慎さんは酷く……傷付いた、顔をした。


カラカラカラ。
と、落ちたシェーカーが店内の空気を破る。

「失礼しました」と、慎さんが屈んでシェーカーを拾い上げた。
他の客も何かあったことは察しているのか、ちらちらと様子を伺う目を向けてくる。


翔子も浩平も、何事かと驚いて俺と慎さんに交互に見ていた。


「ま、慎さんっ、あの」
「陽介、お前今日ちょっと飲みすぎだろ~、じゃれてんじゃねえよ」


固まった空気を無理矢理動かしたのは、佑さんだった。
へらっと笑いながら慎さんの前に出て、浩平と翔子にそれぞれ頭を下げる。


「悪いね、二人今来たとこなのに。この酔っ払い連れて帰ってやってよ」
「佑さんっ」


いや、こんな状態で慎さん放って帰れるわけない。
だけど、佑さんに小声でだがきっぱりと遮断される。


「今日は帰れ。店内でこれ以上、この話は無理だ」


帰るぞ、と浩平にも腕を引かれた。
慎さん、とせめて視線ですがり付いたけれど、俯いて背中を向けられ見ることもかなわない。

店を出る間際、もう一度振り向いた。
だけど彼女の背中は固く拒否をして、ちらりともこちらを見てはくれなかった。




◇◆◇◆



「ってかどういうことだよ。女ってマジで?」
「そうだよ、女の子! 髪型がちょっと変わって雰囲気が違ってたから、最初わかんなかったけど……高校の時から男の子っぽくて女子に人気あったんだよ。でも、あそこまで徹底して男ーって感じじゃなかったけどなあ」


店から駅に向かう途中、興奮して話す二人の前を早足で歩く。
ちらりとも振り向かない俺を気にしてか、翔子がおずおずと声をかけて来た。


「……ねえ。もしかして彼女、男として働いてたの?」
「そうだよ。知ってんのは佑さんと俺だけ。俺は、知らないフリだけしてた」

「やだ、どうしよう。私謝らなきゃ」
「なんて謝るんだよ、他に客もいんのに」


いや、それに。
謝んなきゃいけないのは俺だ。
最後に見た、慎さんの表情が、目の前をちらついて離れない。


「やべえ……俺、知らないで酷いこと言った……」
「……何?」


浩平の言葉に、足を止めて振り向いた。


「……付き合うつもりもないのに、楽しんでるだけなら、さっさと振ってやってくれって」
「……お前っ、なんでそんなこと」
「お前が適当にあしらわれてるだけだと思ったんだよ!」


頭に血が上りかけたけど、すぐに思い直して溜息と共にその場にしゃがみ込む。
駅前の大通りのど真ん中、何人かが迷惑そうに俺たちを追い越していった。


俺がいつもの調子で押しかけてたから、あんまり気にしてなかったが、そう言えば一時期少し、遠慮気味な態度の時があった気がする。

気にも留めないでいた、自分に腹が立つ。
何より、今一番慎さんを傷つけたのは俺だった。


「え、でも、さ。黙ってたのは向こうも同じなんだし、お互いさまじゃないの?」
「んなわけにいくか、知らないフリして好きだって言いまくったし」

「あー……」
「……キスもした」


 男も女も関係なく。
 慎さんを好きになりました。


だけどその言葉は、彼女の本当の性別を知らないことが前提だ。
知ってるくせにそんなセリフを吐いた、それを彼女はどう捉えるだろう。

彼女の表情が、物語ってた。
知らないフリして、騙して近づいたと、彼女は受け取ったんだ。

ぞく、と寒気が背筋を走る。
本当にこのまま帰っていいのか、そんな風に思わせたまま。

良いわけがなかった。



「ってかなんで知らないフリなんかしたんだよ」
「俺、戻る。お前ら二人は帰れよ」

「おい、戻っても、客が居るうちは話も……」
「閉店まで店の前で待つ」


簡潔にそう答え立ち上がると、俺は店までの道を全速力で駆け出した。



しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...