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僕と、勝負してください3
しおりを挟む頼むからはよ帰れ。
頭を抱えていると、ちょっと離れたところから視線を感じ顔を上げる。
佑さんが、にたあっと嫌な顔で笑っていて、思わず頬が引き攣った。
――めっちゃ面白がってる。
翔子は、てっきり来た早々に俺の好きな人は誰だ何処だとやかましく言うのかと思ったが、慎さんにカクテルを入れてもらって案外大人しくしていた。
ただ、なぜかじっと、慎さんを見つめて何かを考えている。
「何か、他にご用意しましょうか。チーズの盛り合わせとかお勧めですが」
不躾な視線にも、さすが慎さんは笑顔の対応だ。
なのに翔子は、更に上半身を乗り出すようにして慎さんの顔を覗き込む。
「……あの、僕に何か」
「……もしかして、神崎さん?」
「え……」
「やっぱり、神崎さんだよねえ! 地元東灘じゃない?! 雰囲気ちょっと変わったからわかんなかったあ!」
翔子が目を輝かせて、スツールから半分腰をあげる。
反面、慎さんからはすぅっと笑顔が消えた。
神戸、東灘は、翔子の地元だ。
同郷?
まさか。
「あ、ごめん。神崎さんすごく綺麗な子がいるって有名だったから、私が知ってるだけなの。学年違うし。でも喋ったことあるよ、委員会一年間一緒だったし」
「翔子、ちょっ」
学年。
学校が同じ?
翔子の行ってた高校は、確か……女子校じゃ、なかったか。
「あ、そうか。まことさんって……陽ちゃんの好きな人って神崎さんなんだ! 高校同じだったんだよ、せい」
「翔子!」
成美女子高等学校。
他の客も居る中で、その学校名を言わせる訳には行かない。
慎さんが女だって、バレちまう!
咄嗟に、翔子の口を塞いでいた。
うぐ、とくぐもった声を上げた翔子が恨めしげにこっちを睨んで手を振り払う。
「陽ちゃん、なに?」
「ちょっと黙れ」
「何なのよう」
「いいから! 黙れって!」
――事情があんだよ!
兎に角翔子を黙らせる事に必死で、落ち着いていればこの時俺は、もっと上手く誤魔化すことも出来たのかも、しれない。
「……知ってたんですか」
小さな呟きが聞こえて、はっと視線を上げた。
慎さんは表情のない顔で、ただ顔色は真っ青だった。
「慎さ……」
「知ってたんですか」
今気付いたことにでもして取り繕うべきだったんだろうか。
知らないフリをすると決めたなら、最後まで白を切るべきだったのか。
だけど俺は咄嗟のことで、ただ「しまった」という感情を隠せなかった。
”……知ってたから”
声には出ていなかったけど、唇がそう動いた気がする。
じっと俺を見つめたまま、銀色のシェーカーを持った手が、小刻みに震えていた。
次の瞬間、怒るでも泣くでもなく、慎さんは酷く……傷付いた、顔をした。
カラカラカラ。
と、落ちたシェーカーが店内の空気を破る。
「失礼しました」と、慎さんが屈んでシェーカーを拾い上げた。
他の客も何かあったことは察しているのか、ちらちらと様子を伺う目を向けてくる。
翔子も浩平も、何事かと驚いて俺と慎さんに交互に見ていた。
「ま、慎さんっ、あの」
「陽介、お前今日ちょっと飲みすぎだろ~、じゃれてんじゃねえよ」
固まった空気を無理矢理動かしたのは、佑さんだった。
へらっと笑いながら慎さんの前に出て、浩平と翔子にそれぞれ頭を下げる。
「悪いね、二人今来たとこなのに。この酔っ払い連れて帰ってやってよ」
「佑さんっ」
いや、こんな状態で慎さん放って帰れるわけない。
だけど、佑さんに小声でだがきっぱりと遮断される。
「今日は帰れ。店内でこれ以上、この話は無理だ」
帰るぞ、と浩平にも腕を引かれた。
慎さん、とせめて視線ですがり付いたけれど、俯いて背中を向けられ見ることもかなわない。
店を出る間際、もう一度振り向いた。
だけど彼女の背中は固く拒否をして、ちらりともこちらを見てはくれなかった。
◇◆◇◆
「ってかどういうことだよ。女ってマジで?」
「そうだよ、女の子! 髪型がちょっと変わって雰囲気が違ってたから、最初わかんなかったけど……高校の時から男の子っぽくて女子に人気あったんだよ。でも、あそこまで徹底して男ーって感じじゃなかったけどなあ」
店から駅に向かう途中、興奮して話す二人の前を早足で歩く。
ちらりとも振り向かない俺を気にしてか、翔子がおずおずと声をかけて来た。
「……ねえ。もしかして彼女、男として働いてたの?」
「そうだよ。知ってんのは佑さんと俺だけ。俺は、知らないフリだけしてた」
「やだ、どうしよう。私謝らなきゃ」
「なんて謝るんだよ、他に客もいんのに」
いや、それに。
謝んなきゃいけないのは俺だ。
最後に見た、慎さんの表情が、目の前をちらついて離れない。
「やべえ……俺、知らないで酷いこと言った……」
「……何?」
浩平の言葉に、足を止めて振り向いた。
「……付き合うつもりもないのに、楽しんでるだけなら、さっさと振ってやってくれって」
「……お前っ、なんでそんなこと」
「お前が適当にあしらわれてるだけだと思ったんだよ!」
頭に血が上りかけたけど、すぐに思い直して溜息と共にその場にしゃがみ込む。
駅前の大通りのど真ん中、何人かが迷惑そうに俺たちを追い越していった。
俺がいつもの調子で押しかけてたから、あんまり気にしてなかったが、そう言えば一時期少し、遠慮気味な態度の時があった気がする。
気にも留めないでいた、自分に腹が立つ。
何より、今一番慎さんを傷つけたのは俺だった。
「え、でも、さ。黙ってたのは向こうも同じなんだし、お互いさまじゃないの?」
「んなわけにいくか、知らないフリして好きだって言いまくったし」
「あー……」
「……キスもした」
男も女も関係なく。
慎さんを好きになりました。
だけどその言葉は、彼女の本当の性別を知らないことが前提だ。
知ってるくせにそんなセリフを吐いた、それを彼女はどう捉えるだろう。
彼女の表情が、物語ってた。
知らないフリして、騙して近づいたと、彼女は受け取ったんだ。
ぞく、と寒気が背筋を走る。
本当にこのまま帰っていいのか、そんな風に思わせたまま。
良いわけがなかった。
「ってかなんで知らないフリなんかしたんだよ」
「俺、戻る。お前ら二人は帰れよ」
「おい、戻っても、客が居るうちは話も……」
「閉店まで店の前で待つ」
簡潔にそう答え立ち上がると、俺は店までの道を全速力で駆け出した。
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