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触れてはならない、禁断の果実7
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そうだった。
触るな、怖がらせるな、傷つけるな。
二人きりのこの雰囲気と、この空間で、俺の方から触れようとすれば怖がられても仕方ないのに。
何しようとした、俺。
いやでもだったらなんでこの距離感?
怖いんなら離れててくれないと、手ぇ出したくなっても仕方ないと思うんですが!
宙で固まった手を完全に引っ込めてしまうのは名残惜しく未練がましく、くううっと握りこぶしを作る。
だめっすか、どうしても触ったらだめですか。
頭撫でるのもだめ? でも今びくってされちゃったしな。
だって、神様。
佑さん。
目の前で好きな女が、なんかいつもと違って頼りなげで。
それを触れるなというのは余りにも、余りにも酷じゃないっすか。
そんな俺の中の壮絶な葛藤に突如終止符を打ったのは、慎さん自身だった。
中途半端な位置で留まったままの拳と俺の顔とを、綺麗な榛色の瞳が行き来して、少し肩の力を抜いたのがわかった。
スツールが極々小さな、「キィ」という音をさせる。
慎さんが椅子ごと俺の方を向いたからだ。
すぐ間近からまっすぐに見つめられて、ますます手と目のやり場に困ってしまう。
見つめてくる目はやっぱりどこか不安げに揺れていて、そのくせ潤んで艶っぽく……思わず生唾を、飲みこんでしまった。
やばい。
もうちょい、いつもみたくガード固くしてくれないと、今の俺はホントにヤバイ。
「ちょ……っと、」
トイレ、と言ってその場を逃げ出そうとしたのに。
「……なんで、止めたんですか」
慎さんが俺の手を見ながら、呟いた。
何を尋ねているのかは明白だった。
「……すんません、その……ちょっと」
「僕が、怖がったから?」
「俺が悪いんす。ちょっとだけ、のつもりで……あ、頭! 頭、撫でようとしただけで!」
いや、ほんとは。
頬に手は向かってたけど、怒られそうな気がしてつい控えめに言ってしまった。
「……」
「……すんません」
そんな、まっすぐ見つめられたら。
些細な嘘だけど、なんかめっちゃ悪いことをした気になってしまうからほんとに止めて、ごめんなさい。
これは、なんだ。拷問か、それとも試練か。
俺の忍耐力の限界を誰かが測っているのだろうか。
やっぱりトイレに逃げよう、と立ち上がろうとしたら。
「……いいよ」
と、慎さんの声がして、一瞬何がいいのかぴんと来なかった。
「え……」
「いいよ、触れば。……別に、陽介さんが怖かったわけじゃない」
ぶっきら棒で、ちょっと早口なのは照れ隠しなのだとすぐにわかった。
視線が斜め下に逃げて、眉間に皺を寄せてはいるものの頬は触れたら熱そうなくらいに赤い。
触っていいよ、というよりも、触って欲しい、と
表情はそう言ってるように見えるのは、俺が調子に乗ってるからか?
「い、いいんすか、ほんとに」
「嫌ならい」
「触ります!」
……触ります、って宣言はどうなんだ。
と自分でも思いつつ、じゃあ……と右手をゆっくり髪に触れさせた。
緩くウェーブのかかった髪は、思っていたより艶やかで、想像するよりずっと柔らかく指に絡む。
……細。
絹糸みたいな細い髪を、最初は手のひらで撫でる。
慎さんは恥ずかしそうに目線は背けたままだけれど逃げる様子もなかったから……髪の中に指を差しいれた。
「……慎さん?」
「……ん?」
しん、と静まり返った空間に互いの声だけが響く。
それ以上は、言葉が続かなかった。
ただ髪を撫でているだけなのに、物凄く、悪いことをしているような気分になる。
それは多分、俺の中で邪な欲が溢れてきているからだ。
”……いいよ”
そのたった一言が、何度も何度も頭の中でリピートして誘惑する。
だめだ、だめだ。
早鐘を打つ心臓に、落ち着けと言い聞かせる。
これはただ、いつもと違う慎さんに安心して欲しくて髪を撫でているだけで。
これ以上はだめだと必死で自制してるというのに。
横の髪を梳いた指が、慎さんの耳に触れた時、彼女は俺の手のひらに摺り寄るような、仕草をした。
それは一瞬で、俺の理性を吹き飛ばす威力だった。
元々あったはずの、安心させたい、落ち着かせたいという気持ちはどこかに綺麗さっぱり消えた。
頭の中はただ触れたいという欲だけで支配されて、何も考えられなくなった。
あれだけ慎重だった手が、躊躇いもなく髪の中を潜って後頭部に近づく。
指先に力を入れて頭から首の後ろへ滑らせると、俯きがちだった慎さんの顔が上向いた。
驚いて見開かれた瞳に、ほんのちょっとだけ理性が戻ってくる。
「こ、怖くなかったら。目、瞑ってください」
目を瞑ったら、どうなるか。
わからないはずはないと思った。
「キス」という単語を使って拒否られるのが怖くて、無意識に避けてしまったのかもしれない。
目を閉じる、という簡単な意思表示で構わないから、慎さんの許しが欲しかった。
二つの瞳が忙しなく揺れて、迷ってるのが伝わってくる。
早く、閉じて。
でないと、許可なくやっちゃいそうなんだよ。
きゅっと唇を真一文字に結んで、覚悟を決めたみたいに閉じられた瞼の先で、長い睫毛が震えている。
それで最後のブレーキも利かなくなった。
首の後ろを支える手に少しでも抵抗を感じたら止まらなければと、頭の隅にかろうじて引っかかっているけれど、それが役に立つか自信はない。
どくどくどく、と激しい鼓動の音を聞きながら、上半身を屈めて近づいた。
唇同士が触れる寸前、慎さんが緊張のあまり擦れた声を出す。
「……最低だな」
「え?」
「男同士で、キスできるなんて。最低に趣味が悪い」
どくん、と一際大きく、鼓動が跳ねた。
そうだ、慎さんは俺が秘密に気付いていることを、知らない。
「嫌、ですか」
「……そっちこそ」
「俺は」
このまま男同士としてキスをして、後で慎さんが知ったらどう思うだろう。
俺は彼女を、騙すことになるんだろうか。
触るな、怖がらせるな、傷つけるな。
二人きりのこの雰囲気と、この空間で、俺の方から触れようとすれば怖がられても仕方ないのに。
何しようとした、俺。
いやでもだったらなんでこの距離感?
怖いんなら離れててくれないと、手ぇ出したくなっても仕方ないと思うんですが!
宙で固まった手を完全に引っ込めてしまうのは名残惜しく未練がましく、くううっと握りこぶしを作る。
だめっすか、どうしても触ったらだめですか。
頭撫でるのもだめ? でも今びくってされちゃったしな。
だって、神様。
佑さん。
目の前で好きな女が、なんかいつもと違って頼りなげで。
それを触れるなというのは余りにも、余りにも酷じゃないっすか。
そんな俺の中の壮絶な葛藤に突如終止符を打ったのは、慎さん自身だった。
中途半端な位置で留まったままの拳と俺の顔とを、綺麗な榛色の瞳が行き来して、少し肩の力を抜いたのがわかった。
スツールが極々小さな、「キィ」という音をさせる。
慎さんが椅子ごと俺の方を向いたからだ。
すぐ間近からまっすぐに見つめられて、ますます手と目のやり場に困ってしまう。
見つめてくる目はやっぱりどこか不安げに揺れていて、そのくせ潤んで艶っぽく……思わず生唾を、飲みこんでしまった。
やばい。
もうちょい、いつもみたくガード固くしてくれないと、今の俺はホントにヤバイ。
「ちょ……っと、」
トイレ、と言ってその場を逃げ出そうとしたのに。
「……なんで、止めたんですか」
慎さんが俺の手を見ながら、呟いた。
何を尋ねているのかは明白だった。
「……すんません、その……ちょっと」
「僕が、怖がったから?」
「俺が悪いんす。ちょっとだけ、のつもりで……あ、頭! 頭、撫でようとしただけで!」
いや、ほんとは。
頬に手は向かってたけど、怒られそうな気がしてつい控えめに言ってしまった。
「……」
「……すんません」
そんな、まっすぐ見つめられたら。
些細な嘘だけど、なんかめっちゃ悪いことをした気になってしまうからほんとに止めて、ごめんなさい。
これは、なんだ。拷問か、それとも試練か。
俺の忍耐力の限界を誰かが測っているのだろうか。
やっぱりトイレに逃げよう、と立ち上がろうとしたら。
「……いいよ」
と、慎さんの声がして、一瞬何がいいのかぴんと来なかった。
「え……」
「いいよ、触れば。……別に、陽介さんが怖かったわけじゃない」
ぶっきら棒で、ちょっと早口なのは照れ隠しなのだとすぐにわかった。
視線が斜め下に逃げて、眉間に皺を寄せてはいるものの頬は触れたら熱そうなくらいに赤い。
触っていいよ、というよりも、触って欲しい、と
表情はそう言ってるように見えるのは、俺が調子に乗ってるからか?
「い、いいんすか、ほんとに」
「嫌ならい」
「触ります!」
……触ります、って宣言はどうなんだ。
と自分でも思いつつ、じゃあ……と右手をゆっくり髪に触れさせた。
緩くウェーブのかかった髪は、思っていたより艶やかで、想像するよりずっと柔らかく指に絡む。
……細。
絹糸みたいな細い髪を、最初は手のひらで撫でる。
慎さんは恥ずかしそうに目線は背けたままだけれど逃げる様子もなかったから……髪の中に指を差しいれた。
「……慎さん?」
「……ん?」
しん、と静まり返った空間に互いの声だけが響く。
それ以上は、言葉が続かなかった。
ただ髪を撫でているだけなのに、物凄く、悪いことをしているような気分になる。
それは多分、俺の中で邪な欲が溢れてきているからだ。
”……いいよ”
そのたった一言が、何度も何度も頭の中でリピートして誘惑する。
だめだ、だめだ。
早鐘を打つ心臓に、落ち着けと言い聞かせる。
これはただ、いつもと違う慎さんに安心して欲しくて髪を撫でているだけで。
これ以上はだめだと必死で自制してるというのに。
横の髪を梳いた指が、慎さんの耳に触れた時、彼女は俺の手のひらに摺り寄るような、仕草をした。
それは一瞬で、俺の理性を吹き飛ばす威力だった。
元々あったはずの、安心させたい、落ち着かせたいという気持ちはどこかに綺麗さっぱり消えた。
頭の中はただ触れたいという欲だけで支配されて、何も考えられなくなった。
あれだけ慎重だった手が、躊躇いもなく髪の中を潜って後頭部に近づく。
指先に力を入れて頭から首の後ろへ滑らせると、俯きがちだった慎さんの顔が上向いた。
驚いて見開かれた瞳に、ほんのちょっとだけ理性が戻ってくる。
「こ、怖くなかったら。目、瞑ってください」
目を瞑ったら、どうなるか。
わからないはずはないと思った。
「キス」という単語を使って拒否られるのが怖くて、無意識に避けてしまったのかもしれない。
目を閉じる、という簡単な意思表示で構わないから、慎さんの許しが欲しかった。
二つの瞳が忙しなく揺れて、迷ってるのが伝わってくる。
早く、閉じて。
でないと、許可なくやっちゃいそうなんだよ。
きゅっと唇を真一文字に結んで、覚悟を決めたみたいに閉じられた瞼の先で、長い睫毛が震えている。
それで最後のブレーキも利かなくなった。
首の後ろを支える手に少しでも抵抗を感じたら止まらなければと、頭の隅にかろうじて引っかかっているけれど、それが役に立つか自信はない。
どくどくどく、と激しい鼓動の音を聞きながら、上半身を屈めて近づいた。
唇同士が触れる寸前、慎さんが緊張のあまり擦れた声を出す。
「……最低だな」
「え?」
「男同士で、キスできるなんて。最低に趣味が悪い」
どくん、と一際大きく、鼓動が跳ねた。
そうだ、慎さんは俺が秘密に気付いていることを、知らない。
「嫌、ですか」
「……そっちこそ」
「俺は」
このまま男同士としてキスをして、後で慎さんが知ったらどう思うだろう。
俺は彼女を、騙すことになるんだろうか。
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