優しさを君の傍に置く

砂原雑音

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番犬の役目1

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番犬の心得

1.お触り禁止 
2.必要以上の接近は禁止
注:どちらも下心がある場合に限る
(つまりエロ目的で触るな近寄るな)

3.怖がらせない
4.傷つけない

仲良くなりたいなら、3,4項目は特に必須事項である。

番犬の役目

木曜以降、週末は出来る限り店に顔を出す。
特に閉店後の時間帯は要注意人物の出没に細心の注意を払うべし。

要注意人物
梶 孝弘 (35)
独身、ゲイであることは本人から確認済み
百貨店のバイヤーらしい。
買付の為世界各地を飛び回っている、らしい。
金は持っている。
らしい。

***


慎さんが出かける用意をしに部屋に戻った時、佑さんが俺に出した注意事項は、仮にも男である慎さんに関することにしては随分と過保護な内容だった。

まあ、それも全部、梶っておっさんがいるからなんだろうけど。


「半年くらい前からかな、梶さんっていう客が慎目当てに来るようになったのは」
「慎さん目当てってのは、確かなんすか」
「見りゃわかる。お前も近々会えると思うけどな」


何をどう見りゃわかるんだと首を捻ったが、佑さんがそう言うなら余程わかりやすいオーラかなんかが出てるんだろうか。
と、とりあえずそれは男に会った時に確かめてみるとして、話の続きを黙って聞くことにした。


「よく見るんだよ、営業時間以外にも店の周りうろついててさ」
「は? それってストーカー行為なんじゃ」
「わからん。家が近いから前の道はよく通るんだと本人は言ってる。その時も話しかけたら普通に会話に応じるから、ただの思い過ごしだといいんだけどな」


この店の周辺でその男を見かける頻度がかなり高くなっている、そのことを慎さんは知らないらしい。
俺はそれなら身を守るためにも知らせるべきなんじゃないかと思うのだが、そこで出てくるのが、3と4の項目だ。

怖がらせない。
傷つけない。


「あいつ。ああ見えて蚤の心臓なんだよ。そんなこと知ったら店に閉じ籠っちまう、今だって精々週に一度出かけるだけなのに」


その時は『そういうもんか』となんとなく聞き流していたが、よくよく考えれば違和感が拭えない。
傷つけない、とは。
現実的に身体につく傷のことか精神的なものを示しているのか。

そこも気になるが、怖がらせない、ってなんだ。
考えれば考えるほど、何やら腑に落ちない。

余り外に出るタイプの人間ではないにしても、だ。
俺がうっかり発情して詰め寄った時も鳩尾に拳一発で撃退して見せたし、気が弱いとは思えない。

自分狙いのゲイのおっさんが店周辺をうろついてる、って知ったくらいで、それほど怯えるタイプにはとても見えなかった。

佑さんの命令ででかける慎さんにお伴して、案外早歩きの慎さんに後ろからついて行く間も目線がつい華奢な肩や首筋に向かう。
きっちり閉められた襟元から僅かに覗く首筋は、白く細い。
駅のホームで電車から降りてくる人にぶつかりそうになり、咄嗟に腕を引っ張った時も、余りの軽さに驚いた。

手の中に残る腕の感触。
受け止めた背中も軽くて全く衝撃を感じない。
守らなければ、と無意識に車内でも彼を守るような立ち位置を取ってしまって、ひどく睨まれた。


「……僕はそんなにか弱くない」
「いや……確かに男だしそんな弱いわけないのはわかってんですけど」


ほぼ真上から見下ろす身体は肩幅もそれほど広くない。
男にしては全体的に華奢な方だろう。

そのせいかどうしても、守護対象に見えてしまうんだよな。
まあ、俺は慎さんが好きだからってのがあるから。

じゃあ、佑さんはなんで。
あんなにも慎さんに対して過保護なんだろう。

いくら華奢でも、男で自分の店の一従業員に対して。

ふと、自分が随分不躾な目を向けてしまっていることに気が付いた。
舐めまわすみたいに、何やってんだ俺。
佑さんに言われただろう、怖がらせない、怖がらせない。

慌てて身体から目を逸らして上へ視線を戻した。
慎さんはじっと俺を睨んでいたのか、途端にばちっと目が合って瞬間的に鼓動がでかくなる。

大きすぎない、けど切れ長猫目の綺麗な形。
細くて長い睫毛に触ってみたくて、目を閉じて欲しくなる。

あ、やば。
そんな目で見られたら、やっぱ男も女も関係なく、触れてみたく……。

と、内心で葛藤してた一瞬で、俺は全部顔に晒していたらしい。


「乙女か! 頬を染めるな気色悪い」


同時にドンっと胸を殴られた、その拳も可愛い。
仕方ねえよこれ、何されても胸にもくるけど下半身にもくるよコレ。


佑さんの過保護も俺が慎さんに対して感じてしまう守護対象的なものと同じなのだとしたら……佑さんと慎さんの関係って何なんだ?

違和感から滲んだその疑惑は、義理の兄弟だとさらりと言いのけた慎さんによって半分は晴れた。
慎さんは少なくとも、そう思っているらしい。
佑さんは、どうだかわかんねぇな。

だが「昼ドラみたいな如何わしい妄想に僕を巻き込むな」と慎さんに釘を刺されたことだし、それ以上は考えないことにした。
佑さんが慎さんを案じていることに嘘はなかったと思うし、ならば俺がどうこう言えることでもないのだ。

そんなことよりも、今は。
佑さんにもくれぐれも頼むと言われたミッションをこなさなければならない。

一緒に飯食って、店までちゃんと連れ帰る。
それだけだが、慎さんは確かに細い。
昼飯も殆ど手を付けていなかった。

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