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穂月の小学校編

遠足でのバドミントンで調子に乗るなんて……先生、出番ですっ

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 春といえば楽しみなのが遠足である。5月の行事のプリントを貰ってから、穂月はずっとその日が来るのを待ちわびていた。

 明日の本番はもちろんだが、前日の放課後にも心躍らせるイベントがある。

 遠足用のお菓子の購入だ。目的地は違えども全学年が一斉に遠足へ出かけるので、いつものスーパーには朱華と陽向の姿もあった。

「まーたんはどこ行くのー?」

「なんかどっかの博物館らしい」

 目的地にまったく興味がなさそうな陽向は、溜息混じりに穂月に答えた。

「見学が終わったあとに近くの公園で昼飯食って、自由時間を少し過ごしてから帰るんだと」

 穂月たちはどこだと尋ねられ、以前に両親や希らと一緒にキャンプしたこともある公園だと教える。

 昨年は市内にある地元では有名な公園だった。山と繋がっており、木々に囲まれた遊歩道が人気なのだ。

 もっとも奥まで行くと日が届かなくなって薄暗いので、夜はもちろん日中でも肝試しスポットに使われたりもする。

「ああ、あそこか。俺たちも去年はそこだったな。まだ遊ぶものがあるから、博物館よりはマシだぜ」

「私からすると、どうしてまーたんが博物館を嫌がってるのか不思議です」

「勉強大好き少女にはわからんさ」

「まーたんだって少女でしょ」

 生暖かい目で沙耶を見る陽向に、すぐ後ろの朱華が呆れる。

「楽しみは菓子だけなんだが、今時300円じゃたいして買えねえっつーの」

「だからといって300円以上を使ったらだめよ。去年の話だけど5年生の何人かが明らかに多すぎる量を持ってきたせいで、今年の6年生は学校がおやつを用意したらしいからね」

 朱華の説明に陽向がげんなりして両腕を摩る。

「菓子も自由に選べねえのかよ。嫌いなのがあったら地獄じゃねえか」

「交換する楽しみもないしね。そうならないためにもルールはきちんと守りましょうってことよ。プリントにもおやつ代は守るように書かれてたでしょ」

 全員が朱華の注意に頷く。

 近場でたくさんのお菓子が売っているのはこのスーパーだけなので、売場には同じ学校の生徒と思われる児童が大勢いた。

「考えることはみんな一緒だな」

「コンビニで買うより安いもの。300円でどれだけ買えるか必死なのよ。きっと計画的にお金を遣えるようにする目的もあるんでしょうね」

 つまらなさそうな陽向に感化されないように、年下組には朱華が学校の意図もきちんと説明してくれる。

 誰より瞳を輝かせる沙耶が何度も首を縦に振る。可愛くて運動も勉強もできる朱華は憧れのお姉さんなのだという。

「ほっちゃんは何を買うの?」

 お菓子の棚をじっと見つめながら、悠里の隣で穂月はむーっと唇を尖らせて悩む。ケーキと言いたいところだが、去年の時点で朱華に止められている。

「やっぱりぽてちかな」

 皆で食べられてあまり高くないもの。ポテチの他には細いチョコレート菓子などが候補に挙がる。

「ゆーちゃんは、ましゅまろにするの」

 100円で買えるコーナーに悠里の狙うマシュマロやチョコレート棒、さらにはビスケットなどがある。お煎餅やかりんとうもある。こうした袋に入ったものを狙うのも手だ。

 実際に沙耶は揚げ煎餅を選んだ。穂月も好きなので、おやつ時間には分けてもらおうと今から鼻息を荒くする。

 希が真っ先に選んだのは100円ながらも10本のチョコレート棒が入った袋だ。同じコーナーに並んでおり、サイズこそ小さいがお得感がある。

 朱華は袋入りのキャンディなんかを選んでいる。

 陽向や朱華たちは商品を入れる籠は別だが、穂月たちは4人一緒だ。去年と同様に全員で分け合うつもりなので、別々にする必要がないのである。

   *

 遠足当日。数十分ほどバスに揺られて到着した自然公園は、記憶にあるがままの通り綺麗だった。

「勝手に行動してはだめよ。まずは点呼を取るからきちんと整列して」

 今にも走り出そうとしていた男子が、柚に体操着の襟首を掴まれる。

 教師生活も長くなって生徒の扱いにも慣れてきたと以前にムーンリーフで笑っていた通り、上手く教え子を操縦している。

「ほっちゃんは来たことあるの?」

「うんっ、前にのぞちゃんとキャンプしたんだよ」

「はわわ、羨ましいの」

「じゃあ、ゆーちゃんも今度一緒にするー?」

「嬉しいのっ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねて感動を露わにする悠里に、穂月まで嬉しくなる。家に帰ったら早速両親にお願いしようと、心のメモ帳に書き留めておく。

「私も行きたいです」

 まとまって行動しているので、近くにいた沙耶も当然のように参加を表明する。

「もちろんー。のぞちゃんも一緒だし、あーちゃんとまーたんも誘うよ」

 キャイキャイとはしゃいでいるうちに点呼が終わり、登山コースを全員で歩き始める。

 山の中腹にある自然公園だけに、去年遠足で行った地元の公園よりも散歩ルートは豊富だ。見晴らしもよくて、穂月たちの足取りも軽くなる。

 だからといってグングン進んで行くわけにもいかない。穂月は遅くなりがちな悠里の手を取り、ちょくちょく様子を気にする。

「はふう、はふう、みんな、歩くの早いの」

「無理しなくていいよ、のぞちゃんもゆっくりだし」

 放っておくと眠ってしまうので、穂月は希の手も繋いでいた。穂月を真ん中に3人で横並びして歩いている感じだ。

 少し前には沙耶がいる。慣れたもので後ろを気にしながらも、穂月たちに変わって聞き逃しがないように先頭を歩く男の先生の話に耳を傾けている。

 途中途中での自然や山道についての説明が、遠足後に宿題となるであろう感想文の提出におおいに役立ってくれるからだ。

 山道を歩く児童たちの最後尾には、ジャージ姿で大きめのリュックを背負う柚がいる。具合が悪くなる生徒がいないか見守っているのだ。その際に必要となるかもしれないので、リュックには応急手当に必要なものが入っているらしかった。

 綺麗で優しい柚は他クラスにも好かれているため、周囲を大勢に囲まれていた。

「もうすぐ着くから頑張って」

「はふう……ほっちゃんがいなかったら、ゆーちゃん登るの無理だったの」

 涙目になっている悠里を引っ張るように腕に力を入れる。

「あっ」

 その瞬間に土で足が滑りそうになる。このままでは転ぶとなった時、希が素早く穂月の懐に入り込んで上手く支えてくれた。

「のぞちゃん、ありがとー」

「……転ぶと危険……でも、この土は柔らかくて寝やすそう……」

「はわわ、のぞちゃん、だめなの、体操着が汚れちゃうの」

   *

 開けた場所まで登ったら、ブルーシートを敷いて各班で昼食となる。四人一組なので穂月はもちろん希らと一緒だ。

 それぞれが持参したお弁当を並べ、お互いのおかずを交換したりもする。その横には昨日買ったばかりのお菓子もある。

 昼食もそこそこに芝生で遊びたがる男子を後目に、女子はブルーシートに座ってお喋りをしている班が多い。

 昼食前に山登りという運動をこなしているため、自由時間をどのように使おうとも教師から注意されることはない。

 その教師も生徒たちに混ざって遊んだりする。柚なんかはせがまれて、児童の誰かが持ってきた子供用のラケットでバドミントンに興じている。

「のぞちゃんは小説を持ってきたんですね。むむ、それは見たことないやつです」

 勉強だけでなく小説も好きな沙耶は、希がむふーと手に持った文庫本を見て前のめりになっている。

 子供用なので難しい漢字が使われておらず、あったとしても振り仮名付きなので読みやすい。キャラクターものや童話じみた内容のが多かったりする。

 山歩きで疲れたからか、悠里は眠そうに目をしぱしぱさせていた。穂月はまだまだ体力が余っているのだが、無理に運動に誘うのは憚られる。

「穂月、あっちでバドミントンしてくるねー」

 とことこと1人で近寄ると、すぐに柚が笑顔で歓迎してくれた。

「先生、疲れたから穂月ちゃんと交代するね」

「あいだほっ」

 ペチンペチンとラリーを楽しんでいると、何人かの男子がやってきた。

「俺たちにもやらせろよ」

 女子に白い目で見られるのも構わず、勝手に勝ち抜き戦に変更する。

 まだ明確な体力差がないとはいえ、自然と遊ぶのが男子ばかりになっていく。

 見かねた柚が注意しようとするも、その前に穂月は大きな声で頼りになる友人を呼ぶ。

「のぞちゃーん、手伝ってー」

 読んでいた本を沙耶に預け、ショートカットの女児がやってくる。

 ダブルスで組んでいた子にお願いして、希と交代してもらう。

「はん、女なんかに負けるかよ」

 男子顔負けの身体能力を誇る希と穂月は赤ん坊からの付き合いなので息もピッタリで、瞬く間に調子に乗っていた男子全員を撃沈する。

「遊びは皆で楽しくするものだよっ」

 惨敗して意気消沈して何も言い返せない男子とは真逆に、女性陣が穂月たちに喝采を送る。柚だけは苦笑していたが、それでも先に仕掛けたのが男子だったのもあり、全員を宥めながらも穂月の言う通りだと言ってくれた。

「のぞちゃん、ありがとー」

「ん……もう戻っていい?」

「あ、穂月も一緒に戻るー」

 ひとしきり体を動かせて満足したのでラケットを他の女児に渡し、穂月は希と並んで仲間たちの元へ戻る。

「見てましたけど、ほっちゃんものぞちゃんも凄いです」

「本当なの、ゆーちゃん、きゃーって叫んじゃってたの」

「えへへ、ありがとー。でものぞちゃんのおかげだよー」

「……ん。今度はトランプでも……する?」

「「「うんっ」」」

 あまり運動が得意でない悠里に配慮して持ってきたトランプでババ抜きをしながら、穂月は自由時間が終わるまで大好きな友人たちとのお喋りを楽しんだ。
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