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愛すべき子供たち編

戸高家でのお正月

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「いやー、やっぱり豊かな自然に包まれてると心が安らぐね」

 肺一杯に新年の澄んだ空気を葉月が吸っていると、隣からため息交じりの指摘が飛んでくる。

「うちの実家周辺も大概な田舎だと思うけれど」

「お姉ちゃんは嘆かわしいよ。あの可愛らしかったなっちーがすっかり都会に毒されちゃって。あの子たちを見て、少しは純真だった心を思い出して!」

 実家よりも多く積もる雪と広大な土地に、防寒具に身を包んだ穂月と春也は早速おおはしゃぎしている。

 次期当主に決まった宏和の招待で、
 今年の正月は戸高家にお邪魔することになった。

 ここまで運転してくれた和也は駐車場に車を停めるついでに、家主の泰宏らと一緒になって雪かきをしている最中だ。

「……二十代後半にもなって、大喜びで雪と戯れる大人なんてあまりに痛々しくて笑い者にもならないわよ」

「そんなことないよ。私だって、はい、どーんっ」

 穂月や春也に負けじと、膝当たりまで積もっている雪の絨毯に葉月がダイビングする。しんしんと降り積もった雪はしっとりとしていて、みぞれみたいなじゃりじゃり感は一切ない。

 単純に雪といっても、各地方で雪質の特徴は異なる。
 だからこそ、せっかくの機会に堪能しなければ勿体ないのである。

 大好きな妹には理解してもらえないみたいだが。

「私は先にお邪魔して、暖を取らせてもらうわ」

「そんなお婆ちゃんみたいなことを言ってると、浦島太郎みたいにあっという間に年老いちゃうよ!」

「心配ありがとう。けれど問題はないわ。はづ姉と違って、私はどんな玉手箱を差し出されても開けるつもりはないもの」

「ちょっと! 私だって……うん、開けるね。間違いなくおっきいの」

「ほっちゃんもー」

「ぼくもー」

 愛らしい子供二人が手を上げて同意してくれたので、感激のあまりハグをする。
 一瞬だけ混ざりたそうな表情を見せたものの、菜月はなかなか童心に返ってくれない。

 とはいえ、帰省したばかりの数日前に比べればだいぶ元気が戻っているようにも見える。

 何やら相談に乗ってくれたらしい好美には、後で改めてお礼をしようと決めた。

   *

「……何でいるの?」

 さしもの葉月もそう問わずにはいられなかった。
 和也たちの雪かきが一段落するのを待ってお邪魔した戸高家の居間では、年代ものの暖炉に横顔を照らされながら、実希子が早くも一杯やっていた。

 最終的に穂月や春也との雪遊びに興じた菜月も一足先にこの光景を見ていたらしく、魂が抜けたみたいに絶句している。

「何でって、招待されたからに決まってるだろ。好美もいるぞ」

 スルメの足を齧りながら実希子が言うと、
 丁度その好美がお手洗いから戻ってきた。

「最初は葉月ちゃんたちだけを招待するつもりだったらしいけど、私たちもいないと正月になったという気分にならないからって、新年から葉月ちゃんの家に集まる面々を全員呼んだみたいよ」

 好美の詳しい説明で葉月も菜月も安堵する。

「よかった。お酒目当てに実希子ちゃんが不法侵入したわけじゃなかったんだね」

「おい、葉月。新年早々だが、アタシへの認識ついて、お前とじっくり話し合う必要がありそうだ」

 ジト目で睨まれるが、そうは言っても実希子はインターホンを鳴らすより、大きな声で「いるかーっ」と呼びかけて勝手にドアを開ける昔ながらの田舎スタイルだ。

 葉月たちはすっかり慣れているし、基本的に誰かが家にいるので問題はないが、世間一般の家庭相手に実行したら大問題である。

「アタシだってきちんと相手を見極めてるっての」

「見極めるって……」

 完全に呆れ果てる菜月。
 その傍にはいつの間に移動したのか、実希子の娘の希が陣取っていた。

 それに気づいた穂月が駆け寄り、あれこれと話しかける。
 希の隣には姫を守る騎士のごとく智希がいるので、必然的に春也も加わって子供たちの輪が出来上がる。

 少し遅れて尚の一家がやってくると、お姉さん役の朱華が音頭を取ってトランプをやり始める。

 新年のカルタも含めて、葉月の周囲の子供たちはテレビゲームよりもアナログなゲームを好んでいるみたいだった。きっと大勢で遊べるからだろう。

   *

「新年、あけましておめでとうございます」

 戸高家の奥にある神社で初詣を済ませ――葉月たち一家だけは墓参りも一緒に――帰宅するなりお祝いという名の宴が開催された。

 すでに出来上がっていたにもかかわらず、ひゃっほうと歓声を上げた実希子が戸高家が所有する高そうな酒に狙いを定める。

 さすが古くから続く名家というべきか、日本酒のみならずブランデーやウイスキー、さらにはワインといった数多くのお酒が収蔵されていた。

「焦らなくても隠したりしねえっての」

 午前中は来客の挨拶にかかりきりだった宏和が、実希子のあまりのがっつきぶりに苦言を呈する。

「ほほう、着物まで着て、すっかり貫禄がついたじゃないか。とても落ち武者とは思えないぞ」

「落ち武者言うな。確かに似たようなもんだけどよ」

 膝に肘をつき、拗ねたように宏和がそっぽを向く。

「実希子ちゃんの戯言にいちいち付き合っていたら、とても名家の当主なんて務まらないわよ。価値のない言動は受け流すくらいしなさい」

「……助言のようでいて、激しくアタシをディスするのはやめてくれ、なっちー」

 恒例のやり取りに笑っていると、祐子や愛花がお節料理を次々と運んでくる。
 葉月や好美も手伝うと申し出たのだが、普段は高木家でお世話してもらっているのだから、今日ばかりは自分たちに任せてほしいと断られた。

 そんな祐子と愛花は仲が良さそうで、
 お正月らしい着物姿も披露してくれている。

「むー……穂月たちにも着物を買うべきかな」

「確かに似合いそうではあるけど……どうなんだろ。汚さないか心配かな」

 葉月の呟きに反応した尚が思案顔になる。

「汚してもいいように安物を買えばいいだろ。それこそ宏和っつーか、先生に頼めば手頃な着物屋を紹介してくれそうだし」

「着物屋って……まあ、紹介するのは構わないわよ」

 元々は葉月たちの担任だっただけに、先生と呼ばれても戸惑うことなく祐子が応じる。

「でも戸高家との付き合いがあるところだと格式が高かったりするんじゃないの? 私たちみたいな下々の者には売れないとか怒られそう」

「そんなドラマじみた展開にはさすがにならないわよ。着物を買ってくれるお客さんも減りつつあるみたいだし、新規の顧客は大歓迎だと思うわよ」

 それに、と祐子は言葉を続ける。

「宏和が次期当主に決まってから、少しずつ年寄たちが引退して代替わりし始めているのよ。これからは若者の時代だとかいって。もっとも院政を敷く気満々なんでしょうけど、若者たちも黙って従うつもりはないみたいで、徐々に戸高家周辺を取り巻く環境も変わりつつあるのよ」

「そうなんだ……タイミングが良かったんだね」

「はづ姉、本気でそう思っているのなら、少々頭がお花畑すぎるわよ」

 妹の指摘に、葉月は「え?」と目を見開く。

「自然にこんなに上手い展開になるはずがないもの。どう考えても伯父さんが宏和がいつ家を継ぐことになってもいいように、前々から裏で色々手を回していたに決まっているでしょう」

「な、なんだか凄いような、怖いような……」

「規模に限らず、集団があればそんなものよ。はづ姉たちのムーンリーフが異質なの。だから……誇っていいと思うわ」

「ふえ? あ、褒められたんだね。ありがとう、なっちー」

   *

 話題はそれからムーンリーフ二号店や、茉優や愛花夫婦ら、さらにはまだ結婚していない菜月の話に移り、最終的には子供たちのことに話題が集中する。

 戸高家の書斎に珍しい本が多いと知るなり、菜月ともども目を輝かせた希は一緒になって新年から読書中だ。

 その傍にはやはりくっついて離れない智希もいる。

 穂月は春也や愛花らと一緒になって、
 自分の人生をボードで経験するゲームに夢中だ。

「少し前までは赤ちゃんだとばかり思ってたのになあ」

 遊ぶ子供たちに目を細めながら、葉月はそんな感想を漏らす。

「子供の成長は早いものね。
 もうすぐ穂月ちゃんたちは小学生になるのでしょう?」

 祐子に尋ねられ、葉月は満面の笑みで頷く。

「和葉さんが孫の入学式を見るのを楽しみにしていたわ。間違いなく春道さんともども学校に押しかけるつもりでしょうね」

「アハハ。私としてもその方が嬉しいです。パパやママにも穂月の晴れ姿を見てもらいたいし」

「フフ、葉月ちゃんは本当に孝行娘ね」

「そんなことはないです。お父さんとお母さんにはあまり会いにこれてないし」

「大丈夫よ。その分、うちの人があれこれ教えてあげてるみたいだから」

「そうなんですか?」

「ええ。これまでは和葉さんから送られてくる穂月ちゃんの画像や動画を微笑ましそうに見てたけど、これからは――おっと、やめておきましょう。プレッシャーに感じるといけないから」

 祐子の視線の先には、友人の涼子や明美と談笑する愛花がいた。
 葉月たちの場合は二人目を狙って同じ年に妊娠するなど、とんでもない計画を実行したが、本来は授かりものなのである。

 変な重圧をかけると母体に逆効果となりかねないのは、義理の母親である祐子も重々承知しているのだろう。

「でも密かに楽しみではあるわね」

「期待しないで待ってあげてください」

「わかってるわ。仮にできなかったとしても、愛花ちゃんが私の大切な娘であることに変わりはないし、身近には穂月ちゃんたちもいるもの」

「たくさんの人に可愛がられて、穂月と春也、それに希ちゃんたちも幸せだと思います」

「きっと葉月ちゃんたちの人柄のおかげね」

 そんなことはないと否定したがそれには答えず、
 祐子は優しげに微笑むばかりだった。

「これからも葉月ちゃんらしくいてね」

「もちろんです。なんてったってパパとママの娘ですから!」

 葉月は大きく胸を張る。
 いくつになろうとも自分は大好きな両親の子供。

 受け継いだものを大切に生きていくし、子供たちにも伝えていくつもりだった。
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