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愛すべき子供たち編

孫娘たちとスキー

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 まだ一歳にも満たない息子に手がかかるのは当たり前の話。

 その分だけ上の子に手がかけられないのも、これまた当たり前の話。

 これまでに比べて構ってもらえる回数が極端に減った子供が、不満を覚えるようになるのもやはり当たり前の話。

 そこで夏と同じように、春道は愛娘に頼まれた。
 世間は丁度冬休み中の今、孫娘をどこかへ遊びに連れて行ってあげてほしいと。

 春道とて孫娘は可愛い。

 毎日ならさすがに体がもたない年齢になってきているが、たまにであれば問題もない。

 そこで妻と話し合った結果、冬らしい遊び――つまりはスキー場に連れて行こうという話になったのである。

 新しく買い替えた国産のコンパクトカーのハンドルを握る春道が、赤信号を見てブレーキを踏む。

 後部座席には和葉が座り、その左右に穂月と希がいる。
 助手席では朱華が、ちらちらと後ろの様子を気にしていた。

 子供たちだけで後部座席に座らせることも考えたが、何か問題が発生した際に車を路肩に停められない状態だったら困るということで現在の形に落ち着いた。

 当初は一人だけ助手席なのに不満そうだった朱華も、和葉がお姉ちゃん心を擽ることによって上手く納得させた。

 そこら辺はさすが二人の娘を立派に育てた女性である。

 穂月を日帰りでスキーへ連れて行くのが決まったあと、葉月がその話を実希子と尚にしたら、是非うちの子もという話になった。

 尚はやはり娘の朱華に思うほど構ってあげられてないのを気にしており、一方で実希子は穂月と一緒なら少しは運動してくれるのではないかという狙いがあるみたいだった。

 昔から娘の友人を遊びに連れて行っていたこともあって、春道も和葉もよそ様の子を預かるのには慣れていたのも幸いした。

「しかし、相変わらず希ちゃんはよく眠るな」

 母親の実希子は懐いてくれないとよく嘆いているが、現在の希は和葉の太腿を枕にして心地よさそうに眠っている。

 友人の寝顔を見て穂月も眠気に襲われるかと思ったが、車窓から眺める風景が好きなのか、ずっと窓に張り付いている。

 時折朱華に話しかけられると嬉しそうに応じ、ポッキーなどのお菓子を貰っては全力ではしゃぐ。

   *

 冬休みの期間中、北国のスキー場は県内外からの家族連れなどで混雑する。特に今年は正月前から結構雪が降っていたので、スキー場のコンディションも抜群だ。

 上級者と言えるほど春道は得意でもないが、初心者に教えられる程度の技術ならある。実際に葉月や菜月にも滑り方のみならず、転び方も教えた。

「しかし穂月に転び方の指導は不要だな」

 新しいスキーウェアに身を包んだ孫娘は、お正月を思い出したかのうように、乱れの少ない雪面で楽しそうに転がる。

 朱華が笑顔で追いかけ、最終的には雪の掛け合いにまで発展。
 もちろん喧嘩ではなく、二人とも大いにはしゃいでいる。

「スキーをする前に疲れてしまうわよ」

 いまだ眠そうな、というより半分眠っている希の手を引き、和葉が子供たち用のミニスキーをレンタルする。

 春道や和葉は自前のスキー板を持っているが、孫娘たちがスキーを気に入るかは不透明なため、最初はレンタルを活用する。

 毎年冬になればスキーをしたがるほど気に入ったのであれば、その時初めてそれぞれのスキー板なりスノーボードを買えばいいのである。

「それじゃ、最初は春道さんの言うことをよく聞くのよ。ほら、希ちゃんも」

 クタリとしている希の全身にはまるで力が入っていなかった。
 少しでも目を離せば、その瞬間に雪のベッドで夢の世界に旅立ちそうだ。

「実希子ちゃんが苦戦するのも頷けるわね」

 優しく諭しても、厳しめに言っても暖簾に腕押し。
 スキー板をレンタルする際の道中も、半ば捕獲された異星人みたいな有様で和葉に引っ張られていた。

 嫌がるのを無理に遊ばせても仕方がないが、冬とはいえ車内に一人きりで寝かせておくわけにもいかない。

 どうすべきか春道が悩んでいると、和葉にミニスキーを履かせてもらった穂月が、途中で転んだりしながらも、よたよたと希に近づいた。

「あそぼー」

 三歳を過ぎて会話も成立するようになった穂月が声をかけると、まるで合言葉だったかのごとく希がパッチリ目を開いた。

「……実希子ちゃんが穂月をけしかけたくなる気持ちがわかるわね」

「まあ……希ちゃんも嫌がってるわけじゃなさそうだし、いいんじゃないか」

 歩き始めの頃は全力で穂月から距離を取っていた希だが、今ではそこまで苦手にしているようには見えない。

 実希子曰く超ものぐさらしいが、身体能力や頭脳は秀でたものがありそうな幼女だけに、単に諦めただけかもしれないが。

   *

 日頃の遊びの中でわかってはいたが、三人とも人並み以上に運動神経が良かった。特に実希子の血を引く希は群を抜いていそうな片鱗を見せる。

 だが根本的にやる気がないので宝の持ち腐れ状態だ。

 穂月を友人だと認めているからか、付き合い程度にスキーをしようとしているだけまだ救いはあるが。

「こうやるといいよー」

 今年で六歳になる朱華は三人の中で唯一の年上であり、周囲を引っ張るリーダー的な一面が強い。

 幼稚園に入りたての頃、暴力事件を起こしたと問題になったが、実際は虐められている子供に頼られたから守っただけの話だった。

 典型的な姉御肌でありながら、目立つのも大好きといった性格は人の上に立つ素質にも繋がる。

 そうした素質のない春道には彼女の将来がどうなるかは不明だが、孫娘の友人としては頼もしさを覚える。

 習得したばかりのボーゲンをミニスキーで披露し、上手く止まれない場合は軽く横に転んで勢いを止める。

 リフトに乗るのはまだ早いので、慣れてきたらカニ歩きで斜面を登って、そこからゆっくりと滑る。

 きゃっきゃっと朱華と穂月は楽しそうにしているが、

「希ちゃん、真顔で滑ってるわね」

「だが一番上手いぞ」

 明らかに全力で滑っていないのに、他の二人よりも動きが軽い。おまけに独学で辿り着いたのか、ボーゲンのままだがきちんと曲がったりもする。

「運動神経も良くて頭も良さそうで……」

「しかし実希子ちゃん曰く、超ものぐさな性格か」

「これからも苦労しそうね」

 苦笑いする和葉の声には、少なくない同情が含まれていた。

   *

 午後になるとリフトを使って雪山を昇り、山頂ではなく途中からの初心者コースで滑るようになった。

「やはりというべきか、葉月の娘だな」

 スキーを上達しようと懸命な朱華の隣で、穂月は真っ赤なソリに興じる。
 これもレンタル品で、和葉の話ではミニスキーを借りに行った時から興味を示していたらしかった。

 三人の中でもっともそつなくスキーをこなしていた希は、隙あらば車に戻って本を読みたがったが、穂月らと遊ぶのを最終的には優先してくれた。

 というより穂月に無言でじーっと見つめられた結果、身の危険を感じたのか、渋々諦めたという感じだったが。

「だーっ」

 普通の子供なら怖がって目を閉じるような速度が出ても、ソリ上でご機嫌の孫娘はものともしない。

「穂月は度胸があるというか……」

「素直に我が道を行っていると評していいだろ」

 タイプこそ違うが、穂月と希は根本的には似ているのかもしれない。

「おっ、見ろ。朱華ちゃん、もうパラレルを覚えたみたいだぞ」

 転んでも転んでもへこたれない朱華は、瞬く間にスキー技術を習得していた。

「これだけ滑れれば、小学校に上がった時、スキー教室でちょっとしたヒーローというかヒロインになれそうね」

 英語でもヒーローやヒロインはわかるのか、春道と和葉の会話が聞こえていたらしい朱華は「えへへ」と嬉しそうに破顔した。

   *

 スキーが終わればあとは帰宅するだけだが、その前に雪遊びで冷えた体を温めるべく途中の温泉に寄った。

 それなりに規模が大きい温泉施設で、マッサージチェアやゲームコーナーだけでなく、入館者なら誰でも利用可能な座敷の休憩スペースまである。

 日中は老齢の方々がこぞって集まっており、たまにカラオケ大会じみた催しも開かれているが、夕方近くなるとそうした賑やかさも徐々に失われていく。

 泊まりだけでなく日帰り入浴も可能で、温泉自体も広いので入浴だけを目的にやってくる人も多い。

 子供たちは全員女の子なので、和葉が一手に世話を引き受けることになる。

 慣れているとはいえ三人が相手では大変だろうと心配になるが、朱華は今年で六歳になるし、穂月たちも今年で四歳だ。

 和葉が大丈夫であれば、女湯でまとめて入浴させるのが一番だと判断した。

 その分、お風呂上り後は春道が子供たちの面倒を見ようと決め、妻に軽い罪悪感を抱きながら一人の入浴を堪能した。

   *

「アハハ、それじゃ穂月はスキーよりそりを楽しんでたんだね」

 家族揃っての夕食の席で、今日の報告を愛娘から受けた葉月は愉快そうに手を叩いた。

「和葉と二人で、さすが葉月の娘だと言ってたよ」

「あ、だからお昼近くにくしゃみしたんだ」

「かもしれないな」

 皆で笑う団欒の中心には小さなお姫様。
 もちろん手のかかる春也が泣きだせば、葉月もそちらへ注意を向けるが、今日ばかりは優先的に愛娘の言葉に耳を傾ける。

「実希子ちゃんも喜んでたよ」

 運動していた証拠に、春道が撮影した希のスキー動画をプレゼントしたのである。

「毎日連れてってくれと全力で頼み込まれたけどな」

 さすがに勘弁してほしいと断った。
 それだけ積極的に引き籠りたがる、というか体を動かしたくなさそうな希を運動させるのは難しいということなのだろう。

「でも、またいきたいー」

「そうだな。また皆で遊びに行こうな」

 春道が優しく頭を撫でると、
 母親の子供時代そっくりに穂月はにぱっと歯を見せた。
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