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葉月の子育て編

愛娘たちの公園デビュー

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 葉月たちの住んでいる地方では夏と呼べる季節になっても、まだ梅雨が明けてない場合が多い。
 そのため梅雨時期後半の季節は世間一般に夏でありながら、外を歩くだけでへたり込みたいような惨状にはまだならない。

 職場に本格復帰したとはいえ、愛娘との時間も大切にしたい葉月は、早朝の仕事を終えると、午後用の仕込みを茉優に任せて近所の公園にやってきていた。

「ついに……公園デビューだよ!」

 Tシャツにジーンズにスニーカーと、子供と一緒に砂遊びをして汚れても問題ない恰好で拳を握って葉月は気合を入れる。
 背後には似たような服装の尚と実希子もいた。

「私もこっちの公園は初めてだから、デビューになるわね」

 ゴクリと生唾を呑む尚も、葉月同様に力が入っている。唯一自然体なのは、こういうケースでは誰より張り切るのが常な実希子だけだった。

「デビューも何も、とっくに何度も来てるだろ」

「子供たちのデビューだよ! こういうところではしっかり挨拶とかしないと、子供たちが仲間外れにされちゃうんだよ」

「……アタシら以外に誰もいないけどな」

 これが都会ともっとも違うところで、午前中の割と過ごしやすい時期であっても、ぞろぞろと公園に集まったりはしないのである。

 もっとも葉月たちの近所の場合であり、県内でも他の地区は違うかもしれないが。

「大体が家の前とか、広めの駐車場とかで遊ぶしな」

 実希子の言う通りで、基本的には家の前で車の乗りものなど個人で遊ぶ場合が多い。公園などで目を離した隙に何かあれば困るし、仮に子供の具合が悪くなったとしても、家の前であればすぐに対処も可能だ。

 そうして子供がある程度大きくなったところで近所の子供や、幼稚園などで知り合った友人と一緒に公園などに出かけるようになるのである。

「最近は子供時代からゲームをやらせる親も増えてるって言うしな」

「ゲームは楽しいけど、運動も楽しいよ」

「私たちはわかってるけど、世のお母さん全員が体育会系ではないしね」

 そう言う尚の娘の朱華は、早速楽しそうに公園を走り回っている。

 中央は土で固められているが、外周は大小の緑が彩る。
 遊具といえば中央にバスケッドゴールと、隅にタイヤの跳び箱みたいなものがある程度で、やや広めの規模からして運動するのを目的に作られたのがわかる。

 とはいえ陸上競技場のトラックに比べるとずっと小さいので、野球やサッカーを本格的に楽しむのはさすがに無理で、やはり子供たちが少人数で変則的に遊ぶしかない。

「アタシらがガキの頃に比べて、公園とか空き地もずいぶん減ったよな」

 元々、葉月たちが遊んでいた小さな公園は今や駐車場に変わってしまっている。
 やや遠い場所にはブランコやシーソーなどの遊具がある公園もあるのだが、そこはしばらく行っていないので今はどうなっているのか不明だった。

「時代の流れってやつね。私の実家近くもそんな感じよ。もっとも公園自体が少なかったんだけど」

「悪かったな、田舎で」

「そういう意味じゃないわよ。むしろこっちの方が遊び場がたくさんあって、時間もゆっくり流れてるような感じで、子供を育てるには良い環境だと思うわ」

「その分、中央に比べると、塾とかは格段に少ないけどな」

「大丈夫だよ!」

 ここで満を持して葉月は、尚と実希子の会話に割って入る。

「塾なんか行かなくたって、本人にやる気があれば、なっちーみたいに都会へ乗り込めるんだよ!」

「なっちーと他の子を比べたら駄目だろ。アタシらの世代じゃ好美も頭良かったけど、なっちーはそれに輪をかけて凄すぎだ」

「そうよね。県大学が余裕の滑り止めなんて聞いた時は、さすがにゾッとしたわ」

「二人とも……なっちーに密告するよ」

 褒められてるのかいまいち判別のつかない物言いにそう返すと、二人は揃って蒼褪めた顔を左右に振った。

   *

 穂月も希もまだ一歳になっていないので、走り回って遊ぶというよりは日向ぼっこが主であった。

 とりあえず走っていれば楽しいらしい朱華の笑い声が届いたのか、穂月は瞳をキラキラさせて両手を伸ばす。

「外でハイハイさせるのって危険かな」

「そんなことないわよ」

 葉月の問いに、先輩ママの尚が笑顔で否定する。

「土だけでなく砂とかの感触を知ることができるし、小石なんかが障害物になるから自然とバランス感覚も覚えそうじゃない? だから私はむしろ積極的に朱華を外で遊ばせたわ。さすがに夏のアスファルトでは無理だけど」

「そっか。じゃあ穂月も遊んでみる?」

 まだ乳児なので会話は成立しないのだが、それでも愛らしい天使は喜んでいるみたいだった。

「ご機嫌だね」

「穂月は基本的にいつも笑顔だからな」

「葉月ちゃんの娘らしいよね」

 苦笑というか、微笑ましそうに実希子たちが葉月たち母娘を見る。

「そういう実希子ちゃんの娘さんは……いつも寝てるか真顔だよね」

「乳児なのに最近はほとんど泣いてないわよね……」

「おい、やめろ! 得体の知れないものみたいな扱いはよせ!」

 両掌を上に向けるジェスチャーで抗議する実希子をほどほどに宥め、葉月は草原というには伸びすぎてる雑草の上に穂月を置いてみた。

「だーだー」

 途端に笑顔のキラめき具合を加速させ、適当に突進をかまし始める。それを見ていた朱華が隣を歩き、たまに手を叩いて自分の方へ誘導しようとする。

「微笑ましい光景だね」

 自然と葉月がそんな感想を抱くと、すぐ隣の尚も同意してくれる。

「朱華もほとんどが一人遊びだったから、なんだかすごく楽しそう」

「おいこら」

 背後からヌッと忍び寄ってきた声。
 その主はもちろん極めて微妙そうな顔をする実希子だった。

「アタシの娘も一緒に遊んでるだろ。無視すんな!」

「そう言われても……」

 葉月がチラリと視線を向けた先には、雑草をベッド代わりに丸まっている希がいた。基本的に世話焼きなのか、それとも遊びたいだけか、朱華が手を振ったり、恐る恐る小さな体を揺すってみたりするのだが、例のごとく微動だにしない。

 いつかの簡易ベッドみたいに自力で帰還するのかと思いきや、乗ってきたベビーカーに戻るのは単独では無理と理解しているのか、最初から諦めているみたいだった。

「この子の将来が恐ろしいわね……」

「希っ、たまには皆と一緒に遊ばないか? なっ?」

 頬を引き攣らせる尚を背後に、しゃがみ込んだ実希子が外で遊ぶ楽しさを必死にアピールするが、希は目を開けようとすらしなかった。

   *

「……何故だ」

 客足が少なくなった午後のムーンリーフで、実希子がガックリと肩を落としていた。カタカタとキーボードを打ち込んでいた好美の指が、友人の大きなため息を合図に止まる。

「遊びたい気分じゃなかったんでしょ。大体、実希子ちゃんも不必要に心配するのは止めるって言ってたじゃない」

「そうだけどさ! 穂月と朱華は楽しそうに遊んでるんだぞ!」

 話題に上がった二人は、部屋の隅に作られた簡易ベッドゾーンで仲良くお昼寝中だ。ちなみに疲れてはいなさそうな希も、引き続きお休み中である。

「どうしてウチの子だけ食っちゃ寝しかしないんだ!」

 夫の智之は確かにインドア派だが、葉月たちとの合コンに参加していたのもあり、ネガティブな性格ながら極端な人見知りやコミュ症といったわけではない。

「たまには母ちゃんを安心させてくれよお」

 十人十色という言葉もあるが、さすがに身近な子供と違いすぎると心配になるのも当然だった。
 半泣きの実希子を慰めつつ、葉月はそっと希の寝顔を覗く。

「顔色もいいし、完全な無反応ってわけでもないし、何より病院で異常なしってわかってるんだし、希ちゃんの性格なんだろうね」

「医者ですら首を傾げるほどのものぐさな性格って何だよ……まだ一歳にもなってねえってのに……」

「そのうち嫌でも変わるわよ。うちの朱華と穂月ちゃんは揃って元気みたいだし」

「だといいんだけどな。でもよ、穂月も少し変わってるとこはあるよな。希とは違う意味で唯我独尊っていうか、自分の道を突っ走りそうっていうか……」

「自己中心的? でもまだ乳児だしね。それこそ希ちゃんみたいに、成長の過程でどうなってくかわかんないよ」

 実希子に話を振られて、葉月は苦笑する。

「だけど、子供たちの将来を想像して、皆でお喋りするのって楽しいよね」

「ああ、それは同感だな。アタシは不安もデカいけど」

「私もよ」

 意外にもため息をついた尚に、この場にいる全員の視線が集まる。
 代表して口を開いたのは実希子だ。

「朱華は元気にすくすく育ってるじゃないか」

「だからこそよ。このまま成長すると、子供の頃の実希子ちゃんみたいになりそうで憂鬱なの」

「それこそ何でだよ! むしろ喜べよ!」

「大きな声出したら駄目よ。子供たちが起きちゃうでしょ……希ちゃん以外」

 好美の注意に、若干怒り気味で跳ね上がっていた実希子の肩が再び落差激しく沈んだ。

「夜泣きしなかったのはありがたいんだけどな……あんまり泣かないのもどうなんだろうな。もう用があると声を出すし」

「それだけ頭が良いと、喋るのは早そうだよね」

 なんとかフォローしようとするも、葉月の気遣いは不発に終わる。

「実は『あー』とかしか言わないんだよ。長さで空腹やらトイレやらを催促する感じでな。なんだか召使いになったような気分なんだ」

「そうした一面も子供の特性と考えるしかないよ。親の私たちが否定しちゃったらかわいそうだし」

「それもそうだな」

 元来、切り替えの早い実希子は吹っ切れたように笑い、うりうりと愛娘にちょっかいを出し始めた。
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