その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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菜月の小学校編

保護者たちのお泊り会

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「ああ、春道さん。今日、家に茉優ちゃんが泊まりに来るそうなの」

 愛妻の一言から始まった土曜日。瞬く間に宿泊者が増えてきたのもあり、いっそ全員でと春道が提案したら全員が承諾するという状況になった。
 もてなす側としては大変だが、せっかく子供たちが仲良くなったのだから、親同士がギクシャクして遊べなくなるのだけはなんとしても避けたい。幸運なことに、その認識は真や茉優の親と共通していた。

 茉優の父親は泊まりの出張で参加できないが、話を聞くと羨ましがっていた。日曜日に娘を迎えに来るついでに、少しばかり参加していくかもしれない。

 とにもかくにも保護者同士の親睦を深めるためにも、子供たちのお泊り会を有意義につかうべきだ。我が子のためなら労力を惜しまないのが和葉なので、春道の提案に一も二もなく同意してくれた。

「大人数になりそうだし、鉄板焼きにするか。子供たちも喜ぶだろ。バーベキューというのもいいかもしれないが、今からじゃ場所を確保できないだろうしな」

「それに茉優ちゃんのパパが参加できないのはかわいそうだわ。バーベキューは夏がいいんじゃないかしら」

「そうだな。和葉の水着姿も見たいしな。いや、待てよ。そうすると他のパパたちにも見せるわけか。少しばかり複雑だな」

 素直に嫉妬心を表現すると、すぐに和葉は悪戯っぽく笑った。

「春道さんに妬いてもらえるのは嬉しいけど、こんなおばさんの水着姿なんて誰も見たがらないわ。心配しすぎよ」

「おばさんだなんてとんでもない。今が女盛りじゃないか。俺は毎日でも見ていたいけどな」

「あら、いやだ。家の中で夫からセクハラされているわ。どこかに相談しないと」

「よし、わかった。俺が責任を持って相談に乗ろう」

 他者が聞いていれば阿呆だとしか思われない会話を継続しつつ、リビングで鉄板などを揃える。あとは夫婦でスーパーへ食材を買いに行こうかとなった時、電話が鳴り出した。

「もしもし、高木です。ああ、祐子さん?
 ええ……わかったわ。春道さんに伝えておく」

 応対した和葉が受話器を置く。聞こえてきた単語で大体の推測がついていた通り、電話の相手は戸高祐子だった。彼女は愛妻の実兄の嫁である。

「誰かから聞いたのか、宏和君も今日のお泊り会に参加したいみたい」

「いいんじゃないか? 真君も葉月の部屋に一人じゃ寂しいかもしれないしな」

   *

 午後になると菜月たちはすぐに遊ぶのではなく、まずは宿題を片付けるのだと部屋にこもった。宏和だけが不満を表明していたが、最近ではクラスで女帝なんて呼ばれることもあるらしい愛娘には勝てなかったようだ。一人だけ四年生なので別の宿題になるが、今頃は口を尖らせながら励んでいるだろう。

「あの子ってば宿題はいつも後回しだから助かるわ」

 ため息をつく祐子。チラリと横目で見た夫へ聞こえるように「旦那似なのよ」と言うあたり、年齢を重ねても毒の強さは健在だ。もっとも戸高夫妻のコミュニケーションの一種なので春道は特に気にしなくなっていたし、説明を受けた鈴木夫妻も苦笑いを浮かべるだけだった。

「はっはっは。宏和は好きなことをとことん追求する一途な男だからね」

「はあ。ものは言いようだわ」

「僕に似ているからね」

 頭痛がするとばかりに祐子が頭を抱える。

「まあ、子供のうちから厳しく躾けすぎるのもどうかとは思うけどな」

 春道の言葉に、ずいと前に出てきた祐子が瞳を輝かせて手を握ってくる。

「さすが春道さん。宏和のためにもしっかりした父親が必要だと思うんです。
 そろそろあの鬼婆を養うボランティアは終わりにして、私と本物の夫婦関係を築きませんか?」

「祐子さんはシイタケが好きだったわね。お肉の代わりにシイタケをたくさん割り当ててあげるわ」

 春道の記憶が確かであれば、好物どころか苦手だったはずである。瞬く間に祐子は涙目になり、ほら、と和葉を指差す。

「あの意地の悪さはまさしく鬼です。これで春道さんも愛想が尽きましたよね!」

「ああいうところが可愛いんだよ。それにどっちかといえば和葉が俺を離してくれないんだ。昨日なんかも――もごっ」

「は、は、春道さん? 鈴木さんもいらっしゃるのに、何を口走ろうとしているのかしら。あまりに悪戯が過ぎると、お仕置きするわよ」

 愛妻の目はいつになく本気だった。これ以上は本気で大怪我しかねないので、降参すると両手を上げる。

「高木さんは今日も調子が良いみたいですね。私もそんな風に妻とじゃれ合えればいいのですが、恥ずかしさが上回ってしまってなかなか……」

 言い淀む真の父親に顔を寄せ、男同士の内緒話を行う。

「単身赴任ならではの燃え上がりとかはないんですか?」

「基本的に話題は子供中心になりますからね。けれど私も頑張ってはいるんです。真が眠ったあとにさりげなくお風呂へ誘って――」

「――あなた」

 怒気を含んだ声に驚いて振り向くと、普段は愛らしい童顔の真の母親が般若と化していた。

「夫婦の事情を、あまり話し過ぎるのはどうかと思うの」

「そ、そうだね……反省するよ……」

 香織が和葉と一緒に鉄板焼きの準備に戻るのを見送ってから、春道と正志は頷き合う。どうやら我々の家庭は揃ってカカア天下のようだと。

   *

「ふう。あったまるな……」

 外へ遊びに出かけた子供たちの帰宅を待ち、揃って銭湯へ入浴に訪れた。頭にタオルを乗せ、浴槽に肩まで浸かると、銭湯が好きな春道は自然とそんな感想を零していた。

「誰かとお風呂だなんて学生時代の旅行以来ですよ」

 見るからにエリートっぽい正志が笑う。温泉や銭湯好きでもない限り、会社の慰安旅行などを抜かせばこんな機会はそうそうないだろう。

「真とも最近は一緒に入ってなかったな……」

 浴槽が広いので春道のみならず、数人いてもゆっくり浸かれる。
 宏和などは気合を入れるなどと実に子供らしい理由で、少しだけ深くて熱めの隣の浴槽に挑戦しているが。

「温泉よりは手軽で、親子の絆を深められる。ついでにご近所さんなんかとも知り合える。昔は銭湯が交流の場となったのもわかる気がしますね」

 春道の言葉に、正志がまったくですと頷く。熱いお湯は苦手ではなかったらしく、顔に少しかけてからふうと縁に背中を預けて天井を眺める。体育座りの真はそんな父親の隣で、律儀に入浴時間を数えている。百まで達すると上がるらしい。

「はっはっは。大きなお風呂の醍醐味といえば混浴なのだけどね」

 朗らかに言う泰宏に、まだ付き合いの短い正志は苦笑を浮かべるだけで精一杯だ。

「覗かないでくださいよ。あとで俺が和葉に叱られる」

「心配いらないよ、その前に僕が妹に殺されるだろうからね。はっはっは」

 年齢と一緒に陽気さも積み重なっているのではないかと本気で思えるほど、泰宏の表情はほぼほぼ笑顔だ。すべてを楽観視というわけでもなく、自然とそうなっているのだから元々の性格なのだろう。

「泰宏さんは大らかですよね」

 したがって正志がそうした感想を抱くのもある意味では当然だった。

「初めて会った時はそうでもなかったんですけどね」

「確か父が病床の時だったね。あの時は大変だったよ。和葉と揃って頑固だったからね」

 春道は目を閉じて、微かに唇の両端を上げる。

「懐かしい思い出です」

「そうだ。懐かしいといえば、好美ちゃんたちのご両親はどうしてるのかな」

「ああ、今でも交流はありますよ。皆、元気にしているみたいです」

「それはよかった。はっはっは。銭湯でのんびりしていると、なんだか昔のことばかり考えてしまうね」

「たまにはいいと思いますよ」

 穏やかな声で言ったのは正志だった。
 話が終わる頃には百まで浸かって真の体も真っ赤になっており、女湯でゆっくりしているそれぞれの妻や娘に声をかけて、春道たちは全身を拭いてから脱衣所に戻った。

   *

 夜になって子供たちが寝静まれば大人の時間になる。とはいっても愛妻らの作ってくれたつまみを食べながら、ゆっくりと過ごすだけである。春道はほとんどアルコールは飲まないので烏龍茶だが、正志と泰宏はビールからブランデーという流れでほどほどに嗜んでいた。

「子供たちがドンジャラとくれば、大人はやはりこれだよね」

 用意がいいというべきか、さすがは宏和の父親というべきか。泰宏は布袋に麻雀牌を詰め込んで持ってきていたのである。

 リビングにテーブルに布を敷き、左側半分を使う。これも三人での麻雀だからできる変則的な遊び方だった。

 奥様方はソファの方で、やはりビールなどを軽く飲みながら主に我が子に関する話題で盛り上がっている。テレビ画面に映っているのは少し前に春道が撮影した、運動会で活躍する菜月たちの姿だった。

「そういえば、鈴木さんは運動会のあと、筋肉痛になりませんでしたか?」

「なりましたよ。大変でした」

 質問した春道も似たようなもので、翌日は湿布を張りながら仕事をしたくらいである。

「僕はわりと平気だったかな。毎日、宏和と一緒に祐子から逃げているからね」

「それはまた……何といえばいいのか……」

 反応に困る正志に、リビングから祐子が言う。

「叱ってやってください。息子が二人いるような気分です」

 呆れ声の祐子に、ここぞとばかりに香織や和葉も同調する。

「男性は何歳になっても、そういうところがありますよね。うちの主人もです……」

「春道さんにも困ったところが……世話を焼きすぎなのでしょうか」

 槍玉にあげられた男性陣はひたすら苦笑するしかない。けれどその中でも、春道は感謝の気持ちを込めて口を開く。

「迷惑だろうけど、妻は世界で唯一甘えられる存在だからな。そして逆を言えば、夫は妻にとって唯一甘えられる存在だ。
 案外、そういうのも含めて愛っていうのかもな」

 平然と愛という単語を場に出したからだろうか、和葉のみならず他の奥様方まで赤面していた。

「ああいうズルいところも男性ならではですね」

 照れ隠しのように和葉が言い、祐子がまったくですと応じる。

「だけど……そういう高木さんだからこそ、菜月ちゃんみたいな女の子が育ったのかもしれませんね。どこか直球で、それでいて面倒見が良くて優しい素敵な女の子です」

「うちの自慢の娘を褒めてくれてありがとうございます。でも、真君だって素敵な男の子でしょう。感受性が豊かで他者を思いやる心がある」

 春道の言葉に、正志が小さく頷いた。

「ええ、しかしその分だけ心に傷も負い易い。親でも上手く対処できなかったのに、それを癒してくれたのは菜月ちゃんです。高木さんたちには本当に感謝しています。いくらお礼を言っても言い足りないくらいだ」

「主人の言う通りです。どうかこれからもよろしくお願いしますね」

 香織が丁寧に頭を下げた。

「はっはっは。任せておいてください」

「……どうして兄さんが気軽に請け負うのよ。
 もっともお願いしたいのはこちらもです。菜月も少々どころか結構独特な性格をしていますから、優しく包み込んでくれるような真君や茉優ちゃんとは相性が良いと思います。親の勝手な思い込みですけど」

 テレビから流れてくるのは、ペナント獲得を決めて抱き合って喜ぶ菜月と茉優のはしゃぎ声。そばでは真も一緒になって笑っている。

「とにかく、子供たちが元気でいてくれるのが一番だよ。そのためだったら、親として努力を惜しむつもりはないからね」

「そうですね。あ、泰宏さん。それでロンです。
 一発でメンタンピンドラドラ。親っ跳です」

「……久しぶりにいいことを言ったと思ったこのタイミングで……?
 さすが菜月ちゃんの父親だね……」

 息子同様に直撃を食らって肩を落とす泰宏に、申し訳なさそうにしながらも正志が笑って指摘する。

「私、初めて戸高さんの笑顔以外を見ましたよ」

「はっはっは。ならばここからはまた笑顔だけを見ていただきましょう!」

 即座に立ち直った泰宏ではあったが、最終的にはドンジャラでの息子同様に一人負けでこの日の麻雀を終えるはめになるのだった。
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