178 / 462
葉月の高校編
葉月の高校最後の夏
しおりを挟む
初夏と呼べる気候の中、興奮と熱気が市民グラウンドを包む。
日曜日の今日、葉月はソフトボール部主将として夏の県大会に挑んでいた。
大会自体は先週の土曜日にから開催されていた。翌週の今日に試合ができているのは、市立南高校が準決勝まで進出したからだ。
その準決勝もつい先ほど終わった。葉月たちが勝ち、とうとう決勝まで駒を進めたのである。
このためだけに岩田真奈美だけでなく、県外の大学に合格した高山美由紀もわざわざ観戦に来てくれていた。
「葉月ちゃん、ナイスピッチング。この調子で決勝も頑張りなさい」
「はい!」
応援してくれる人たちに両手で応え、葉月たちは笑顔でベンチに戻る。お昼を挟んで午後からは決勝が始まる。勝てば南高校初めての全国大会出場となる。
*
午後一時――。
春道や和葉も見守る中、後攻となった葉月がマウンドで腕を回す。
下から投じられたボールは浮き上がるようにして、中学校から共にソフトボールを頑張ってくれている好美のミットに飛び込む。
「よっしゃ! いいぞ、葉月。球が走ってるぜ」
三塁の守備位置から激励してくれるのは実希子だ。彼女も葉月の思いつきから始まった、ソフトボール部への所属に付き合ってくれた一人である。
「打たせてもいいわよ。私が守るから」
三年生になり、高校からソフトボール部に所属した柚は二塁ではなく遊撃のレギュラーになっていた。それだけ守備技術が上達したのである。
中堅からも大きな声が飛んでくる。入学当初には柚への虐めを巡ってぶつかった経験もある尚だった。今ではすっかり仲良くなり、いないと寂しい仲間だ。彼女もレギュラーとなって、このグラウンドで共に戦ってくれている。
「わかってる。皆、頼りにしてるからね」
緊張感はあるが、中学時代のような過度なプレッシャーはない。重圧を他の仲間も受け止めてくれると知ったのが、精神的な負担が軽減したもっとも大きな理由ではないかと思う。
高校での練習も経て、実力を格段に高めた葉月は初回を見事に抑えた。
*
その裏、グラウンドでカランという音が鳴った。
スイングを終えた実希子が、金属バットを地面に置いた音だった。
ネクストバッターズサークルから空を見上げる葉月の視界に映る白球。
舞い上がった勢いそのままに、フェンスを越えていく。
歓声が上がり、軽く右手を上げた実希子がドヤ顔でグラウンドを一周する。
一番の尚がセーフティバントで塁に出て、二番の柚が送りバントと見せかけてからのヒットエンドランでチャンスを作った。さらに好美が四球を選び、南高校は頼りになる主砲を無死満塁で打席に立たせることができた。
上位打線が作った絶好機を、主砲らしく実希子は一振りでものにした。応援に来ている南高校の関係者でさえどよめく強烈な本塁打だった。
「実希子ちゃん、相変わらず凄いね」
「おかげでなっちーにはゴリラって呼ばれるけどな。でも、ま、ありがたいよ。結局、三年間、すべての公式大会に応援に来てくれたんだからさ」
ベンチに戻る際に、実希子は見つけた観客席の菜月に向かってサムズアップしてみせた。
緊迫する決勝戦の舞台にもかかわらず、頼りになる友人たちがいきなり葉月に四点をプレゼントしてくれた。
やる気がさらに漲り、今度は五番打者の葉月が打席に立った。
*
ゲームセットの声が、どこか遠くから聞こえた。
空を見上げる葉月は、まるで夢の世界へいるみたいにボーっとしていた。
現実へ戻ってこられたのは、笑顔のチームメイトが一斉に葉月に抱きついてきたあとだった。
揉みくちゃにされながら輪の中心で振り返ったスコアボードには、七対三という数字が刻まれている。
勝ったんだ。
ようやく実感した葉月の両目から涙がこぼれた。
「うわああん」
「ハハハ! 泣くのは早えぞ、葉月。ぐすっ」
背中を叩く実希子も泣いていた。中学校からソフトボールをやってきて初めて味わう県の頂点。そして全国大会への切符を手に入れた。
「全国大会でも暴れてやろうぜ。南校旋風を巻き起こしてやるんだ!」
「うん! 引退が伸びたから、また皆でソフトボールができるね」
その事実が、葉月には何より嬉しかった。
*
夏休みに突入し、合宿を張った後にインターハイ本番となった。
結構離れた県での試合となり、試合以上にどんな場所なのかを事前に皆で調べてドキドキした。
決して浮ついた気持ちではなかったが、普段以上に気分が高揚していたのは確かだった。
地に足がつかない感じから、ようやくしっかり踏ん張れるようになってきたのは、試合開始から結構な時間が経過してからだった。
三回終了時で五対二。南高校が負けている。
先攻で幸先よく実希子が二点本塁打を打ってくれたが、初回から葉月はその貯金を吐き出してしまった。
初戦にして全国屈指の名門校と当たってしまったとはいえ、さすがに点を失いすぎだった。
平常心を取り戻して以降は冷静な投球ができるようになってきた。あとは味方の反撃を祈るしかない。だがコントールと球威に優れた相手投手は、葉月よりも格段に上のレベルだった。
速球やライズボール、さらには落ちる球に翻弄されて三振の数だけが増えていく。
それでも葉月たちは諦めるわけにはいかなかった。全国大会の舞台まで応援に来てくれた人たちのためにも。
応援席で声を枯らす関係者の中には保護者だけでなく、岩田真奈美や高山美由紀などのOG。さらには夏の甲子園予選で敗退してしまった仲町和也や柳井晋太など、野球部の面々も実費で駆けつけてくれていた。
「どらあっ!」
雄叫びを上げる実希子がこの試合、二本目の本塁打を放って点差を詰める。
全国的な知名度を誇る高校が相手でも、何とかなるかもしれないと思わせてくれる一発だった。
葉月もマウンドに上がればますます腕を振り、この試合を最後にしてなるものかと全力を尽くす。
全員が必死だった。
三年間培ってきたものをすべて出し、懸命に強豪校へ食らいついた。
「葉月、頑張れ!」
観客席から声援が送られる。滅多に大きな声を出さない父親の春道だった。
試合の終盤で迎えたピンチ。二死二三塁で一打浴びると致命傷になる。
「頑張るよ、パパ」
チラリと見た春道の姿に安堵すると同時に、その近くにいる和也を見て勇気がわいてくる。
父親から得られる安心感とは少しだけ違う感覚に、葉月は不思議だなと思う。
マウンドで一人小さく笑ってから、渾身の一球を放る。気迫に押されたのか、敵打者はバットに当てるも勢いのないセカンドゴロに終わった。
ピンチを抑えればチャンスがやってくる。その言葉の正しさを証明するかのように次の回、実希子が同点となる二点本塁打を放った。強豪相手だろうが関係なしのこの試合三本目の本塁打だった。
南高校応援席は大盛り上がりだが、その他はどよめいている。あまりにも実希子の打力が凄すぎるからだ。
「超高校級とはこのことね。下手したら全日本に召集されるくらいの逸材じゃないかしら。身近にいるからあまり新鮮さはないけどね」
先にホームを踏んだ好美がベンチへ戻ってくるなり笑った。
「何だっていいさ、チームを勝たせることができるんならな」
得意気に皆とのハイタッチを終えた実希子は、いつもの調子でニッと白い歯を見せた。
*
流れは完全に南高校へ来たかと思われた。
だがさすがに全国屈指の強豪校。層の厚さも勝利への執念も凄まじい。
実希子のおかげで点数の上では五分になったが、試合展開は常に南高校が押されていた。
そしてそれは試合が後半になるほど顕著になっていた。疲労で球の勢いが弱まりつつある葉月は痛打されるようになり、ギリギリのところでなんとか失点を食い止める展開が続く。
七回裏。
ついに葉月は力尽きる。
もう何球目かもわからないほど投げて握力も弱まりつつある中、投じたボールがすっぽ抜けた。あっと思った時にはもう遅く、甲高い音と共に弾き返された打球は仮柵の向こうへ落ちてしまった。
言葉もなく、その場で崩れ落ちる。
呆然と見つめ続ける葉月の耳には、相手チームの歓声も聞こえない。
気がつけば左右から実希子と好美に抱きかかえられていた。
今度はボロボロと大粒の涙がこぼれる。
「ごめん……ごめんね……」
「謝るなよ。葉月は精一杯やったさ。エースが打たれて負けるなら、仕方ねえよ。責める奴がいたら、アタシがぶっ飛ばしてやる」
実希子は何度も葉月の頭を撫でてくれた。好美も背中をさすってくれている。
「私達の悔しさは、後輩に託しましょう。
岩さんや美由紀先輩がそうしてきたように」
「……うん……」
二人にお礼を言ってから、一人で歩いた葉月は皆の先頭に立って応援席の関係者に頭を下げた。
よくやったという声がかけられるも、悔しさと無念さで最後まで葉月は涙を止められなかった。
*
全員で泣きに泣いた全国大会での敗北から一夜明け、葉月たちはインターハイを開催した県の繁華街で遊んでいた。
全国大会出場のご褒美に、監督の良太が帰る前に自由時間を設けてくれたのだ。
ひとしきり目についたお店を回ったあと、全員で全国チェーンのファミレスに入った。夏休みなので、同年代の客も多い。
「これでアタシたちも引退だな。色々と自由になるってのに、寂しいから不思議なもんだ」
実希子の呟きに、同行している葉月たち四人は一斉に頷く。
すでに昨夜、宿舎で主将の引継ぎは済ませてある。好美の代わりに新人戦から正捕手になるであろう後輩が新キャプテンだ。彼女は力強く、来年も全国大会に出て先輩たちの無念を晴らしたいと言った。
その時を葉月は楽しみに待とうと思っている。もしかすると昨日少しだけ話した真奈美や美由紀も、引退する際はこんな気持ちだったのかもしれない。
「夏休みを満喫できるのは嬉しいんだけどね。あーあ、私もどっぷりとソフトボールにハマってたってことね。
うん、楽しかった。
入部のきっかけはあれだったけど、入ってよかったって心から思えるくらいにね」
頼んだチョコレートパフェを美味しそうに食べる尚に、後悔しているような感じは微塵もなかった。
けれど次の瞬間には、少しだけ声の調子を落とした。
「でも……あとちょっと、皆と次の試合のことをあれこれ考えながら練習したかったな……」
「うん……私もだよ……」
しんみりとしたあとで、ソフトボール部に所属してからの思い出を話す。
途中からは笑顔も混ざるようになり、最終的に楽しい感じのお喋りとなった。
*
地元へ帰ったあと、部室のロッカーを片付けて葉月たちは正式に引退となる。
後輩は良太のもとで短めだが新たな合宿を行うみたいだった。夏休みが明ければ、すぐに新人戦がやってくる。彼女たちはここからが本番なのだ。
頑張ってと励まし、荷物を持って最後にお世話になった部室へ三年生全員で深々とお辞儀をする。高校時代の青春のほぼすべてがこの場にあった。
「ありがとう、元気でね」
無意識にそう言っていた葉月に続き、実希子が大きく手を上げる。
「じゃあな!」
口々に引退する部員がお別れを言って、グラウンドをあとにする。
全員で校門を出ようとする直前、早くもグラウンドからは元気のいい打球音が響いてきた。
日曜日の今日、葉月はソフトボール部主将として夏の県大会に挑んでいた。
大会自体は先週の土曜日にから開催されていた。翌週の今日に試合ができているのは、市立南高校が準決勝まで進出したからだ。
その準決勝もつい先ほど終わった。葉月たちが勝ち、とうとう決勝まで駒を進めたのである。
このためだけに岩田真奈美だけでなく、県外の大学に合格した高山美由紀もわざわざ観戦に来てくれていた。
「葉月ちゃん、ナイスピッチング。この調子で決勝も頑張りなさい」
「はい!」
応援してくれる人たちに両手で応え、葉月たちは笑顔でベンチに戻る。お昼を挟んで午後からは決勝が始まる。勝てば南高校初めての全国大会出場となる。
*
午後一時――。
春道や和葉も見守る中、後攻となった葉月がマウンドで腕を回す。
下から投じられたボールは浮き上がるようにして、中学校から共にソフトボールを頑張ってくれている好美のミットに飛び込む。
「よっしゃ! いいぞ、葉月。球が走ってるぜ」
三塁の守備位置から激励してくれるのは実希子だ。彼女も葉月の思いつきから始まった、ソフトボール部への所属に付き合ってくれた一人である。
「打たせてもいいわよ。私が守るから」
三年生になり、高校からソフトボール部に所属した柚は二塁ではなく遊撃のレギュラーになっていた。それだけ守備技術が上達したのである。
中堅からも大きな声が飛んでくる。入学当初には柚への虐めを巡ってぶつかった経験もある尚だった。今ではすっかり仲良くなり、いないと寂しい仲間だ。彼女もレギュラーとなって、このグラウンドで共に戦ってくれている。
「わかってる。皆、頼りにしてるからね」
緊張感はあるが、中学時代のような過度なプレッシャーはない。重圧を他の仲間も受け止めてくれると知ったのが、精神的な負担が軽減したもっとも大きな理由ではないかと思う。
高校での練習も経て、実力を格段に高めた葉月は初回を見事に抑えた。
*
その裏、グラウンドでカランという音が鳴った。
スイングを終えた実希子が、金属バットを地面に置いた音だった。
ネクストバッターズサークルから空を見上げる葉月の視界に映る白球。
舞い上がった勢いそのままに、フェンスを越えていく。
歓声が上がり、軽く右手を上げた実希子がドヤ顔でグラウンドを一周する。
一番の尚がセーフティバントで塁に出て、二番の柚が送りバントと見せかけてからのヒットエンドランでチャンスを作った。さらに好美が四球を選び、南高校は頼りになる主砲を無死満塁で打席に立たせることができた。
上位打線が作った絶好機を、主砲らしく実希子は一振りでものにした。応援に来ている南高校の関係者でさえどよめく強烈な本塁打だった。
「実希子ちゃん、相変わらず凄いね」
「おかげでなっちーにはゴリラって呼ばれるけどな。でも、ま、ありがたいよ。結局、三年間、すべての公式大会に応援に来てくれたんだからさ」
ベンチに戻る際に、実希子は見つけた観客席の菜月に向かってサムズアップしてみせた。
緊迫する決勝戦の舞台にもかかわらず、頼りになる友人たちがいきなり葉月に四点をプレゼントしてくれた。
やる気がさらに漲り、今度は五番打者の葉月が打席に立った。
*
ゲームセットの声が、どこか遠くから聞こえた。
空を見上げる葉月は、まるで夢の世界へいるみたいにボーっとしていた。
現実へ戻ってこられたのは、笑顔のチームメイトが一斉に葉月に抱きついてきたあとだった。
揉みくちゃにされながら輪の中心で振り返ったスコアボードには、七対三という数字が刻まれている。
勝ったんだ。
ようやく実感した葉月の両目から涙がこぼれた。
「うわああん」
「ハハハ! 泣くのは早えぞ、葉月。ぐすっ」
背中を叩く実希子も泣いていた。中学校からソフトボールをやってきて初めて味わう県の頂点。そして全国大会への切符を手に入れた。
「全国大会でも暴れてやろうぜ。南校旋風を巻き起こしてやるんだ!」
「うん! 引退が伸びたから、また皆でソフトボールができるね」
その事実が、葉月には何より嬉しかった。
*
夏休みに突入し、合宿を張った後にインターハイ本番となった。
結構離れた県での試合となり、試合以上にどんな場所なのかを事前に皆で調べてドキドキした。
決して浮ついた気持ちではなかったが、普段以上に気分が高揚していたのは確かだった。
地に足がつかない感じから、ようやくしっかり踏ん張れるようになってきたのは、試合開始から結構な時間が経過してからだった。
三回終了時で五対二。南高校が負けている。
先攻で幸先よく実希子が二点本塁打を打ってくれたが、初回から葉月はその貯金を吐き出してしまった。
初戦にして全国屈指の名門校と当たってしまったとはいえ、さすがに点を失いすぎだった。
平常心を取り戻して以降は冷静な投球ができるようになってきた。あとは味方の反撃を祈るしかない。だがコントールと球威に優れた相手投手は、葉月よりも格段に上のレベルだった。
速球やライズボール、さらには落ちる球に翻弄されて三振の数だけが増えていく。
それでも葉月たちは諦めるわけにはいかなかった。全国大会の舞台まで応援に来てくれた人たちのためにも。
応援席で声を枯らす関係者の中には保護者だけでなく、岩田真奈美や高山美由紀などのOG。さらには夏の甲子園予選で敗退してしまった仲町和也や柳井晋太など、野球部の面々も実費で駆けつけてくれていた。
「どらあっ!」
雄叫びを上げる実希子がこの試合、二本目の本塁打を放って点差を詰める。
全国的な知名度を誇る高校が相手でも、何とかなるかもしれないと思わせてくれる一発だった。
葉月もマウンドに上がればますます腕を振り、この試合を最後にしてなるものかと全力を尽くす。
全員が必死だった。
三年間培ってきたものをすべて出し、懸命に強豪校へ食らいついた。
「葉月、頑張れ!」
観客席から声援が送られる。滅多に大きな声を出さない父親の春道だった。
試合の終盤で迎えたピンチ。二死二三塁で一打浴びると致命傷になる。
「頑張るよ、パパ」
チラリと見た春道の姿に安堵すると同時に、その近くにいる和也を見て勇気がわいてくる。
父親から得られる安心感とは少しだけ違う感覚に、葉月は不思議だなと思う。
マウンドで一人小さく笑ってから、渾身の一球を放る。気迫に押されたのか、敵打者はバットに当てるも勢いのないセカンドゴロに終わった。
ピンチを抑えればチャンスがやってくる。その言葉の正しさを証明するかのように次の回、実希子が同点となる二点本塁打を放った。強豪相手だろうが関係なしのこの試合三本目の本塁打だった。
南高校応援席は大盛り上がりだが、その他はどよめいている。あまりにも実希子の打力が凄すぎるからだ。
「超高校級とはこのことね。下手したら全日本に召集されるくらいの逸材じゃないかしら。身近にいるからあまり新鮮さはないけどね」
先にホームを踏んだ好美がベンチへ戻ってくるなり笑った。
「何だっていいさ、チームを勝たせることができるんならな」
得意気に皆とのハイタッチを終えた実希子は、いつもの調子でニッと白い歯を見せた。
*
流れは完全に南高校へ来たかと思われた。
だがさすがに全国屈指の強豪校。層の厚さも勝利への執念も凄まじい。
実希子のおかげで点数の上では五分になったが、試合展開は常に南高校が押されていた。
そしてそれは試合が後半になるほど顕著になっていた。疲労で球の勢いが弱まりつつある葉月は痛打されるようになり、ギリギリのところでなんとか失点を食い止める展開が続く。
七回裏。
ついに葉月は力尽きる。
もう何球目かもわからないほど投げて握力も弱まりつつある中、投じたボールがすっぽ抜けた。あっと思った時にはもう遅く、甲高い音と共に弾き返された打球は仮柵の向こうへ落ちてしまった。
言葉もなく、その場で崩れ落ちる。
呆然と見つめ続ける葉月の耳には、相手チームの歓声も聞こえない。
気がつけば左右から実希子と好美に抱きかかえられていた。
今度はボロボロと大粒の涙がこぼれる。
「ごめん……ごめんね……」
「謝るなよ。葉月は精一杯やったさ。エースが打たれて負けるなら、仕方ねえよ。責める奴がいたら、アタシがぶっ飛ばしてやる」
実希子は何度も葉月の頭を撫でてくれた。好美も背中をさすってくれている。
「私達の悔しさは、後輩に託しましょう。
岩さんや美由紀先輩がそうしてきたように」
「……うん……」
二人にお礼を言ってから、一人で歩いた葉月は皆の先頭に立って応援席の関係者に頭を下げた。
よくやったという声がかけられるも、悔しさと無念さで最後まで葉月は涙を止められなかった。
*
全員で泣きに泣いた全国大会での敗北から一夜明け、葉月たちはインターハイを開催した県の繁華街で遊んでいた。
全国大会出場のご褒美に、監督の良太が帰る前に自由時間を設けてくれたのだ。
ひとしきり目についたお店を回ったあと、全員で全国チェーンのファミレスに入った。夏休みなので、同年代の客も多い。
「これでアタシたちも引退だな。色々と自由になるってのに、寂しいから不思議なもんだ」
実希子の呟きに、同行している葉月たち四人は一斉に頷く。
すでに昨夜、宿舎で主将の引継ぎは済ませてある。好美の代わりに新人戦から正捕手になるであろう後輩が新キャプテンだ。彼女は力強く、来年も全国大会に出て先輩たちの無念を晴らしたいと言った。
その時を葉月は楽しみに待とうと思っている。もしかすると昨日少しだけ話した真奈美や美由紀も、引退する際はこんな気持ちだったのかもしれない。
「夏休みを満喫できるのは嬉しいんだけどね。あーあ、私もどっぷりとソフトボールにハマってたってことね。
うん、楽しかった。
入部のきっかけはあれだったけど、入ってよかったって心から思えるくらいにね」
頼んだチョコレートパフェを美味しそうに食べる尚に、後悔しているような感じは微塵もなかった。
けれど次の瞬間には、少しだけ声の調子を落とした。
「でも……あとちょっと、皆と次の試合のことをあれこれ考えながら練習したかったな……」
「うん……私もだよ……」
しんみりとしたあとで、ソフトボール部に所属してからの思い出を話す。
途中からは笑顔も混ざるようになり、最終的に楽しい感じのお喋りとなった。
*
地元へ帰ったあと、部室のロッカーを片付けて葉月たちは正式に引退となる。
後輩は良太のもとで短めだが新たな合宿を行うみたいだった。夏休みが明ければ、すぐに新人戦がやってくる。彼女たちはここからが本番なのだ。
頑張ってと励まし、荷物を持って最後にお世話になった部室へ三年生全員で深々とお辞儀をする。高校時代の青春のほぼすべてがこの場にあった。
「ありがとう、元気でね」
無意識にそう言っていた葉月に続き、実希子が大きく手を上げる。
「じゃあな!」
口々に引退する部員がお別れを言って、グラウンドをあとにする。
全員で校門を出ようとする直前、早くもグラウンドからは元気のいい打球音が響いてきた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる