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葉月の高校編
葉月の修学旅行(高校編)
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修学旅行当日。
新幹線に乗り込んだ葉月は目をキラキラさせて、窓からの風景を楽しむ。
「期待してたのに、ハワイじゃねえのかよ」
背後から愚痴半分、冗談半分といった感じの実希子の声が聞こえる。葉月とは隣同士の席だ。
「あはは。うちの高校は修学旅行は勉強の一環だと言い切ってるからね。でも京都と奈良もきっといいところだと思うよ。私は楽しみだな」
「そうだな。とりあえず鹿が食えるか気になるしな」
実希子の顔は本気だった。
「佐々木、間違っても鹿をその場で食うんじゃないぞ。関係者に土下座して回るのは勘弁な」
警告を発したのは、他のクラスの担任だがソフトボール部の顧問として実希子と面識のある田沢良太だった。隣には奥さんでもあり、葉月たちの担任でもある田沢桂子も立っていた。
「佐々木さんならやりかねないですからね。
高木さん、目を光らせておいてください」
「さ、さすがに大丈夫だと思いますよ。いくら実希子ちゃんでも生では食べないだろうし」
「そうだ。アタシにだって好みというものがある!」
腕を組んでどかっと座席に腰を下ろした実希子の堂々とした振る舞いと、本気かどうか判別つかない言動に二名の教師が頭を抱える。
何事か話し合った末に、何故か他の学級から好美と柚、さらには尚までが召還された。
「あの、何でしょうか?」
呼ばれた意図を尋ねる好美に、良太は爽やかな笑顔で告げる。
「お前たちを栄えある佐々木監視係に任命する。修学旅行の間、しっかり励んでくれよ」
「……は?」
ますますわけのわからなくなった好美たちを残し、安堵した様子で良太も桂子もこの場を離れる。
「計算通りだな。これでクラスは違っても皆で行動できるぞ」
「……何をやったのよ」
好美がジト目を実希子に向けた。
「何もやってねえよ。ただ鹿を食いたいって言っただけだ」
「まさか、本気じゃないわよね?」
「アタシはいつでも本気だ」
「はあ……道理で呼ばれるわけだわ。修学旅行先で高校の恥を晒すわけにはいかないものね」
好美たちは一緒の班だったのもあり、班ごと葉月たちの近くへ移動する。二つの班が合同で仲良くするような感じである。
向こうの班員も葉月たちとは知り合いなので、異論は出ずに承諾される。自由行動の際も二班で回ろうと決めた。
「それにしても、鹿って食べられるの?」
持ってきたお菓子を頬張りながら、尚が誰にともなく質問した。
「焼けばいけるだろ」
実希子が答える。
伸ばした手はさも当然のように、尚からお菓子を頂戴している。
「食べられるでしょうけど、公園の鹿をかっさらっていいわけないでしょ。警察に捕まるわよ」
「新人戦もあるのに、そいつはごめんだな。仕方ない、諦めるか。奈良の鹿どもは命拾いしたな」
「どこの悪役の台詞よ……」
疲れたように好美がため息をつく。
「鹿は食べられないけど、美味しいものはたくさんありそうだよね。楽しみだな」
「葉月ちゃんは食い気が優先なのね。私は晋ちゃんとのめくるめく甘い一夜が楽しみだわ」
自分の胸に両手を当て、うっとりと尚は目を閉じる。
「出たよ、発情猿が」
「うるさいわね、ノーブラゴリラ」
「あはは。繋げて言うと、新種のゴリラみたいだね」
話が聞こえていたのか、葉月の言葉に周囲が揃って爆笑した。
*
移動中の新幹線内でトランプなどを楽しんでるうちに、初日の目的地となる大阪に到着した。
途中からバスに乗り換え。宿泊予定のホテルへ移動する。中へ入る頃には、外はもう暗くなっていた。
ホテルでは各班から二人ずつで泊まることになる。葉月のパートナーはもちろん実希子だった。
「せっかく大阪に来たのに、泊まるだけってのは勿体ねえよな」
予定では、翌日はすぐにバスで奈良へ向かうことになる。奈良で一泊、京都で一泊、最後は寝台列車で一泊というスケジュールになっていた。なので四泊五日とはいえ、五日目の予定は帰るだけだった。
「でもホテルでお土産とかも売ってるよ。班の他の子は買いに行ったみたい」
「気の早いことだな。ま、小遣いもあるし、おやつを買うにはいいかもな」
ホテルの食堂で食事をしたばかりにも関わらず、実希子はまだまだ食べ足りないみたいだった。
葉月も中学にソフトボール部へ所属した頃から、毎日体を使うので食事量が増していた。恐らくは同年代の一般男子と同じ程度の量は食べられるはずだ。もっとも相手が運動部になれば、大差で負けてしまうだろうが。
「買うのはいいけど、今から使いすぎるとお小遣いが足りなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ。結構持たせてもらったからな。葉月はいくら持ってきた?」
「私はお小遣い三万円と、お土産代として一万円だよ。実希子ちゃんは?」
「まったく同じだよ。どうやら親たちが話し合いをして、決めたっぽいな」
偶然の一致とは考えにくいので、恐らくは好美や柚、最近両親同士も仲良くなりつつある尚も同じ金額だろう。
「これさ、土産は全部アタシの腹の中って言ったら怒られっかな?」
「あはは。多分、激怒すると思うよ」
「だよな。一万も土産代貰っておいて、キーホルダーもねえだろうしな。ま、散歩がてら、冷やかしに行ってみるか」
消灯時間はまだ先なので、交代でシャワーを浴びたあとで葉月は実希子と一緒に一階ロビーにあるお土産コーナーへ遊びに出かけた。
すでにたくさんの生徒がいて、早くもお土産を買っては荷物にならないよう、宅急便で自宅に送ってもらっているみたいだった。
「こうやって並んでるのを見ると、どれも美味そうに見えて困るな」
家族への土産ではなく、自分の夜食を選ぶために実希子は真剣だった。
葉月も楽しく見て回っていると、不意に廊下の隅で隠れるようにしてお喋りをしている二人組を発見する。
立ち止まった葉月に気づいた実希子が、背後に立って呟く。
「また、あのバカップルか」
相変わらず周囲からはバカップルと呼ばれているみたいだが、それだけ二人の仲の良さが学校中に知れ渡ってるともいえた。
「本当によくやるわよね。
と言いつつ、実はちょっと羨ましかったりするかな」
突如として聞こえた声に驚くと、いつの間に近くに来たのか柚が立っていた。
考えてみれば尚と同じ班なのだから、彼女と一緒にお土産コーナーへ来ていても不思議はなかった。それならと思って見渡すと案の定、お土産を熱心に吟味している好美の姿を発見する。
「尚ちゃんは放っておいて、どっちかの部屋でトランプでもしない? 持ってきたお菓子やジュースがまだ残ってるし」
「いいね」
柚の提案に、即座に実希子が同意する。葉月も反対はしなかった。
これだと思うお土産なかったらしく、商品が陳列されてる棚から離れた好美とも合流する。
向かった先は、葉月と実希子が泊まる予定の部屋だった。
*
「しっかし、男と乳繰り合うのがそんなに楽しいかね」
あけすけな実希子の言い方に、足を崩して床に座っている好美が顔をしかめる。
葉月たちは持ち寄ったお菓子とジュースを中央に置き、それらを囲むように四人で座っていた。
「乳繰り合うって、どこの中年親父よ」
「ん? 今の若者は違う表現を使うのか?」
「実希子ちゃんも十分、若者でしょ。はい、あがり」
昔懐かしのババ抜きで、またしても好美が最初に抜ける。
「好美はこうしたゲームが本当に強いよな」
「有効な攻略方法は観察ね。特に実希子ちゃんは顔に出やすいから、気を付けた方がいいわよ」
「へーい。
つっても、これがアタシの魅力だからな」
「自分で言っちゃったよ」
葉月が笑い、皆も笑う。場所は大阪のホテルだが、やっていることはソフトボール部の部室内と大差ない。
「話は変わるけど、今回で修学旅行は最後だな。進学するにしろ、就職するにしろ」
小中高と違って、大学に修学旅行はない。友人同士で旅行する機会はあっても、学校の同学年全体でというのはもうないだろう。
「あら、そうとは限らないわよ。実希子ちゃんの場合、来年も二年生なのかもしれないんだから」
「好美。恐ろしい冗談はやめてくれ。お前が言うと、予言にしか聞こえねえ」
「だったら、もうちょっと本気で勉強してよね」
「了解。
あ、アタシもあがりだ」
残るは葉月と柚。一対一の女の勝負である。
ちなみにここまで三回ババ抜きをしているが、葉月は全敗中だった。
「葉月ちゃんもポーカーフェイスは苦手よね。なのにババ抜きが好きというのも不思議だけど」
柚の指がジョーカー以外のカードを掴もうとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「やっぱりここにいた。柚ちゃんも好美ちゃんも部屋にいないから、きっとそうだと思ったわよ。私を仲間外れにするなんてあんまりじゃない」
お菓子とジュースを持って乱入してきた尚を、早速実希子がからかう。
「お前は土産物コーナーからの流れで、晋ちゃんと一夜を共にするんじゃなかったのかよ」
「それもありだけど、女同士の友情を育みたいかなって。私にとって、本当の友達って胸を張って言える皆とのね」
強引に実希子を寄せて、尚も輪の中に入る。
誰一人として嫌がらず、心から歓迎する。
「放置してると、彼氏が浮気するんじゃないの?」
悪戯っぽく言った柚に、尚は意味ありげな笑みを見せる。
「もしそんな真似をしたら、ボコボコにしちゃうかも」
「うわ、怖い。やっぱ尚の本質はいじめっ子だよな」
「いじめじゃなくて報復よ。浮気されない限りは優しいもの」
尚が加わったことでガールズトークにも花が咲く。
修学旅行中は葉月たちと行動して、晋太とはあとでゆっくり二人きりで旅行するのだと幸せそうに尚は言った。
「何にせよ、人手が増えるのは助かるわ。実希子ちゃんったら、本当に鹿を食べそうだもの」
「心配するなって、いくらアタシでも全部は食えねえから。一匹程度ならわかんねえだろ」
「わかるからやめなさい! もういっそ縄で縛ってバスの中に放置して」
「冗談……だよな? おい、好美っ!」
「好美ちゃん、私も協力するよ」
「葉月まで何言ってんだよ。アタシの味方はいねえのか!」
修学旅行ということで気分が盛り上がっていたのか、消灯まで葉月たちはお喋りを楽しんだ。
*
気の許せる友人たちに囲まれ、大はしゃぎの修学両校はどんどん日程を消化していく。あっという間に奈良や京都の観光も終えて、寝台列車に乗り込んだあとは地元へ到着するのを待つだけになった。
「もっと遊んでいたかったな」
普段は皆のまとめ役でもある好美が、葉月の使うベッドに腰を下ろしている。二段になっており、上は実希子が使う。
向かい合う形で四つのベッドがあり、正面側に柚と尚が据わっている。葉月の両隣にいるのが好美と実希子だった。
「そうだね。気が付いたら終わってたね」
葉月の言葉に柚が同調する。
「本当。こんなに楽しかったのは久しぶりだったな」
「実希子ちゃんは鹿を食べるどころか、食べられそうになってたしね」
尚に言われて、全員がその時の光景を思い浮かべる。
奈良の公園で鹿せんべいを購入して意気揚々だった実希子だが、文字通り次の瞬間には大勢の鹿に群がられていた。
渡す前から持っているせんべいに食らいつく始末で、途中で実希子が「ぎゃああ」と叫んだほどだった。
「まったくだ。鹿があんなに積極的だとは知らなかったぜ」
「あはは。すっごく面白かったよ。私、スマホで撮影したもん」
「本当に? その写メ、私にも頂戴」
「うん。あとで皆に送るね」
「ああ……アタシはまた笑い者にされんのか」
真っ先に写メに興味を示した好美が笑う。
「小学生の頃からそうだったでしょ」
「ハハっ! 違いねえや」
「また、皆で来たいね」
言ったのは柚だ。楽しかった数日を思い出すように、列車の天井をぼんやりと眺めている。
「じゃあ、そうしよう。柚ちゃんとは中学が別々だったから、北海道にも一緒に行こうよ」
「いいねえ。高校卒業したあとの楽しみが増えるってもんだ」
「就職先が決まらなかった実希子ちゃんが、マグロ漁をしに海に出てなければね」
「そん時は土産にデカいマグロを持ってきてやるさ!」
とにかくよく喋り、よく笑った。そんな修学旅行だった。
おかげで消灯時間が過ぎて寝台列車のベッドへ横になると、すぐに葉月は眠りに落ちた。
新幹線に乗り込んだ葉月は目をキラキラさせて、窓からの風景を楽しむ。
「期待してたのに、ハワイじゃねえのかよ」
背後から愚痴半分、冗談半分といった感じの実希子の声が聞こえる。葉月とは隣同士の席だ。
「あはは。うちの高校は修学旅行は勉強の一環だと言い切ってるからね。でも京都と奈良もきっといいところだと思うよ。私は楽しみだな」
「そうだな。とりあえず鹿が食えるか気になるしな」
実希子の顔は本気だった。
「佐々木、間違っても鹿をその場で食うんじゃないぞ。関係者に土下座して回るのは勘弁な」
警告を発したのは、他のクラスの担任だがソフトボール部の顧問として実希子と面識のある田沢良太だった。隣には奥さんでもあり、葉月たちの担任でもある田沢桂子も立っていた。
「佐々木さんならやりかねないですからね。
高木さん、目を光らせておいてください」
「さ、さすがに大丈夫だと思いますよ。いくら実希子ちゃんでも生では食べないだろうし」
「そうだ。アタシにだって好みというものがある!」
腕を組んでどかっと座席に腰を下ろした実希子の堂々とした振る舞いと、本気かどうか判別つかない言動に二名の教師が頭を抱える。
何事か話し合った末に、何故か他の学級から好美と柚、さらには尚までが召還された。
「あの、何でしょうか?」
呼ばれた意図を尋ねる好美に、良太は爽やかな笑顔で告げる。
「お前たちを栄えある佐々木監視係に任命する。修学旅行の間、しっかり励んでくれよ」
「……は?」
ますますわけのわからなくなった好美たちを残し、安堵した様子で良太も桂子もこの場を離れる。
「計算通りだな。これでクラスは違っても皆で行動できるぞ」
「……何をやったのよ」
好美がジト目を実希子に向けた。
「何もやってねえよ。ただ鹿を食いたいって言っただけだ」
「まさか、本気じゃないわよね?」
「アタシはいつでも本気だ」
「はあ……道理で呼ばれるわけだわ。修学旅行先で高校の恥を晒すわけにはいかないものね」
好美たちは一緒の班だったのもあり、班ごと葉月たちの近くへ移動する。二つの班が合同で仲良くするような感じである。
向こうの班員も葉月たちとは知り合いなので、異論は出ずに承諾される。自由行動の際も二班で回ろうと決めた。
「それにしても、鹿って食べられるの?」
持ってきたお菓子を頬張りながら、尚が誰にともなく質問した。
「焼けばいけるだろ」
実希子が答える。
伸ばした手はさも当然のように、尚からお菓子を頂戴している。
「食べられるでしょうけど、公園の鹿をかっさらっていいわけないでしょ。警察に捕まるわよ」
「新人戦もあるのに、そいつはごめんだな。仕方ない、諦めるか。奈良の鹿どもは命拾いしたな」
「どこの悪役の台詞よ……」
疲れたように好美がため息をつく。
「鹿は食べられないけど、美味しいものはたくさんありそうだよね。楽しみだな」
「葉月ちゃんは食い気が優先なのね。私は晋ちゃんとのめくるめく甘い一夜が楽しみだわ」
自分の胸に両手を当て、うっとりと尚は目を閉じる。
「出たよ、発情猿が」
「うるさいわね、ノーブラゴリラ」
「あはは。繋げて言うと、新種のゴリラみたいだね」
話が聞こえていたのか、葉月の言葉に周囲が揃って爆笑した。
*
移動中の新幹線内でトランプなどを楽しんでるうちに、初日の目的地となる大阪に到着した。
途中からバスに乗り換え。宿泊予定のホテルへ移動する。中へ入る頃には、外はもう暗くなっていた。
ホテルでは各班から二人ずつで泊まることになる。葉月のパートナーはもちろん実希子だった。
「せっかく大阪に来たのに、泊まるだけってのは勿体ねえよな」
予定では、翌日はすぐにバスで奈良へ向かうことになる。奈良で一泊、京都で一泊、最後は寝台列車で一泊というスケジュールになっていた。なので四泊五日とはいえ、五日目の予定は帰るだけだった。
「でもホテルでお土産とかも売ってるよ。班の他の子は買いに行ったみたい」
「気の早いことだな。ま、小遣いもあるし、おやつを買うにはいいかもな」
ホテルの食堂で食事をしたばかりにも関わらず、実希子はまだまだ食べ足りないみたいだった。
葉月も中学にソフトボール部へ所属した頃から、毎日体を使うので食事量が増していた。恐らくは同年代の一般男子と同じ程度の量は食べられるはずだ。もっとも相手が運動部になれば、大差で負けてしまうだろうが。
「買うのはいいけど、今から使いすぎるとお小遣いが足りなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ。結構持たせてもらったからな。葉月はいくら持ってきた?」
「私はお小遣い三万円と、お土産代として一万円だよ。実希子ちゃんは?」
「まったく同じだよ。どうやら親たちが話し合いをして、決めたっぽいな」
偶然の一致とは考えにくいので、恐らくは好美や柚、最近両親同士も仲良くなりつつある尚も同じ金額だろう。
「これさ、土産は全部アタシの腹の中って言ったら怒られっかな?」
「あはは。多分、激怒すると思うよ」
「だよな。一万も土産代貰っておいて、キーホルダーもねえだろうしな。ま、散歩がてら、冷やかしに行ってみるか」
消灯時間はまだ先なので、交代でシャワーを浴びたあとで葉月は実希子と一緒に一階ロビーにあるお土産コーナーへ遊びに出かけた。
すでにたくさんの生徒がいて、早くもお土産を買っては荷物にならないよう、宅急便で自宅に送ってもらっているみたいだった。
「こうやって並んでるのを見ると、どれも美味そうに見えて困るな」
家族への土産ではなく、自分の夜食を選ぶために実希子は真剣だった。
葉月も楽しく見て回っていると、不意に廊下の隅で隠れるようにしてお喋りをしている二人組を発見する。
立ち止まった葉月に気づいた実希子が、背後に立って呟く。
「また、あのバカップルか」
相変わらず周囲からはバカップルと呼ばれているみたいだが、それだけ二人の仲の良さが学校中に知れ渡ってるともいえた。
「本当によくやるわよね。
と言いつつ、実はちょっと羨ましかったりするかな」
突如として聞こえた声に驚くと、いつの間に近くに来たのか柚が立っていた。
考えてみれば尚と同じ班なのだから、彼女と一緒にお土産コーナーへ来ていても不思議はなかった。それならと思って見渡すと案の定、お土産を熱心に吟味している好美の姿を発見する。
「尚ちゃんは放っておいて、どっちかの部屋でトランプでもしない? 持ってきたお菓子やジュースがまだ残ってるし」
「いいね」
柚の提案に、即座に実希子が同意する。葉月も反対はしなかった。
これだと思うお土産なかったらしく、商品が陳列されてる棚から離れた好美とも合流する。
向かった先は、葉月と実希子が泊まる予定の部屋だった。
*
「しっかし、男と乳繰り合うのがそんなに楽しいかね」
あけすけな実希子の言い方に、足を崩して床に座っている好美が顔をしかめる。
葉月たちは持ち寄ったお菓子とジュースを中央に置き、それらを囲むように四人で座っていた。
「乳繰り合うって、どこの中年親父よ」
「ん? 今の若者は違う表現を使うのか?」
「実希子ちゃんも十分、若者でしょ。はい、あがり」
昔懐かしのババ抜きで、またしても好美が最初に抜ける。
「好美はこうしたゲームが本当に強いよな」
「有効な攻略方法は観察ね。特に実希子ちゃんは顔に出やすいから、気を付けた方がいいわよ」
「へーい。
つっても、これがアタシの魅力だからな」
「自分で言っちゃったよ」
葉月が笑い、皆も笑う。場所は大阪のホテルだが、やっていることはソフトボール部の部室内と大差ない。
「話は変わるけど、今回で修学旅行は最後だな。進学するにしろ、就職するにしろ」
小中高と違って、大学に修学旅行はない。友人同士で旅行する機会はあっても、学校の同学年全体でというのはもうないだろう。
「あら、そうとは限らないわよ。実希子ちゃんの場合、来年も二年生なのかもしれないんだから」
「好美。恐ろしい冗談はやめてくれ。お前が言うと、予言にしか聞こえねえ」
「だったら、もうちょっと本気で勉強してよね」
「了解。
あ、アタシもあがりだ」
残るは葉月と柚。一対一の女の勝負である。
ちなみにここまで三回ババ抜きをしているが、葉月は全敗中だった。
「葉月ちゃんもポーカーフェイスは苦手よね。なのにババ抜きが好きというのも不思議だけど」
柚の指がジョーカー以外のカードを掴もうとした瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「やっぱりここにいた。柚ちゃんも好美ちゃんも部屋にいないから、きっとそうだと思ったわよ。私を仲間外れにするなんてあんまりじゃない」
お菓子とジュースを持って乱入してきた尚を、早速実希子がからかう。
「お前は土産物コーナーからの流れで、晋ちゃんと一夜を共にするんじゃなかったのかよ」
「それもありだけど、女同士の友情を育みたいかなって。私にとって、本当の友達って胸を張って言える皆とのね」
強引に実希子を寄せて、尚も輪の中に入る。
誰一人として嫌がらず、心から歓迎する。
「放置してると、彼氏が浮気するんじゃないの?」
悪戯っぽく言った柚に、尚は意味ありげな笑みを見せる。
「もしそんな真似をしたら、ボコボコにしちゃうかも」
「うわ、怖い。やっぱ尚の本質はいじめっ子だよな」
「いじめじゃなくて報復よ。浮気されない限りは優しいもの」
尚が加わったことでガールズトークにも花が咲く。
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「何にせよ、人手が増えるのは助かるわ。実希子ちゃんったら、本当に鹿を食べそうだもの」
「心配するなって、いくらアタシでも全部は食えねえから。一匹程度ならわかんねえだろ」
「わかるからやめなさい! もういっそ縄で縛ってバスの中に放置して」
「冗談……だよな? おい、好美っ!」
「好美ちゃん、私も協力するよ」
「葉月まで何言ってんだよ。アタシの味方はいねえのか!」
修学旅行ということで気分が盛り上がっていたのか、消灯まで葉月たちはお喋りを楽しんだ。
*
気の許せる友人たちに囲まれ、大はしゃぎの修学両校はどんどん日程を消化していく。あっという間に奈良や京都の観光も終えて、寝台列車に乗り込んだあとは地元へ到着するのを待つだけになった。
「もっと遊んでいたかったな」
普段は皆のまとめ役でもある好美が、葉月の使うベッドに腰を下ろしている。二段になっており、上は実希子が使う。
向かい合う形で四つのベッドがあり、正面側に柚と尚が据わっている。葉月の両隣にいるのが好美と実希子だった。
「そうだね。気が付いたら終わってたね」
葉月の言葉に柚が同調する。
「本当。こんなに楽しかったのは久しぶりだったな」
「実希子ちゃんは鹿を食べるどころか、食べられそうになってたしね」
尚に言われて、全員がその時の光景を思い浮かべる。
奈良の公園で鹿せんべいを購入して意気揚々だった実希子だが、文字通り次の瞬間には大勢の鹿に群がられていた。
渡す前から持っているせんべいに食らいつく始末で、途中で実希子が「ぎゃああ」と叫んだほどだった。
「まったくだ。鹿があんなに積極的だとは知らなかったぜ」
「あはは。すっごく面白かったよ。私、スマホで撮影したもん」
「本当に? その写メ、私にも頂戴」
「うん。あとで皆に送るね」
「ああ……アタシはまた笑い者にされんのか」
真っ先に写メに興味を示した好美が笑う。
「小学生の頃からそうだったでしょ」
「ハハっ! 違いねえや」
「また、皆で来たいね」
言ったのは柚だ。楽しかった数日を思い出すように、列車の天井をぼんやりと眺めている。
「じゃあ、そうしよう。柚ちゃんとは中学が別々だったから、北海道にも一緒に行こうよ」
「いいねえ。高校卒業したあとの楽しみが増えるってもんだ」
「就職先が決まらなかった実希子ちゃんが、マグロ漁をしに海に出てなければね」
「そん時は土産にデカいマグロを持ってきてやるさ!」
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