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葉月の高校編

球技大会~再びの親友対決~

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 結構な長期間なはずなのに、どうしてあっという間に終わってしまうのか。
 学生なら誰もがそのような感想を覚えるであろう夏休みが通り過ぎれば、長い二学期が始まる。

 普段は勉強が苦手だと机に突っ伏す機会の多い実希子だが、今日に限っては朝から誰よりも元気だった。

「さあさあ、葉月。準備はできたか!」

 今年から同じクラスに所属している実希子が、急かすように葉月へ声をかける。

「登校の時からジャージなんだし、改めて準備をするものはないよ」

 自分の席に座っていた葉月が応じる。
 担任の桂子が席を自由に決めさせてくれるため、大抵は葉月の後ろが実希子という構図になっている。しかも窓際のおまけ付きである。
 実希子が窓際を希望する理由は一つ。授業中に外が見えるからであった。

「元気が足りねえぞ。今日は待ちに待った球技大会なんだ。日頃のストレスをぶつけまくるぜ!」

「日頃のストレスって、実希子ちゃんは授業中、大抵居眠りしてるよ?」

「いざ出陣だ。アタシらの参加するソフトボールで、F組に貢献するぞ!」

 授業中は死んだ魚のような目が、眩しいくらいに輝いている。仕方ないなと苦笑しつつ、葉月は釘を刺すのを忘れない。

「ピッチャーに体当たりしたり、ランナーで塁に出た時に、守ってる人にラリアットしたら駄目だよ」

「……葉月、アタシは一応ソフトボール部だ。ルールは知ってる」

 体育祭の時に反則賞なるものを貰い、得点を没収されたのは記憶に新しい。ゆえに周囲のクラスメートも葉月の味方になる。

「ソフトボールなら大丈夫だって!
 ほらほら行くぞ。初戦が始まっちまうだろ!」

   *

 グラウンドへ着くなり、実希子は不敵な笑みを浮かべる。
 事前に貰ったプリントで知っていた対戦相手こと一年生のクラスを見つけたからである。そこには中学時代の葉月たちの後輩が参加していた。

 ソフトボール部へ入部する際、葉月に憧れていると動機を説明した小柄な少女だ。それだけならよかったのだが、彼女は花が咲くような笑顔で実希子さんは一切尊敬してませんがと言い放ったのである。

「あんのクソ生意気な後輩をけちょんけちょんにしてやるぜ。くひひ」

「実希子ちゃん、完全に悪者になってるよ」

 後輩の少女は投手であり、葉月引退後の中学校を好成績に導いた実力を持っている。高校でも夏の大会では、恐らく控え投手としてベンチ入りするはずだ。
 捕手は違う中学校出身だが、やはりソフトボール部に所属している女子が務める。こちらも好美の後継者として、今から期待されている逸材だ。

「紅白戦じゃいまいち本気になれねえからな」

 実希子にとって部活で行う紅白戦というのは、あくまで練習という意味合いが強いらしかった。
 その点、球技大会はトーナメント制で一回負けると終わりなので、真剣勝負さ滲み出ているそうである。

 去年も葉月たちのクラスに負けた際は本気で悔しがっていた。そのあとでしっかりと応援もしてくれたが。

「次の試合を始めるぞ」

 全試合で球審――というか塁審も含めたすべてをジャッジする田沢良太が葉月たちを呼んだ。
 先攻は一年生チームだ。守備につく葉月たちは、事前に決められていたポジションにつく。キャッチャーミットを構えるのは実希子だ。

「遠慮しねえで投げ込んでこい。アタシが全部受け止めてやるぜ!」

 そう言う実希子の捕球姿には、好美とはまた違う安心感があった。
 文字通り司令塔という感じのする好美と比べて、実希子は頑丈な砦というイメージだ。

 真剣勝負で勝ちたいという理由で、一年生の時に続いて二年生の球技大会でも葉月は投手を務める。
 来年になれば今年ほど全力で打ち込めるかわからないので、葉月も実希子ほどではないが球技大会に集中していた。

「実希子ちゃん、いくよっ!」

「よっしゃ! こぉい!」

 ソフトボール部員でない生徒には手加減して投げるが、そうでなければ遠慮の必要はない。
 一番として打席に立った中学時代からの後輩に、成長した姿を見せてやろうと葉月は全力で投げ込んだ。

   *

 ソフトボール部の投打の要が揃ってるだけに、葉月たちのクラスは強かった。
 だが二回戦にして、最大の難関とも呼べる壁が立ちはだかる。前年度に優勝クラスを率いていた高山美由紀である。

 部活引退後に進学を決めた彼女は、めでたく彼氏となった男性と同じ大学へ通うために猛勉強中とのことだった。
 受験勉強に専念するために不参加の三年生も多いが、美由紀は気分転換がてらに参加していた。何気に葉月との勝負を楽しみにしているらしい。

「葉月ちゃんのクラスの快進撃もここまでね。私が止めるわ」

「美由紀さんが相手でも、アタシと葉月の最強コンビは倒せないぜ」

 勉強をするのは苦手でも、ソフトボールに関する知能や判断なら好美と互角。さらに直感は部の誰よりも優れている。
 実希子のリードに不安はなく、彼女に攻め方を任せて葉月は自身最高のボールを投げる。

 引退後、練習へ参加する機会がなくなった美由紀はしばらく速球を見てなかったのもあり、葉月のボールにはもうついてこられなくなっていた。
 速球のみで三振に仕留め、他の選手に対しては臨機応変に攻める。

 打つ方でも中心は葉月と実希子になる。打順は三番と四番だ。
 美由紀が相手投手なだけに本気を出されれば一般生徒はどうにもできないが、やはりそこは球技大会。威力を抑えたボールがくるので、なんとか打ち返したりもできる。

 最初の攻撃から一死二塁で葉月に回り、一二塁間に流し打って一三塁にする。
 ピンチでも美由紀は全力で実希子へ勝負を挑むも、葉月たちのクラスが三点を得る結果になった。

「相変わらず化物ね。味方なら頼もしいけれど、敵だと恐ろしいわ」

「はっはー。どんなもんだ!」

 塁上で筋肉をアピールするようなポーズを取る実希子。

「さっさとホームを踏みなさいよ、ゴリラー」

 辛辣な野次が飛ぶ。犯人はいつの間にかグラウンド脇で観戦中の尚だ。側には彼女と同じクラスの好美と柚もいる。

 葉月はジャージのポケットに入れていた球技大会用のプリントを取り出す。確認した対戦表では、お互い順当に勝ち残っていれば次の試合でぶつかる。
 好美たちがこの場にいるのだから、葉月たちの応援にわざわざ来てくれたのでない限り、勝ち上がっていることになる。

「うるせえ! お前たちとの試合でも同じことをしてやるよ!」

「ちょっと実希子ちゃん。勝った気になるのは早いんじゃないの?」

 美由紀に睨まれた実希子は、反射的に「すいません」と謝る。
 だが引退した三年生と、これから主軸となる二年生の対戦ではどちらが有利かは明らかだ。実際に昨年も二年だった美由紀のクラスが優勝している。

「美由紀先輩には悪いけど、この試合に勝って、好美ちゃんたちと勝負だよ」

「その意気だぜ、葉月。アタシたちの抜群のコンビネーションを見せてやろうぜ!」

 勝利を意識した葉月は、美由紀に二打席目を回すことなく勝ちを収めた。

   *

 三回戦は予定通りに好美たちのクラスとの対戦になった。
 捕手の好美、ショートの柚、それにピッチャーの尚。三人のソフトボール部員――しかもこれからの主力が揃っているのだから強くて当然だった。

「尚たん、頑張れ!」

 彼女の出番と見るや、彼氏の晋太が応援にかけつけていた。手を振って応えると、後攻の尚は良いところを見せるべく誰に対しても全力で勝負を挑んだ

「うわ、一般生徒にも本気を出すのかよ。さすがのアタシでもドン引きだわ」

「え!? 実希子ちゃんでも!?」

 声が聞こえたらしい尚が驚愕で目を見開く。

「精神攻撃を気にしたら駄目だよ、尚たん。相手にはゴリラがいるんだ。ただでさえハンデを背負っているんだから、これくらいは当然さ!」

「そうよね、晋ちゃん。私、頑張る」

 自分達だけの世界を作り出す二人に、実希子はベンチ内で「バカップルどもが」と舌打ちする。

 ソフトボールの試合を観戦に来てるのは晋太だけではなかった。他の野球部員もやんやと声援を送っている。主な相手は柚だ。

「わー、なんか柚ちゃんの親衛隊みたいだね」

「女日照りの野球部員どもが、夏祭りの一件でころっとやられたらしい。まさに魔性の女だぜ。好美には一人も寄り付かねえってのに」

「聞こえてるわよ、ゴリラ。私語は慎みなさい。
 それに私は色恋に興味がないだけよ」

 マスク越しにさらったと言った好美の台詞内容に、野球部員の何人かが肩を落とす。彼女は彼女で人気があるみたいだった。

「頑張れよ、姉御ー」

「おう、任せとけ!」

 ゴリラじゃなく、姉御呼ばわりされた実希子が腕まくりして豪快さをアピールする。

「実希子ちゃんも人気あるんだねー」

「アタシのはそういうのと違うと思うけどな。それに葉月だって人気があるんだぜ。もっとも仲町が目を光らせてるせいで、声をかける奴もいないだろうけどな」

「へぇ~、そうなんだ」

「……それだけか?」

「え?」

「いや、何でもない。仲町も苦労するわけだわ」

 などと女子高生らしい会話もしつつ、試合は進行していく。

   *

 球技大会というのもあり、幾ら勝ちたいと願っていても実希子を敬遠したりはしない。おかげで葉月たちは二回の表に先制点を取れた。

 一方で好美たちは、葉月の直球に苦しむ。実力にプラスされた、実希子の巧みなリードのおかげでもあった。
 時間があれば部員に打撃指導もする実希子だけに、好美たちの弱点を的確に把握していたのである。

 ついでにいえば葉月の投球能力も、日々の実希子との練習によって上昇したといえる。県内でも屈指の打者と、望めば毎日でも対戦できるのだから当然だった。
 きりきり舞いさせられる尚や柚が悔しげにする中、試合は葉月たちの勝利で終了する。見事な完封勝ちである。

「悔しいっ!」

 叫ぶように発したのは、好美だった。あまり感情を露わにするタイプではないので、誰もが驚いて彼女を見る。

「葉月ちゃんの正捕手は私なのに、どうして実希子ちゃんと息ピッタリなのよ」

 むすっとして、好美が実希子を睨んだ。

「何だ、嫉妬かよ。はっはっは。アタシから葉月を奪い返したいなら、もっと精進するんだな」

「そうね。もっと努力しないと。そのためにはテスト前だからといって、実希子ちゃんの勉強を見ている暇はないわ」

「……え?」

 実希子の表情が絶望に歪む。

「あ、あの、好美さん?」

「今後は、自分のことだけに集中するわ!」

 宣言した好美の側で、柚が呟く。

「これで実希子ちゃんは、次のテストで全教科赤点確実ね」

 勉強が苦手な実希子だが、最近では赤点を取る回数は減っていた。テスト前に、好美が勉強を教えているおかげだった。

「か、勘弁してくれよ、好美。わ、わかった。アタシも好美の捕手の練習に協力するから。な? な? お願いだから見捨てないでくれえぇぇぇ」

「あ、あはは……」

 右拳を掲げ、情熱を高める好美と、その足元にすがりつく実希子。
 二人のやりとりを眺めながら、景品みたいな扱いになっている葉月は苦笑するしかなかった。

   *

 球技大会のソフトボール部門は、葉月たちのクラスの優勝で幕を閉じた。
 今回は実希子の反則をとられなかったので、普通に優勝を認めてもらえた。

 大会終了後、そもそもからかうのが目的だった好美と実希子はすぐに和解していた。だがこの大会で好美は実希子の捕手としての技量を認め、練習やデータ分析に付き合ってもらうことにしたみたいだった。

「新人戦、そして来年の夏の大会。一つでも多く勝ちたいものね」

「うん。でもその前に、もうすぐ修学旅行だよ」

 南高校では二年生の秋に修学旅行が行われる。

「クラスは違うけど、皆で一緒に見て回ろうね」

 葉月の提案を皆が笑顔で承諾してくれる。それが何より嬉しかった。
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