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葉月の小学・中学校編

葉月の卒業式~中学校~

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 中学生活最大の試練となる高校入試が終われば、あとは卒業を待つだけになる。
 高木家の長女である葉月が通う中学校では、合格発表の数日前に卒業式が行われる。

 何を着たらいいかなど和葉がそわそわしてる間に、卒業式の日がやってきた。
 小学校の時と合わせて二回目になるが、やはり緊張はする。

 すでに葉月は出発済みだ。今頃は慣れ親しんだ学校の教室で、別れを惜しむように仲間たちとお喋りを楽しんでる頃だろう。

 一方の春道は準備万端。服装に迷う和葉とは違い、大事な時のために用意してあるスーツを着ればいいだけなので楽だった。

 散々悩みぬいた末に、妻の和葉はブラックフォーマルを選んだみたいだった。ジャケットの他は白いブラウスに黒いパンツという格好だ。
 身長がそれなりにあって、足もすらりと長いのでとてもよく似合う。三十代も半ばになって肉づきが良くなったのを本人は気にするが、春道の目には余計魅力的に映る。

 いつだったかダイエットした方がいいかしらと相談された時には、全力で思いとどまらせた。持論になるが、痩せすぎているよりは、少しくらいふっくらしてる方が魅力的に見える。
 太腿やお尻の肉を気にしながらも、パンツを着用した和葉が洗面所の鏡でも変じゃないかと細部まで確認する。

「そろそろ出発しないと、卒業式に遅れてしまうぞ。葉月が主役なのに、娘より綺麗な姿をしていたら、恨まれるんじゃないのか」

 玄関から声を出した春道の指摘に、洗面所から顔を出した愛妻が苦笑いを返してくる。

「確かに、そうよね。葉月より目立たないくらいで、丁度いいのかもしれないわ」

 完璧を求めるのを断念してくれた和葉が、洗面所の電気を消して、玄関にいる春道の前までやってくる。
 普段はあまりしないアクセサリーなどで着飾った愛妻は、お世辞抜きでとても綺麗だった。

「凄く似合ってるじゃないか。綺麗だよ」

 偽らざる本音だった。
 素直な感情をぶつけられた和葉は、照れ臭そうに微笑みながら「ありがとう」と言った。
 昔なら恥ずかしさから顔を逸らしていたが、現在では春道のストレートな物言いにもだいぶ慣れたみたいだった。

「春道さんも、恰好いいわよ。惚れ直してしまいそうだわ」

「和葉も言うね。もの凄く嬉しいけどな」

 春道もお礼を言ったあとで、愛妻に出発を促す。

「さあ、行こうぜ。いつまでもお互いを褒め合ってると、そのうち誰かに目撃されて、バカップル夫婦に認定されそうだ」

 玄関のドアを開けたままにしてあるので、可能性はゼロではない。

「あら。私とバカップル夫婦になるのが嫌なの? ショックだわ」

 からかうような口調で和葉が言った。こういうのも、以前は恥ずかしがって、できなかった会話のひとつだ。

「もう十分になってるよ。早くしないと、置いていくぞ」

「わかってるから、待って」

 慌てて靴を履いた和葉が立ち上がる。軽くバランスを崩しそうになったので、春道は彼女の背中に手を回して支えてやった。

「ありがとう。やっぱり、春道さんは頼りになるわね」

 出会った頃の態度が嘘みたいに、甘えてくれる回数も増えた。夫婦の仲も少しずつ変化していく。決して険悪になってないので、とても幸せだ。
 必要な荷物は、すでに車へ積んである。相変わらずのコンパクトカーだ。

 独身時代はスポーツカーを好んでいたが、派手な車に乗って走り回る年齢でもないし、十分に気に入っている。現在愛用している車種は妻や娘たちとも一緒に選んだので、皆が喜んでくれている。
 葉月が免許を取れる年齢になったら、無料で譲ってあげようかなんてことも今から考えている。

 助手席のドアを開ける。
 ありがとうと言って、妻が乗り込んだ。ドアを閉めたあと、小走りで運転席へ向かう。

「ついこの間、小学校を卒業したばかりだったのにな」

 エンジンをかけながら、春道は言った。

「そうね。月日が流れるのはとても早いわ。私たちも年をとるわけよね」

「ああ。三十代になって衰えるどころか、和葉はより綺麗になったけどな」

「ウフフ。春道さんなら、そう言うと思ったわ。いつまでも、顔を真っ赤にして俯くだけじゃないのよ」

 恥ずかしがってはいるものの、無言になったりはしない。
 ちえっなんて思っていると、唐突に和葉が春道の頬に唇を軽く押しつけた。

「口紅がついてしまったわね。でも、魔除けになっていいかしら」

「魔除けって……俺は和葉ひと筋だよ」

「だといいんだけど」

 和葉が春道の頬をハンカチで拭いてくれる。数時間後にはきっと、感極まった愛妻の涙で濡れているはずだ。
 今日の卒業式を経て、可愛かった娘はまたひとつ大人への階段を上る。嬉しいような寂しいような気持ちになる。
 これが親か。そんなふうに思いながら、春道は乗っている車を発進させた。

   *

 卒業式は、中学校の体育館で行われる。飾り付けなども、小学校の時と大きな差はない。違うのは雰囲気だ。
 小学校の卒業式と違い、どことなく厳かな感じがする。服装も派手なものはなく、シックなものばかりだった。

「なんだか……ピリっとしていますね」

 保護者のために用意された椅子に座ると、落ち着かない様子で和葉が話しかけてきた。

「娘の卒業式自体は二度目でも、中学校の卒業式は基本的に人生で一度しかないしな。緊張した雰囲気になるのもわかる」

「そうよね……あっ、好美ちゃんのお母さんだわ」

 娘同士の仲が良ければ、両親も会話する機会が増える。加えて小学校時代からの付き合いなのもあって、気軽に会話できる関係を築けていた。
 和葉が好美の母親と談笑していると、そこに実希子の保護者も合流する。部活も一緒だったので、和気藹々とした雰囲気だ。

 話題はもっぱら娘たちのことだ。全員で同じ高校へ通えるといいんだけどといった会話が、春道の耳にも届いてくる。
 成績優秀な好美はもとより、勉強を教えてもらっていた葉月も自信ありげだった。不安を隠そうとしないのが実希子だ。受験の答え合わせをしても、胸を張って合格してるとは言えない出来だったらしい。

 確実に落ちたと嘆く惨状でもなく、日々自信を得たり失ったりを繰り返してるようだ。親が心配するのも無理はない。春道だって愛娘が余裕の態度を見せても、合格発表を確認するまでは気が気でないのだ。

「皆でキャッキャッとはしゃいでいたあの子たちも、今日で中学校を卒業するのね。なんだか不思議な気分だわ」

 他の保護者と会話を終えた和葉が、改めて隣に座っている春道へ声をかけてきた。普段より口数が多いのは、緊張しているせいだろう。

「今でもキャッキャッはしてるけどな。ただ、外見はすっかり大人っぽくなった」

「……葉月は娘よ?」

 笑顔で釘を刺してくる和葉に、危うく吹き出しそうになる。

「何を心配してるんだよ。娘が綺麗になるのを、嫌がる父親なんていないだろ」

「普通はそうなのだけど、春道さんの場合は油断できないので」

 何の油断だよと思いつつも、下手なツッコミは避ける。ムキになるほど、逆に怪しいと言われかねない。
 娘の葉月は家族で、きちんと愛している。言葉にすると誤解されそうだが、本心なので偽るつもりもなかった。

「変な心配をしてないで、準備をしようぜ。そろそろ卒業式の時間だぞ」

 恒例となったビデオカメラを用意する。他の保護者も、今か今かと自分たちの子供がやってくるのを待ち構える。
 教員たちの準備も完了し、司会者が声を体育館に響かせる。開始された卒業式を彩るための音楽が流れた。

 保護者たちのいるすぐ前を、担任教師に先導されて卒業生たちが通っていく。さすがに小学生時代とは違う。全員が落ち着きのある態度だった。
 不必要に騒いだりする者はいないが、入場の時点で目に涙を浮かべる卒業生はいた。女子が多かったように思う。葉月もそのひとりだった。

 愛娘の中学生活は、よほど楽しかったのだろうな。
 そう考えるだけで、不覚にも春道まで泣きそうになってしまう。

「本当に……葉月は立派になったわね。赤ちゃんの頃に、悪戦苦闘していた日々がなんだか懐かしいわ」

 隣で聞いている春道は正直に羨ましいと思った。小学生となった愛娘と、出会った以降の姿しか知らないからだ。
 素直に感情を表現してるようでいて、周囲の人たちに必要以上の気を遣う子供だった。何度、大人びているという印象を抱いただろう。

 そんな葉月も中学生となる頃には、だいぶ年相応の女子になった。友達と遊び、部活に励み、勉強に苦労する。
 年老いてから懐かしく思える青春の一ページを、しっかりと刻めたはずだ。本人ではないのに、それが妙に嬉しかった。

 撮影中のビデオカメラが、葉月の顔を捉える。こちらに気づいた愛娘が、瞳に涙を溜めながらも笑顔を見せてくれた。

   *

 卒業式は滞りなく行われた。卒業証書授与ではひとりひとりの名前が読み上げられた。愛する娘の番になると、隣に座っている和葉は予想どおりに涙を流した。例のハンカチで拭きながら、何度も立派よと繰り返した。
 知らず知らずのうちに春道も、葉月が卒業証書を受け取るのに合わせて「おめでとう」と呟いていた。

 卒業式が終われば、春道と和葉は自宅に戻る。菜月が幼稚園から帰ってくるためだ。
 葉月は式後、友人たちと一緒に遊ぶらしかった。せっかくの機会なので、ゆっくりしてくればいい。

 小学校の卒業式の時同様にこっそりとお小遣いをあげたが、今回もまた妻の和葉にあっさりバレてしまった。
 和葉もあげるつもりだったらしいので怒られずに済んだが、目つきが若干怖かった。

 夜になって葉月が帰宅したあとは、家族だけでのお祝いをする。買っておいたプレゼントも渡す。
 これまで携帯電話を買い与えてなかったが、高校生には必需品だろうと考えてスマホにした。
 まさかスマホだと思ってなかった葉月は大喜びだ。羨ましそうにする妹の菜月に、何度も見せびらかすほどだ。

「せっかくだから、好美ちゃんたちに連絡してみたらどうだ」

 春道に促されて好美に連絡をとった葉月が、驚きの声を上げる。

「えっ? 好美ちゃんも、スマホを買ってもらったの!?」

 驚くのも無理はなかった。葉月だけでなく、親友の好美と実希子もこれまで携帯電話を持っていなかった。
 中学生にはまだ早いだろうと、和葉がそれぞれの親と話し合って買い与えないのを決めていたらしい。
 その代わりではないが、中学校の卒業を機に各家庭がプレゼントするのを決めた。こうすれば携帯電話のあるなしで、三人が揉めることもない。

 好美のあとは実希子にも連絡をとり、やはりタイミングよくスマホをプレゼントされた事実に驚く。
 ひととおり通話を終えたあとで、葉月は改めて春道と和葉にお礼を言ってきた。

「お姉ちゃん、いいな。菜月も欲しい」

「駄目よ。お姉ちゃんは中学校を卒業するまで我慢したのだから、菜月もそれまでは我慢しなさい」

 次女のおねだりを、和葉が母親らしく一蹴する。
 ならばと菜月は春道に目を向けてくる。甘えられると頷いてしまいそうなので、慌ててその場から退避する。
 追いかけてこようとしたところを、春道の心情を察した和葉が捕まえる。

「パパにおねだりも駄目よ」

「ぶー」

 頬をふくらませる菜月を、チャンスとばかりに葉月がプレゼントされたばかりのスマホで撮影した。

「これ、しばらく待ち受け画面にしよ」

「やめてよ。
 ママ、お姉ちゃんがいじめるー」

 長女が中学校を卒業した今夜も、高木家には幸せな笑い声が響く。
 今日も明日も、ずっとこんな日が続けばいい。春道は心から願った。
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