その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

文字の大きさ
上 下
121 / 495
葉月の小学・中学校編

家族でのおでかけ

しおりを挟む
 愛娘の高木葉月が、中学校へ入学する前の短い休み期間のとある日。
 高木家のリビングには戸高祐子がいた。食卓に和葉と向かい合って座っている。息子を実家に預けてる間に、遊びにきたのだ。

「自分の老いが、いまだに信じられないんです。和葉さんはどうやって、おばさんになった自分自身を受け入れたんですか?」

「いきなり遊びに来たかと思ったら、喧嘩を売るなんていい度胸ですね」

 にこやかな笑顔を互いに浮かべてるにもかかわらず、現場はとてもギスギスしていた。当初は慌てて制止しようとしたが、すっかり二人のやりとりにも慣れた。
 なるべく関わらないようにして、好きなようにさせるのが一番だ。春道は春道で、リビングで穏やかな午前中を堪能する。

 ソファに座る春道の膝の上には、次女の菜月が乗っていた。ここが指定席だと言わんばかりの態度で、テレビの教育番組を視聴する。
 普段なら仕事中の春道はリビングにおらず、母親の和葉が相手をしている時間帯だった。それだけに、珍しく朝から側にいる父親の春道に甘えたいのかもしれない。
 三歳も近くなるとかなり重い。だからといって強制的に退去させても、悲しませるだけだ。仕方なしに覚悟を決めて、菜月のやりたいようにさせておく。

 そのうちにテレビ番組を眺めながら、春道の膝からソファに下りる。安堵したのも束の間。すぐにまた上ってくる。どうやら、そういう遊びみたいだった。
 けれど抱っこをおねだりするわけでなく、ひたすら春道の膝の上に乗ったり下りたりを繰り返す。キャッキャッと菜月が楽しそうにしてるので、何の意味があるのかなどは深く考えないようにする。

 春道が菜月に遊ばれてる間にも、食卓の方ではコーヒーを飲みながら、和葉と祐子が妙に緊張感のある会話を継続する。

「喧嘩なんて、売ったりしませんよ。私はただ、先輩おばさんの和葉さんに気持ちの持ち方を尋ねてるだけです。何分、新米なものですから」

「ウフフ。謙遜しなくて結構ですよ。新米どころか、ベテランの風格がありますのもの」

「冗談はやめてくださよ。年上の和葉さんを差し置いて、私がベテランだなんて」

 どうして年齢のことで火花を散らしてるのかは、まったくわからない。とにかく近寄りたい雰囲気ではなかった。一種のストレス解消なのだとしたら、ずいぶん迷惑な方法だった。

「どちらにしても、貴女も立派なおばさんですよ。これからは、甘いものとかも控えるようにしてみたらいかがですか」

 少し怖い笑顔を作ったままの和葉が言った。

「何を言ってるんですか。疲れをとるには甘いものが最適なんですよ。あ、そういえば、知ってます? 駅前に美味しいケーキ屋さんができたみたいですよ」

「え? 本当ですか? それは初耳です。普段の買物では、なかなか駅の方まで歩かないものですから」

 数秒前までぎくしゃくした感じだったのに、気がつけば和気藹々とした雰囲気で会話を楽しんでいる。
 やはり女性はわからない。ため息をつく春道の膝の上に、小さな女性が再びちょこんと乗る。

「今日はこのような感じです」

「……何が?」

 だいぶ普通に会話ができるようになってきたとはいえ、さすがにまだ三歳児。
 こうして意味不明な言動をするのも、たまにではなかった。真剣に考えると疲れるだけだ。菜月が楽しければいいやと、良い意味での適当さを取り入れる。

 和葉たちは駅前のケーキ屋の話へ夢中になり、菜月は春道の膝の上で遊び続ける。とりたてて明確な目的はないが、こんな日もたまにはいいかと欠伸をする。
 ひと眠りしたくなってきたところで、葉月が帰宅した。今日は午前中に図書館へ行くと、朝から出かけていた。

「ただいまー……って、あ、祐子さんだ。こんにちは」

「こんにちは。葉月ちゃんは、相変わらず元気そうね」

 祐子の言葉に「それだけが取り柄ですから」と葉月が笑う。これから中学生になるだけあって、受け答えもだいぶ大人っぽくなってきた。

 そんなことを思っていたら、こちらを見た葉月が「あっ」と声を上げた。何事かと春道が驚く。
 リビングへ入る前に手を洗っていたらしい葉月は、母親のところではなく春道の隣に座った。

「……どうかしたのか?」

 尋ねる春道に、意味ありげな笑顔を見せて首を左右に振った。おかしな奴だなと首を傾げる。
 そのうちに、菜月がごろんと春道の膝上から、隣のソファへ移動した。

「チャンスっ」

 目を輝かせた葉月が、その言葉とともに行動を開始した。

「お、おいっ!」

 思わず春道は大きな声を上げた。
 食卓にいる和葉と祐子も、こちらを注目する。和葉は目を丸くし、祐子はクスクスと笑った。

 なんともうすぐ中学生になる長女が、いきなり春道の膝の上に乗ってきたのである。それこそ、先ほどまでいた妹の菜月みたいにだ。

「葉月、お前……何をやってるんだ」

「何って、甘えてるの。だって私、小さい頃に、菜月みたいに遊んでもらってないもん」

「それはそうかもしれないが……さ、さすがに重い……」

 小学校を卒業したばかりとはいえ、今年で十三歳になる娘。体重も次女の菜月とは大違いだ。年頃の女性に重いというのはどうかとも思ったが、さすがに我慢しきれなかった。

「葉月、早くどきなさい。春道さんが苦しがってるしょう」

 見かねた和葉が注意した。

「えー」

 不満そうに唇を尖らせたあとで、急に葉月が表情を輝かせる。

「そうだ。ママもパパに甘えればいいんだよ」

 娘の言葉に、和葉が照れるようなそぶりを見せる。甘えてもらえるのは大歓迎だが、膝の上に乗られるのは困る。
 愛妻の体重は、確実に二人の娘よりも上だからだ。

「そ、そうだ。せっかくだから、皆で買物へ行こう」

 強制的に葉月を膝上から移動させて、春道はその場に立ち上がった。
 食卓から見ていた和葉が、若干ムッとした表情を見せる。

「……そんなに、私を膝の上に乗せたくないのですか?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて……その……乗る?」

「乗りませんっ!」

 そっぽを向く和葉を見て、祐子が大笑いする。

「アハハ。春道さん一家は、全員が仲良しですね。うちも負けていませんけど、少し羨ましいです」

 そう言ったあとで、椅子から立ち上がる。

「今日はこれで失礼します。春道さんたちを見てたら、私も宏和に会いたくなりました」

「そうですか。また暇がありましたら、いらしてください。変なことを言わない限りは、歓迎させてもらいます」

 和葉も、祐子を見送るために立ち上がる。その際に、せっかくだから一緒に出ようという話になった。帰宅したばかりの葉月を始め、春道たちも外出には問題のない服装だったからだ。

 お昼ご飯も外で済ませることになり、春道一家は祐子とともに玄関から外へ出た。顔を出している太陽が、穏やかで暖かな光をプレゼントしてくれる。

「もう、すっかり春ですね」

 空を眩しそうに見上げて和葉が言った。

「コートもいらない感じだな。どうせなら、一年中こんな感じだといいんだが」

 春道の言葉に、菜月を除いた全員がクスクス笑う。どうかしたのか尋ねると、代表して祐子が答えてくれた。

「春道さん、おじさんみたいですよ」

「残念ながら、俺は昔から暑いのも寒いのも苦手だよ。おじさんなのに、変わりはないけどな」

 そう言って、春道も笑った。

「では、春道さんが老化しないように、今日は少し歩くとしましょうか。祐子さんはどうします?」

 和葉に尋ねられた祐子は、慌てて首を左右に振った。

「私は遠慮しておくわ。それじゃ、また」

 そそくさと立ち去るかつての担任に、葉月はバイバイと大きく手を振った。隣では、妹の菜月も真似ていた。

   *

 徒歩で出かけたのは普段から利用する大手スーパーではなかった。
 結構どころか、普通なら車で行くような距離の店まで全員で歩いた。大きな敷地に円を描くような感じで、たくさんの店が並ぶ。
 スーパーはもちろん、ホームセンターやゲームショップまである。釣具店や食事処もあるので、家族連れなどは1日中遊べそうな感じだった。地元にはショッピングモールなどがないので、手軽に遊べる場所として重宝されている。

 何度も家族揃って訪れた経験があるので、菜月は大喜びだ。長女の葉月は自転車に乗って、友人たちとも一緒に来たことがあるみたいだった。かなりの距離を歩いてぐったりする春道を尻目に、どこの店へ行きたいなどの希望を伝えてくる。

「……俺は……とりあえず、休みたいよ……」

 肩で息をする春道に、妻和葉が苦笑する。

「体力不足にもほどがありますね」

 確かにそのとおりだが、自宅からここまではどう低く見積もっても十キロメートル以上はある。それだけの距離を、時折菜月を抱っこしながら歩いたのだ。息が切れるのは当然だった。

「じゃあ、皆でお昼ご飯を食べようよ」

 外出する際の目的のひとつが昼食だった。育ち盛りな葉月だけに、お腹が空いて仕方ないのだろう。
 食事の時間はゆっくり休めるのもあって、春道は即座に賛成する。

「そうしよう。回転寿司にでも入るか?」

 敷地内に立ち並ぶ店舗の中には、大手チェーンの回転寿司屋も存在する。春道の言葉に、誰より喜んだのは菜月だった。三歳も間近になり、刺身なども食べるようになった。幸いにしてお腹が痛くなったりもせずに、あっさり順応した。
 大好物になったお寿司を食べられると知れば、にこやかな表情を見せる。

 菜月に続いて葉月も賛成すれば、和葉にも断る理由がなくなる。家族全員で回転寿司屋に入る。店員に人数を告げて、テーブルへ案内される。最近は便利になったもので、パネルを使って注文ができた。

「ほら、菜月。たくさんお寿司が流れてるよ」

 興奮気味に葉月が言った。

「知ってます。前にも一度、来てますから」

 真面目な顔つきで、菜月が言葉を返した。あまりにも大人びてる言動に、普通なら誰もが驚きを隠せない。

 だが家族だけは別だ。普段から菜月が、母親の口調を真似てるのは全員が知っている。それでいて、楽しいことには年相応の行動も見せる。自宅リビングで、春道の膝上を行ったり来たりしてたのが証拠だ。
 今は面白がって、丁寧な口調を使ってるにすぎない。要するに、菜月にとっては遊びのひとつなのである。

「では、菜月さん。好きなお寿司を注文することにいたしましょう」

 キリっとした表情で、葉月が妹にノリを合わせる。それを間近で目撃した和葉が頭を抱えた。

「……普段は、砕けた口調を使った方がよろしいのでしょうか?」

「まあ、そこらへんは和葉に任せるさ。どんな口調でも、和葉は和葉だしな」

「フフ、そうですね。
 では、せっかくですのでお寿司を食べましょう」

 家族揃ってお喋りをしながらお寿司を堪能したあとは、葉月と菜月の衣類を見に行く。女性陣は楽しそうだが、こういう時の春道に居場所はない。
 なにせ、下着類も見たりするからだ。ある程度の時間を過ごしたところで、妻に買物が終わったらメールしてほしいと告げて店を出る。

 春道がひとりで向かう先はゲームショップだった。DVDなども販売してるので、見てるだけでも意外に楽しかったりする。そのうちに葉月たちも店へやってきた。メールするまでもなく、春道がどこにいるかはわかっていたみたいだった。

 帰りは眠そうな菜月を、春道がおんぶして歩いた。とりたてて大きな出来事はなかったが、たまにはこんな平和な一日も悪くはない。そう実感しつつも、次は徒歩での遠出は勘弁してもらおうと思った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...