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葉月の小学・中学校編
葉月の卒業式
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夏休みが終わり、秋を迎えて厳しい冬が来る。
冬休みになれば、妹と一緒に降る雪ではしゃぐ。
誕生日に正月など楽しいイベントも経て、季節が少しずつ春へと向かっていく。
例年ならウキウキした気分になったが、今年ばかりは事情が違った。児童会長も務めて、慣れ親しんだ小学校から卒業しなければならないからだ。
それは同時に、親しい友人との別れも意味する。
進学する中学校の制服を身に纏った葉月は自室でため息をついた。
これまでは卒業生を見送る立場だった。大人へ近づく先輩たちを、羨ましいと思った。なのに、いざ自分が同じ立場になると、泣きたいほど悲しい気持ちに包まれた。
いつまでも部屋でじっとしていられないので、意を決して廊下に出る。
そのままリビングへ入ると、両親と妹が笑顔で迎えてくれた。
「とても似合ってますよ。葉月も、ついに小学校を卒業するのですね」
卒業式はまだ始まってないというのに、母親の和葉はすでに感極まった様子を見せる。妹の菜月は、普段と違う葉月の姿に目をキラキラさせる。
「ねーたん、きれいー」
今年で三歳になるのもあって、だいぶ普通に近い会話もできるようになってきた。葉月ほどお喋りではないにしろ、両親にも積極的に声をかける機会が増えた。
「ありがとう。えへへ。今日で小学校に通うのも最後だと思ったら……なんだか切なくなっちゃった」
「葉月だけじゃない。卒業式を迎える人は、皆がそういう気分になる。俺だってそうだったんだ」
ソファに座っている春道が言った。
葉月の大好きな父親だ。楽しみにしていた小学校生活は、とても悲しくて辛かった。そんな状況を一変させてくれたのが春道だった。
葉月に父親の温かさを教えてくれた。
母親の和葉にも、以前よりずっと素敵な笑顔を与えてくれた。
感謝してもしきれなかった。以前にそう伝えたら、春道は感謝するのは自分の方だと笑った。あの時の照れ臭そうな顔は、今もはっきりと頭の中に残っている。
「うん、そうだよね。
あーあ……葉月、絶対に卒業式で泣いちゃうよ」
「いいじゃないか、泣いても。きっと和葉も、葉月以上に号泣するだろうしな」
笑う春道を、和葉が「もうっ」と睨みつける。
でも、きっとそうだろうなと葉月は思った。和葉は、娘である葉月を誰より愛してくれた。それは現在でも変わらない。
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。
「友達が迎えに来たみたいだな。早く行ってやるといい」
「うんっ。いってきます」
元気に家族へいってきますの挨拶をする。
リビングへ入った時と同じような笑顔に見送られ、葉月は玄関へ向かう。
「よ、おはよ」
軽く右手を上げて笑ったのは、葉月と同じ制服を着ている佐々木実希子だった。隣には、やはり同じ服装の今井好美も立っている。
「葉月ちゃん、おはよう。外はいい天気よ」
「うん、おはよう。じゃあ、学校へ行こうか」
普段は別々に登校することが多いものの、今日だけは皆で一緒に行こうと葉月が提案した。反対する友人は誰もおらず、仲良し四人組で同じ通学路を歩くことになった。
玄関から外へ出ると、小学生として浴びるのは最後となる朝日が降り注ぐ。
日の光に照らされた友人たちを見る。室戸柚ひとりだけが、葉月たちとは違う制服を着ていた。
地元の中学校へ進学する葉月たちとは違い、柚だけが離れたところにある私立中学校への所属が決まった。嫌がったが、最終的には両親の要望に逆らえなかったと本人が教えてくれた。
四人で並んで歩き始める。向かう先は、通い慣れた小学校だ。
振り返ってみれば、今日という日を迎えるまでに色々なことがあった。それぞれの思い出を語り合いながら、ゆっくりとした足取りで目的地を目指す。
いっそ辿り着かなければいいのに。
そんなことを本気で思ったのは、小学校生活の中で初めてだった。
*
教室に到着する。男子も女子も、普段と変わらない様子で騒いでいる。
田舎町だけに、大半が地元の同じ中学校へ進む。目新しさはあまりない代わりに、親しい友人たちと離れ離れになったりするケースは少なかった。
意図して受験を受けない限りは、住んでいるところから近い学校へ自動的に進学する。だからこそ葉月も、当初は四人全員で中学校へ通えると思ったのだ。
「今日でこの教室ともお別れね。なんだか寂しいな」
柚は今にも泣きそうだった。
実希子が相槌を打つ中、葉月はひとり俯く。過去に色々とあったが、今ではかけがえのない友人。その柚と、学校で会えなくなるのは寂しかった。
「ちょっと、皆、そんな顔しないでよ。別に引っ越すわけじゃないんだしさ。通う学校は別でも、また会えるわよ」
無理やりにでも柚が笑顔を作る。引っ張られるかのように、好美らもかすかに笑った。誰より悲しいのは柚のはずだ。彼女に気を遣わせてしまうなんて、申し訳なさすぎる。悲しむのを少しだけやめた葉月も全力で微笑んだ。
「やっぱり、葉月ちゃんには笑顔が似合うわ。せっかくの卒業式なんだし、笑顔で小学校生活を終わらないとね」
普段みたいに葉月の机の周りに皆が集まった状態で、雑談を始める。卒業式というのもあって、話題はどうしても過去の出来事になる。
「柚とは、こんなに仲良くなるとは思わなかったな」
実希子の言葉に、好美が頷く。
「そうよね。どちらかといえば、嫌っていたもの」
「だよね」
柚が申し訳なさそうにする。
「葉月ちゃんに酷いことばかりしてたからね」
仲直りをして以降も、幾度となく柚は葉月に謝罪してきた。そのたびに笑顔で許した。けれど彼女の心には後悔が残った。
辛く悲しい日々を葉月も簡単には忘れたりできないが、虐めた側もまた心に傷を負った。
何も気にしない人間なら、ほぼ確実にまた同じ過ちを繰り返す。しかし柚は行為の醜さや残酷さに気づいた。きっともう誰かを虐めたりはしない。
楽しい思い出もたくさんできた。それで、葉月は十分だった。
「でも、今は大好きだよ。柚ちゃん、ありがとう」
にっこり笑った葉月を見て、柚は両目から勢いよく涙を流した。その姿に実希子が苦笑する。
「今から号泣してどうするんだよ。この分じゃ、式の間も泣きっぱなしだな」
「仕方ないじゃない。ぐすっ、うう……ありがとう、葉月ちゃん。本当にありがとう……」
お礼の言葉を繰り返す柚と抱き合う。側で見ていた好美の瞳にも涙が滲み、実希子が鼻をすする。もう誰も、柚を嫌ってない証拠だった。
そのうちに担任の先生がやってくる。卒業おめでとうと生徒たちに話しかけ、廊下へ出るように促す。
廊下に整列した葉月たちは、両親や後輩が待つ体育館へ向かって歩き出す。当たり前のことだが、初めて卒業式で見送られる側を経験する。
まだ式は始まっていないのに、早くも何人かの卒業生が嗚咽を漏らした。その中には、葉月の友人の柚も含まれていた。
*
事前の練習通りに体育館内を歩く。
保護者の席でビデオカメラを構える父親の春道と、泣きそうな顔でこちらを見る母親の和葉の姿が視界に映る。
見に来てくれるのはわかっていたが、実際に自分の目で確認すると嬉しくなる。
入学式では和葉ひとりに見守られながら、緊張したのを覚えている。大半が父親も一緒だったのを見て、寂しくもなった。
卒業の日に、仲良く並んで立っている両親の前で晴れ姿を見せられるなんて、当時は夢にも思っていなかった。
二人の前を通り過ぎる際に、葉月は心の中でありがとうとお礼を言った。
館内に設置された自分の椅子に座る。ステージ上では校長先生が卒業証書を渡す準備をする。担任教師に名前を呼ばれ、ひとりひとりが壇上に上がって受け取る。事前に何度も練習した。
他のクラスが終わり、いよいよ葉月たちの番になる。
担任教師がステージ横のマイクの前に立ち、担当する児童たちの名前をひとりずつ読み上げる。
「今井好美」
「はい」
友人の今井好美が立ち上がり、壇上へ移動する。しっかりとした動作で卒業証書を受け取る。校長先生からお祝いの言葉を贈られたあと、ゆっくりとステージを降りる。その間にも、児童の名前は次々と呼ばれる。
「佐々木実希子」
「はいっ」
ひと際元気な声で返事をした実希子が、緊張した面持ちで壇上へ向かう。転んだりしないか、見ている葉月までハラハラした。
そして、いよいよ葉月の番になる。ドキドキしながら待っていると、大きな声で名前を呼ばれた。
「高木葉月」
「はいっ」
返事をして席から立つ。緊張で重い手足をなんとか動かす。ドキドキしすぎて、身体がふわふわする。きちんと、床の上を歩けてるかもわからなかった。混乱しそうになるのをなんとか堪え、壇上へ移動するための階段をゆっくり上る。
校長先生の前まで歩く。卒業おめでとうという言葉とともに、一年間の児童会長としての働きをねぎらわれた。頑張りが認められた嬉しさで、自然と笑顔になる。
卒業証書を両手でしっかり受け取る。わずかとはいえ、緊張から解放された。壇上から保護者席を見る余裕もできた。道と和葉の両親が、ハラハラしながら見守ってくれてるのがわかった。
私は大丈夫だよ。そういうメッセージを含めた笑みを見せる。
階段を踏み外したりしないように下りる。手に持った卒業証書の重みを感じながら自分の席へ戻る。
丁度、入れ替わりみたいな形で呼ばれた柚が、葉月たちと違うデザインの制服のスカートをひらめかせてステージへ向かった。
*
全員が卒業証書を受け取ったあとに、在校生と卒業生がそれぞれに歌を歌った。定番の卒業ソングもあれば、学校独自のものもある。
練習していたとおりに終われば、在校生代表――つまりは次期児童会長による送辞が行われる。去年は葉月も経験した。どのようなものにすべきか、好美らと相談して決めたのが懐かしい。
送辞のあとは、答辞になる。名前を呼ばれるのは、もちろん児童会長だった葉月だ。壇上へ移動し、先生方が高さを調節してくれたマイクの前に立つ。
「私たちが入学してから、季節が六度、巡りました」
話し始めた葉月の言葉を、誰もが黙って聞いてくれる。慣例となる卒業式を挙げてもらったことや、各先生方、それに送辞をしてくれた児童へのお礼を言う。話してる間に、これまでの思い出が脳裏に蘇ってくる。
「入学して以降、様々な行事をこなしていくうちに、たくさんの友情を得られました。どのような出来事であったとしても、それはかけがえのない思い出です」
林間学校、臨海学校それに修学旅行。他にも家庭科の調理実習など、印象深いイベントがたくさんあった。ひとつひとつに全力で取り組んだ。
成功も失敗も数えきれないほど経験した。悲しみも喜びもだ。そのすべてに、葉月はありがとうと言いたかった。
「心からこの小学校に入学できたのを誇りに思います。これからも益々の発展を祈り、答辞とさせていただきます。卒業生代表、高木葉月」
答辞を終えた葉月の両目から、涙がこぼれた。寂しさと嬉しさと感謝と、片手では足りないくらいの感情が混じっていた。
冬休みになれば、妹と一緒に降る雪ではしゃぐ。
誕生日に正月など楽しいイベントも経て、季節が少しずつ春へと向かっていく。
例年ならウキウキした気分になったが、今年ばかりは事情が違った。児童会長も務めて、慣れ親しんだ小学校から卒業しなければならないからだ。
それは同時に、親しい友人との別れも意味する。
進学する中学校の制服を身に纏った葉月は自室でため息をついた。
これまでは卒業生を見送る立場だった。大人へ近づく先輩たちを、羨ましいと思った。なのに、いざ自分が同じ立場になると、泣きたいほど悲しい気持ちに包まれた。
いつまでも部屋でじっとしていられないので、意を決して廊下に出る。
そのままリビングへ入ると、両親と妹が笑顔で迎えてくれた。
「とても似合ってますよ。葉月も、ついに小学校を卒業するのですね」
卒業式はまだ始まってないというのに、母親の和葉はすでに感極まった様子を見せる。妹の菜月は、普段と違う葉月の姿に目をキラキラさせる。
「ねーたん、きれいー」
今年で三歳になるのもあって、だいぶ普通に近い会話もできるようになってきた。葉月ほどお喋りではないにしろ、両親にも積極的に声をかける機会が増えた。
「ありがとう。えへへ。今日で小学校に通うのも最後だと思ったら……なんだか切なくなっちゃった」
「葉月だけじゃない。卒業式を迎える人は、皆がそういう気分になる。俺だってそうだったんだ」
ソファに座っている春道が言った。
葉月の大好きな父親だ。楽しみにしていた小学校生活は、とても悲しくて辛かった。そんな状況を一変させてくれたのが春道だった。
葉月に父親の温かさを教えてくれた。
母親の和葉にも、以前よりずっと素敵な笑顔を与えてくれた。
感謝してもしきれなかった。以前にそう伝えたら、春道は感謝するのは自分の方だと笑った。あの時の照れ臭そうな顔は、今もはっきりと頭の中に残っている。
「うん、そうだよね。
あーあ……葉月、絶対に卒業式で泣いちゃうよ」
「いいじゃないか、泣いても。きっと和葉も、葉月以上に号泣するだろうしな」
笑う春道を、和葉が「もうっ」と睨みつける。
でも、きっとそうだろうなと葉月は思った。和葉は、娘である葉月を誰より愛してくれた。それは現在でも変わらない。
そんなことを考えているとインターホンが鳴った。
「友達が迎えに来たみたいだな。早く行ってやるといい」
「うんっ。いってきます」
元気に家族へいってきますの挨拶をする。
リビングへ入った時と同じような笑顔に見送られ、葉月は玄関へ向かう。
「よ、おはよ」
軽く右手を上げて笑ったのは、葉月と同じ制服を着ている佐々木実希子だった。隣には、やはり同じ服装の今井好美も立っている。
「葉月ちゃん、おはよう。外はいい天気よ」
「うん、おはよう。じゃあ、学校へ行こうか」
普段は別々に登校することが多いものの、今日だけは皆で一緒に行こうと葉月が提案した。反対する友人は誰もおらず、仲良し四人組で同じ通学路を歩くことになった。
玄関から外へ出ると、小学生として浴びるのは最後となる朝日が降り注ぐ。
日の光に照らされた友人たちを見る。室戸柚ひとりだけが、葉月たちとは違う制服を着ていた。
地元の中学校へ進学する葉月たちとは違い、柚だけが離れたところにある私立中学校への所属が決まった。嫌がったが、最終的には両親の要望に逆らえなかったと本人が教えてくれた。
四人で並んで歩き始める。向かう先は、通い慣れた小学校だ。
振り返ってみれば、今日という日を迎えるまでに色々なことがあった。それぞれの思い出を語り合いながら、ゆっくりとした足取りで目的地を目指す。
いっそ辿り着かなければいいのに。
そんなことを本気で思ったのは、小学校生活の中で初めてだった。
*
教室に到着する。男子も女子も、普段と変わらない様子で騒いでいる。
田舎町だけに、大半が地元の同じ中学校へ進む。目新しさはあまりない代わりに、親しい友人たちと離れ離れになったりするケースは少なかった。
意図して受験を受けない限りは、住んでいるところから近い学校へ自動的に進学する。だからこそ葉月も、当初は四人全員で中学校へ通えると思ったのだ。
「今日でこの教室ともお別れね。なんだか寂しいな」
柚は今にも泣きそうだった。
実希子が相槌を打つ中、葉月はひとり俯く。過去に色々とあったが、今ではかけがえのない友人。その柚と、学校で会えなくなるのは寂しかった。
「ちょっと、皆、そんな顔しないでよ。別に引っ越すわけじゃないんだしさ。通う学校は別でも、また会えるわよ」
無理やりにでも柚が笑顔を作る。引っ張られるかのように、好美らもかすかに笑った。誰より悲しいのは柚のはずだ。彼女に気を遣わせてしまうなんて、申し訳なさすぎる。悲しむのを少しだけやめた葉月も全力で微笑んだ。
「やっぱり、葉月ちゃんには笑顔が似合うわ。せっかくの卒業式なんだし、笑顔で小学校生活を終わらないとね」
普段みたいに葉月の机の周りに皆が集まった状態で、雑談を始める。卒業式というのもあって、話題はどうしても過去の出来事になる。
「柚とは、こんなに仲良くなるとは思わなかったな」
実希子の言葉に、好美が頷く。
「そうよね。どちらかといえば、嫌っていたもの」
「だよね」
柚が申し訳なさそうにする。
「葉月ちゃんに酷いことばかりしてたからね」
仲直りをして以降も、幾度となく柚は葉月に謝罪してきた。そのたびに笑顔で許した。けれど彼女の心には後悔が残った。
辛く悲しい日々を葉月も簡単には忘れたりできないが、虐めた側もまた心に傷を負った。
何も気にしない人間なら、ほぼ確実にまた同じ過ちを繰り返す。しかし柚は行為の醜さや残酷さに気づいた。きっともう誰かを虐めたりはしない。
楽しい思い出もたくさんできた。それで、葉月は十分だった。
「でも、今は大好きだよ。柚ちゃん、ありがとう」
にっこり笑った葉月を見て、柚は両目から勢いよく涙を流した。その姿に実希子が苦笑する。
「今から号泣してどうするんだよ。この分じゃ、式の間も泣きっぱなしだな」
「仕方ないじゃない。ぐすっ、うう……ありがとう、葉月ちゃん。本当にありがとう……」
お礼の言葉を繰り返す柚と抱き合う。側で見ていた好美の瞳にも涙が滲み、実希子が鼻をすする。もう誰も、柚を嫌ってない証拠だった。
そのうちに担任の先生がやってくる。卒業おめでとうと生徒たちに話しかけ、廊下へ出るように促す。
廊下に整列した葉月たちは、両親や後輩が待つ体育館へ向かって歩き出す。当たり前のことだが、初めて卒業式で見送られる側を経験する。
まだ式は始まっていないのに、早くも何人かの卒業生が嗚咽を漏らした。その中には、葉月の友人の柚も含まれていた。
*
事前の練習通りに体育館内を歩く。
保護者の席でビデオカメラを構える父親の春道と、泣きそうな顔でこちらを見る母親の和葉の姿が視界に映る。
見に来てくれるのはわかっていたが、実際に自分の目で確認すると嬉しくなる。
入学式では和葉ひとりに見守られながら、緊張したのを覚えている。大半が父親も一緒だったのを見て、寂しくもなった。
卒業の日に、仲良く並んで立っている両親の前で晴れ姿を見せられるなんて、当時は夢にも思っていなかった。
二人の前を通り過ぎる際に、葉月は心の中でありがとうとお礼を言った。
館内に設置された自分の椅子に座る。ステージ上では校長先生が卒業証書を渡す準備をする。担任教師に名前を呼ばれ、ひとりひとりが壇上に上がって受け取る。事前に何度も練習した。
他のクラスが終わり、いよいよ葉月たちの番になる。
担任教師がステージ横のマイクの前に立ち、担当する児童たちの名前をひとりずつ読み上げる。
「今井好美」
「はい」
友人の今井好美が立ち上がり、壇上へ移動する。しっかりとした動作で卒業証書を受け取る。校長先生からお祝いの言葉を贈られたあと、ゆっくりとステージを降りる。その間にも、児童の名前は次々と呼ばれる。
「佐々木実希子」
「はいっ」
ひと際元気な声で返事をした実希子が、緊張した面持ちで壇上へ向かう。転んだりしないか、見ている葉月までハラハラした。
そして、いよいよ葉月の番になる。ドキドキしながら待っていると、大きな声で名前を呼ばれた。
「高木葉月」
「はいっ」
返事をして席から立つ。緊張で重い手足をなんとか動かす。ドキドキしすぎて、身体がふわふわする。きちんと、床の上を歩けてるかもわからなかった。混乱しそうになるのをなんとか堪え、壇上へ移動するための階段をゆっくり上る。
校長先生の前まで歩く。卒業おめでとうという言葉とともに、一年間の児童会長としての働きをねぎらわれた。頑張りが認められた嬉しさで、自然と笑顔になる。
卒業証書を両手でしっかり受け取る。わずかとはいえ、緊張から解放された。壇上から保護者席を見る余裕もできた。道と和葉の両親が、ハラハラしながら見守ってくれてるのがわかった。
私は大丈夫だよ。そういうメッセージを含めた笑みを見せる。
階段を踏み外したりしないように下りる。手に持った卒業証書の重みを感じながら自分の席へ戻る。
丁度、入れ替わりみたいな形で呼ばれた柚が、葉月たちと違うデザインの制服のスカートをひらめかせてステージへ向かった。
*
全員が卒業証書を受け取ったあとに、在校生と卒業生がそれぞれに歌を歌った。定番の卒業ソングもあれば、学校独自のものもある。
練習していたとおりに終われば、在校生代表――つまりは次期児童会長による送辞が行われる。去年は葉月も経験した。どのようなものにすべきか、好美らと相談して決めたのが懐かしい。
送辞のあとは、答辞になる。名前を呼ばれるのは、もちろん児童会長だった葉月だ。壇上へ移動し、先生方が高さを調節してくれたマイクの前に立つ。
「私たちが入学してから、季節が六度、巡りました」
話し始めた葉月の言葉を、誰もが黙って聞いてくれる。慣例となる卒業式を挙げてもらったことや、各先生方、それに送辞をしてくれた児童へのお礼を言う。話してる間に、これまでの思い出が脳裏に蘇ってくる。
「入学して以降、様々な行事をこなしていくうちに、たくさんの友情を得られました。どのような出来事であったとしても、それはかけがえのない思い出です」
林間学校、臨海学校それに修学旅行。他にも家庭科の調理実習など、印象深いイベントがたくさんあった。ひとつひとつに全力で取り組んだ。
成功も失敗も数えきれないほど経験した。悲しみも喜びもだ。そのすべてに、葉月はありがとうと言いたかった。
「心からこの小学校に入学できたのを誇りに思います。これからも益々の発展を祈り、答辞とさせていただきます。卒業生代表、高木葉月」
答辞を終えた葉月の両目から、涙がこぼれた。寂しさと嬉しさと感謝と、片手では足りないくらいの感情が混じっていた。
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