上 下
118 / 425
葉月の小学・中学校編

葉月の卒業式

しおりを挟む
 夏休みが終わり、秋を迎えて厳しい冬が来る。
 冬休みになれば、妹と一緒に降る雪ではしゃぐ。
 誕生日に正月など楽しいイベントも経て、季節が少しずつ春へと向かっていく。

 例年ならウキウキした気分になったが、今年ばかりは事情が違った。児童会長も務めて、慣れ親しんだ小学校から卒業しなければならないからだ。

 それは同時に、親しい友人との別れも意味する。
 進学する中学校の制服を身に纏った葉月は自室でため息をついた。
 これまでは卒業生を見送る立場だった。大人へ近づく先輩たちを、羨ましいと思った。なのに、いざ自分が同じ立場になると、泣きたいほど悲しい気持ちに包まれた。

 いつまでも部屋でじっとしていられないので、意を決して廊下に出る。
 そのままリビングへ入ると、両親と妹が笑顔で迎えてくれた。

「とても似合ってますよ。葉月も、ついに小学校を卒業するのですね」

 卒業式はまだ始まってないというのに、母親の和葉はすでに感極まった様子を見せる。妹の菜月は、普段と違う葉月の姿に目をキラキラさせる。

「ねーたん、きれいー」

 今年で三歳になるのもあって、だいぶ普通に近い会話もできるようになってきた。葉月ほどお喋りではないにしろ、両親にも積極的に声をかける機会が増えた。

「ありがとう。えへへ。今日で小学校に通うのも最後だと思ったら……なんだか切なくなっちゃった」

「葉月だけじゃない。卒業式を迎える人は、皆がそういう気分になる。俺だってそうだったんだ」

 ソファに座っている春道が言った。
 葉月の大好きな父親だ。楽しみにしていた小学校生活は、とても悲しくて辛かった。そんな状況を一変させてくれたのが春道だった。

 葉月に父親の温かさを教えてくれた。
 母親の和葉にも、以前よりずっと素敵な笑顔を与えてくれた。
 感謝してもしきれなかった。以前にそう伝えたら、春道は感謝するのは自分の方だと笑った。あの時の照れ臭そうな顔は、今もはっきりと頭の中に残っている。

「うん、そうだよね。
 あーあ……葉月、絶対に卒業式で泣いちゃうよ」

「いいじゃないか、泣いても。きっと和葉も、葉月以上に号泣するだろうしな」

 笑う春道を、和葉が「もうっ」と睨みつける。
 でも、きっとそうだろうなと葉月は思った。和葉は、娘である葉月を誰より愛してくれた。それは現在でも変わらない。
 そんなことを考えているとインターホンが鳴った。

「友達が迎えに来たみたいだな。早く行ってやるといい」

「うんっ。いってきます」

 元気に家族へいってきますの挨拶をする。
 リビングへ入った時と同じような笑顔に見送られ、葉月は玄関へ向かう。

「よ、おはよ」

 軽く右手を上げて笑ったのは、葉月と同じ制服を着ている佐々木実希子だった。隣には、やはり同じ服装の今井好美も立っている。

「葉月ちゃん、おはよう。外はいい天気よ」

「うん、おはよう。じゃあ、学校へ行こうか」

 普段は別々に登校することが多いものの、今日だけは皆で一緒に行こうと葉月が提案した。反対する友人は誰もおらず、仲良し四人組で同じ通学路を歩くことになった。

 玄関から外へ出ると、小学生として浴びるのは最後となる朝日が降り注ぐ。
 日の光に照らされた友人たちを見る。室戸柚ひとりだけが、葉月たちとは違う制服を着ていた。
 地元の中学校へ進学する葉月たちとは違い、柚だけが離れたところにある私立中学校への所属が決まった。嫌がったが、最終的には両親の要望に逆らえなかったと本人が教えてくれた。

 四人で並んで歩き始める。向かう先は、通い慣れた小学校だ。
 振り返ってみれば、今日という日を迎えるまでに色々なことがあった。それぞれの思い出を語り合いながら、ゆっくりとした足取りで目的地を目指す。
 いっそ辿り着かなければいいのに。
 そんなことを本気で思ったのは、小学校生活の中で初めてだった。

   *

 教室に到着する。男子も女子も、普段と変わらない様子で騒いでいる。
 田舎町だけに、大半が地元の同じ中学校へ進む。目新しさはあまりない代わりに、親しい友人たちと離れ離れになったりするケースは少なかった。
 意図して受験を受けない限りは、住んでいるところから近い学校へ自動的に進学する。だからこそ葉月も、当初は四人全員で中学校へ通えると思ったのだ。

「今日でこの教室ともお別れね。なんだか寂しいな」

 柚は今にも泣きそうだった。
 実希子が相槌を打つ中、葉月はひとり俯く。過去に色々とあったが、今ではかけがえのない友人。その柚と、学校で会えなくなるのは寂しかった。

「ちょっと、皆、そんな顔しないでよ。別に引っ越すわけじゃないんだしさ。通う学校は別でも、また会えるわよ」

 無理やりにでも柚が笑顔を作る。引っ張られるかのように、好美らもかすかに笑った。誰より悲しいのは柚のはずだ。彼女に気を遣わせてしまうなんて、申し訳なさすぎる。悲しむのを少しだけやめた葉月も全力で微笑んだ。

「やっぱり、葉月ちゃんには笑顔が似合うわ。せっかくの卒業式なんだし、笑顔で小学校生活を終わらないとね」

 普段みたいに葉月の机の周りに皆が集まった状態で、雑談を始める。卒業式というのもあって、話題はどうしても過去の出来事になる。

「柚とは、こんなに仲良くなるとは思わなかったな」

 実希子の言葉に、好美が頷く。

「そうよね。どちらかといえば、嫌っていたもの」

「だよね」

 柚が申し訳なさそうにする。

「葉月ちゃんに酷いことばかりしてたからね」

 仲直りをして以降も、幾度となく柚は葉月に謝罪してきた。そのたびに笑顔で許した。けれど彼女の心には後悔が残った。
 辛く悲しい日々を葉月も簡単には忘れたりできないが、虐めた側もまた心に傷を負った。

 何も気にしない人間なら、ほぼ確実にまた同じ過ちを繰り返す。しかし柚は行為の醜さや残酷さに気づいた。きっともう誰かを虐めたりはしない。
 楽しい思い出もたくさんできた。それで、葉月は十分だった。

「でも、今は大好きだよ。柚ちゃん、ありがとう」

 にっこり笑った葉月を見て、柚は両目から勢いよく涙を流した。その姿に実希子が苦笑する。

「今から号泣してどうするんだよ。この分じゃ、式の間も泣きっぱなしだな」

「仕方ないじゃない。ぐすっ、うう……ありがとう、葉月ちゃん。本当にありがとう……」

 お礼の言葉を繰り返す柚と抱き合う。側で見ていた好美の瞳にも涙が滲み、実希子が鼻をすする。もう誰も、柚を嫌ってない証拠だった。

 そのうちに担任の先生がやってくる。卒業おめでとうと生徒たちに話しかけ、廊下へ出るように促す。
 廊下に整列した葉月たちは、両親や後輩が待つ体育館へ向かって歩き出す。当たり前のことだが、初めて卒業式で見送られる側を経験する。
 まだ式は始まっていないのに、早くも何人かの卒業生が嗚咽を漏らした。その中には、葉月の友人の柚も含まれていた。

   *

 事前の練習通りに体育館内を歩く。
 保護者の席でビデオカメラを構える父親の春道と、泣きそうな顔でこちらを見る母親の和葉の姿が視界に映る。
 見に来てくれるのはわかっていたが、実際に自分の目で確認すると嬉しくなる。

 入学式では和葉ひとりに見守られながら、緊張したのを覚えている。大半が父親も一緒だったのを見て、寂しくもなった。
 卒業の日に、仲良く並んで立っている両親の前で晴れ姿を見せられるなんて、当時は夢にも思っていなかった。
 二人の前を通り過ぎる際に、葉月は心の中でありがとうとお礼を言った。

 館内に設置された自分の椅子に座る。ステージ上では校長先生が卒業証書を渡す準備をする。担任教師に名前を呼ばれ、ひとりひとりが壇上に上がって受け取る。事前に何度も練習した。

 他のクラスが終わり、いよいよ葉月たちの番になる。
 担任教師がステージ横のマイクの前に立ち、担当する児童たちの名前をひとりずつ読み上げる。

「今井好美」
「はい」

 友人の今井好美が立ち上がり、壇上へ移動する。しっかりとした動作で卒業証書を受け取る。校長先生からお祝いの言葉を贈られたあと、ゆっくりとステージを降りる。その間にも、児童の名前は次々と呼ばれる。

「佐々木実希子」
「はいっ」

 ひと際元気な声で返事をした実希子が、緊張した面持ちで壇上へ向かう。転んだりしないか、見ている葉月までハラハラした。
 そして、いよいよ葉月の番になる。ドキドキしながら待っていると、大きな声で名前を呼ばれた。

「高木葉月」
「はいっ」

 返事をして席から立つ。緊張で重い手足をなんとか動かす。ドキドキしすぎて、身体がふわふわする。きちんと、床の上を歩けてるかもわからなかった。混乱しそうになるのをなんとか堪え、壇上へ移動するための階段をゆっくり上る。
 校長先生の前まで歩く。卒業おめでとうという言葉とともに、一年間の児童会長としての働きをねぎらわれた。頑張りが認められた嬉しさで、自然と笑顔になる。

 卒業証書を両手でしっかり受け取る。わずかとはいえ、緊張から解放された。壇上から保護者席を見る余裕もできた。道と和葉の両親が、ハラハラしながら見守ってくれてるのがわかった。

 私は大丈夫だよ。そういうメッセージを含めた笑みを見せる。
 階段を踏み外したりしないように下りる。手に持った卒業証書の重みを感じながら自分の席へ戻る。
 丁度、入れ替わりみたいな形で呼ばれた柚が、葉月たちと違うデザインの制服のスカートをひらめかせてステージへ向かった。

   *

 全員が卒業証書を受け取ったあとに、在校生と卒業生がそれぞれに歌を歌った。定番の卒業ソングもあれば、学校独自のものもある。
 練習していたとおりに終われば、在校生代表――つまりは次期児童会長による送辞が行われる。去年は葉月も経験した。どのようなものにすべきか、好美らと相談して決めたのが懐かしい。

 送辞のあとは、答辞になる。名前を呼ばれるのは、もちろん児童会長だった葉月だ。壇上へ移動し、先生方が高さを調節してくれたマイクの前に立つ。

「私たちが入学してから、季節が六度、巡りました」

 話し始めた葉月の言葉を、誰もが黙って聞いてくれる。慣例となる卒業式を挙げてもらったことや、各先生方、それに送辞をしてくれた児童へのお礼を言う。話してる間に、これまでの思い出が脳裏に蘇ってくる。

「入学して以降、様々な行事をこなしていくうちに、たくさんの友情を得られました。どのような出来事であったとしても、それはかけがえのない思い出です」

 林間学校、臨海学校それに修学旅行。他にも家庭科の調理実習など、印象深いイベントがたくさんあった。ひとつひとつに全力で取り組んだ。
 成功も失敗も数えきれないほど経験した。悲しみも喜びもだ。そのすべてに、葉月はありがとうと言いたかった。

「心からこの小学校に入学できたのを誇りに思います。これからも益々の発展を祈り、答辞とさせていただきます。卒業生代表、高木葉月」

 答辞を終えた葉月の両目から、涙がこぼれた。寂しさと嬉しさと感謝と、片手では足りないくらいの感情が混じっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...