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合同披露宴の準備
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こうして春道と和葉は、泰宏たちと合同で披露宴をすることになった。
結婚式に関しては相手方の邪魔をしては悪いと遠慮し、式後に行われる予定の披露宴にだけ参加することを決めたのだ。
泰宏は仕事関係の人間を呼ばないつもりだったが、こちらに遠慮する必要はないと春道が告げていた。
会社のトップの披露宴で、関係先の人間を呼ばないなど前代未聞で、後々に影響を及ぼす可能性も出てくる。
それに春道や和葉が呼ぶ人間の数は、それほど多くなかった。
会場の隅でこじんまりとすればいい。その程度に考えていた。
とはいえ、決まった日程までには色々とやることがあった。
両親を始め、友人や知人に招待状を送る。
細々とした作業をしてるうちに、披露宴の日が近づいてくる。
「……本当にいいのか?」
ある日の夜、葉月が眠ったあと、リビングで春道は妻に尋ねた。
せっかくの披露宴だというのに、和葉はウエディングドレスを着るのを拒んでいた。
リースすることもできたが、これ以上実兄の泰宏へ迷惑をかけられないと、私服のワンピースで参加すると言い張っている。
滅多にない機会なので、春道としては妻にウエディングドレスを着せてあげたかった。
「気にしないでください。本当は披露宴もやらなくていいぐらいなのですから。それより、あまり夜更かしをしないでくださいね」
そう言って、和葉は自分の部屋へ戻っていく。
春道の仕事が不規則なため、基本的に寝室は別々のままだった。
深夜のリビングに、ひとり残された春道は考える。
本当にこれでよかったのだろうか。
和葉も女性。ウエディングドレスに憧れてるはずだ。
反対の意見を述べながらも、披露宴を実行すると決めた時、わずかに見せた嬉しそうな様子を春道は今も覚えている。
だからこそ泰宏の申し出を了承した。情けない話だが、高木家の財政状況で披露宴を行えば、後々の生活がキツくなる。
最近は報酬の管理を妻に任せているため、誰より和葉が一番承知している。
仮に春道が奮発して披露宴を単独でやろうと提案しても、あえなく却下されるのは目に見えていた。
かといって春道が他にバイトでもしようものなら、責任感の強い妻が自分のせいだと悩むのは明らかだった。
ウエディングドレスをリースするくらいならどうとでもなるが、その案はすでに和葉に断られている。
兄夫婦が主役なのに自分が目立っても仕方ない。あくまでも泰宏を気遣っていた。
妹の決意を兄へ伝えれば、間違いなく仕事関係の人間を呼ばなくなる。
互いに互いを思っているからこそ、妙なすれ違いが発生する。
もどかしさを覚えつつも、どうにもできない自分自身に春道は腹を立てる。
「何か良い方法はないものかな……」
なおも考えていると、リビングのドアが開いた。和葉が戻ってきたのかと思ったが、姿を現したのは眠っているはずの葉月だった。
トイレに起きてくると、まだリビングに電気がついていたので、気になったらしかった。
「悪かったな。パパも寝るから、葉月も早く布団へ戻れ」
「うん……」
返事をしながらも、葉月はリビングの出入口付近に立ち続けている。
勘の鋭い子だけに、春道の様子が変だと一見して気づいたのだろう。こうなるとむげに追い返すこともできなくなる。
「……温かいミルクでも飲むか?」
こんな時間にコーヒーでも飲ませて、眠られなくなったりしたら、あとで和葉に何を言われるかわからない。
無難に選択したホットミルクをリビングテーブルに置くと、葉月は「ありがとう」とお礼を言った。
「美味しいねー」
「そうか……」
両手で少し大きめのマグカップを抱えるようにしながら、器用にテーブルの上で傾けている。
ふーふーと何度も息を吹きかけつつ、ちびちびと葉月がホットミルクを飲む。
カップに半分程度しか注いでいないため、お腹が一杯になることもないはずだ。
「ところで、パパはお仕事してたのー?」
やっぱりきたかと思いつつも、どう応じるべきかで悩む。子供には関係ないのひと言で、対処するような親にだけはなりたくなかった。
子供にも人格や人権がある。諸問題が発生したら、ひとりの対等な人間として、誠意をもって接する。
誰にも言ってないが、春道が決めた自分自身のルールみたいなものだった。
「仕事だったら、自分の部屋でするさ。さっきまで、ママとお話してたんだ」
「ママと? 喧嘩はしたら、駄目だよー」
二人で話していたと聞いて、真っ先に夫婦喧嘩を心配するあたり、とても葉月らしといえる。
もっとも、春道と和葉が本気で喧嘩するケースはほとんど存在しない。大概は嫉妬心による和葉の暴走で、不穏な空気になるぐらいである。
だがこれは大人の解釈であり、子供の葉月が抱いている感想はまったく違うのかもしれない。もっと気をつけよう。心の中で春道は自分を戒める。
「喧嘩なんてしないさ。ただな……
そうだ。葉月は、ママの綺麗な姿を見たいか?」
「うん。もちろんだよ。でもね、葉月はパパやママと一緒に、楽しく過ごせればそれでいいのー」
何が欲しいと我侭を言うわけでなし、驚くほどこちらの事情に考慮してくれる。
それゆえに自分を押し殺しているのではないかと心配になるが、当人はそうした自覚はまったくないみたいだった。
「そうだな……パパも一緒だ」
春道がそう言うと、愛娘は心から嬉しそうにニッコリ笑った。
丁度ホットミルクを飲み終えたこともあり、葉月はマグカップをキッチンへ置きに行った。
「それじゃ、お部屋に戻るねー。パパも、早く眠らないと駄目だよー」
戻ってきた葉月は、笑顔のままでそれだけ言い残すと、リビングを後にした。
椅子へ寄りかかるように伸びをしてから、春道は大きな欠伸をする。
すでに夜の残り時間より、朝までの方が短くなっている。
「それにしても……家族全員で、幸せにか……」
葉月の言葉を思い出した時、春道の頭にひとつの案が浮かんできた。
和葉が喜んでくれるかはわからないが、後悔をしないためにやれることはやっておこう。そう考えた。
妙案が浮かんで満足したところで、春道も睡眠をとるために自室へと向かった。
*
翌日から、春道は精力的に行動を開始した。
丁度とりかかっていた仕事が一段落していたこともあり、自由に動ける時間があったのも幸いした。
せめてドレスぐらいは新調したらどうだと、半ば強引に和葉の服のサイズをチェックさせた。
その数値をもとに、春道が走ったのは結婚式会場だった。
田舎の地方だけに数は多くなく、大体がホテル内で結婚式&披露宴として開催される。
だが春道にそこまでの金銭的余裕はない。目的はホテル内にあるウエディングドレスの専門店だった。
リースはもとより、購入用のウエディングドレスも売っている。
本来なら妻に選んでもらうのが一番なのだが、連れてこようものなら「そんな贅沢は必要ありません」と一蹴される。
確かに贅沢かもしれないが、人間には時として無理をしてもいい場面があるのではないか。自らの持論を胸に、春道はひたすら色々なところを走りまわった。
「次は……あそこか……」
披露宴まで日数が短いのもあり、間に合うか不安だったが、田舎だというのが有利に働いた。
都会ほど日頃の祝事の件数が多くなく、想定していたよりも簡単に事前準備を終えられた。
そのため披露宴の段取りなどは和葉へ任せきりになってしまい、ずいぶんと迷惑をかけた。
怒るより悲しそうな母親を、愛娘が幾度も慰めてくれたみたいだった。
だが犠牲を払った価値は充分にある。春道は確かな自信を抱いていた。
そして披露宴の前夜。ここ最近の疲れもあって、緊張もせずに春道はぐっすりと眠れたのだった。
*
「ほら、もう朝だぞ」
まだ早朝の午前五時。
仕事以外では起きているはずのない時間に、早くも春道は動いていた。
しっかりと着替えを終え、愛娘がしがみついている毛布を剥ぎ取って強制的に起床させる。
「あう……おはよー……」
まだ目を閉じたままながら、挨拶をしてくるのが実に葉月らしかった。
「しっかりしろ。目を覚ましたら、例の方法でママを起こすんだ」
例の方法――その言葉を聞いた瞬間に、葉月の両目がくわっと開いた。
元気に「うんっ」と返事をして頷き、パジャマ姿で自室から走り去っていく。これでよしと思いながら、春道はリビングへ向かった。
出かける準備をしている最中、リビングより離れた愛妻の部屋から「ふあうッ!」という悲鳴が聞こえてくる。
これで二度目の襲撃となるが、春道は今回もう起きている。逆襲される心配はなかった。
お腹を摩りながら、やはりパジャマ姿の和葉が、何か言いたげにふらふらとリビングへやってくる。
しかし愛妻の文句を聞いている暇はなく、相手の顔を見るなり、春道は「出かけるぞ」と告げた。
「……え?
いくら何でも、早すぎるでしょう」
「いいんだよ。
ほら、行くぞ。普段着でも構わないからな」
任務を終了して、やたらスッキリした顔の葉月にも同様の趣旨の発言をする。
有無を言わせぬ強引な展開に、さすがの和葉も呆気にとられている。
おかげで反論しようなんて意欲もわかないらしく、ここでも春道の都合のいいように事が運んだ。
「……もしかして、お義父さんやお義母さんが予定より早く着くのですか?」
今日予定されている披露宴には、春道の両親も参加する。
本来は迎えに行く手はずになっていたが、急用があるからと住所を教えて、タクシーで勝手に向かってくれるように頼んでいる。
そのことを教えると、ますます妻は怪訝そうな顔をした。
わざわざ早起きをしてまで、出かける理由がまったく見当たらなくなる。当然の反応だった。
「じゃあ、伯父さんと先生の結婚式を見に行くのー?」
後部座席にいる娘の葉月が、シートの間からひょっこり顔を出して尋ねてくる。
助手席には和葉が座っており、運転しているのは春道だった。
母親の膝の上に座りたがった愛娘を説得して、どうにかひとり後ろの座席で我慢してもらっている。
だからこそ退屈なのか、どんな会話にでも常に加わりたがった。
「いや、残念だけどそれも違う。パパの個人的な用事さ」
「ふ~ん」
返事だけ聞けば素っ気なさそうだが、愛娘の表情はとても楽しそうである。
家族揃ってのお出かけが基本的に大好きなので、行き先に関してはあまり気にしてないみたいだった。
だが和葉は違う。
泰宏の結婚式にも参加しないと聞き、より混乱を深めている。
午前中には泰宏と祐子の結婚式が予定されていた。
本来なら義理の弟に当たる春道や、実の妹の和葉も参加するべきなのはわかっていた。
けれど事前に泰宏へ確認をとったところ、気にしなくていいと言ってもらえた。
だから現時点で、春道の計画を知っているのは、自分と泰宏の二人だけになる。
本当はひとりですべてやりたかったが、何かあった場合にフォローしてくれる人間が必要だった。
程なく車は目的の場所へと到着し、春道は妻と娘に「着いたぞ」と告げた。
結婚式に関しては相手方の邪魔をしては悪いと遠慮し、式後に行われる予定の披露宴にだけ参加することを決めたのだ。
泰宏は仕事関係の人間を呼ばないつもりだったが、こちらに遠慮する必要はないと春道が告げていた。
会社のトップの披露宴で、関係先の人間を呼ばないなど前代未聞で、後々に影響を及ぼす可能性も出てくる。
それに春道や和葉が呼ぶ人間の数は、それほど多くなかった。
会場の隅でこじんまりとすればいい。その程度に考えていた。
とはいえ、決まった日程までには色々とやることがあった。
両親を始め、友人や知人に招待状を送る。
細々とした作業をしてるうちに、披露宴の日が近づいてくる。
「……本当にいいのか?」
ある日の夜、葉月が眠ったあと、リビングで春道は妻に尋ねた。
せっかくの披露宴だというのに、和葉はウエディングドレスを着るのを拒んでいた。
リースすることもできたが、これ以上実兄の泰宏へ迷惑をかけられないと、私服のワンピースで参加すると言い張っている。
滅多にない機会なので、春道としては妻にウエディングドレスを着せてあげたかった。
「気にしないでください。本当は披露宴もやらなくていいぐらいなのですから。それより、あまり夜更かしをしないでくださいね」
そう言って、和葉は自分の部屋へ戻っていく。
春道の仕事が不規則なため、基本的に寝室は別々のままだった。
深夜のリビングに、ひとり残された春道は考える。
本当にこれでよかったのだろうか。
和葉も女性。ウエディングドレスに憧れてるはずだ。
反対の意見を述べながらも、披露宴を実行すると決めた時、わずかに見せた嬉しそうな様子を春道は今も覚えている。
だからこそ泰宏の申し出を了承した。情けない話だが、高木家の財政状況で披露宴を行えば、後々の生活がキツくなる。
最近は報酬の管理を妻に任せているため、誰より和葉が一番承知している。
仮に春道が奮発して披露宴を単独でやろうと提案しても、あえなく却下されるのは目に見えていた。
かといって春道が他にバイトでもしようものなら、責任感の強い妻が自分のせいだと悩むのは明らかだった。
ウエディングドレスをリースするくらいならどうとでもなるが、その案はすでに和葉に断られている。
兄夫婦が主役なのに自分が目立っても仕方ない。あくまでも泰宏を気遣っていた。
妹の決意を兄へ伝えれば、間違いなく仕事関係の人間を呼ばなくなる。
互いに互いを思っているからこそ、妙なすれ違いが発生する。
もどかしさを覚えつつも、どうにもできない自分自身に春道は腹を立てる。
「何か良い方法はないものかな……」
なおも考えていると、リビングのドアが開いた。和葉が戻ってきたのかと思ったが、姿を現したのは眠っているはずの葉月だった。
トイレに起きてくると、まだリビングに電気がついていたので、気になったらしかった。
「悪かったな。パパも寝るから、葉月も早く布団へ戻れ」
「うん……」
返事をしながらも、葉月はリビングの出入口付近に立ち続けている。
勘の鋭い子だけに、春道の様子が変だと一見して気づいたのだろう。こうなるとむげに追い返すこともできなくなる。
「……温かいミルクでも飲むか?」
こんな時間にコーヒーでも飲ませて、眠られなくなったりしたら、あとで和葉に何を言われるかわからない。
無難に選択したホットミルクをリビングテーブルに置くと、葉月は「ありがとう」とお礼を言った。
「美味しいねー」
「そうか……」
両手で少し大きめのマグカップを抱えるようにしながら、器用にテーブルの上で傾けている。
ふーふーと何度も息を吹きかけつつ、ちびちびと葉月がホットミルクを飲む。
カップに半分程度しか注いでいないため、お腹が一杯になることもないはずだ。
「ところで、パパはお仕事してたのー?」
やっぱりきたかと思いつつも、どう応じるべきかで悩む。子供には関係ないのひと言で、対処するような親にだけはなりたくなかった。
子供にも人格や人権がある。諸問題が発生したら、ひとりの対等な人間として、誠意をもって接する。
誰にも言ってないが、春道が決めた自分自身のルールみたいなものだった。
「仕事だったら、自分の部屋でするさ。さっきまで、ママとお話してたんだ」
「ママと? 喧嘩はしたら、駄目だよー」
二人で話していたと聞いて、真っ先に夫婦喧嘩を心配するあたり、とても葉月らしといえる。
もっとも、春道と和葉が本気で喧嘩するケースはほとんど存在しない。大概は嫉妬心による和葉の暴走で、不穏な空気になるぐらいである。
だがこれは大人の解釈であり、子供の葉月が抱いている感想はまったく違うのかもしれない。もっと気をつけよう。心の中で春道は自分を戒める。
「喧嘩なんてしないさ。ただな……
そうだ。葉月は、ママの綺麗な姿を見たいか?」
「うん。もちろんだよ。でもね、葉月はパパやママと一緒に、楽しく過ごせればそれでいいのー」
何が欲しいと我侭を言うわけでなし、驚くほどこちらの事情に考慮してくれる。
それゆえに自分を押し殺しているのではないかと心配になるが、当人はそうした自覚はまったくないみたいだった。
「そうだな……パパも一緒だ」
春道がそう言うと、愛娘は心から嬉しそうにニッコリ笑った。
丁度ホットミルクを飲み終えたこともあり、葉月はマグカップをキッチンへ置きに行った。
「それじゃ、お部屋に戻るねー。パパも、早く眠らないと駄目だよー」
戻ってきた葉月は、笑顔のままでそれだけ言い残すと、リビングを後にした。
椅子へ寄りかかるように伸びをしてから、春道は大きな欠伸をする。
すでに夜の残り時間より、朝までの方が短くなっている。
「それにしても……家族全員で、幸せにか……」
葉月の言葉を思い出した時、春道の頭にひとつの案が浮かんできた。
和葉が喜んでくれるかはわからないが、後悔をしないためにやれることはやっておこう。そう考えた。
妙案が浮かんで満足したところで、春道も睡眠をとるために自室へと向かった。
*
翌日から、春道は精力的に行動を開始した。
丁度とりかかっていた仕事が一段落していたこともあり、自由に動ける時間があったのも幸いした。
せめてドレスぐらいは新調したらどうだと、半ば強引に和葉の服のサイズをチェックさせた。
その数値をもとに、春道が走ったのは結婚式会場だった。
田舎の地方だけに数は多くなく、大体がホテル内で結婚式&披露宴として開催される。
だが春道にそこまでの金銭的余裕はない。目的はホテル内にあるウエディングドレスの専門店だった。
リースはもとより、購入用のウエディングドレスも売っている。
本来なら妻に選んでもらうのが一番なのだが、連れてこようものなら「そんな贅沢は必要ありません」と一蹴される。
確かに贅沢かもしれないが、人間には時として無理をしてもいい場面があるのではないか。自らの持論を胸に、春道はひたすら色々なところを走りまわった。
「次は……あそこか……」
披露宴まで日数が短いのもあり、間に合うか不安だったが、田舎だというのが有利に働いた。
都会ほど日頃の祝事の件数が多くなく、想定していたよりも簡単に事前準備を終えられた。
そのため披露宴の段取りなどは和葉へ任せきりになってしまい、ずいぶんと迷惑をかけた。
怒るより悲しそうな母親を、愛娘が幾度も慰めてくれたみたいだった。
だが犠牲を払った価値は充分にある。春道は確かな自信を抱いていた。
そして披露宴の前夜。ここ最近の疲れもあって、緊張もせずに春道はぐっすりと眠れたのだった。
*
「ほら、もう朝だぞ」
まだ早朝の午前五時。
仕事以外では起きているはずのない時間に、早くも春道は動いていた。
しっかりと着替えを終え、愛娘がしがみついている毛布を剥ぎ取って強制的に起床させる。
「あう……おはよー……」
まだ目を閉じたままながら、挨拶をしてくるのが実に葉月らしかった。
「しっかりしろ。目を覚ましたら、例の方法でママを起こすんだ」
例の方法――その言葉を聞いた瞬間に、葉月の両目がくわっと開いた。
元気に「うんっ」と返事をして頷き、パジャマ姿で自室から走り去っていく。これでよしと思いながら、春道はリビングへ向かった。
出かける準備をしている最中、リビングより離れた愛妻の部屋から「ふあうッ!」という悲鳴が聞こえてくる。
これで二度目の襲撃となるが、春道は今回もう起きている。逆襲される心配はなかった。
お腹を摩りながら、やはりパジャマ姿の和葉が、何か言いたげにふらふらとリビングへやってくる。
しかし愛妻の文句を聞いている暇はなく、相手の顔を見るなり、春道は「出かけるぞ」と告げた。
「……え?
いくら何でも、早すぎるでしょう」
「いいんだよ。
ほら、行くぞ。普段着でも構わないからな」
任務を終了して、やたらスッキリした顔の葉月にも同様の趣旨の発言をする。
有無を言わせぬ強引な展開に、さすがの和葉も呆気にとられている。
おかげで反論しようなんて意欲もわかないらしく、ここでも春道の都合のいいように事が運んだ。
「……もしかして、お義父さんやお義母さんが予定より早く着くのですか?」
今日予定されている披露宴には、春道の両親も参加する。
本来は迎えに行く手はずになっていたが、急用があるからと住所を教えて、タクシーで勝手に向かってくれるように頼んでいる。
そのことを教えると、ますます妻は怪訝そうな顔をした。
わざわざ早起きをしてまで、出かける理由がまったく見当たらなくなる。当然の反応だった。
「じゃあ、伯父さんと先生の結婚式を見に行くのー?」
後部座席にいる娘の葉月が、シートの間からひょっこり顔を出して尋ねてくる。
助手席には和葉が座っており、運転しているのは春道だった。
母親の膝の上に座りたがった愛娘を説得して、どうにかひとり後ろの座席で我慢してもらっている。
だからこそ退屈なのか、どんな会話にでも常に加わりたがった。
「いや、残念だけどそれも違う。パパの個人的な用事さ」
「ふ~ん」
返事だけ聞けば素っ気なさそうだが、愛娘の表情はとても楽しそうである。
家族揃ってのお出かけが基本的に大好きなので、行き先に関してはあまり気にしてないみたいだった。
だが和葉は違う。
泰宏の結婚式にも参加しないと聞き、より混乱を深めている。
午前中には泰宏と祐子の結婚式が予定されていた。
本来なら義理の弟に当たる春道や、実の妹の和葉も参加するべきなのはわかっていた。
けれど事前に泰宏へ確認をとったところ、気にしなくていいと言ってもらえた。
だから現時点で、春道の計画を知っているのは、自分と泰宏の二人だけになる。
本当はひとりですべてやりたかったが、何かあった場合にフォローしてくれる人間が必要だった。
程なく車は目的の場所へと到着し、春道は妻と娘に「着いたぞ」と告げた。
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