48 / 335
合同披露宴の準備
しおりを挟む
こうして春道と和葉は、泰宏たちと合同で披露宴をすることになった。
結婚式に関しては相手方の邪魔をしては悪いと遠慮し、式後に行われる予定の披露宴にだけ参加することを決めたのだ。
泰宏は仕事関係の人間を呼ばないつもりだったが、こちらに遠慮する必要はないと春道が告げていた。
会社のトップの披露宴で、関係先の人間を呼ばないなど前代未聞で、後々に影響を及ぼす可能性も出てくる。
それに春道や和葉が呼ぶ人間の数は、それほど多くなかった。
会場の隅でこじんまりとすればいい。その程度に考えていた。
とはいえ、決まった日程までには色々とやることがあった。
両親を始め、友人や知人に招待状を送る。
細々とした作業をしてるうちに、披露宴の日が近づいてくる。
「……本当にいいのか?」
ある日の夜、葉月が眠ったあと、リビングで春道は妻に尋ねた。
せっかくの披露宴だというのに、和葉はウエディングドレスを着るのを拒んでいた。
リースすることもできたが、これ以上実兄の泰宏へ迷惑をかけられないと、私服のワンピースで参加すると言い張っている。
滅多にない機会なので、春道としては妻にウエディングドレスを着せてあげたかった。
「気にしないでください。本当は披露宴もやらなくていいぐらいなのですから。それより、あまり夜更かしをしないでくださいね」
そう言って、和葉は自分の部屋へ戻っていく。
春道の仕事が不規則なため、基本的に寝室は別々のままだった。
深夜のリビングに、ひとり残された春道は考える。
本当にこれでよかったのだろうか。
和葉も女性。ウエディングドレスに憧れてるはずだ。
反対の意見を述べながらも、披露宴を実行すると決めた時、わずかに見せた嬉しそうな様子を春道は今も覚えている。
だからこそ泰宏の申し出を了承した。情けない話だが、高木家の財政状況で披露宴を行えば、後々の生活がキツくなる。
最近は報酬の管理を妻に任せているため、誰より和葉が一番承知している。
仮に春道が奮発して披露宴を単独でやろうと提案しても、あえなく却下されるのは目に見えていた。
かといって春道が他にバイトでもしようものなら、責任感の強い妻が自分のせいだと悩むのは明らかだった。
ウエディングドレスをリースするくらいならどうとでもなるが、その案はすでに和葉に断られている。
兄夫婦が主役なのに自分が目立っても仕方ない。あくまでも泰宏を気遣っていた。
妹の決意を兄へ伝えれば、間違いなく仕事関係の人間を呼ばなくなる。
互いに互いを思っているからこそ、妙なすれ違いが発生する。
もどかしさを覚えつつも、どうにもできない自分自身に春道は腹を立てる。
「何か良い方法はないものかな……」
なおも考えていると、リビングのドアが開いた。和葉が戻ってきたのかと思ったが、姿を現したのは眠っているはずの葉月だった。
トイレに起きてくると、まだリビングに電気がついていたので、気になったらしかった。
「悪かったな。パパも寝るから、葉月も早く布団へ戻れ」
「うん……」
返事をしながらも、葉月はリビングの出入口付近に立ち続けている。
勘の鋭い子だけに、春道の様子が変だと一見して気づいたのだろう。こうなるとむげに追い返すこともできなくなる。
「……温かいミルクでも飲むか?」
こんな時間にコーヒーでも飲ませて、眠られなくなったりしたら、あとで和葉に何を言われるかわからない。
無難に選択したホットミルクをリビングテーブルに置くと、葉月は「ありがとう」とお礼を言った。
「美味しいねー」
「そうか……」
両手で少し大きめのマグカップを抱えるようにしながら、器用にテーブルの上で傾けている。
ふーふーと何度も息を吹きかけつつ、ちびちびと葉月がホットミルクを飲む。
カップに半分程度しか注いでいないため、お腹が一杯になることもないはずだ。
「ところで、パパはお仕事してたのー?」
やっぱりきたかと思いつつも、どう応じるべきかで悩む。子供には関係ないのひと言で、対処するような親にだけはなりたくなかった。
子供にも人格や人権がある。諸問題が発生したら、ひとりの対等な人間として、誠意をもって接する。
誰にも言ってないが、春道が決めた自分自身のルールみたいなものだった。
「仕事だったら、自分の部屋でするさ。さっきまで、ママとお話してたんだ」
「ママと? 喧嘩はしたら、駄目だよー」
二人で話していたと聞いて、真っ先に夫婦喧嘩を心配するあたり、とても葉月らしといえる。
もっとも、春道と和葉が本気で喧嘩するケースはほとんど存在しない。大概は嫉妬心による和葉の暴走で、不穏な空気になるぐらいである。
だがこれは大人の解釈であり、子供の葉月が抱いている感想はまったく違うのかもしれない。もっと気をつけよう。心の中で春道は自分を戒める。
「喧嘩なんてしないさ。ただな……
そうだ。葉月は、ママの綺麗な姿を見たいか?」
「うん。もちろんだよ。でもね、葉月はパパやママと一緒に、楽しく過ごせればそれでいいのー」
何が欲しいと我侭を言うわけでなし、驚くほどこちらの事情に考慮してくれる。
それゆえに自分を押し殺しているのではないかと心配になるが、当人はそうした自覚はまったくないみたいだった。
「そうだな……パパも一緒だ」
春道がそう言うと、愛娘は心から嬉しそうにニッコリ笑った。
丁度ホットミルクを飲み終えたこともあり、葉月はマグカップをキッチンへ置きに行った。
「それじゃ、お部屋に戻るねー。パパも、早く眠らないと駄目だよー」
戻ってきた葉月は、笑顔のままでそれだけ言い残すと、リビングを後にした。
椅子へ寄りかかるように伸びをしてから、春道は大きな欠伸をする。
すでに夜の残り時間より、朝までの方が短くなっている。
「それにしても……家族全員で、幸せにか……」
葉月の言葉を思い出した時、春道の頭にひとつの案が浮かんできた。
和葉が喜んでくれるかはわからないが、後悔をしないためにやれることはやっておこう。そう考えた。
妙案が浮かんで満足したところで、春道も睡眠をとるために自室へと向かった。
*
翌日から、春道は精力的に行動を開始した。
丁度とりかかっていた仕事が一段落していたこともあり、自由に動ける時間があったのも幸いした。
せめてドレスぐらいは新調したらどうだと、半ば強引に和葉の服のサイズをチェックさせた。
その数値をもとに、春道が走ったのは結婚式会場だった。
田舎の地方だけに数は多くなく、大体がホテル内で結婚式&披露宴として開催される。
だが春道にそこまでの金銭的余裕はない。目的はホテル内にあるウエディングドレスの専門店だった。
リースはもとより、購入用のウエディングドレスも売っている。
本来なら妻に選んでもらうのが一番なのだが、連れてこようものなら「そんな贅沢は必要ありません」と一蹴される。
確かに贅沢かもしれないが、人間には時として無理をしてもいい場面があるのではないか。自らの持論を胸に、春道はひたすら色々なところを走りまわった。
「次は……あそこか……」
披露宴まで日数が短いのもあり、間に合うか不安だったが、田舎だというのが有利に働いた。
都会ほど日頃の祝事の件数が多くなく、想定していたよりも簡単に事前準備を終えられた。
そのため披露宴の段取りなどは和葉へ任せきりになってしまい、ずいぶんと迷惑をかけた。
怒るより悲しそうな母親を、愛娘が幾度も慰めてくれたみたいだった。
だが犠牲を払った価値は充分にある。春道は確かな自信を抱いていた。
そして披露宴の前夜。ここ最近の疲れもあって、緊張もせずに春道はぐっすりと眠れたのだった。
*
「ほら、もう朝だぞ」
まだ早朝の午前五時。
仕事以外では起きているはずのない時間に、早くも春道は動いていた。
しっかりと着替えを終え、愛娘がしがみついている毛布を剥ぎ取って強制的に起床させる。
「あう……おはよー……」
まだ目を閉じたままながら、挨拶をしてくるのが実に葉月らしかった。
「しっかりしろ。目を覚ましたら、例の方法でママを起こすんだ」
例の方法――その言葉を聞いた瞬間に、葉月の両目がくわっと開いた。
元気に「うんっ」と返事をして頷き、パジャマ姿で自室から走り去っていく。これでよしと思いながら、春道はリビングへ向かった。
出かける準備をしている最中、リビングより離れた愛妻の部屋から「ふあうッ!」という悲鳴が聞こえてくる。
これで二度目の襲撃となるが、春道は今回もう起きている。逆襲される心配はなかった。
お腹を摩りながら、やはりパジャマ姿の和葉が、何か言いたげにふらふらとリビングへやってくる。
しかし愛妻の文句を聞いている暇はなく、相手の顔を見るなり、春道は「出かけるぞ」と告げた。
「……え?
いくら何でも、早すぎるでしょう」
「いいんだよ。
ほら、行くぞ。普段着でも構わないからな」
任務を終了して、やたらスッキリした顔の葉月にも同様の趣旨の発言をする。
有無を言わせぬ強引な展開に、さすがの和葉も呆気にとられている。
おかげで反論しようなんて意欲もわかないらしく、ここでも春道の都合のいいように事が運んだ。
「……もしかして、お義父さんやお義母さんが予定より早く着くのですか?」
今日予定されている披露宴には、春道の両親も参加する。
本来は迎えに行く手はずになっていたが、急用があるからと住所を教えて、タクシーで勝手に向かってくれるように頼んでいる。
そのことを教えると、ますます妻は怪訝そうな顔をした。
わざわざ早起きをしてまで、出かける理由がまったく見当たらなくなる。当然の反応だった。
「じゃあ、伯父さんと先生の結婚式を見に行くのー?」
後部座席にいる娘の葉月が、シートの間からひょっこり顔を出して尋ねてくる。
助手席には和葉が座っており、運転しているのは春道だった。
母親の膝の上に座りたがった愛娘を説得して、どうにかひとり後ろの座席で我慢してもらっている。
だからこそ退屈なのか、どんな会話にでも常に加わりたがった。
「いや、残念だけどそれも違う。パパの個人的な用事さ」
「ふ~ん」
返事だけ聞けば素っ気なさそうだが、愛娘の表情はとても楽しそうである。
家族揃ってのお出かけが基本的に大好きなので、行き先に関してはあまり気にしてないみたいだった。
だが和葉は違う。
泰宏の結婚式にも参加しないと聞き、より混乱を深めている。
午前中には泰宏と祐子の結婚式が予定されていた。
本来なら義理の弟に当たる春道や、実の妹の和葉も参加するべきなのはわかっていた。
けれど事前に泰宏へ確認をとったところ、気にしなくていいと言ってもらえた。
だから現時点で、春道の計画を知っているのは、自分と泰宏の二人だけになる。
本当はひとりですべてやりたかったが、何かあった場合にフォローしてくれる人間が必要だった。
程なく車は目的の場所へと到着し、春道は妻と娘に「着いたぞ」と告げた。
結婚式に関しては相手方の邪魔をしては悪いと遠慮し、式後に行われる予定の披露宴にだけ参加することを決めたのだ。
泰宏は仕事関係の人間を呼ばないつもりだったが、こちらに遠慮する必要はないと春道が告げていた。
会社のトップの披露宴で、関係先の人間を呼ばないなど前代未聞で、後々に影響を及ぼす可能性も出てくる。
それに春道や和葉が呼ぶ人間の数は、それほど多くなかった。
会場の隅でこじんまりとすればいい。その程度に考えていた。
とはいえ、決まった日程までには色々とやることがあった。
両親を始め、友人や知人に招待状を送る。
細々とした作業をしてるうちに、披露宴の日が近づいてくる。
「……本当にいいのか?」
ある日の夜、葉月が眠ったあと、リビングで春道は妻に尋ねた。
せっかくの披露宴だというのに、和葉はウエディングドレスを着るのを拒んでいた。
リースすることもできたが、これ以上実兄の泰宏へ迷惑をかけられないと、私服のワンピースで参加すると言い張っている。
滅多にない機会なので、春道としては妻にウエディングドレスを着せてあげたかった。
「気にしないでください。本当は披露宴もやらなくていいぐらいなのですから。それより、あまり夜更かしをしないでくださいね」
そう言って、和葉は自分の部屋へ戻っていく。
春道の仕事が不規則なため、基本的に寝室は別々のままだった。
深夜のリビングに、ひとり残された春道は考える。
本当にこれでよかったのだろうか。
和葉も女性。ウエディングドレスに憧れてるはずだ。
反対の意見を述べながらも、披露宴を実行すると決めた時、わずかに見せた嬉しそうな様子を春道は今も覚えている。
だからこそ泰宏の申し出を了承した。情けない話だが、高木家の財政状況で披露宴を行えば、後々の生活がキツくなる。
最近は報酬の管理を妻に任せているため、誰より和葉が一番承知している。
仮に春道が奮発して披露宴を単独でやろうと提案しても、あえなく却下されるのは目に見えていた。
かといって春道が他にバイトでもしようものなら、責任感の強い妻が自分のせいだと悩むのは明らかだった。
ウエディングドレスをリースするくらいならどうとでもなるが、その案はすでに和葉に断られている。
兄夫婦が主役なのに自分が目立っても仕方ない。あくまでも泰宏を気遣っていた。
妹の決意を兄へ伝えれば、間違いなく仕事関係の人間を呼ばなくなる。
互いに互いを思っているからこそ、妙なすれ違いが発生する。
もどかしさを覚えつつも、どうにもできない自分自身に春道は腹を立てる。
「何か良い方法はないものかな……」
なおも考えていると、リビングのドアが開いた。和葉が戻ってきたのかと思ったが、姿を現したのは眠っているはずの葉月だった。
トイレに起きてくると、まだリビングに電気がついていたので、気になったらしかった。
「悪かったな。パパも寝るから、葉月も早く布団へ戻れ」
「うん……」
返事をしながらも、葉月はリビングの出入口付近に立ち続けている。
勘の鋭い子だけに、春道の様子が変だと一見して気づいたのだろう。こうなるとむげに追い返すこともできなくなる。
「……温かいミルクでも飲むか?」
こんな時間にコーヒーでも飲ませて、眠られなくなったりしたら、あとで和葉に何を言われるかわからない。
無難に選択したホットミルクをリビングテーブルに置くと、葉月は「ありがとう」とお礼を言った。
「美味しいねー」
「そうか……」
両手で少し大きめのマグカップを抱えるようにしながら、器用にテーブルの上で傾けている。
ふーふーと何度も息を吹きかけつつ、ちびちびと葉月がホットミルクを飲む。
カップに半分程度しか注いでいないため、お腹が一杯になることもないはずだ。
「ところで、パパはお仕事してたのー?」
やっぱりきたかと思いつつも、どう応じるべきかで悩む。子供には関係ないのひと言で、対処するような親にだけはなりたくなかった。
子供にも人格や人権がある。諸問題が発生したら、ひとりの対等な人間として、誠意をもって接する。
誰にも言ってないが、春道が決めた自分自身のルールみたいなものだった。
「仕事だったら、自分の部屋でするさ。さっきまで、ママとお話してたんだ」
「ママと? 喧嘩はしたら、駄目だよー」
二人で話していたと聞いて、真っ先に夫婦喧嘩を心配するあたり、とても葉月らしといえる。
もっとも、春道と和葉が本気で喧嘩するケースはほとんど存在しない。大概は嫉妬心による和葉の暴走で、不穏な空気になるぐらいである。
だがこれは大人の解釈であり、子供の葉月が抱いている感想はまったく違うのかもしれない。もっと気をつけよう。心の中で春道は自分を戒める。
「喧嘩なんてしないさ。ただな……
そうだ。葉月は、ママの綺麗な姿を見たいか?」
「うん。もちろんだよ。でもね、葉月はパパやママと一緒に、楽しく過ごせればそれでいいのー」
何が欲しいと我侭を言うわけでなし、驚くほどこちらの事情に考慮してくれる。
それゆえに自分を押し殺しているのではないかと心配になるが、当人はそうした自覚はまったくないみたいだった。
「そうだな……パパも一緒だ」
春道がそう言うと、愛娘は心から嬉しそうにニッコリ笑った。
丁度ホットミルクを飲み終えたこともあり、葉月はマグカップをキッチンへ置きに行った。
「それじゃ、お部屋に戻るねー。パパも、早く眠らないと駄目だよー」
戻ってきた葉月は、笑顔のままでそれだけ言い残すと、リビングを後にした。
椅子へ寄りかかるように伸びをしてから、春道は大きな欠伸をする。
すでに夜の残り時間より、朝までの方が短くなっている。
「それにしても……家族全員で、幸せにか……」
葉月の言葉を思い出した時、春道の頭にひとつの案が浮かんできた。
和葉が喜んでくれるかはわからないが、後悔をしないためにやれることはやっておこう。そう考えた。
妙案が浮かんで満足したところで、春道も睡眠をとるために自室へと向かった。
*
翌日から、春道は精力的に行動を開始した。
丁度とりかかっていた仕事が一段落していたこともあり、自由に動ける時間があったのも幸いした。
せめてドレスぐらいは新調したらどうだと、半ば強引に和葉の服のサイズをチェックさせた。
その数値をもとに、春道が走ったのは結婚式会場だった。
田舎の地方だけに数は多くなく、大体がホテル内で結婚式&披露宴として開催される。
だが春道にそこまでの金銭的余裕はない。目的はホテル内にあるウエディングドレスの専門店だった。
リースはもとより、購入用のウエディングドレスも売っている。
本来なら妻に選んでもらうのが一番なのだが、連れてこようものなら「そんな贅沢は必要ありません」と一蹴される。
確かに贅沢かもしれないが、人間には時として無理をしてもいい場面があるのではないか。自らの持論を胸に、春道はひたすら色々なところを走りまわった。
「次は……あそこか……」
披露宴まで日数が短いのもあり、間に合うか不安だったが、田舎だというのが有利に働いた。
都会ほど日頃の祝事の件数が多くなく、想定していたよりも簡単に事前準備を終えられた。
そのため披露宴の段取りなどは和葉へ任せきりになってしまい、ずいぶんと迷惑をかけた。
怒るより悲しそうな母親を、愛娘が幾度も慰めてくれたみたいだった。
だが犠牲を払った価値は充分にある。春道は確かな自信を抱いていた。
そして披露宴の前夜。ここ最近の疲れもあって、緊張もせずに春道はぐっすりと眠れたのだった。
*
「ほら、もう朝だぞ」
まだ早朝の午前五時。
仕事以外では起きているはずのない時間に、早くも春道は動いていた。
しっかりと着替えを終え、愛娘がしがみついている毛布を剥ぎ取って強制的に起床させる。
「あう……おはよー……」
まだ目を閉じたままながら、挨拶をしてくるのが実に葉月らしかった。
「しっかりしろ。目を覚ましたら、例の方法でママを起こすんだ」
例の方法――その言葉を聞いた瞬間に、葉月の両目がくわっと開いた。
元気に「うんっ」と返事をして頷き、パジャマ姿で自室から走り去っていく。これでよしと思いながら、春道はリビングへ向かった。
出かける準備をしている最中、リビングより離れた愛妻の部屋から「ふあうッ!」という悲鳴が聞こえてくる。
これで二度目の襲撃となるが、春道は今回もう起きている。逆襲される心配はなかった。
お腹を摩りながら、やはりパジャマ姿の和葉が、何か言いたげにふらふらとリビングへやってくる。
しかし愛妻の文句を聞いている暇はなく、相手の顔を見るなり、春道は「出かけるぞ」と告げた。
「……え?
いくら何でも、早すぎるでしょう」
「いいんだよ。
ほら、行くぞ。普段着でも構わないからな」
任務を終了して、やたらスッキリした顔の葉月にも同様の趣旨の発言をする。
有無を言わせぬ強引な展開に、さすがの和葉も呆気にとられている。
おかげで反論しようなんて意欲もわかないらしく、ここでも春道の都合のいいように事が運んだ。
「……もしかして、お義父さんやお義母さんが予定より早く着くのですか?」
今日予定されている披露宴には、春道の両親も参加する。
本来は迎えに行く手はずになっていたが、急用があるからと住所を教えて、タクシーで勝手に向かってくれるように頼んでいる。
そのことを教えると、ますます妻は怪訝そうな顔をした。
わざわざ早起きをしてまで、出かける理由がまったく見当たらなくなる。当然の反応だった。
「じゃあ、伯父さんと先生の結婚式を見に行くのー?」
後部座席にいる娘の葉月が、シートの間からひょっこり顔を出して尋ねてくる。
助手席には和葉が座っており、運転しているのは春道だった。
母親の膝の上に座りたがった愛娘を説得して、どうにかひとり後ろの座席で我慢してもらっている。
だからこそ退屈なのか、どんな会話にでも常に加わりたがった。
「いや、残念だけどそれも違う。パパの個人的な用事さ」
「ふ~ん」
返事だけ聞けば素っ気なさそうだが、愛娘の表情はとても楽しそうである。
家族揃ってのお出かけが基本的に大好きなので、行き先に関してはあまり気にしてないみたいだった。
だが和葉は違う。
泰宏の結婚式にも参加しないと聞き、より混乱を深めている。
午前中には泰宏と祐子の結婚式が予定されていた。
本来なら義理の弟に当たる春道や、実の妹の和葉も参加するべきなのはわかっていた。
けれど事前に泰宏へ確認をとったところ、気にしなくていいと言ってもらえた。
だから現時点で、春道の計画を知っているのは、自分と泰宏の二人だけになる。
本当はひとりですべてやりたかったが、何かあった場合にフォローしてくれる人間が必要だった。
程なく車は目的の場所へと到着し、春道は妻と娘に「着いたぞ」と告げた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる