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男と女の婚活物語(1)
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戸高泰宏は、腕を組んでひとり考えていた。
そろそろ自分も結婚するべきではないか。
妹夫婦――和葉と高木春道を見ていて、願望が強くなった。
年末年始にかけて遊びに来ていた高木家。大きな問題があったにもかかわらず、見事に乗り越えて、家族間の絆はより強固になっている。
そうした光景を見ているうちに、家族とはいいなと思うようになった。
これまでは縁がなかったこともあり、独身生活を楽しんできた。
けれど、ここらで区切りをつけるのもいいかもしれない。
とはいえ、したいからといって、すぐにできるほど結婚は簡単でなかった。
父親が残してくれた会社を経営中なため、財政面での心配はしなくても済んだ。そして、言い寄ってくる女性もいる。
だがそれは戸高泰宏という人間を欲してるのではなく、金銭を欲してるだけにすぎなかった。
名家の当代となった泰宏の側には、世話を焼きたがる人間が急増している。
利権が目当てなのは、火を見るより明らかだ。このような環境では、正常な結婚など夢のまた夢だった。
そこで泰宏は、住んでいる場所とは遠くはなれた地にある結婚相談所へ登録した。
申し訳ないと思いつつも、年収に関しては相当に低くした額にしてある。
虚偽記載となってしまったが、正式な公的書類というわけでもない。何より普通に恋愛してみたいという思いが強かった。
登録してからしばらく経ったある日、泰宏の携帯電話にひとつの連絡が入った。
「もしもし、戸高さんですか?
私、ご登録いただいた結婚相談所の者ですが」
*
小石川祐子は、頬杖をついてひとり考えていた。
そろそろ自分も、結婚するべきではないか。
まだ二十代だというのに、幾度も呼ばれた友人たちの結婚式へ参加するたび、少しずつ焦りを募らせた。
そんな時に、ひとりの男性と出会う。
教師である祐子が、担任を務めているクラスの女児の父親だった。
少女は前々から仲間外れにされており、祐子も事実確認を把握していたが、そのうち飽きるだろうと高をくくり、深刻に捉えなかった。
だが意に反して虐めは日常化し、とうとう少女の母親が学校へ乗り込んできた。
キャンキャンと喚く耳障りなタイプではなかったが、理論派であり、どんな言い訳も跳ね返された。
何とかしろと言われて、簡単にどうにかできるようであれば、日本全国どこの学校でも学級崩壊など起きないのである。
対処に真剣さを見出せないまま数日が経過し、祐子が勤務している小学校で父兄を対象とした授業参観が開催された。
該当の少女は父親がいないのをからかわれていたため、当日はあまり楽しくないだろうと思っていた。
父兄参観の目玉として、生徒たちに父親の似顔絵を描くように指示をした。
すると案の定、例の少女が孤立化した。かわいそうに思いつつも、女児の母親に責められたのを思い出した祐子は意地悪をする。
そんな時、窮地へ陥った少女を救うべく、教室のドアがいきなり開かれた。
現れたのは祐子の好みのタイプと一致する男性で、どうやら少女の父親みたいだった。
行動力も備わってるようで、父兄参観の日以来、目に見えて少女への虐めが減少した。
祐子はその男性――高木春道へ急激に惹かれた。
娘と血が繋がっていないのもわかったが、そのような情報は何の役にも立たなかった。
強烈な夫婦愛及び家族愛を見せつけられ、退散せざるをえなくなる。
それでも諦めきれなかった祐子は、将を射んとするならまずは馬からの言葉どおり、担任している少女と仲良くなろうとした。
結果は失敗。
次は家まで押しかけたものの玉砕。けれど、やっぱり諦めきれなかった。
しかし一方で理想と現実は別物と、登録していた結婚相談所から、ある日祐子の携帯電話に連絡が入った。
「もしもし、小石川さんですか?
私、ご登録いただいた結婚相談所の者ですが」
*
戸高泰宏は緊張の面持ちで、イベント会場となるホールへやってきていた。
名家の当代というのを隠したいので、高級なスーツではなく、量販店で購入した安価なのを身に纏っている。
どうしてこのような場にいるのかといえば、登録している結婚相談所が主催したお見合いパーティーだからである。
結婚するためには出会いは必要不可欠であり、連絡を受けた泰宏はチャンス到来とばかりに出席を快諾した。
大きめのホールを丸ごとひとつ貸しきっており、かなり大々的なイベントになっている。
もっとも協賛が大手のホテルなので、カップル誕生の際は、割引利用の特典をつけてブライダル予約でも狙っているのかもしれない。推測が当たっているのであれば、ホテルの良いところをアピールして、泰宏たちに好印象を抱いてもらう必要がある。
立食パーティ形式になっているが、用意された料理はなかなか豪華で、飲み物にはシャンパンまである太っ腹ぶりだ。いくら結婚相談所に会費を払っているとはいえ、費用なしでこうしたパーティーに参加できるのなら安いぐらいだった。
結婚相談所自体もカップル成立の実績を作るために、結構無理をしてる可能性も考えられる。
いつの間にか腕を組んで考え込んでいた泰宏は、ここでようやくハッとする。
せっかくの出会いの場だというのに、経営者として物事を考えている。これではまとまるべき話も、まとまるわけがなかった。
気を取り直して、イベントに集中する。最初は三分ずつに区切って、参加している男性と女性が顔合わせする。
そのあとで、気に入った者同士が会話をするシステムだった。
まずは最初のひとりと対面することになり、泰宏は「初めまして」と挨拶する。
*
「婚活パーティーに参加しませんか」
結婚相談員の誘いに、小石川祐子は当初乗り気でなかったが、会話の途中で思い直して参加を決めた。
一番の大きな理由は、参加費がかからないという点だった。
会場までの交通費は自腹になるが、無料で立食形式のお見合いパーティーに参加できるのはお得だった。
当日になって会場を見た祐子は、合コン感覚で来たのを後悔した。
とはいえ、根が明るい祐子は、すぐに気を持ち直していた。
何気なく参加したイベントで、運命の人と出会えるなんてのはよくある話だ。
もっとも祐子の知り合いにそういうパターンはなく、主にテレビドラマから得た情報である。
良さげな男性がいなければ、食事だけ楽しんで帰るつもりだった。
極上の美人というわけではないけれど、顔立ちは整っている方だと自負している。そのため、交際を申し込まれる自信はあった。
最初は全員と顔合わせをするため、時間を制限しての自己紹介タイムとなる。
名前と年齢、それに職業。中には年収まで告げていく男性もいた。
確かにお金はある方がいいけれど、それだけでもいけないと思っている。
なのでいかに年収が凄くても、簡単になびいたりするつもりはなかった。
二人目、三人目と自己紹介を済ませていくうち、かすかな期待は粉々になっていた。
大体が祐子よりも年上で、とてもフィーリングが合いそうにない。今日は不発かと思っていると、ひとりの男性が目の前にやってきた。
「初めまして、戸高泰宏と言います」
年齢は三十に届くかどうかといったところだろう。他の面子に比べれば、若さに溢れている。
応対にも、それほど不備はないらしい。
というのも、祐子より前に自己紹介を済ませたであろう女性たちが、チラチラとこの男性を見ているからだ。思わず指をパチンと鳴らしそうになる。
もしかしたら、当たりかもしれない。
顔立ちは 顔立ちはそんなに悪くなく、身なりもきちんとしている。
見た感じ、スーツは安物みたいだが、成金がいいという希望は持っていない。
直感で、とりあえずキープすべき人材だと判断した祐子は、とびきりの笑顔を作って自己紹介する。
「戸高泰宏さんですね。私は、小石川祐子と申します」
*
婚活イベントに参加しているメンバー全員に自己紹介を終えると、フリータイムへ突入した。
第一印象で好意を持った人と、好きに話してもいいというシステムなのだが、ここで戸高泰宏に予想だにしなかった事態が訪れる。
なんと複数の女性参加者から「少しお話しませんか」と誘いを受けたのである。
ありがたい話だと思いつつも、泰宏は返事をする前に周囲を見渡していた。
実は自己紹介タイムの際に、ひとりだけ気になった女性がいたのだ。
その人の名前は小石川祐子といい、先方の話では小学校の教師をしているとのことだった。
女性に限らず、人の価値は顔だけで決まらないものの、容姿が整っている異性を見ればどこかウキウキする。
視線でその女性の姿を追うと、やや離れた位置にひとりで立っていた。
話しかけたそうな男たちの視線を全身に浴びながらも、興味ないわとばかりに凛としている。
女性の立ち振る舞いを見て、さらに惹かれた泰宏は、どうしても会話をしたくなる。
すると該当の女性と、唐突に目が合った。
小石川祐子と名乗っていた女性は泰宏が見ているのを知るなり、野に咲く一輪の花のように可憐な微笑を見せてくれた。
これが決め手となり、泰宏は周囲にいる女性参加者たちへ「申し訳ありません」と詫びてから、輪の中より脱出する。
泰宏の思い違いでなければ、小石川祐子もまた、自分と喋りたがってくれている。
足早に近づくと「先ほどはどうも」と声をかける。
何か気の利いたひと言でも送れればよかったのだが、そんな器用な真似ができるのであれば、わざわざ結婚相談所に登録などしていなかった。
「少し、お話しできませんか?」
尋ねた泰宏へ対し、女性は二つ返事で了承してくれた。
会場内へ用意されていたテーブルで、話をしようということになった。
ドキドキしながら先に席へ着いた泰宏から、わずかに遅れて祐子がやってきた。
何をしていたのか尋ねなくても、相手が手に持ってるのを見ればすぐに理由がわかった。
緊張してそのまま席へ着いた泰宏のために、わざわざ飲み物を取ってきてくれたのである。
会場内ではバイキング形式で食事もできるようになっており、それぞれが好きな料理を選びながら、会話を弾ませたりもしている。
――しまった。先走りすぎたか……。
会話をするという目的以外に、何も見えなくなっていた自分自身に愕然とする。
いくら慣れない雰囲気で初めての会場とはいえ、これではあまりにも失態すぎた。
頼りない男と思われてないだろうか。
不安ばかりを募らせる泰宏の前に、祐子が笑顔で飲み物を置いてくれた。
*
しょぼくれた男性の姿に、小石川祐子は迂闊にも可愛いと思ってしまった。
恐らくは三十歳に達してようかという男性。普通なら、気持ち悪いと感じてもおかしくないくらいだ。
にもかかわらず、違う印象を抱いたのだから、目の前にいる男性は、他者にはない魅力を備えているともいえる。
気を利かせて飲み物を差し出しただけで、感動してくれるのも珍しかった。
戸高泰宏と名乗ったこの男性は、よほど女性と縁がない世界を生きてきたのだろうか。経験がなさすぎるのも困りものだが、不思議とそうした感情は覚えない。妙にリラックスできた。
そのため、相手の不満点が目についても、あまり気にせずにいられるのだ。これは祐子にとって初めての体験だった。
常日頃から教師という慌しい仕事をしているからか、泰宏が醸し出しているゆったりした雰囲気がとても新鮮だった。
何も会話がなくとも、不安や焦りを抱かないのだから、居心地がいいということになるのだろう。
このまま座っているだけでもよかったが、気を遣ったのか戸宏が料理を取りに行かないかと誘ってきた。
話がしたいと言ってたのに、バイキングで好きな料理を探してどうするのよ。
あまりにも不器用な男性の態度が微笑ましかった。
考えてみれば祐子が交際してきた歴代の恋人たちは、いつもハンサムで周囲の人気も高かった。
競争倍率の高い男性の心を射止めるたび、誇らしげな気分になった。けれど同時に、同性からのやっかみも増えた。
大学の頃まではそれでよかったが、教師と言う職に就くと、次第に面倒くさくなってきた。
理由はわかっている。
社会人になって、祐子に注目してくれる人間の数が極端に減ったからである。
この時になって初めて祐子は、恋人を好きだったのではなく、イケメンの彼氏を連れて歩く自分へ送られる羨望の眼差しを欲してたにすぎない事実を知った。
けれど、歴代の恋人たちへの申し訳なさは微塵も覚えなかった。
どの付き合いも長続きしなかったものの、相手も評判だった祐子の容姿を求めていた。
いわばお互い様の関係であり、利用しあっただけにすぎない。でも、空しさは覚えた。
そんなときに出会ったのが、祐子のモーションをものともせずに、交際を拒絶した高木春道だった。
そろそろ自分も結婚するべきではないか。
妹夫婦――和葉と高木春道を見ていて、願望が強くなった。
年末年始にかけて遊びに来ていた高木家。大きな問題があったにもかかわらず、見事に乗り越えて、家族間の絆はより強固になっている。
そうした光景を見ているうちに、家族とはいいなと思うようになった。
これまでは縁がなかったこともあり、独身生活を楽しんできた。
けれど、ここらで区切りをつけるのもいいかもしれない。
とはいえ、したいからといって、すぐにできるほど結婚は簡単でなかった。
父親が残してくれた会社を経営中なため、財政面での心配はしなくても済んだ。そして、言い寄ってくる女性もいる。
だがそれは戸高泰宏という人間を欲してるのではなく、金銭を欲してるだけにすぎなかった。
名家の当代となった泰宏の側には、世話を焼きたがる人間が急増している。
利権が目当てなのは、火を見るより明らかだ。このような環境では、正常な結婚など夢のまた夢だった。
そこで泰宏は、住んでいる場所とは遠くはなれた地にある結婚相談所へ登録した。
申し訳ないと思いつつも、年収に関しては相当に低くした額にしてある。
虚偽記載となってしまったが、正式な公的書類というわけでもない。何より普通に恋愛してみたいという思いが強かった。
登録してからしばらく経ったある日、泰宏の携帯電話にひとつの連絡が入った。
「もしもし、戸高さんですか?
私、ご登録いただいた結婚相談所の者ですが」
*
小石川祐子は、頬杖をついてひとり考えていた。
そろそろ自分も、結婚するべきではないか。
まだ二十代だというのに、幾度も呼ばれた友人たちの結婚式へ参加するたび、少しずつ焦りを募らせた。
そんな時に、ひとりの男性と出会う。
教師である祐子が、担任を務めているクラスの女児の父親だった。
少女は前々から仲間外れにされており、祐子も事実確認を把握していたが、そのうち飽きるだろうと高をくくり、深刻に捉えなかった。
だが意に反して虐めは日常化し、とうとう少女の母親が学校へ乗り込んできた。
キャンキャンと喚く耳障りなタイプではなかったが、理論派であり、どんな言い訳も跳ね返された。
何とかしろと言われて、簡単にどうにかできるようであれば、日本全国どこの学校でも学級崩壊など起きないのである。
対処に真剣さを見出せないまま数日が経過し、祐子が勤務している小学校で父兄を対象とした授業参観が開催された。
該当の少女は父親がいないのをからかわれていたため、当日はあまり楽しくないだろうと思っていた。
父兄参観の目玉として、生徒たちに父親の似顔絵を描くように指示をした。
すると案の定、例の少女が孤立化した。かわいそうに思いつつも、女児の母親に責められたのを思い出した祐子は意地悪をする。
そんな時、窮地へ陥った少女を救うべく、教室のドアがいきなり開かれた。
現れたのは祐子の好みのタイプと一致する男性で、どうやら少女の父親みたいだった。
行動力も備わってるようで、父兄参観の日以来、目に見えて少女への虐めが減少した。
祐子はその男性――高木春道へ急激に惹かれた。
娘と血が繋がっていないのもわかったが、そのような情報は何の役にも立たなかった。
強烈な夫婦愛及び家族愛を見せつけられ、退散せざるをえなくなる。
それでも諦めきれなかった祐子は、将を射んとするならまずは馬からの言葉どおり、担任している少女と仲良くなろうとした。
結果は失敗。
次は家まで押しかけたものの玉砕。けれど、やっぱり諦めきれなかった。
しかし一方で理想と現実は別物と、登録していた結婚相談所から、ある日祐子の携帯電話に連絡が入った。
「もしもし、小石川さんですか?
私、ご登録いただいた結婚相談所の者ですが」
*
戸高泰宏は緊張の面持ちで、イベント会場となるホールへやってきていた。
名家の当代というのを隠したいので、高級なスーツではなく、量販店で購入した安価なのを身に纏っている。
どうしてこのような場にいるのかといえば、登録している結婚相談所が主催したお見合いパーティーだからである。
結婚するためには出会いは必要不可欠であり、連絡を受けた泰宏はチャンス到来とばかりに出席を快諾した。
大きめのホールを丸ごとひとつ貸しきっており、かなり大々的なイベントになっている。
もっとも協賛が大手のホテルなので、カップル誕生の際は、割引利用の特典をつけてブライダル予約でも狙っているのかもしれない。推測が当たっているのであれば、ホテルの良いところをアピールして、泰宏たちに好印象を抱いてもらう必要がある。
立食パーティ形式になっているが、用意された料理はなかなか豪華で、飲み物にはシャンパンまである太っ腹ぶりだ。いくら結婚相談所に会費を払っているとはいえ、費用なしでこうしたパーティーに参加できるのなら安いぐらいだった。
結婚相談所自体もカップル成立の実績を作るために、結構無理をしてる可能性も考えられる。
いつの間にか腕を組んで考え込んでいた泰宏は、ここでようやくハッとする。
せっかくの出会いの場だというのに、経営者として物事を考えている。これではまとまるべき話も、まとまるわけがなかった。
気を取り直して、イベントに集中する。最初は三分ずつに区切って、参加している男性と女性が顔合わせする。
そのあとで、気に入った者同士が会話をするシステムだった。
まずは最初のひとりと対面することになり、泰宏は「初めまして」と挨拶する。
*
「婚活パーティーに参加しませんか」
結婚相談員の誘いに、小石川祐子は当初乗り気でなかったが、会話の途中で思い直して参加を決めた。
一番の大きな理由は、参加費がかからないという点だった。
会場までの交通費は自腹になるが、無料で立食形式のお見合いパーティーに参加できるのはお得だった。
当日になって会場を見た祐子は、合コン感覚で来たのを後悔した。
とはいえ、根が明るい祐子は、すぐに気を持ち直していた。
何気なく参加したイベントで、運命の人と出会えるなんてのはよくある話だ。
もっとも祐子の知り合いにそういうパターンはなく、主にテレビドラマから得た情報である。
良さげな男性がいなければ、食事だけ楽しんで帰るつもりだった。
極上の美人というわけではないけれど、顔立ちは整っている方だと自負している。そのため、交際を申し込まれる自信はあった。
最初は全員と顔合わせをするため、時間を制限しての自己紹介タイムとなる。
名前と年齢、それに職業。中には年収まで告げていく男性もいた。
確かにお金はある方がいいけれど、それだけでもいけないと思っている。
なのでいかに年収が凄くても、簡単になびいたりするつもりはなかった。
二人目、三人目と自己紹介を済ませていくうち、かすかな期待は粉々になっていた。
大体が祐子よりも年上で、とてもフィーリングが合いそうにない。今日は不発かと思っていると、ひとりの男性が目の前にやってきた。
「初めまして、戸高泰宏と言います」
年齢は三十に届くかどうかといったところだろう。他の面子に比べれば、若さに溢れている。
応対にも、それほど不備はないらしい。
というのも、祐子より前に自己紹介を済ませたであろう女性たちが、チラチラとこの男性を見ているからだ。思わず指をパチンと鳴らしそうになる。
もしかしたら、当たりかもしれない。
顔立ちは 顔立ちはそんなに悪くなく、身なりもきちんとしている。
見た感じ、スーツは安物みたいだが、成金がいいという希望は持っていない。
直感で、とりあえずキープすべき人材だと判断した祐子は、とびきりの笑顔を作って自己紹介する。
「戸高泰宏さんですね。私は、小石川祐子と申します」
*
婚活イベントに参加しているメンバー全員に自己紹介を終えると、フリータイムへ突入した。
第一印象で好意を持った人と、好きに話してもいいというシステムなのだが、ここで戸高泰宏に予想だにしなかった事態が訪れる。
なんと複数の女性参加者から「少しお話しませんか」と誘いを受けたのである。
ありがたい話だと思いつつも、泰宏は返事をする前に周囲を見渡していた。
実は自己紹介タイムの際に、ひとりだけ気になった女性がいたのだ。
その人の名前は小石川祐子といい、先方の話では小学校の教師をしているとのことだった。
女性に限らず、人の価値は顔だけで決まらないものの、容姿が整っている異性を見ればどこかウキウキする。
視線でその女性の姿を追うと、やや離れた位置にひとりで立っていた。
話しかけたそうな男たちの視線を全身に浴びながらも、興味ないわとばかりに凛としている。
女性の立ち振る舞いを見て、さらに惹かれた泰宏は、どうしても会話をしたくなる。
すると該当の女性と、唐突に目が合った。
小石川祐子と名乗っていた女性は泰宏が見ているのを知るなり、野に咲く一輪の花のように可憐な微笑を見せてくれた。
これが決め手となり、泰宏は周囲にいる女性参加者たちへ「申し訳ありません」と詫びてから、輪の中より脱出する。
泰宏の思い違いでなければ、小石川祐子もまた、自分と喋りたがってくれている。
足早に近づくと「先ほどはどうも」と声をかける。
何か気の利いたひと言でも送れればよかったのだが、そんな器用な真似ができるのであれば、わざわざ結婚相談所に登録などしていなかった。
「少し、お話しできませんか?」
尋ねた泰宏へ対し、女性は二つ返事で了承してくれた。
会場内へ用意されていたテーブルで、話をしようということになった。
ドキドキしながら先に席へ着いた泰宏から、わずかに遅れて祐子がやってきた。
何をしていたのか尋ねなくても、相手が手に持ってるのを見ればすぐに理由がわかった。
緊張してそのまま席へ着いた泰宏のために、わざわざ飲み物を取ってきてくれたのである。
会場内ではバイキング形式で食事もできるようになっており、それぞれが好きな料理を選びながら、会話を弾ませたりもしている。
――しまった。先走りすぎたか……。
会話をするという目的以外に、何も見えなくなっていた自分自身に愕然とする。
いくら慣れない雰囲気で初めての会場とはいえ、これではあまりにも失態すぎた。
頼りない男と思われてないだろうか。
不安ばかりを募らせる泰宏の前に、祐子が笑顔で飲み物を置いてくれた。
*
しょぼくれた男性の姿に、小石川祐子は迂闊にも可愛いと思ってしまった。
恐らくは三十歳に達してようかという男性。普通なら、気持ち悪いと感じてもおかしくないくらいだ。
にもかかわらず、違う印象を抱いたのだから、目の前にいる男性は、他者にはない魅力を備えているともいえる。
気を利かせて飲み物を差し出しただけで、感動してくれるのも珍しかった。
戸高泰宏と名乗ったこの男性は、よほど女性と縁がない世界を生きてきたのだろうか。経験がなさすぎるのも困りものだが、不思議とそうした感情は覚えない。妙にリラックスできた。
そのため、相手の不満点が目についても、あまり気にせずにいられるのだ。これは祐子にとって初めての体験だった。
常日頃から教師という慌しい仕事をしているからか、泰宏が醸し出しているゆったりした雰囲気がとても新鮮だった。
何も会話がなくとも、不安や焦りを抱かないのだから、居心地がいいということになるのだろう。
このまま座っているだけでもよかったが、気を遣ったのか戸宏が料理を取りに行かないかと誘ってきた。
話がしたいと言ってたのに、バイキングで好きな料理を探してどうするのよ。
あまりにも不器用な男性の態度が微笑ましかった。
考えてみれば祐子が交際してきた歴代の恋人たちは、いつもハンサムで周囲の人気も高かった。
競争倍率の高い男性の心を射止めるたび、誇らしげな気分になった。けれど同時に、同性からのやっかみも増えた。
大学の頃まではそれでよかったが、教師と言う職に就くと、次第に面倒くさくなってきた。
理由はわかっている。
社会人になって、祐子に注目してくれる人間の数が極端に減ったからである。
この時になって初めて祐子は、恋人を好きだったのではなく、イケメンの彼氏を連れて歩く自分へ送られる羨望の眼差しを欲してたにすぎない事実を知った。
けれど、歴代の恋人たちへの申し訳なさは微塵も覚えなかった。
どの付き合いも長続きしなかったものの、相手も評判だった祐子の容姿を求めていた。
いわばお互い様の関係であり、利用しあっただけにすぎない。でも、空しさは覚えた。
そんなときに出会ったのが、祐子のモーションをものともせずに、交際を拒絶した高木春道だった。
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