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第21話 来訪者

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 砦内でも敵を探し回り、グレネードランチャーの餌食にしていったため、話をしていた門付近と同じく酷い有様になっていた。

「立てこもっても意味はなさそうだな」

 ところどころ焼け焦げている壁を見ては、アグーがコンコン叩いて強度を確認する。

「手入れをしていなかったので、元からずいぶん脆くはあった」

 どこか俺を慰めるように、ミゲールが言う。あとで未練がましく必死に残してある彼の髭を褒めてあげよう。

「それにしても不思議な武器だよね。やっぱりアタイには使えないみたいだ。姉御みたいに暴走もしない」

「あれだけいた重装騎士をひとりで壊滅させちまったしな。帝国にとっても、姉御はもう恐怖の象徴だろう」

 グレネードランチャーを両手に持って見下ろすアニータと、その横を歩きながら一緒に観察中のアグー。

 砦での傭兵をやっていた頃と違い、戦場も共にしてずいぶんと仲よくなったようである。俺の被害者の会だとか言わないことを祈りたい。

「少しは私たちを攻めるのを躊躇してくれればいいのですが……」

 メルティが表情を曇らせる。彼女が指揮を執り、生活班だった同行者たちに砦の指揮官用の執務室を整えさせている。

 それが終わったと報告がきて、全員でそちらに向かう。

 椅子と机はかろうじて無事だったのを用意し、なんとか執務室としての最低限の面目を保っている。

「帝国民のアグーさんたちには申し訳ありませんが、現皇帝の評判を聞くに、理性的な判断を期待するのはなかなか難しいと言わざるをえません」

「気を遣ってくれなくていいぜ、姉御。先代も含めた皇帝の愚鈍さは、民の間じゃ有名だ。噂じゃ、革命軍なんてのもあって、クーデターを目論んでるらしい」

「ほう? アグーさんは誘われなかったのですか?」

「なかったね。最前線の傭兵とは連絡を取り辛いんだろうさ。そうなるとまだ帝国中に根を張っていなさそうだし、あっても規模は小さいんだろうね」

 アグー以外に革命軍の話を聞いたことのある者はおらず、とりあえずその話はここまでになった。

 なったのだが……。

「大変です、姉御。砦に革命軍の使者だとかいう女が訪ねてきました」

 ドンピシャもドンピシャのタイミングで、向こうさんからコンタクト。

 これはもう闘争が俺を呼んでいるのではなかろうか。

 いかんいかん。グレネードランチャーを預かってもらっているとはいえ、ハンドガンとショットガンによる気分高揚で、思考が戦闘狂よりになってる。

 ハンドガンも預ければいいのかもしれないが、武器がひとつだけだと、破壊されたり奪われたりした場合になすすべがなくなる。

 バフ効果というより呪いみたいな感じもするが、呑まれないように自分をしっかり持たなくてはならない。

「姉御? どうかしましたか?」

 山賊団の時から、生活班のリーダー格として付き合いのある緑髪のテレサが、黙り込んだ俺を前に焦りだす。まずい報告を届けたと思ったのかもしれない。

「ああ、いえ、単純に凄いタイミングだなと……」

 アニータとアグー、メルティも同意する。

 ミゲールが会うなら席を外そうかと提案してきたが、あえて同席を求めた。

「私たちの目的は帝国の転覆ではなく、ミゲールさんたちに安住の地を見つけさせることです。一度約束したからには、最後まで力を尽くしましょう」

 ミゲールのみならず、彼についてきたコボルド一家や村落にいた元人間の魔物たちも感動の面持ちで俺を見つめている。

 帝国との全面衝突も考えなければいけない状況下で、味方を減らすのは得策じゃないし、なによりあの腐れ汚物皇帝はベアトリーチェに執着している。

 闘技場送りにしたり、最前線送りにしたり。

 徹底的に尊厳を破壊し、落ちぶれきったところに姿を現し、救いを与えて奴隷にでもしたいのだろう。

 憶測にすぎないが、ベアトリーチェの記憶から得た情報と合わせて考えても、当たっている確率はかなり高いはずだ。

「せっかくなので、この執務室で会いましょう。お茶も出せそうにないですが」

 苦笑する面々の中、テレサが案内のために部屋を出ていく。

 その間に俺の右隣にアニータが、左隣にメルティが、アグーが扉のすぐ横に護衛として立った。取り巻き立ちは砦内や部屋の前を警護中だ。

 テレサを先頭に、ベアトリーチェと近い年齢の女性が入ってきた。

「あなたは……まさか、ナスターシアですか?」

 年齢は重ねているが、ベアトリーチェの記憶にある、娘を生ませた女にそっくりだったので、ついそう声をかけてしまった。

「はい。お久しぶりございます。ベアトリーチェ様は、少し雰囲気が変わりましたか?」

 ヤバイと思ったが、今は俺がベアトリーチェ。動揺を表に出さないようにしつつ、色々とありましたのでと誤魔化す。

「国家に反乱を企てて失敗し、追われているとのお話ですが? リュードンでも賞金をかけられておりますし」

「そうなのですか? リュードンでも賞金首になっていたんですね、私」

 ここでナスターシアが不思議そうにする。お互いの現状を知るためにも、まずは俺から現在に至るまでの説明を行う。

「なるほど。リュードンの王は、昔からご自身になびかないベアトリーチェ様を不快がっておられましたものね。それにしても正統な王族を追放とは……いえ、後に自分が他の貴族に排除されるのも想定済みでしょうか」

「そこまでして晴らしたい恨みを抱くとは……素直に国王の座についたことで満足しておけばよかったのに」

 根が小市民の俺としては心からそう思う。婿なので権力的には弱いが、男しか王になれないリュードンでは紛れもなく国王なのだ。

「恐らくは現リュードン王を、婿にするべく後押しした貴族とも長年かけて王座を完全に奪う計画を練っていたのでしょう」

「謀が大好きな貴族の本領発揮ですね。いっそまとめて吹き飛ばせれば面白い……もとい、解決……いえ、失言でした」

 元王妃としてのではなく、トリガハッピーとしての本領を発揮しそうになったのをギリギリで堪える。

 ……堪えられたはず、だよな?

「ベアトリーチェ様は、やはり少しお変わりになられたみたいですね。以前なら毒を食事に混ぜたり、暗殺者を送り込んでいたでしょうに」

 あれ? そんな感じの記憶はないぞ?

 もしかしてあの外道元王妃、自分に都合が悪そうな記憶は排除してるのか?

 これ、普通にベアトリーチェがヤベー奴で、婿養子が実質的な被害者だったりしないよな……。

 今すぐ確かめようにも自殺などしたくないし、他殺の時と違ってその場での復帰なしに天へ召されたらシャレにならない。

 謹慎中の女神様あたりは、それを全力で望んでそうだが。

「姉御って王妃時代から物騒だったんだね……」

 思わずといった感じで、アニータが口を挟んだ。

 代々王家へ忠誠を誓ってきた血筋のナスターシアは、そのアニータを鋭い目つきで見たが、なにを言うでもなく首を小さく横に振った。

「私としては微塵もそのつもりはないのですが」

 誰ひとり納得する仲間はいない。

 グレネードランチャーを撃ちまくりながら、高笑いし続けた姿を見ていればさもありなん。完全な自業自得である。

「それで、ナスターシアさんは革命軍の使者ということでしたが……」

「さん?」

「ええ、今の私は王妃ではありません。ただの一般人です。他者を敬うのは当然でしょう。その限りではない方もいらっしゃいますが」

 暗に帝国の現皇帝を示していると悟ったのだろう。ナスターシアは怪訝そうな表情を消し、パンツルックの旅装姿で深々と頭を下げた。

 前屈みになってわかる意外なバストのボリューム。ダボダボの服だったので気が付かなかったが、この人、ベアトリーチェ以上だ。間違いない。

「このナスターシア、現在は革命軍の指導者をしております。それというのも、現皇帝が国を任せるに足る人物ではないからです」

 おっと。問題発言勃発だ。

 堂々と言ってのけるあたり、革命軍の指導者だという話は本当で、クーデターを目論んでいるという噂も事実なのだろう。

「……クーデターに協力してほしいというお願いでしょうか?」

「お察しの通りです。私たちが噂に一部の事実を交えて流しました。そうすることで信憑性を持たせたので、愚かな皇帝は近衛騎士団をリュードンとの国境に派遣しました」

 革命軍は現在、俺たちがアジトにしようと目論んだ、リュードンとの国境の砦を攻める様子を見せているらしい。

 クーデターが成功したら皇帝と先代皇帝は処刑という噂もあったので、それを聞いていたらしい現皇帝のブリューギーは父親ともども大慌てだったとか。

「ナスターシアさんというか、革命軍はずいぶんと城内の事情に精通しているのですね」

「元々、王妃様の侍女としてガーディッシュに入りましたので、市政よりも城内……主に貴族の協力者の方が多いのです」

 リュードンもガーディッシュも、国の中枢たる貴族がこぞって王家を廃そうとしてるとか、なんともファンタジー世界って感じがするな。

「城を抜け出していて大丈夫なのですか?」

「お忘れですか、ベアトリーチェ様。私たちの一族は変装が得意なのですよ」

 要するに影武者が、今も王妃の傍に控えてるってことか。

「貴族たちも暗愚な皇帝には辟易している様子で、クーデターにも協力的です。私が計画の発動を指示すれば、すぐにでも決行されるでしょう」

 だが事が事だけに、あとひと押しの要素を欲して、俺にコンタクトを取ろうと考えたのか。

 城での情報収集が容易なら、俺が闘技場送りになったことや、北の国境付近の最前線で魔物相手に大暴れしたのも承知済みのはずだ。

「協力するのは構いませんが、こちらにも条件があります」

「過去の帝国が秘密裏に消そうとした、不老不死薬の開発に従事していた魔物たちの受け入れですね。それには北の地を考えております」

 ずいぶんと話が早い。さすがにリュードンで長く王家に仕えていた一族のひとり。

 こんな有能な部下を排出する家がついていて、浪費で追放されるベアトリーチェって一体……。
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