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第8話 御前試合

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 待ち望んでいたチャンスは意外と早く訪れた。

 昨日、丁度十回目の試合を勝利で終えたあと、闘技場の試合を組む主催者が、今日も勝てば闘技場から出してやると言ったのだ。

 しかも国王夫妻も観覧に訪れる御前試合ということで、闘技場は押しかけた国民による熱気で凄いことになっていた。

 俺が例の露出度の激しい衣装で舞台に上がると、満員の観客が野次を飛ばす。

 貴賓席に座る王族や貴族は、そんな民を野蛮だとでも言いたげに見ているが、闘技場を許可している時点で同じ穴の狢である。

 闘技場では賭けも行われているため、一試合ごとにかなりの金額が動く。

 名目上は賭博行為が禁止されており、唯一例外なのが闘技場での賭けとくれば、一攫千金を夢見る国民が集まるのも当然だった。

「で、貴賓席には俺の娘だとかいう女が座ってると」

 ベアトリーチェには……あまり似てないな。

 俺と同じくらいに髪の毛は長いが銀色だ。瞳の色こそ同じだが、それはリュードンでもガーディッシュでも、王侯貴族であれば一般的なものだ。

 不細工な……本当に不細工だな、あれ。人間じゃなくてオークなんじゃ……。

 娘よりもガーディッシュ皇帝の顔面偏差値に驚く。元の俺もイケメンとはとても言えなかったが、世界に男があれとふたりだけならモテまくる自信がある。

 そりゃ、ベアトリーチェも会うのを嫌がるわ。しかも記憶にある通りなら、幼少時代から会うたびに粘っこい視線を向けられてきてるし。

 そんな不細工皇帝に肩を抱かれている我が娘の心情やいかに。

 うむ。他人ごと感全開なのは、やはり産んだ覚えがないからだな。

 俺が見ているのを察したのか、皇帝が得意げに見下ろしてくる。どうやら向こうさんは、元王妃なのをご存じらしい。

 もしかしなくとも辺境伯から報告が上がっていたのだろう。それでも剣闘士をさせ続けたことから、俺が惨めに死ぬのを期待していたのかもしれない。

 ひょっとしたら、これまでの試合をお忍びで見にきてたりしてな。

 今日は主催者の小太り男が審判もするらしく、富豪ですと全身でアピールしているような服装で舞台の真ん中に立った。

「本日の最終試合は、美しき奴隷剣闘士ベアトリーチェとこいつの戦いです!」

 主催者の号令を受けて、ふたりの兵士が本来使うのとは違う大きな出入口の左右に配置し、ハンドルを回して鉄の格子を上げ始める。

 のっそりと姿を現したのは、人間ではなく二本足で歩く巨大な豚だった。

 いやだ。オークじゃないですか。心の中で豚皇帝とか罵ってたら、本物の豚が出てきやがりました。マジかよ。マジなんだな、これが。

 しかも生まれたままの姿だよ。誰が喜ぶんだよ、こんなもん。

 そう思っていたのだが、俺の予想に反して大歓声が上がった。しかも貴族のご婦人に多い。この国の権力者は変態ばっかりか。

「豚と人型の魔物のオークです。こいつは我が帝国の村を壊滅させ、男も女ももてあそんだ凶悪な魔物になります。さすがのベアトリーチェも今回は勝てないか! 負ければもちろん大変な事態になるのが予想されます!」

 小太り主催者の説明に、ますます興奮度合いを強めるギャラリー。

 オーク相手に十八禁展開とか冗談じゃない。そんなイベントはどこかの対魔忍に任せとけばいいんだ。俺はごめん被るぞ。

 試合開始を告げられるなり、オークが巨体を揺らして走ってくる。

 舞台が揺れ、体が軽く跳ねる感じがする。体重どのくらいあるんだよ。

 試しにハンドガンで狙いをつけてみる。相手は二メートルをゆうに超える体躯を誇るが、きっちりと額にもレーザーポインタが表示された。

 さすが外道王妃様特製のチート武器。できれば能力の方が欲しかったが、与えてくれる女神様は謹慎中だったりする。

 効いてくれと祈り、トリガーを引く。きっちり額に命中し、オークがグラついた。しかし倒れはせずに、こちらを睨みつけてくる。

 どうやら怒りを買ってしまったらしい。

 焦る俺の姿に、これまで短時間で試合が終わるのを見てきた観客どもが喜ぶ。

 殺せよりも犯せが多いのはどうかと思う。叫んだ奴の首を掴んで、是非ともオークの前に放り出してやりたい。きっと盛り上がるぞ。俺は見たくもないが。

 小学生の子供の背丈くらいはありそうな棍棒を、オークが怒りに任せて振り回す。回避するのはなんとかなるが、そのたびに風が巻き起こる。

 なんというか台風が瞬間的に発生したような勢いだ。そんな風を生じさせる棍棒をまともに受けたりしたら、一撃でミンチにされかねない。

「どうやってこんなの捕まえたんだよ!」

 文句を言いつつ、走って間合いを取ろうとするが、オークは見た目に反して俊敏だった。

 大きな歩幅で着実に距離を詰め、太く長い腕を伸ばしてくる。

 壁際近くまで追いつめられ、サイドステップで回避しても楽々とついてくる。

 攻撃をかわしながらハンドガンを打ち込んでいるが、致命傷には程遠い。だがこのまま撃ち続けていれば、いずれは力尽きるはず。

 そう思っていた時が俺にもありました。

 あの巨大豚。自己再生もちでいやがんの。

 厚みのある肉体を貫通させられないまでも、深く埋まっていた弾丸が、修復された肉の盛り上がりとともにコロンと地面に落ちた。

 あるわけないと高をくくっていた漫画やゲームみたいな展開が、現実に起きてしまいましたとさ。

 これはヤバい。実にヤバい。

 その場で復活機能ありだとは聞いているし、一度それっぽいのを実感済みだが、あえて試したいとは思わない。だって、痛いものは痛いもの。

「グギャアアア」

 豚面なだけで体つきは人間っぽいのだから、人の言葉を話してもよさそうなものだが、そういうことはないらしい。

 なんというか完全に理性を失ったケダモノだな。だからこそ、滅ぼしたとかいう村で性別関係なしに人間をもてあそんだんだろうけど。

 となれば、捕まれば命乞いをしても無駄。戦って勝つ以外に、この場を乗り切る方法はないことになる。

「ちくしょう! どこがベリーイージーだよ!」

 走り回っていれば、息も上がってくる。おまけに激しい動きのせいで、頼りない大事な布地まで悲鳴を上げていた。

「闘技場でストリップなんて笑えない!」

 さっさと倒れろと念を込めて撃ちまくるが、焦っているせいで上手く狙いを定められない。

 偶然急所に当たったりもせず、棍棒によって砕け散る床の数が増えていく。

 悪くなる一方の足場にも気を取られ、俊敏性でも差をつけられないとなれば、追い込まれるのは必定。

 うおお。冷や汗が止まらなくなってきた。

 一方の観客は大盛り上がり。貴賓席の貴族も立ち上がる奴が出始めた。

 確かレイナリアかいう名前だった娘だけが、つらそうな様子で舞台を見ていた。

「どうやって倒せって言うんだ! まさか負け確イベントじゃないだろうな!」

 ゲームの世界ではないので、ヒントが降ってきたりもしない。助っ人の乱入もない。ないない尽くしでため息が溢れそうだ。

「くそッ」

 繰り出される攻撃を避けるのがやっとになってきて、反撃する余裕も失う。

 膝が震えてスピードが落ち、握力も落ちてハンドガンを握っているのもつらい。

 ヤバいどころの騒ぎじゃない。バッドエンド一直線だ、これ。

 俺を掴もうとするオークの左手がかすった。それだけで少ない布地の一部が切れた。

 大騒ぎする観客が実にうっとうしい。狙いを外すふりをして撃ち込んでやろうかと本気で思えてくる。

 特に一番高い場所に座っている皇帝が、身を乗り出して注目中だ。

 周囲に兵士は立っているが、射線は通っている。いざとなったら腹いせに撃ってやりたいが、生憎と距離が離れすぎだった。

「豚なら豚どうし、あの皇帝と共食いでもしてやがれ」

 悪態をついてみると、どうしたことかオークがイラッとした様子を見せる。

 そういえば試合前もおとなしくしていたし、言葉が通じるのかもしれない。

「そこのダンディーな豚さん。不毛な争いはやめにしませんか?」

 フレンドリーに話しかけてみるも、オークは一顧だにせずに攻めてくる。

 そういや理性のないケダモノ同然だって、俺自身が評してたな。話し合いが通じる相手のわけないか。

 ただ、やはりこちらの言葉は理解できていそうなのが不思議だった。

「魔物の考察なんてしてる場合じゃないよな」

 棍棒に気をつけるのはもちろんだが、左手で掴まれてもほぼ詰みだ。他者に比べると力の強いこの体だが、さすがに魔物相手だと分が悪い。

 実際にスピード負けもしているし、なにより体力の差が大きかった。

「いつ疲れるんだよ……っていうか、おい……」

 うっかり本体以上に元気な下腹部を目撃し、背筋に悪寒が走った。

 そのせいで動きが一瞬止まり、水平に振るわれた棍棒を細い体で受けてしまう。

「がッ……!」

 女性らしからぬ悲鳴を放ち、闘技場の逆方向へ吹っ飛ばされる。地面に墜落し、転がって壁に背中を打ちつける。呼吸が止まり、口から血が零れた。

「ごほッ、うッ、ごほッ」

 痛い痛い痛い。

 涙が溢れ、全身の震えが止まらない。

 嫌だ。死にたくない。

 這いずるように逃げようとしても、オークがあっという間に近づいてくる。

 半狂乱で上げた悲鳴が、豚皇帝やクソ観客どもの歓声で掻き消される。

 勝利を確信したのか、オークが棍棒を床に置いた。

 デカい両手で胴体を潰すように持ち上げる。体がミシミシと嫌な音を立てた。

「ぐあ、あ、あああッ」

 大喜びの豚皇帝。見ていられない顔を背ける王妃。

 この後の展開を期待する貴族と民衆。勝ち誇るオーク。

 どいつもこいつも腹が立つ。くたばる前に一矢報いてやらないと気が済まない。

「ゲヒ、ゲヒヒ」

 オークが俺に顔を近づけて高笑いする。

「う、ぐぐ、うう……うぐぐ……!」

 胴体を左右から圧迫され、涙も鼻水も唾液もだだ漏れだ。

 それでも、俺は無理やりに笑ってみせた。

「獲物の、両腕を、自由に、させてたら、だめでしょうに……!」

 力を振り絞り、開かれたままの敵の口内を狙って鉛玉を撃ち込む。

 頭部が破裂するまではいかなかったが、弾丸は見事に貫通し、魔物豚の黒目がぐるんとひっくり返った。
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