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最終話 おとーさん! おかーさん!
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カイルはブラックドラゴンの頭を踏みつけたまま、ロングソードを抜く。燃え盛る炎を連想させる剣が、闇夜の中で真っ赤な輝きを放った。
「ふざけるな! 我はドラゴンの中でも最強のブラックドラゴンなのだ! 貴様ごときにィィィ!」
暴れ回り、カイルの足の下を脱出したブラックドラゴンが牙を剥く。血走った目で睨みつけ、全身をズタズタにしてやろうと鋭く尖った爪を繰り出す。
カイルは避けなかった。黒炎を潰した時同様に、左手でブラックドラゴンの爪を受け止める。逃がすつもりはない。三本の爪のうち、真ん中を掴んだカイルはそのまま力任せに折った。
悲鳴を上げるブラックドラゴンの他の爪もすぐに折る。顔面を蹴りつけ、仰向けに倒したあとは残った片翼を引き千切り、他の爪も折って壊した。
「がああっ! ど、どうして、人間が、こっ、ここまで……!」
「堪能したか? これが混血とお前が嘲笑ったナナの……どらごんの力だよ。そして俺はどらごんないとだ」
上半身を起こして噛みついてこようとしたブラックドラゴンに蹴りを放ち、口内の牙もあっさりと折ってみせる。あれだけ強大な存在だったブラックドラゴンが、あまりにも脆弱に思える。
圧倒的な力に酔いしれる人間がいてもおかしくない中、カイルは素直に喜べないでいた。強大な効果を与えてくれる武器防具の輝きのひとつひとつが、ナナの命だと知っているからだ。
「お前が……人間の町を攻めてこなければ……! 黙って、洞窟の奥とやらで眠ってれば……!」
ロングソードを構え直したカイルに、胴体を踏みつけられたブラックドラゴンは、これまでに負ったダメージのせいもあって大きく身動きがとれないでいた。
弱者の立場に転落することで殺される恐怖を知ったのか、信じられないような台詞を口にする。
「よ、よかろう! 我は再び洞窟の奥で眠りについてやろう! 感謝するがいいぞ、人間よ!」
態度こそ偉そうだが、ブラックドラゴンがしたのは命乞いだった。聞いた瞬間にカイルは怒声を上げた。
「ふざけるなよ! 今さらお前がいなくなったところで、ナナは帰ってこない。死んだ者は生き返らないんだよ! くそったれが!」
激情のままに、カイルはロングソードを振り下ろす。ここでブラックドラゴンを見逃しても、傷が癒えれば必ずまた人間に害を及ぼそうとする。そうすれば、ナナの犠牲が無駄になる。
ドラゴンの心臓がどこにあるかはわからないので、ひたすら真紅の剣をドラゴンの体に突き刺した。仰向けに倒れているため、硬い鱗は何の役にも立たない。
ブラックドラゴンが息絶え、ピクリとも動かなくなるまで、カイルはロングソードを振るった。ナナの仇を討つため、泣きながら振るい続けた。
もう死んでるよ。そう言ってカイルの動きを止めたのは、両手でナナの着ぐるみを抱いているサレッタだった。
「……そうか」
カイルはそれだけしか言えなかった。見下ろす先には、ブラックドラゴンの死骸が転がっている。
呆然と立ち尽くすカイルの頭上に風が吹いた。見上げれば、レッドドラゴンが飛び去るための準備を始めていた。
「私は里に戻る。お前たちとは、もう会うことがないかもしれぬな」
そう言ったあとで、ナナにじーじと呼ばれたレッドドラゴンは右手をサレッタに伸ばした。
「もしよければ、私にその着ぐるみをくれぬか」
「わかりました。きっと、ナナちゃんも喜ぶと思います」
「すまぬ。では、私は行く。お前の着る鎧が……ナナの命が輝きを失うところを見たくないのでな」
その言葉を最後に、レッドドラゴンはネリュージュの町から飛び去った。
先ほどまでの戦闘が嘘みたいに静けさを取り戻したが、町はまだあちこちが燃えていて、建物も大半が崩れてしまっていた。復興には少なくない時間がかかるだろう。
「ナナちゃんのおかげで、助かったね」
少し休んで体力を回復させたといっても、全快には程遠い。サレッタの足取りは不安定だった。
転びそうになったのを、カイルが左腕で抱きとめる。胸に頬を寄せる格好になったサレッタが、ゆっくりと瞼を閉じて呟いた。
「温かい……これは、ナナちゃんの命の温かさなんだね……」
サレッタは、こぼれ落ちる涙を我慢しようとしなかった。
涙で濡れた真紅の鎧は、徐々に先ほどまでの輝きを消失させていく。
「消えちゃう……ナナちゃんの命が……カイル、消えちゃうよ……」
「ああ……消えてしまう。俺たちを守ってくれた……ナナの命が」
右手に持っていた剣を地面に突き立て、カイルは両手でサレッタを抱き締める。真ん中にナナが変化した鎧がある。テントの中で、川の字になって眠った夜を思い出す。
えへへ。おとーさんとおかーさんは、とても温かいのです。
どこからか、声が聞こえた。カイルとサレッタは同時に顔を上げて、慌てて周囲を見渡した。
けれど、どこにも探し求める少女の姿はない。幻聴だったと言わんばかりに廃墟も同然となった町の風景が広がるだけだ。
「あ……カイル……」
最初に気づいたのはサレッタだった。
視線を向けるカイルの鎧から、完全に輝きが失われていた。
「……きっと、ナナちゃんが最後に言葉を届けてくれたんだね……」
「ああ。そうだな」
「カイル、英雄になるね。騎士に誘われたりして」
「だとしても断るさ。冒険者でも飯は食えるし、この町から動きたくない」
「そうだね。ここは私たちとナナちゃんが出会った町だもんね……」
町から逃げるきっかけとなった商人のエルローはすでにこの世にいない。
さらにカイルは、ブラックドラゴンから町を救った英雄だ。邪険に扱われるはずがなかった。
しばらく二人で抱き合っていると、どこからか数人の男性が姿を現した。恐る恐る周囲を見渡し、カイルの足元に転がるブラックドラゴンの死骸を目撃して腰を抜かす。
「ひ、ひいっ! そ、それは……」
「心配しなくてもいい。もう死んでるよ」
「じゃ、じゃあ、見間違いじゃなかったのか。ドラゴンと戦ってる人間がいたのは」
派手に戦っていたので、町に残っていた住民はブラックドラゴンとカイルの戦闘に気づいていたみたいだった。
「た、戦ってくれたのはアンタか。もう一体の赤いドラゴンはどうしたんだ?」
「あれはレッドドラゴン。ブラックドラゴンが敵だったから、一緒に戦ってくれただけさ。レッドドラゴンは、こちらが手を出さない限りは人間に危害を加えない種族だ。安心していい」
じーじに聞いたわけではないが、カイルの説明通りに考えているはずだ。ブラックドラゴンみたいに遊び半分に殺そうと考えない限り、ドラゴンにとって人間は相手にする必要のない脆弱な生物にすぎない。
「そ、それは、もうドラゴンに怯えなくていいってことか?」
「ああ、そうだ。俺たちは救われたんだよ。着ぐるみを着た愛らしいどらごんにな」
きょとんとする男に、カイルは「気にするな」と告げる。きっとナナも英雄になるのを望んだわけではない。単純に愛する者を守りたかっただけだ。
これからはカイルが、残された武器防具を使ってサレッタを守る。ナナがいてくれたおかげで、仲も進展した幼馴染の女性を。
「さて、忙しくなるぞ。冒険者ギルドや国への説明、それに怪我をしてる人たちを助けたりもしないとな」
頷いたサレッタとともに、カイルは数多くの人が集まり出した場所へ向かって歩いていく。
誰かが見守ってくれているような視線を一瞬だけ感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
「あとは……ナナのお墓だな。毎日、水あめを供えてやるか……」
涙ぐむサレッタが手の甲で頬を拭う。「ナナちゃんもきっと喜ぶよ」
「もちろんなのです」
「ハハッ。相変わらずナナは意地汚いな」
「うるさいのです。カイルには言われたくないのです」
脛を蹴られる感触。聞きなれた声。フンと背けられる可愛らしい顔。
見覚えがあって、聞き覚えがあって、少女らしい行動。
落としたばかりの視線が一人の少女で止まり、カイルは号泣――
――するのではなく唖然とした。
「お前……何で生きてるんだ?」
「むかっ、なのです。ナナが由緒正しきどらごんだったからに決まっているのです」
得意げに胸を張る幼い少女。着ぐるみはなく、どこにでもいる普通の女の子の外見だ。
「だからきっと……ドラゴンの部分だけ死んだのです。ナナはどらごんだったから助かったのです」
「……要するにドラゴン部分が死んで、人間部分が残ったってことか? ハハッ……何だよ、そりゃ。そんなふざけた展開があっていいのかよ!」
「さらにむかっ、なの……カイル、泣いているのです?」
「当たり前だろ! 心配かけさせやがって! どんなどんでん返しだよ!」
抱き上げ、髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。格好悪かろうが構わなかった。人生で一番嬉しい瞬間に立ち会えているのだから。
そして、それは少女を母親のように見守っていたサレッタも同じだった。
「本当に良かった」
「で、でも……ナナはどらごんではなくなってしまったのです……」
ドラゴン部分が死んだのであれば当然だろう。見た目的には着ぐるみを脱いだだけだが、本人には相当な喪失感があるのかもしれない。
そんなナナを地面に下ろし、カイルは改めて小さな頭をくしゃくしゃにする。
「いいじゃないか……とは言えないけど、その分、これからは俺とサレッタの娘のナナだ。それで満足してくれ」
驚いたナナが顔を上げる。その瞳には薄っすらと涙が滲む。
「ナナ……カイルたちと一緒にいていいのです?」
「当然だ。家族は一緒にいるものだ」
「まあ、私とカイルはその家族がいる村を飛び出してきちゃってるんだけどね」
「……サレッタ、それを言ってくれるな。しかし、そうだな……ナナとの三人の生活が少し落ち着いたら、故郷にも顔を出してみるか。その時は家族のナナも一緒についてきてくれるか?」
「仕方ないのです。毎日、水あめをご馳走してくれるらしいので、どこでも一緒に行ってあげるのです」
「アハハ。ありがとう、ナナちゃん」
サレッタが頬をつつき、より照れ臭そうにナナがくすぐったがる。
「それじゃ、悪いドラゴンを倒したお祝いでもするか」
「賛成なのです。ナナは町が溺れるくらいの水あめを所望するのです!」
「この分だと、報奨金が出たとしても、ナナちゃんの水あめ代になりそうね」
サレッタが笑い、ナナが笑い、カイルが笑う。
真ん中でカイルとサレッタに手を繋がれたナナが、空中に足を浮かせて元気に言う。
「まずは水あめを買いに行くのです。おとーさん! おかーさん!」
町に伸びる三人の影は、いつまでも仲良く寄り添っていた。
「ふざけるな! 我はドラゴンの中でも最強のブラックドラゴンなのだ! 貴様ごときにィィィ!」
暴れ回り、カイルの足の下を脱出したブラックドラゴンが牙を剥く。血走った目で睨みつけ、全身をズタズタにしてやろうと鋭く尖った爪を繰り出す。
カイルは避けなかった。黒炎を潰した時同様に、左手でブラックドラゴンの爪を受け止める。逃がすつもりはない。三本の爪のうち、真ん中を掴んだカイルはそのまま力任せに折った。
悲鳴を上げるブラックドラゴンの他の爪もすぐに折る。顔面を蹴りつけ、仰向けに倒したあとは残った片翼を引き千切り、他の爪も折って壊した。
「がああっ! ど、どうして、人間が、こっ、ここまで……!」
「堪能したか? これが混血とお前が嘲笑ったナナの……どらごんの力だよ。そして俺はどらごんないとだ」
上半身を起こして噛みついてこようとしたブラックドラゴンに蹴りを放ち、口内の牙もあっさりと折ってみせる。あれだけ強大な存在だったブラックドラゴンが、あまりにも脆弱に思える。
圧倒的な力に酔いしれる人間がいてもおかしくない中、カイルは素直に喜べないでいた。強大な効果を与えてくれる武器防具の輝きのひとつひとつが、ナナの命だと知っているからだ。
「お前が……人間の町を攻めてこなければ……! 黙って、洞窟の奥とやらで眠ってれば……!」
ロングソードを構え直したカイルに、胴体を踏みつけられたブラックドラゴンは、これまでに負ったダメージのせいもあって大きく身動きがとれないでいた。
弱者の立場に転落することで殺される恐怖を知ったのか、信じられないような台詞を口にする。
「よ、よかろう! 我は再び洞窟の奥で眠りについてやろう! 感謝するがいいぞ、人間よ!」
態度こそ偉そうだが、ブラックドラゴンがしたのは命乞いだった。聞いた瞬間にカイルは怒声を上げた。
「ふざけるなよ! 今さらお前がいなくなったところで、ナナは帰ってこない。死んだ者は生き返らないんだよ! くそったれが!」
激情のままに、カイルはロングソードを振り下ろす。ここでブラックドラゴンを見逃しても、傷が癒えれば必ずまた人間に害を及ぼそうとする。そうすれば、ナナの犠牲が無駄になる。
ドラゴンの心臓がどこにあるかはわからないので、ひたすら真紅の剣をドラゴンの体に突き刺した。仰向けに倒れているため、硬い鱗は何の役にも立たない。
ブラックドラゴンが息絶え、ピクリとも動かなくなるまで、カイルはロングソードを振るった。ナナの仇を討つため、泣きながら振るい続けた。
もう死んでるよ。そう言ってカイルの動きを止めたのは、両手でナナの着ぐるみを抱いているサレッタだった。
「……そうか」
カイルはそれだけしか言えなかった。見下ろす先には、ブラックドラゴンの死骸が転がっている。
呆然と立ち尽くすカイルの頭上に風が吹いた。見上げれば、レッドドラゴンが飛び去るための準備を始めていた。
「私は里に戻る。お前たちとは、もう会うことがないかもしれぬな」
そう言ったあとで、ナナにじーじと呼ばれたレッドドラゴンは右手をサレッタに伸ばした。
「もしよければ、私にその着ぐるみをくれぬか」
「わかりました。きっと、ナナちゃんも喜ぶと思います」
「すまぬ。では、私は行く。お前の着る鎧が……ナナの命が輝きを失うところを見たくないのでな」
その言葉を最後に、レッドドラゴンはネリュージュの町から飛び去った。
先ほどまでの戦闘が嘘みたいに静けさを取り戻したが、町はまだあちこちが燃えていて、建物も大半が崩れてしまっていた。復興には少なくない時間がかかるだろう。
「ナナちゃんのおかげで、助かったね」
少し休んで体力を回復させたといっても、全快には程遠い。サレッタの足取りは不安定だった。
転びそうになったのを、カイルが左腕で抱きとめる。胸に頬を寄せる格好になったサレッタが、ゆっくりと瞼を閉じて呟いた。
「温かい……これは、ナナちゃんの命の温かさなんだね……」
サレッタは、こぼれ落ちる涙を我慢しようとしなかった。
涙で濡れた真紅の鎧は、徐々に先ほどまでの輝きを消失させていく。
「消えちゃう……ナナちゃんの命が……カイル、消えちゃうよ……」
「ああ……消えてしまう。俺たちを守ってくれた……ナナの命が」
右手に持っていた剣を地面に突き立て、カイルは両手でサレッタを抱き締める。真ん中にナナが変化した鎧がある。テントの中で、川の字になって眠った夜を思い出す。
えへへ。おとーさんとおかーさんは、とても温かいのです。
どこからか、声が聞こえた。カイルとサレッタは同時に顔を上げて、慌てて周囲を見渡した。
けれど、どこにも探し求める少女の姿はない。幻聴だったと言わんばかりに廃墟も同然となった町の風景が広がるだけだ。
「あ……カイル……」
最初に気づいたのはサレッタだった。
視線を向けるカイルの鎧から、完全に輝きが失われていた。
「……きっと、ナナちゃんが最後に言葉を届けてくれたんだね……」
「ああ。そうだな」
「カイル、英雄になるね。騎士に誘われたりして」
「だとしても断るさ。冒険者でも飯は食えるし、この町から動きたくない」
「そうだね。ここは私たちとナナちゃんが出会った町だもんね……」
町から逃げるきっかけとなった商人のエルローはすでにこの世にいない。
さらにカイルは、ブラックドラゴンから町を救った英雄だ。邪険に扱われるはずがなかった。
しばらく二人で抱き合っていると、どこからか数人の男性が姿を現した。恐る恐る周囲を見渡し、カイルの足元に転がるブラックドラゴンの死骸を目撃して腰を抜かす。
「ひ、ひいっ! そ、それは……」
「心配しなくてもいい。もう死んでるよ」
「じゃ、じゃあ、見間違いじゃなかったのか。ドラゴンと戦ってる人間がいたのは」
派手に戦っていたので、町に残っていた住民はブラックドラゴンとカイルの戦闘に気づいていたみたいだった。
「た、戦ってくれたのはアンタか。もう一体の赤いドラゴンはどうしたんだ?」
「あれはレッドドラゴン。ブラックドラゴンが敵だったから、一緒に戦ってくれただけさ。レッドドラゴンは、こちらが手を出さない限りは人間に危害を加えない種族だ。安心していい」
じーじに聞いたわけではないが、カイルの説明通りに考えているはずだ。ブラックドラゴンみたいに遊び半分に殺そうと考えない限り、ドラゴンにとって人間は相手にする必要のない脆弱な生物にすぎない。
「そ、それは、もうドラゴンに怯えなくていいってことか?」
「ああ、そうだ。俺たちは救われたんだよ。着ぐるみを着た愛らしいどらごんにな」
きょとんとする男に、カイルは「気にするな」と告げる。きっとナナも英雄になるのを望んだわけではない。単純に愛する者を守りたかっただけだ。
これからはカイルが、残された武器防具を使ってサレッタを守る。ナナがいてくれたおかげで、仲も進展した幼馴染の女性を。
「さて、忙しくなるぞ。冒険者ギルドや国への説明、それに怪我をしてる人たちを助けたりもしないとな」
頷いたサレッタとともに、カイルは数多くの人が集まり出した場所へ向かって歩いていく。
誰かが見守ってくれているような視線を一瞬だけ感じたのは、きっと気のせいではないだろう。
「あとは……ナナのお墓だな。毎日、水あめを供えてやるか……」
涙ぐむサレッタが手の甲で頬を拭う。「ナナちゃんもきっと喜ぶよ」
「もちろんなのです」
「ハハッ。相変わらずナナは意地汚いな」
「うるさいのです。カイルには言われたくないのです」
脛を蹴られる感触。聞きなれた声。フンと背けられる可愛らしい顔。
見覚えがあって、聞き覚えがあって、少女らしい行動。
落としたばかりの視線が一人の少女で止まり、カイルは号泣――
――するのではなく唖然とした。
「お前……何で生きてるんだ?」
「むかっ、なのです。ナナが由緒正しきどらごんだったからに決まっているのです」
得意げに胸を張る幼い少女。着ぐるみはなく、どこにでもいる普通の女の子の外見だ。
「だからきっと……ドラゴンの部分だけ死んだのです。ナナはどらごんだったから助かったのです」
「……要するにドラゴン部分が死んで、人間部分が残ったってことか? ハハッ……何だよ、そりゃ。そんなふざけた展開があっていいのかよ!」
「さらにむかっ、なの……カイル、泣いているのです?」
「当たり前だろ! 心配かけさせやがって! どんなどんでん返しだよ!」
抱き上げ、髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。格好悪かろうが構わなかった。人生で一番嬉しい瞬間に立ち会えているのだから。
そして、それは少女を母親のように見守っていたサレッタも同じだった。
「本当に良かった」
「で、でも……ナナはどらごんではなくなってしまったのです……」
ドラゴン部分が死んだのであれば当然だろう。見た目的には着ぐるみを脱いだだけだが、本人には相当な喪失感があるのかもしれない。
そんなナナを地面に下ろし、カイルは改めて小さな頭をくしゃくしゃにする。
「いいじゃないか……とは言えないけど、その分、これからは俺とサレッタの娘のナナだ。それで満足してくれ」
驚いたナナが顔を上げる。その瞳には薄っすらと涙が滲む。
「ナナ……カイルたちと一緒にいていいのです?」
「当然だ。家族は一緒にいるものだ」
「まあ、私とカイルはその家族がいる村を飛び出してきちゃってるんだけどね」
「……サレッタ、それを言ってくれるな。しかし、そうだな……ナナとの三人の生活が少し落ち着いたら、故郷にも顔を出してみるか。その時は家族のナナも一緒についてきてくれるか?」
「仕方ないのです。毎日、水あめをご馳走してくれるらしいので、どこでも一緒に行ってあげるのです」
「アハハ。ありがとう、ナナちゃん」
サレッタが頬をつつき、より照れ臭そうにナナがくすぐったがる。
「それじゃ、悪いドラゴンを倒したお祝いでもするか」
「賛成なのです。ナナは町が溺れるくらいの水あめを所望するのです!」
「この分だと、報奨金が出たとしても、ナナちゃんの水あめ代になりそうね」
サレッタが笑い、ナナが笑い、カイルが笑う。
真ん中でカイルとサレッタに手を繋がれたナナが、空中に足を浮かせて元気に言う。
「まずは水あめを買いに行くのです。おとーさん! おかーさん!」
町に伸びる三人の影は、いつまでも仲良く寄り添っていた。
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